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アーステールの猫  作者: 榛名
黒猫と至聖の剣
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黒猫と至聖の剣 6


剣士達から話を聞いた後、私達は競技場内の飲食スペースに来ていた。

試合の中止を受けて、どのお店も客足がなく・・・もう潔く閉店の準備を始めている所もある。

まだやっているお店でパンと串焼き、スープを買い求めると、私達は席に着いた。


「サフィール、ご飯だよ」

「にゃあ」


アーステール様が串焼きから鶏肉を剥がして皿によそうと、サフィールは待ってましたとばかりに齧り付いた。

夢中で食べるその姿もかわいい・・・思わずその背中を撫でたくなるけれど、サフィールは決して警戒心を捨てていない事を私はもう知っている。

例えこちらにその気がなくとも、餌の横取りと見做した者を許しはしないのだ。

私に出来るのはその愛くるしい姿を愛でるだけ・・・愛でるだけ・・・ああ・・・触れたい、撫でたい。


「それであの3人だけど・・・ソアレさんはどう思った?」

「ふぇっ?!・・・あっ、そうですね・・・うーん・・・なんだか思ったより良い人ばかりで・・・」


アーステール様に言われて、もう一度各人の話を思い出してみるけれど・・・答えは出なかった。

ああして3人から話を聞いてみたのはいいけれど、結局誰が犯人なのかは、ますますわからなくなるばかり・・・

むしろ今の私には全員が無実に思えてならない。


「ひょっとしたら、あの中にはいないんじゃないか・・・なんて・・・」

「そう・・・じゃあハジャルはどう?」

「え・・・俺か?」


まさか自分の意見を求められるとは思わなかったのだろう。

ハジャルさんは戸惑いの表情を浮かべた後・・・考えを口にした。


「俺は・・・全員信じられないな・・・突拍子もない話ばかりで、あれじゃその辺の噂話となんら変わらない」


ああ・・・たしかに、それも一理ある。

どの話も一般人の常識を超えたものばかりでとても信じられない、その気持ちは私にもわかった。


武術祭の開催期間というのもあってか、剣聖にまつわる噂話はこの街のあちこちで嫌という程耳に入ってきている。

例えば先日のペットショップでは『剣聖は巨大な竜をペットにしている』なんて話を耳にした。

もちろん根も葉もない噂話だけれど、あの3人の話を聞いた後だと否定しきれないものも感じてしまう。


ハジャルさんとしては、逆にあの3人がそのレベルの作り話で誤魔化しているのではないか?という解釈なのだろう。


「皆いちいち大袈裟なんだよ・・・神様じゃあるまいし・・・」


剣聖もただの人間で・・・人間だから誰かに殺されもした。

噂話のような神がかった存在であったなら、こんな事件も起きてはいないだろう。


「本当に、誰が彼を殺したのかしらね・・・」

「俺に聞いてもわからねぇよ・・・頭を使うのは苦手なんだ」

「確かに・・・ごめんなさい、聞く相手を間違えたわ」

「ふふっ・・・」


2人のやり取りがおかしくてつい笑ってしまった。

ハジャルさんには申し訳ないけれど、確かに頭が良さそうにはぜんぜん見えなかった。


「あー、お前も俺が馬鹿だと思ってるな?!」

「でも馬鹿なんでしょ?」

「まぁ・・・否定はしないけど、なにもそんなに笑わなくたって・・・」

「ご、ごめんなさい・・・でも・・・ふふっ・・・」


ツボに入ってしまったのか、一度笑い出してしまうとなかなか止まらない。


「くぅ・・・馬鹿にしやがって・・・俺だって剣の方は自信があるんだ、いつかは優勝もするんだからな!」

「ふふっ・・・ごめんなさい・・・そ、そっちは応援してるから、がんばってくださ・・・」

「なんか素直に喜べねえ・・・」


その後、すっかりへそを曲げてしまったハジャルさんと別れた私達は、例の賭博の方の調査を進める事にした。

やはり剣聖が現れた当時はそれなりに儲かっていたらしく、そこそこの黒字。

そこから剣聖が連勝するにつれて投票券の利益が減っていったようで・・・それらが赤字の経費として計上されて伯爵家の財政を圧迫した流れのようだ。


剣聖が死んだ事で明確に利益があったのはダブラール氏だろう。


結局、運営の関与しない場所で起きた事件であり、運営側が客に保証する義務はない。

あくまで武術祭は一時的な中断であり、残りの剣士達3名の投票券も未だ有効とのこと。

この先3名の誰が優勝した場合でも相当な額になるそうだけど・・・元締めである氏の利益はそれ以上のものになる。


これまでの赤字をひっくり返す程度に・・・そう考えるとダブラール氏も怪しく思える。

赤字の元凶として剣聖を疎ましく思っていた、という犯行動機は充分に考えられた。

もっとも、常人で・・・あんなに丸々と太った彼には、あのような犯行が出来たとは到底思えないけれど。


では誰かと共犯で・・・お金で雇った? 誰を?

お金で人を殺すと言えばあの暗殺者・・・見えざる射手ジェイドが思い浮かぶけれど・・・

私がそんな事を考えているうちに。

アーステール様はひと足もふた足も速く、真相に辿り着いてしまった。



「アーステール様、言われた通りに彼らを集めましたが・・・あの、本日はどのような・・・」


ダブラール氏が困惑した表情を浮かべながら、アーステール様に問いかけた。


翌日の朝早く・・・観客が誰もいない競技場のステージの上には・・・

私とアーステール様、陽炎の剣士サーラーン、見えざる射手ジェイド、流麗なる美闘士アイゼラ、ダブラール氏とハジャルさん・・・あと黒猫サフィールの姿があった。

ダブラール氏の口ぶりによると、アーステール様が彼らをここに集めさせたらしい。

一体これから何が起こるのか・・・アーステール様の纏う雰囲気から、私はもう察してしまったけれど・・・


「貴族の嬢ちゃんが何の用かは知らないけどな・・・」


苛立たしげに声を上げたのはサーラーンだった。


「試合が中止になったからって、俺達が暇を持て余してるわけじゃねーんだ・・・子供のお遊びなら他所でやってくれないか」

「申し訳ありません・・・私達にも日々の鍛錬などありますので・・・手短にお願いしたいです」


アイゼラも気を遣ってくれてはいるけれど、概ねサーラーンと同意見のようだ。

ジェイドもまたその言葉に同意するように頷いたのが見えた。


「忙しい所ごめんなさい、でもこれからするのはとても大事なお話なので・・・お付き合い願うわ」


伏目がちにそう語るアーステール様から漂ってくるただならぬ雰囲気を感じ取ったのか。

3名の剣士達からはそれ以上の追及はなく・・・その沈黙は肯定と捉えられた。


「実は、私達・・・侯爵家からある使命を受けてここに来ているの、それは『近年の武術祭から出ている赤字の調査』・・・ダブラールさん」

「は、はいっ!」


アーステール様に名指しされ、ダブラール氏は身体を硬直させながら返事をした。

彼自身、思い当たる節があるのだろう・・・その全身からどっと汗が流れてきているのが目に見えてわかった。


「投票券、と言ったかしら?・・・伯爵領内で禁止されている賭博行為、そこも問題だけれど今は置いておいて・・・ここ最近はずいぶんと赤字を出し続けているらしいわね」

「う・・・そ、それは・・・その・・・」

「まぁそれは気にしないで、今回は大成功だものね・・・これまでの赤字を補填してくるのでしょう?」

「ははぁ・・・も、もちろんですとも!伯爵家には今回の利益から充分な金額を・・・」


揉み手をしながら媚びへつらうダブラール氏の姿に、集まった者達は皆嫌そうな表情を浮かべていた。

彼の言う利益・・・それは剣聖の死によってもたらされた利益と言えるのだから。


「そう、それは良かったわ・・・でも貴方も考えたわね、ここまで剣聖に人気を偏らせるのも大変だったでしょう?」

「はい、それはもう大変で・・・へ?」


張り付けた笑顔で媚びへつらっていたダブラール氏の表情が変わった。

きょとんとした表情を浮かべ・・・そしてアーステール様の言葉の真意を察して青ざめていく・・・


「普通に試合をしていたらここまで人気が偏るわけがない・・・ダブラールさん、貴方は八百長試合をしたのね」

「・・・いや、私はそんな事は・・・」

「八百長によって無敗の絶対王者を作り出し・・・その赤字は経費として伯爵家に押し付けて・・・時が来たらまた八百長試合で剣聖を敗北させて収穫する・・・さぞ儲かったのでしょうね」


すっかり怯えてしまったダブラール氏を容赦なく詰めるアーステール様。

でも、何かおかしい・・・確かに、剣聖の活躍は過剰なまでに彩られており、それが人為的に仕組まれていたと考えるのも無理はないけれど・・・

今のアーステール様を見ていると何か・・・違和感を覚えた。


「ダブラールさん、貴方は欲をかいてやり過ぎたのよ・・・剣聖はあまりにも勝ち過ぎた、それこそ八百長でもしないと・・・」

「・・・黙れ」

「?!」


その瞬間・・・周囲の空気が塗り替わった。

その声を発したのはサーラーン・・・彼の姿がゆらりと揺らいだかと思うと、一瞬にしてその場から消え去った。

同時に全身を突き刺すような寒気が・・・まるで真冬の吹雪の中に立っているかのような、今まさに自分の命が失われて行くような、この感覚は・・・


「アーステール様!」


気付いたら身体が勝手に動いていた。

幼い主を庇うように私は前に立ち、両手を広げて・・・

そして眼前では、一瞬にして距離を詰めた剣士が今まさに2振りの曲刀を振り下ろす所で・・・


「・・・っ!」

「ソアレさん?!」


私の身体を切り裂く寸前で、曲刀が止まった。

しかしその高速の剣技は空気をも切り裂く・・・止まったはずの曲刀の先で、私のメイド服にさっくりと切れ込みが入った。


「あぶねぇあぶねぇ・・・その若さで、ぶっ飛んだ忠誠心だな」

「あ、ありがとうございます・・・」


し、死ぬかと思った・・・

私が庇ったからか、それとも最初から寸止めのつもりだったかはわからない。

陽炎の剣士サーラーンから感じるこの寒気・・・きっとこれが殺気と呼ばれるもの・・・はまだ収まってはいなかった。


「だが貴族の嬢ちゃん・・・俺はまだ許してねぇ・・・次はこのメイドごと・・・」

「ごめんなさい、私が悪かったわ」


サーラーンのその言葉を遮るように・・・アーステール様が謝罪の言葉を発した。

その表情に先程までの雰囲気はなく、とても弱々しい印象を受けた・・・青灰の瞳には涙が滲んで・・・


「貴方達剣士の誇りを傷付けるような事を言ってごめんなさい・・・だからその剣を退いて・・・お願い」

「お、おう・・・」


拍子抜けしたようにサーラーンが曲刀を収めると、殺気は嘘のように消えていた。

その死線から解放された私に、アーステール様は抱き着くと声を上げて泣き出してしまった。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ぐすっ・・・」

「・・・か、勘弁してくれよ」


こうなってしまうとアーステール様もただの子供だ。

すっかりやり場のなくなったサーラーンが肩を落として呟く。


「なぁ・・・泣き止んでくれよ・・・これじゃ俺が悪者みたいじゃないか・・・」


一度殺されかけた身としては、彼は間違いなく悪者なんだけど・・・

でも彼が怒るのもわかる・・・これまで彼が剣聖に敗れてきたのは八百長なんかではない、剣士の誇りをかけた真剣勝負の結果だ。

アーステール様もそれがわからないはずがないのに・・・なぜあんな事を・・・


「ありがとうソアレさん・・・落ち着いたわ」

「アーステール様・・・どうしてあんな事を・・・」

「さっきのあれは嘘なの・・・本当にごめんなさい」


そう言ってアーステール様は深々と頭を下げた。

それはサーラーンだけではなく、アイゼラさんやジェイドに対しても・・・


「貴方達が怒るのは当たり前・・・剣士の誇りを踏みにじったのだもの、剣士なら誰だって腹を立てると思うわ」

「・・・嬢ちゃん?」


再びアーステール様の雰囲気が変わった事に気付いたサーラーンが訝しげに首を傾げた。

先程泣きじゃくっていた子供の姿は、もうそこにはなく・・・ああ、アーステール様のこの表情は・・・


「なのに・・・貴方はなぜ笑っていたのかしら?・・・ハジャル」

「「「!!?」」」

「・・・え」


私はそこで、先程までアーステール様に感じていた違和感の正体に気付いた。

彼の方を見ていたのだ・・・ダブラール氏を問い詰めながら、サーラーンを怒らせながらも、チラリチラリと彼の方に視線を・・・


「わ、笑っていた?・・・俺が?」

「ええ、ひょっとして自覚してなかったのかしら」

「・・・」


それが図星だったのか、ハジャルさんは言葉を失って・・・その手で自分の頬に触れた。

そう・・・ハジャルさんは笑っていた。

サーラーンが曲刀を振るう程に怒り、アイゼラさんも、ジェイドですら顔をしかめたあの瞬間に・・・彼だけは笑顔を浮かべて・・・


「・・・剣聖の勝利は八百長によるもの・・・貴方はそれが断罪される光景を期待したのよね?」

「いや、俺は・・・」


ハジャルさんが何かを言いかける。

しかしそれを遮るように、アーステール様ははっきりと断言した。


「ハジャル・・・貴方が剣聖を殺した犯人よ」


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