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アーステールの猫  作者: 榛名
黒猫と至聖の剣
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黒猫と至聖の剣 3


剣聖レアシオンの遺体が発見されたのは、セーヴェルアージュ郊外にある運動場へと続く道だった。

付近に住む老人が朝の散歩に出かけた所、人が倒れているのを発見したそうで・・・それがまさか剣聖とは思わず。

そして通報を受けた担当者も耄碌した老人から話を聞き出すのに時間が掛かってしまったらしい。


運動場は剣聖が良く鍛錬に使う事で知られている場所の一つで、木材や鉄の棒を組み合わせた大きな運動器具や、不規則な間隔で丸太を浮かべた池、わざとバランスが悪く造られた手漕ぎボートなどを使って様々な鍛錬が出来る場所だ。

武術祭が開催されるだけあって、このセーヴェルアージュにはこういった運動施設がいくつかある。


準決勝当日であっても剣聖は朝の鍛錬を欠かさなかったのだろう・・・その道すがらを何者かに襲われたと思われた。

遺体の傍には剣聖の物と思われてる剣が抜き身で転がっており、そこで戦闘が起きた事までは想像に硬い。

剣聖の傷から流れたと思われる血と、戦闘の余波で荒らされたと思われる周辺の草以外には事件の痕跡はなく・・・事件の捜査は難航しているらしい。



「今日予定されていた試合は中止・・・という事は、今日はもう帰って良いって事で合ってる?」

「まぁ・・・そうなるな」


『はやく帰りたい』と顔に書いてあるようなアーステール様の問いかけに、疲れ切った表情を浮かべてハジャルさんが答えた。

会場は未だに混乱した様相で・・・事件によるゴタゴタで彼も大変だったんだろう。


ダブラール氏はと言うと、例の賭博・・・投票券を大口購入した客の対応に追われているとか。

優勝が確実視されていた剣聖の死は彼にとっては大きな利益をもたらすかに思えたけれど・・・そう単純にもいかないようだ。


「じゃあ帰ろっか、ソアレさん」


この空いた時間でどこに遊びに行くかを考えているのか、表情を輝かせながらアーステール様が席を立つ。

例の運動場を小さくしたようなペット用の施設があるという話を先日のペットショップで聞いたので、そこを勧めてみるのも良いかも知れない・・・けれど・・・


「でもアーステール様、このままですと、いつ試合が再開されるかもわかりませんね」

「え・・・」

「なにせ容疑者が容疑者なので・・・真相がはっきりするまでは試合再開出来ないのではないかと・・・」


剣聖の遺体の状態・・・その傷口から、死因が刃物による斬撃である事は疑いようがなく。

しかし剣を抜いた剣聖を相手に正面から殺害出来る者となると・・・容疑者は自ずと限られた。


そう、彼と共に準決勝に勝ち進んだ強者達だ。

前日の試合を見ていないので私にはわからないけれど、これまでに敗退した剣士達とは明確に力量が違うのだとか。

特に剣聖と当たった相手の試合は、まるで子供相手に剣の持ち方から教えるような内容だったらしく・・・投票券の人気が彼に偏るのも仕方がないのかも知れない。


けれどそんな剣聖を殺しうる・・・そう判断される程度には強い人物が3名。

今もそれぞれに与えられた控室で取り調べが行われているのだけれど、これといった進捗は見られず・・・

でももしその中に犯人がいるのなら・・・このまま試合をさせて犯人が優勝するような事になっても面倒な事態になるのは確かで。


「でも、私達に何か出来るわけでもないですし・・・せっかくなのであそこに行きませんか?ペットの・・・」

「ハジャルさん、その容疑者の3人の所に案内してもらえないかしら?」

「え・・・」

「アーステール様?!」


抱き抱えたサフィールの背中を撫でながら、そう尋ねるアーステール様の表情は見覚えがある。

『よそ行き』の時のような大人びた雰囲気、青灰の瞳はまるで全てを見透かしているかのような・・・

この顔を見るのは初めてじゃない・・・まさか、今回も・・・この事件の真相を解き明かしてしまうのだろうか。


「そりゃ伯爵家のお嬢様だから、多少の無理は通るだろうけど・・・」


ハジャルさんが困惑した表情を浮かべる。

無理もない、こんな時にこんな事を言い出すお嬢様などアーステール様くらいだ。

ろくに権限のない彼が、言われたままに案内して良いのか迷うのもよくわかる。


「私からもお願いします、もし何かあっても悪いようにはしませんから」

「・・・しょうがないな」


渋々といった風でハジャルさんは案内してくれた。

関係者用の通路を進み、控室のあるエリアへと・・・


「・・・で、誰の所からにするんだ?」


3名それぞれの控室は離れた所にあるらしい。

試合前のトラブルを避けるためにそうなっているらしいが・・・会場の外で事件が起きた今となっては、ちょっとした皮肉にも感じられてしまった。

3名の中からアーステール様が最初に選んだのは、単純にその中で最も強いと思われる人物だった。



「ずいぶんと可愛らしいのが来たな、俺のファン・・・というわけではなさそうだが?」

「ファンじゃなくてごめんなさい・・・陽炎の剣士サーラーン、剣聖の事で貴方にお話があるの」

「おいおい、この国じゃこんな子供に取り調べをさせるのか?」

「アーステール様は武術祭の主賓、伯爵家の令嬢です・・・まぁ、お気持ちはわかりますが・・・剣聖について話して頂けますか?」


異国の剣士にこの国の文化を誤解されては困るので、身分を明かすところから話を始めた。

陽炎の剣士サーラーン・・・こうしてその黒い髪を間近で見ると、アーステール様の髪とは少し違う印象を受けた。

なんと言うか、見比べると彼の髪は少し茶色に近い・・・見比べないと気付けない程度の差だけれど。


「剣聖について、ねぇ・・・俺が武術祭でレアシオンに2回負けてるのは知ってるな?」

「ええ、話で聞いただけだけど・・・」

「実際は7回だ・・・武術祭でやる前に5回、俺はあいつに負けている」


7回、自分が敗北した回数をそう訂正した彼は、その戦いの記憶を反芻するように語り始めた。


「最初の1回目は・・・ちょうどそいつくらいの歳の頃だったな・・・もう10年前か」


控室の入り口脇に控えたハジャルを視線で指す・・・という事はこの彼の年齢はまだ30前なのか。

彫りの深い顔立ちと無精ひげのせいで、もう少し上の年齢に見える。


「俺が生まれ育ったのは何もない所だ、何もない砂の町・・・あったのは水くらいか、砂漠を行く隊商が水を補給する為に立ち寄るくらいの小さな町だ・・・


 本当に何もないからな、この身1つが頼みさ・・・たまに来る隊商の連中相手に芸をしたり、女は身体を売ったり・・・そんな町で俺はもちろんこの剣で稼いでいた。

隊商の護衛なんかには腕自慢みたいなのが必ずいて、そういうのを相手取っての賭け試合だ。

俺は強かったからな、誰にも負けない・・・そう思ってたよ、あいつ・・・レアシオンに出会うまでは。


あいつはたった1人でふらっと現れて・・・あまり金は持ってなさそうだったが、他に誰もいなかったから仕方なく・・・いつもよりも少額の賭け試合にしたが、逆にそのおかげで助かったっていう皮肉な話だ。

それで・・・俺はまったく歯が立たなかった、それはもう気持ちいいくらいの負けっぷりだ。そりゃあ悔しかったさ、その後3日は夢に出てきやがったしよ。


でもそれをきっかけに俺はもっと強くなった。

身体を鍛え、技を磨き・・・町の外に興味を持ったのもその時だ。

外の世界にはあんな強いやつがたくさんいるんだってな・・・実際に世界を旅してみた今となっては、あいつだけがおかしかったんだが。


旅をしていると、放っておいてもあいつの噂が流れてきた。

それを聞くたびに、俺はあいつを探して挑みに行ったよ・・・それが4回。

負ける度に俺は特訓して強くなったが、あいつは常にその上を行ってきた・・・対レアシオン用に編み出した技ももう10個目だ。

・・・最後のは試す前に逝かれちまった・・・今度こそはいけると思ったんだがな」


そう語るサーラーンから、負け続けた事の悔しさは感じられなかった。


おそらくは最も剣聖に迫る実力の持ち主。

その彼が試合前の隙をついて剣聖を襲った・・・そして彼の編み出した新技が見事剣聖を捉え・・・

そんな風に疑う事は容易いだろう・・・けれど、私にはそれを彼がやったようには感じられなかった。


「あのレアシオンが殺されて、俺を疑うのは当然だ・・・『正面からやりあって』あいつを倒せる可能性があるのは俺以外にいない・・・やっちゃあいないんだが、やはりその点だけは譲れないな」


そう語るサーラーンは、もし自分が犯人にされても甘んじてそれを受け入れる・・・その覚悟が出来ているようにも見える。

殺してはいないが、殺せるのは自分だけだという事実も認めるしかない・・・その複雑な心中を理解できるとしたら、きっと殺された剣聖当人しかいないのではないだろうか。


「もし・・・」


そんな彼に、アーステール様はもうひとつ問いかけた。


「もし・・・『正面から』じゃなかったら?・・・貴方には誰か心当たりがあるんじゃないかしら?」

「?!」


(『正面からやりあって』あいつを倒せる可能性があるのは・・・)


たしかにサーラーンはそう言っていた。

それは、正面以外なら他の可能性があるという事?・・・でも剣聖は間違いなく正面に傷を受けて・・・


「俺は・・・」


そしてアーステール様が睨んだ通り、サーラーンはその心当たりを口にする。

それは、奇しくも私達に聞き覚えがある存在で・・・


「俺は、あのジェイドとかいう男を疑っている・・・奴は『見えざる射手』だ」


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