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アーステールの猫  作者: 榛名
黒猫と見えざる射手
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黒猫と見えざる射手 2

「ではアーステール様、お部屋にご案内いたします」


そう言いつつも、いったいどの部屋に案内するべきか・・・

この屋敷は夜空に輝く星の並び・・・星座をあしらった客室が11部屋もある。

それらは誕生月と結び付けられている星座なので、基本的にはお客様の誕生星座の部屋を割り当てる事が多いのだけど。


「アーステール様、つかぬ事をお聞きしてもよろしいですか?」

「・・・?」


廊下を歩きながら訊ねた。

11の部屋はそれぞれ離れた位置取りをしており、早めに確認しておかないと無駄足になってしまう可能性があるのだ。


「アーステール様のお誕生月を教えていただけますか?」

「2月だけど・・・」

「では・・・こちらのお部屋になります」


早めに確認したのは正解だった。

内心の安堵を表に出さないように意識しつつ、ちょうど目の前のその客室にアーステール様を案内する。

扉に1匹の魚が彫られたその客室は、魚の星座をモチーフにしていた。


『叡智の魚座』


冬の夜空に一際明るく輝く星を中心とした小さな星座だ。

神々の時代の終焉となった大戦の折。

知を司る神が争いを避けるために自らを魚の姿に変えて海の彼方へと逃れた、という神話が残されている。


神話についての詳細や、それぞれの星の名前等は亡くなられた旦那様の書斎にある書物に書かれている・・・らしい。

残念ながら使用人の私には、それらの書物を読む機会は与えられなかった。

けれど各書物のタイトルから、旦那様が夜空の星々に並々ならぬ興味を持っていただろう事は察することが出来た。


書斎には星々の書物の他にも、何やら物騒な言葉を含んだタイトルも多く・・・っと、いけない、今は目の前のお仕事に目を向けないと。

この『叡智の魚座の間』も長らく使われていない客室なので、部屋のあちこちに埃が積もっている。

まずは大至急、この部屋を使えるように掃除をする必要があった。


「申し訳ありません、今お掃除しますので、この場で少しお待ちください」


そう言って扉の前にアーステール様を止め置き、私は掃除道具を並べ始めた。

本来であれば高い場所から順に作業をしていく所だけど・・・あまり時間をかけるわけにも・・・

この部屋の汚れをいったいどう攻略するか・・・必死に考えを巡らせていると、背後に気配を感じた。


「手伝うわ」

「え・・・アーステール様?!」


その声に振り返ると、箒を手にしたアーステール様が立っていた。

部屋の隅に向かって箒を構えるその姿が・・・妙に様になっている。


「ソアレさんは先にベッドの埃をお願い」

「は、はい!」

「その次は窓枠を・・・ガラスを拭くのは後で良いわ」


アーステール様に言われるままに掃除を進める・・・意外と的確な指示だ。

私が床に落とした埃を彼女が1ヵ所に掃き集めていく・・・ちゃんと部屋の奥の方から手前に向かう流れで経路に無駄がない。

まるで先輩メイドと組んで作業をしていた頃のように、効率よく掃除が進んでい・・・


「・・・疲れた」

「え」


部屋の中程まで掃除が進んだところで、アーステール様はベッドの上にその身を投げ出した。


「もうこの辺で良いよ、掃除終わり!」

「は、はぁ・・・」


そうは言われても、客室をこんな状態にしておくわけにもいかない。

私はアーステール様が投げ捨てた箒を拾い上げて、残りの床を・・・


「だから掃除はお終いだってば・・・ソアレさんもこっち来て休もう?」

「で、でもアーステール様をこんなお部屋に・・・」

「もう、そういうのいいから!・・・休もう?ね?」


そう言いながら、アーステール様は片手でポンポンとベッドを叩いた。

・・・そこに座れと言いたいらしい。


「ほーらー、はーやーくー」

「そんな子供みたいに・・・あ・・・」


普通に子供だった。

さっきまでの大人びた雰囲気は欠片もなく、今の彼女は年齢相応の少女のように豊かな表情をしていて・・・


「わかりました・・・少しだけ、休憩にします」

「やっと座ってくれた、はい」

「?」


屈託のない笑顔と共に差し出されたその手のひらには、茶色い小石のようなものがころんと転がっていた。

おそるおそる手を伸ばすと、押し付けるような勢いで手渡された。


「アーステール様・・・これは・・・」

「はちみつの飴・・・お近付きの印、かな・・・美味しいよ?」

「・・・おいしい」

「でしょ?・・・私の大好きな味」


口の中に、はちみつの甘さに混ざった柑橘の香りが広がって・・・

どこか懐かしさを感じる、心がほっこりする甘さだ。


「お母さんの言いつけだからここまで来たけれど・・・やっぱり貴族って怖い人ばっかり」


今やアーステール様もその貴族の一員みたいなものなんですけど・・・でもその気持ちはわかる。


「私もエリック様には怒られてばかりで・・・」

「ああ、あのおじさん? まず顔からして怖いよね、悪魔かと思った」

「アーステール様、さすがにそれは・・・」

「でも怖いものは怖いし・・・ソアレさんもそう思わない?」

「・・・まぁ、少しだけ・・・目つきが怖いなって・・・」


アーステール様に詰められてつい本音が・・・ごめんなさいエリック様。


「そうよね!いつも何かを睨んでる感じ、こう・・・くわっ!!って」

「ちょ・・・アーステール様・・・ふふっ・・・」


アーステール様の迫真の顔真似・・・なんだろうけれど、全然似てない。

一生懸命両手の指で目じりを釣り上げている彼女の姿は、むしろ可愛らしく・・・思わず笑ってしまった。

私に釣られたのか、アーステール様も笑い出して・・・二人でひとしきり笑い合ってしまった。



「本当にソアレさんがいてくれて良かったわ、おかげでなんとか生きていけそう」

「そんな、大袈裟な・・・」

「大袈裟じゃないって・・・あ、サフィール」

「にゃあ」


今までどこに行ってたのか、黒猫がアーステール様の膝の上にぴょこんと乗っかった。

アーステール様が背中を撫でると、嬉しそうにごろごろと喉を鳴らして・・・かわいいなぁ。


「アーステール様、この子触っても良いですか?」

「私は構わないけど・・・うーん・・・とりあえず試してみて」

「?」


言われるまま撫でようと猫に手を伸ばすと・・・サッと避けられてしまった。


「あっ・・・」

「にゃー」


猫はそのまま何食わぬ顔で様の膝の上に。

もう一度手を伸ばすと、やはり逃げられてしまった。


「サフィールは人見知りが激しくて・・・私以外に懐かないの」

「みたいですね・・・」


残念・・・かわいいのにな・・・

落ち込んだ私を励ますように、アーステール様が頭を撫でた・・・私は猫じゃないんですけど。


「ああそうだ、あまりその子を部屋の外に出さない方が良いと思います」

「サフィールなら賢い子だから大丈夫だと思うけど・・・」

「でも、もしエリック様達の機嫌を損ねたら・・・処分されてしまうかも・・・」

「そんな・・・」


あの中に特別猫嫌いの人はいなかったと思うけど、万が一という事もある。

念のため猫の行動範囲は制限しておいた方が良い。


「このお部屋でしたら多少の粗相は誤魔化せると思いますので・・・どうか、お願いします」

「わかった・・・サフィール、気を付けるんだよ」

「にゃあ」


前足を持って猫を諭すアーステール様に対して、にゃあとひと鳴き。

返事をしたようにも見えるけど・・・人間の言葉が通じているかは怪しい。

本当に大丈夫かにゃあ。


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