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アーステールの猫  作者: 榛名
黒猫と至聖の剣
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黒猫と至聖の剣 2


「お待たせしました! 何者をも寄せつけぬ至聖の剣! 武を極めしその御身は戦の神か! 最強の剣聖レアシオン、ここにあり!」


この世にただひとつの『最強』を讃える声を一身に受けながら。

ただひと振りの剣を手に、剣聖・・・レアシオンはゆっくりと歩みを進めた。

その動きは風が流れるように自然に・・・どこか頼りなく、ふとすれば散ってしまう桜にも似た儚さすら感じさせて。


しかし、その強さはこの場の誰もが知っている。

この武術祭始まって以来、覆された事のない連勝記録の保持者。

未だ敗北の二文字を知らぬ無敗の王者。


剣聖レアシオンはステージに上ると・・・ただ静かに頭を下げ、礼をした。


・・・その瞬間だけ。

まるで時が止まったかのように競技場が静寂に包まれた。


その静寂の中を、剣聖は一歩、また一歩、その足を進めて・・・その姿が見えなくなった時。

ようやく世界が音を取り戻したかのように、会場が再び歓声に包まれたのだった。


「ふぅん・・・あの人が一番強いんだ」


たいした興味もなさそうに呟くと、アーステール様は運ばれてきた葡萄の粒を千切って口へと運んだ。

葡萄の他にも大皿の上には多くの果実がこれでもかと山のように乗せられていて・・・ダブラール氏の心遣いなのだろうけれど、とても食べきれる量ではない。


「ソアレさんも自由に食べてね・・・そこの剣士さんもどうぞ」

「いや、俺は別に・・・仕事中だし・・・」


ハジャルさんは意外と真面目なのか、アーステール様の申し出を断った。

しかしその視線は果実の方へゆらゆらと泳いでおり・・・その心中を雄弁に語っている。


「こういうのは、食べられる時に食べた方が良いですよ・・・はい」


彼を見ているとなんだか・・・下っ端使用人時代が思い出された。

日持ちのする硬いパンだけを与えられて、それすらゆっくりと食べる時間がなく・・・

おそらくは彼もたいした食事は与えられていないのだろう、筋骨隆々の参加者達を見た後だとその身体つきも細く感じられた。


「・・・悪ぃ」


小さくそう呟きながらハジャルさんは果実を受け取ると、皮が付いたままのそれにかぶりついた。

まるでリンゴのような食べ方だけど、今渡したのは橙色の柑橘系の果実だ・・・きっとその皮は渋みと苦みで・・・案の定ハジャルさんは顔をしかめて呻き声を上げた。


「うぇぇ・・・なんだこれ・・・」

「ダメですよ、ちゃんと皮をむいて食べないと・・・ほら、こうやって」

「・・・」


わかりやすいように目の前で皮をむいてあげて、果実を手渡す・・・メイドの性か、つい世話を焼いてしまった。

ハジャルさんはそれを受け取ると、さっきの味を思い出したのか恐る恐る口に運び・・・


「・・・うまい」

「でしょう?」


その味が気に入ったようで、橙色の果実ばかりを食べていく。

ちゃんと皮をむく事は覚えてくれたようだけれど、その手つきはあまり器用ではなさそうだった。


「あーソアレさん、それ私にもむいて」

「はいはい、今用意しますね」


ハジャルさんが美味しそうに食べるのを見て興味を持ったのか、アーステール様も橙の果実を欲しがった。

別にアーステール様はこの果実の皮のむき方くらい知っているはずだけど・・・横着してか自分ではやらないご様子。

仕方がないので丁寧に皮をむいたものを手渡した・・・これもメイドの仕事のうち。

そろそろ私もひとつ・・・うん、美味しい。


「投票券の販売は出口の脇で行います、皆様奮ってご購入ください!」


甘い果実を味わっていると、ステージの方から司会の男の声が聞こえてきた。

・・・投票券・・・聞き慣れない言葉だ。


「あの投票券っていうのは何かしら?」

「さぁ・・・ハジャルさんは知ってますか?」

「ああ、アレはな・・・」


ハジャルさんに尋ねると、投票券とその仕組みについて教えてくれた。


この武術祭で優勝する剣士を1名予想して、お金を払って投票する、という制度がある。

見事自分の投票した剣士が優勝を果たした場合は、その投票券を買い取ってもらえるらしい。

その金額は人気のなかった剣士程高く設定され・・・って、この制度はもしや・・・


「と、賭博じゃないですか!」

「いいや、あくまで人気投票だ・・・そういう体裁で何年も行われてきてる・・・あ、俺が喋ったってのは内緒にしてくれ」

「・・・法の抜け穴ってやつね、なんとなく読めてきたわ」

「・・・私もです」


この上なくアーステール様と意見が一致した。

この武術祭が赤字となっている理由・・・それはおそらく・・・

実際に投票券の売り場に来て、それの疑惑は確信へと変わった。


「剣聖レアシオン、100票くれ」

「俺も剣聖で200票」

「もう剣聖しか勝たんのわかってるもんな、俺にも100票くれ」


客の誰しもが買い求めるのは剣聖の投票券だった。

他の剣士を購入しようとする者などほとんどおらず・・・いたとしても・・・


「アイゼラ様の投票券2票ください、1つは保存用にするので別々に・・・」


ファンによる記念品のような感覚。

数百単位で購入される剣聖票と比べて、あまりにも数が少ない。

当然、払い戻し金額は偏る・・・剣聖のそれは極めて元金に近い・・・だが元金の額そのものには出来ないようで。

1.001倍・・・それが最低限の払い戻し額として確約されていた。


剣聖レアシオンは敗北を知らず、毎回優勝し続けているという。

最初の頃はまだ他の剣士の票も相応に売れていたらしいが・・・剣聖が優勝を重ねる度に投票は偏っていって・・・

この有様では、あの赤字も当然と言えた。


「・・・ソアレさん、私すごく疲れたわ」

「・・・私もです」

「・・・にゃぁ」


疲れ切った表情を浮かべて、私達は競技場を後にする・・・心なしかサフィールの鳴き声からも疲れを感じた気がした。


・・・あのエリック様の事だ、これまではダブラール氏にうまく言い包められてきたのだろう。

私達は用意されたホテルへと向かうと、エリーザ様宛にこの件を手紙に書いて送ることにした。


「ん・・・これで一件落着ね」

「ええ、あとは優勝者への花束贈呈だけです」

「ああ・・・それがあるんだっけ」

「決勝戦は5日後ですね・・・それまではこちらに滞在する事になりますよ」

「5日かぁ・・・どこに遊びに行こうかしら? あ、サフィールのおやつとか売ってないかな」


どうやら武術祭を観戦する気は全くないようだ。


翌日、武術祭の予選が開始され・・・多くの剣士が敗退していった。

もちろん無敗の剣聖や、あの女性騎士や異国の剣士は順調に勝ち進んだとか。


その間、私達は体調不良を理由に欠席して・・・ペットショップを訪れていた。

さすが伯爵領最大の都市だけあってペット用品も充実。

餌もそうだけど、おもちゃのラインナップもなかなかのもので・・・


「ほらサフィール・・・えいえい」

「にゃにゃ」


アーステール様が小さなねずみの人形がぶら下がった棒を振り回すと、その動きに釣られるようにサフィールがくるくると・・・

あ、これいい・・・すごくいい。


「あ、あの・・・アーステール様、私にもそれを・・・」

「うん、どうぞ」


おもちゃを受け取ると、私は小さく深呼吸した。

これまでサフィールには触れる事も出来ず、引っ掻かれたり噛みつかれたりしたけれど・・・これなら・・・

私はサフィールの鼻先へと、ねずみの人形を・・・ゆっくりと揺らしながら近付けていく・・・


「にゃっ!」


ブチ…


サフィールの放った鋭い一撃が、ねずみの人形にクリーンヒット。

その威力にぶら下げていた紐が千切れ、弾き飛ばされたねずみの人形はまるでスローモーションのように、私の視界いっぱいに・・・


「いたっ」


・・・ねずみの人形は私の顔面を直撃したのだった。


「あー、ソアレさんがおもちゃ壊した」

「うぅ・・・ごめんなさい」


おもちゃは別の紐に取り換える事ですぐに直ったけれど、もう飽きてしまったのかサフィールが遊んでくれる事はなかった。

今はホテルの絨毯の上でごろごろと背中を絨毯に擦りつけている・・・かわいいなぁ。

でも私が近付くと、相変わらずの警戒心を発揮してくる・・・おとなしくサフィールが撫でられてくれる日は、まだまだ遠そうだった。




さすがにそう何日も武術祭を欠席し続けるわけにはいかず。

準決勝の行われる4日目に、私達は再び競技場へと足を運んだ。


大方の予想通り、剣聖レアシオンは無敗のまま準決勝に勝ち進んできていた。

そして陽炎の剣士サーラーン、流麗の美闘士アイゼラ・・・もう1人は初参加の無名の剣士、ジェイドという名前以外はよくわからない。

準決勝はこの4人で行われるらしい・・・けれど。



「・・・剣聖はまだか?」


時間になっても剣聖が姿を見せない。

既に他の3名はステージの上におり、それぞれ困惑の表情を浮かべていた。


「おかしいわ、彼が時間に遅れた事なんてないのに・・・」

「どうせ運営が仕込んだ演出か何かだろう?・・・剣聖も大変だな」

「いや、そんな話は・・・何も・・・」


司会の男も何も知らされていないようで、どうすれば良いのかわからないようだ。

いつまでたっても会場側に動きはなく・・・時が経つにつれて観客達の中から不満の声が上がっていく・・・


「どうした、早くしろ」

「早く剣聖を出せ、このために朝から並んでんだぞ」

「申し訳ありません皆様、もう少し・・・もう少しお待ちください!」


司会の男が声を張り上げるが、観客の不満は収まらない。

あわや暴動でも起きそうな雰囲気になってきたその時・・・誰も予想しえなかった知らせが会場に持ち込まれた。

駆けこんできたスタッフが司会の男に耳打ちすると、その顔が青ざめて・・・


「ええ、皆様・・・ど、どうか落ち着いて聞いてください・・・先程、剣聖レアシオンが・・・」


司会の男の声が震えているのは怒り狂った観客達に怯えての事・・・最初はそう思った。

しかし、それにしてはどうも様子がおかしい。

きっと彼自身受け入れがたいものがあったのだろう・・・一度躊躇うように言葉を切って・・・


「先程、剣聖レアシオンが遺体となって発見されました・・・本日予定していた試合は中止とさせていただきます」


剣聖レアシオンの訃報。

それはあっという間に街中に広まり・・・混乱を収める為に多くの衛兵が出動する事になった。


そして、その死因がまた人々を揺るがす事になる。

彼の死因は身体正面の大きな切創・・・何者かによる斬撃が、最強のはずの剣聖の命を奪ったのだった。


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