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怒涛の春  作者: 十 一
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第三章  母

 ゴールデンウィーク前にはまた母との対決があった。

「ゴールデンウィークはまだ仕事だから何所にも連れて行ってやれなくてごめんね」

 福祉施設に務める千夏は仕事もあるがコロナもある。入所者に感染させないように、近年は近場へのお出掛けも慎んでいるのが普通だった。規制は解除されてきていたが、それは介護職の人間には関係ない。それどころか感染は増えるばかりだ。

「いいよ、解ってるし」

 千夏は穂那実がいても悠斗に話し掛けることが多くなっていて、答えながら悠斗は内心汗を掻いていた。

「そうよ。その代わりお父さんがミッキーロンドに連れてってくれるって」

 穂那実の発言に母の眉が(ひそ)まって、「来た来た来た」と恐怖する心を必死に悠斗は落ち着ける。

「あんたを?」

「お母さんったら、悠斗も一緒に決まってるじゃん。弟を除け者になんかしないよ」

 非難するような瞳を向けられて悠斗は身を縮ませた。

「母さん聞いてないわよ」

「今聞いたでしょ。悠斗をそんな瞳で見ないでやって」

(姉ちゃんそれダメだ)

 何故姉はわざと母の気持ちを引っ掻く様な言い方をするのか。

「お母さんが悠斗をどんな目で見てるって?」

 ようやく娘に視線を向ける。

「責めたいなら私にして」

 受止める穂那実も意志の強い瞳をして一歩も引かない。

「あんたは……」

「何?」

「親をバカにするのも大概になさい」

「バカにしてない。バカだとは思ってるけどお母さんにはちゃんと感謝してる。お母さんが言外で請求するしね」

 最後の一言が多い。悠斗は逃げたくなった。

「お母さん、お母さんは仕事で俺達休みじゃないか。だから何処かに行けないかなってさ」

 何とか宥めようと悠斗がすると、娘から視線を外して千夏は溜息を吐いた。

「もう、お母さんは施設にコロナを持ち込まないように控えてるのに!それであの人に強請ったの?」

「うん、コロナで介護施設の人達が親のお見舞いさえ控えなきゃいけない現状はよく分かってるよ。親が介護施設で働いてるのはお母さんだけじゃないし。でもお母さんが私達を何処にも連れて行けないのはコロナの所為だけじゃないでしょ?(吝嗇だからでしょ?)規制も緩和されたし、多少は良くない?父さん速攻でOKしてくれたよ」

「お小遣いならアップして上げたでしょう?」

「そうだけど、ゴールデンウィークに五千円じゃあどうしようもない」

「行きたいならその分のお金を上げたし、お母さんもうすぐ退職するから夏休みには連れてったげようと思ってたのよ」

「じゃあ、夏休みはUSJにしようよ」

「お金が入ったからって贅沢になって!」

「私達に入ったんじゃないでしょ、お母さんに入ったの。でもお母さん最近まで生活費だって必要なだけくれなかったじゃない?だからお父さんにお願いするしかないでしょ」

「なっ、この子ったら。いずれあんた達の物にもなるのよ。その調子ならお母さん死んだ途端あんた達破産だわ」

「私達は普通よ。夏休みには海外に連れてってなんて高望みもしてないし。規制緩和されてうちのクラスで何人が夏休みに海外旅行すると思う?サマーキャンプに親元を離れて沖縄に行く子だっているんだよ」

「母さんは仕事で…」

「仕事だったら他の親だってしてるし、シングルマザーだって今時珍しくないんだから」

「上を見てたら切りがないのよ」

「下だって同じじゃない」

 ああ言えばこう言う。言葉を選ばす突っかかってくるように千夏は感じた。

「もっと心豊かな時間の使い方を考えないの?」

「本を読むとか勉強するとか?自然観察の為に山登りするとか歴史的な遺跡を巡るとか?母さんが考えるのってそんなとこだよね」

 それだってお金がいるのよ、と穂那実の言葉は続く。誘ったところで年頃の友達には断られるだろうし、一人で行くのは楽しくない。

「お母さんの清貧ってどこが底なの?お母さんが金持ちになっても私達、お弁当を自分で作って近場を巡るしかないの?」

「何処がいけないの?それこそ心豊かな生活じゃない」

「お金に貧しい分?知ってる?悠斗。お母さんって子供の頃は結構いい生活してたんだよ。お母さんはお祖母ちゃんの男遍歴をあげつらうけど、お祖母ちゃんは金持ちの男ばっかり相手にしてたから。ねぇお母さん着れる服でも去年のを着るのを泣いて嫌がったんだって?」

 それは悠斗も祖母に繰り返し聞かされていた。けれど貧しかった頃は話題にもしなかった。その意味を母は理解しているだろうか。

「私と同じ年頃には、アクセサリーボックスを一杯にしてたって。お洒落だったんだよねお母さん」

 挑むように続ける娘を千夏は睨んだ。

 何故それを母は穂那実になど話たのか、貧しい暮らしをする穂那実がどんな思いをするか解かっていないのだ。しかもそれを今は母への脅しの材料にまでしている。茜の浅慮に千夏は呆れた。

「確かにお母さんはあんた達より恵まれてたわ。でもね、大人になるに従って母さんだって思うところがあったのよ」

 具体的には父と離婚して思ったように職に就けなかった頃からだ。穂那実は知っていたが、しかしそこまで母を追い詰めるつもりはない。

「ミッキーロンド位許してよ」

「勝手になさい」

 分が悪くなると母は部屋に逃げる。千夏にしてみればそうして子供を不安にして、自分の行動の見直しをするように仕向けたつもりだが、残念ながら自立心の強くて聡い二人には効かない。

「お許しは貰えたね」

 穂那実苦い笑みを悠斗に向けた。


「そんなこと言うんですよ。本当に憎ったらしいったら。親の苦労も知らずに。心の底から産まなきゃよかったって思っちゃいましたよ」

「アハハ穂那実ちゃんも言うねぇ」

「笑い事じゃありませんよ。こんなんじゃ将来が心配です」

 千夏の働く障碍者施設では休憩時間を皆で一斉になど取れない。精々少しづつ時間をずらすしかなく、それさえ入所者の様子いかんでは取れないことも多々あった。だから休憩時間とはいえ滅多に外出はしない。

 その僅かな時間に先輩の根本由美に千夏は子供のことを愚痴っていた。

「ん~ん~、それは反対。そこまでちゃんと言えるなんて将来有望じゃない。絶対出世間違いなしよ」

「そうですか?幾ら家族でも目上の者に対する口の利き方がなってないじゃないですか。昨今はフランクな方が主流とはいえ守るべき一線ってものがありません?」

「何言ってんのよ。反抗期の本番はこれからよ!もうすぐ悠斗君も反抗期なんだから」

 笑顔で鬱々となるようなことを言われても慰めにはならない。

「でも根本さんちの恵奈さんは、ボランティアで手伝ってくれた時も礼儀正しかったし、しっかりしたいいお嬢さんじゃないですか」

「それこそ反抗期の時は取っ組み合いの喧嘩までしたわよ私達」

「ええ⁉」

「ホントよ。『くたばれクソ婆ァ』とかって、そりゃもう酷かったんだから。良くないグループと付き合っててね、夜中にバイクの後ろに乗って行こうとするの!死に物狂いで引き留めて、母も娘も身体中痣と擦り傷だらけよ」

 それが自分に降り懸かって来るかもしれないことを考えてゾッとした。幾らなんでも自分の娘がそんなバカになるなんて我慢出来ない。そんな見っともないことをしたくない。

「それで新しい家はどう?広くなって住み心地いいんじゃない?」

「ええ、でもまあ新しい家が建つまでですし多少難があってもね」

「え?家建てるの」

 迂闊だった口が滑ってしまった。

「あら、もしかして本当は結婚の為に引っ越したとか?」

 このこの、と肘で突かれる。

「そんなんじゃありません。男なんて懲り懲りですよ。ちょっと遺産が入ったから、子供達の為にも家を建てようかなって」

「そうなんだ。いいねぇ。新品の家の自分の部屋なんて羨ましいわ」

「え?根本さん家建てるんですか?交代に来ました」

 根本と交代しに田中が更衣室に現れる。

「私じゃないわ片桐さんよ」

「ええ~、片桐さん引っ越したばっかりじゃないですか!」

「まあ…」

 若い田中に千夏は口籠った。先輩の根本だから少しなら話していいかなだが、田中は口が軽い。

「家が建つまでの間の仮住まいなんだって、羨ましいよね。じゃ、私行くね」

「ええ~、本当ですか?羨ましい~。私もマンションでいいから新築の自分ちが欲しいです~」

 田中は顔を輝かせて素直に羨ましがった。

「そんな…羨ましがられることでもないのよ」

「どうしてですか?家建てるんでしょ?あ、でも片桐さん来月で退職するんですよね。それじゃあローンって訳じゃないですよね」

「うん、まあ、建てられるだけの遺産が入ったから」

「ええ~、ビックリ~。じゃあ親戚の方がお亡くなりに?え?片桐さんってもしかして好いとこのお嬢さんだったとか?」

「いや…それは」

 はぐらかそうとしてはぐらかせず答える内に、具体的な遺産の内容まで喋らされていてしまった。

 すると翌日から周囲の雰囲気が変わった。千夏を見る目が冷たい気がするのだ。根本だけがいつもと変わらず朗らかに接してくれていた。

「ちょっとあんたぁ、私達に嘘ついてたんだ」

 突然嘘吐き扱いされたのは仕事の合間だ。

「嘘って」

「そんだけ遺産入るんなら、お菓子の一つも差し入れしてくれてもいいもんじゃない?前から思ってたけどあんたは吝嗇ねぇホントに」

 前から嫌な物言いをする同僚だったが吝嗇とはなんだ、自分の金をどう使おうと千夏の勝手ではないか。千夏の顔色を見て薄ら笑いを浮かべた同僚は、利用者の粗相した汚れ物を洗濯しに行った。

(田中さん、あの人が言ったんだ)

 もしかしてそれがみんなの耳に入ったのか。とんだお喋りではないか。その上みんな千夏が吝嗇だと冷たいのか、とんだ逆恨みだ何て卑しい人達だろう。そんな人達には負けない。

 挑む様な気持ちで千夏は仕事を続けた。


 職場では嫌な雰囲気の日々が続いたが退職日も来週と迫ると、千夏の代わりの人員も二人採用された。千夏から見てまあまあ仕事の出来る女性達だったので、人手不足に更に穴を開ける後ろ暗さを感じずに済んだ。

 近年治まっては新型が拡がるコロナの折なので、送歓迎会は催されなかったが、根本が施設長の許可を得て親しい同僚だけを集めた送迎会を開いてくれることになった。

 退職三日後の夕方、お菓子を持って久し振りにスカートを穿いた千夏は元職場に挨拶に寄った。一頻り雑談をして辞すると喉が渇いて、施設内にある自動販売機で水でも買おうと足を向けた。

 禁煙が拡がる昨今であるから喫煙所は目につく場所には設置されず、千夏の施設でも施設前の駐車場の奥の、建物の陰に設置されている。そこに自動販売機はあった。

 就業中はお茶を持参していたので買いに行ったことはなかったから、最初で最後の使用だ。煙草の煙は苦手だから誰も居ないことを祈っていたが残念ながら先客がいた。

 この時間なら早番が終わった同僚者や別部署の職員だろう。近くまで行っても複数の声は千夏に気付かず話に夢中になっている。煙草の匂いがキツイ。よくも我慢出来るものだと思うが、その煙を吸っているのだ。そういうものかもしれないと声を掛けようとした動きが止まった。

「ホント根本さんもご苦労様です。片桐さんの送迎会なんてコロナを理由にしてしなくたっていいのに」

 噂を施設中に広めてくれた田中だ。何て酷いことを言うのだろう。そして根本もいるのだ。

「何言ってんの、長いこと一緒に働いた人なんだから、逆にコロナでみんなで送れなくて悪い位だよ」

「え~、片桐さんを送りたい人なんているのかな?」

 嘲笑含みの男性職員の言葉が千夏に衝撃を与えた。

「人は誰だって欠点があるでしょうに、そんな風に言ったらあんただってそう思われてるかもよ」

「確かに」

 言った本人が同意して笑う。

「でもよく4年も務められましたよね。私もっと早く辞めると思ってましたよ。辞めてくれとも思ってたけど」

「そうよね」

 もう一人女性がいた。この声は年配の同僚だ。

「仕事は手抜きが多くて、人が利用者の排泄の失敗で忙しくしてても、「私はこっちを見てます」的な態度で手伝いもしないの。汚物洗いもなるだけ避けてたでしょ?」

「自分の時間に出た汚物はなるべく自分で消毒、洗濯までして帰るものなのに、何時間もほったらかしで平気で帰ってましたもんね」

「忙しくて出来ませんでしたって振りしてね。その上、知的障碍者の施設だってのに利用者に説教臭くて、上から目線で説教垂れんのよ」

「そうそう、利用者の『何故それをするか』を追究もしないで、表面だけ見て説教するの、笑っちゃう。「他の人が優しいから私はきつい悪役をします」って頼んでないっつーの」

「利用者にも嫌われてたけど悪役買って出てたから仕方ないとか思ってんだよ」

 根本は苦笑して聞いていたが、千夏は何故彼女が弁護してくれないのか腹が立った。

「コロナ前とか色々企画があったじゃないですか」

 男性社員も加わる。

「書類とかって頼んでた事って期限までに出来た(ためし)がなかったっすよ。ごめんなさいとか謝ったりは決してなくて、「私シングルマザーで家でも忙しいから」って、それはそうでしょうけど仕事なんだから、出来ないなら期日前にそう言ってくれないと、フォローだって出来ないっすよ」

「言わないよねあの人「ごめんなさい」は」

「自分の間違い認めない人だもんね」

「大体シングルマザーっつっても子供も大きくて、早くからご飯の支度は子供達にさせてたはずでしょ?」

「聞いた聞いた。子供の自立心を育てる為だって、洗濯と掃除もやらせてたはずよ。根もっちゃんも聞いたよね」

「まあね。小さい内から色々とやらせるのは善いことよ」

「でもそれだけ子共にやってもらってたら、シングルマザーで忙しいって言い訳も通じませんよね」

「だよね。きっと「子供にお説教しなきゃならないから忙しいんです」なんじゃないの?」

「それだぁ」

 どっと笑い声が起って、居た堪れなくなった千夏は回れ右をして立ち去った。

 バレていた、自分が利用者の排泄の失敗の片付けを避けていたことが。見透かされていた。しかし企画などは家に仕事を持ち込むのが嫌で、極力避けていたら提出が遅れてしまっていただけだ。大したことではないはずで、自分だけではなかったはずだ。

 頭の中では見透かされて恥ずかしい思いと言い訳が渦巻いて、車の運転も怪しくなった。とうとう赤信号なのに飛び出して車にぶつかりそうになる。

 急停車する車のブレーキ音、タイヤがアスファルトを擦る音と悲鳴がたった数秒の間に交差する。

「何やってんだ⁉車が通ってなくても赤信号だぞ!」

 助手席のチャイルドシートには幼い男の子の姿が見えた。

「ごめんなさい」

 大声で怒鳴られたのが怖くて、謝るとそそくさと車を発進させた。

(ほら、私だって悪い時はちゃんと謝れる)

「待てよ⁉」

 バンに乗っていた男は追って来て千夏の車を道路脇に寄せて止めさせた。

「それだけで済ませようってのか?なんだそりゃ。こっちは危うく子供が怪我するとこだったんだぞ」

(どうして?謝ったのに絡んできた)

 確かに子供が乗っていたし悪いとは思う、しかし謝る以外にどうしろというのか、まさか脅迫して金を要求しようというのではないか。千夏は恐怖で一杯になった。

「わ、私、謝ったし…」

 しどろもどろになる。

「聞いたよ。投げ捨てるみたいにな。降りてこっちの無事を確認しようって気にはならなかったのか⁉」

(怖い…どうしたらいいの?ちょっとしたことで車も当たらなかったし大したことじゃないのに。誰か助けて)

「先ず降りろよ!」

 そう怒鳴られて千夏はパワーウィンドウを上げて閉めてしまった。

「な…何やってんだ!」

「ちょっともう止めなよあんた。無事だったんだし子供達に怪我もないし、相手にしないでおこうよ」

 降りて来た妻らしき女性が男を宥めた。

「けどな…」

「すみません。私はその女性の知人です」

 男にそう声を掛けたのは長谷川だった。

 背は高めで体格もよく、パリッとした背広を着た長谷川に男は一瞬狼狽えた。

「え、あんた知人ってねぇ」

「はい、現場は見ていないのですが、女性に代って私が謝ります。すみません。お子さんにお怪我はありませんでしたか?」

「あ、ああ」

「なかったわ」

「それは本当に幸いでした」

 説得力のある顔で言われて男の興奮も落ち着き始める。

「ホントだよ。子供が怪我してたら警察どうこうじゃなく、俺が何してたか分かんねぇよ」

「ですよね、解ります。自分も子供がいますので、心配で頭に来る気持ちはよく解ります」

「ああ、あんたも子供いるんだ」

「子供の成長が心の支えで」

「解かる。ホント子供が怪我したんじゃないかと思ったら滅茶苦茶怖かったよ。生きた心地しなかった」

「あんた」

 男の妻が夫の肩を擦った。どうやら怒りを収めてくれたらしい。

「その知人の女性に言い聞かせて下さいよ。命が失われてからじゃ謝っても遅いんだからね」

「ええ、父として彼女にはガツンと言い聞かせます」

 その場は収まり家族の乗ったバンが走り去るのを見送って、長谷川は千夏の車の窓を叩くとスーッとウィンドウが下がる。

「ありがとう」

「相変わらずだなお前は」

 同時だった。

「私は謝ったのに…」

「謝っただけじゃなく相手に怪我がなかったか確かめるのが基本だ。それに相手はお子さんだっていたんだ」

「……私に非があるってどうしてあなたに分かるのよ?」

「向こうが原因なら、お前嵩に来てデカい態度になってたろ?」

「そんな…」

「そうなんだよお前は」

「酷い…」

「じゃあな、俺は急ぐから」

「待ってよ!」

 行きかけた長谷川が振返った。

「何だ?」

「話があるの、なるはやで時間作って」

「分かった、後で穂那実に連絡する」

「私のLINE…」

「お前のは知りたくない」

 取り付く島もなく足早に去られた千夏は、この世に自分だけしか存在しないような孤独な気分を味わっていた。


 千夏は変わらない。

 何年振りかで修吾は少ない言葉を交わしただけだがそれが解かった。

 自分本位で自分の間違いを認められず対処が出来ない。

 それが面白い時期もあった、だから結婚したが、それも一方的に決裂させられた。話したくはないが、子供達を取り戻す為には早い内に話し合わねばならないことは修吾にも分かっていた。

 育児でノイローゼ気味になったのは、千夏ではなく彼女に様々な理想を押し付けられた修吾だった。我が子の為、その時はまだ愛していた妻の為に、仕事をしているからと子育てを妻に押し付けずに、子育てを手伝うのではなく妻と分け合おうとした。しかし彼女の中では整合性が取れていても第三者からすれば千夏の主張は滅茶苦茶で、産後の情緒不安定もあるだろうと懸命に支えた修吾は神経をすり減らされ、泥沼にはまり込んでいた。

 気が付けばよく解からないまま離婚が成立していた。子供の為に養育費を払おうとしたがそれすら拒否された修吾は、愚痴を聞いて支えてくれた女性と自然と関係を持って結婚したのだ。

 優しく楽しい女性だった。子供がなくても生涯添い遂げようと思ったが、修吾には打明けられない悩みを抱えている様子が何か月も続き、やがて決着がついたのか離婚を切り出された。

 止まれ、今夜は千夏が職場の送迎会だからと、穂那実や悠斗と夕食を約束しているのだ約束に遅れたくない。事故を起こさない程度に修吾は車のスピードを上げた。

 待ち合わせは埼玉によくあるファミレスだ。

「ここで良かったのか?遠慮しなくても成長期だろ?焼肉でもステーキでも連れてってやったぞ」

 落ち合った姉弟に訊いた。

「ここでいい。みんな、って学校の同級生とかだけど、ここのハンバーグやデザートの話よくしてて来てみたかったの」

「チーズインハンバーグの特大食べていい?」

「いいぞ。好きな物を頼めよ」

 やった!と子供達が喜ぶのに目が細まる。

「ねぇお父さん、この服どう?」

「俺のもお祖母ちゃんが選んでくれたんだ」

 孫達の服選びがしたい茜に連れ出されたのだ。正直普段とかけ離れていて似合う似合わないも分からないでいる。

「お母さん相変わらず吝嗇なんだ。姉ちゃんの誕生日を何処かのお店でやろうって提案したら、そんな贅沢要らないって。でも料理にお金かけてもいいよ、だって。作るのは姉ちゃんなんだぜ。俺も作るけどそんな上手くないんだ。宅配も嫌がってさ。ケーキもホール買おうよって強請ってみたけど、食べ切れないからいつもみたいにショートケーキで十分です、ってさ」

 成長期なのだ、普通のホールのケーキなど姉弟に掛ればペロリである。

「母さんは酷いよ。何か少しでもお金の掛かることお願いしたら「お母さんの懐を狙うことばっかり考えて」ってさ。誕生日なんだからいいだろ?」

 悠斗は不服そうだ。これなら家で誕生日を祝った後でも修吾に穂那実の誕生日を祝わせて貰えそうだ。

「その分プレゼントに金掛けてくれてるんじゃないか?」

「貰ったことないよプレゼントなんて。今年だってきっと用意してない。だってそれがお母さんの信条だから。姉弟の間でプレゼント渡すのも禁止されてる。今年は解禁かなって思ったけど、許してくれそうにない」

 口を尖らせる悠斗を穂那実が肩を抱いて慰めた。

「ありがとう悠斗。悠斗の好きな物お姉ちゃん作ったげるって、ね。何がいい?プレゼントなんて要らないよ。お父さんにも会えたし、一人部屋は貰えたし、今年は色々充分」

 穂那実の健気さに修吾は涙が零れそうになるのを耐えた。今すぐにでも抱きしめて家に連れ帰りたい欲求と闘う。あの女の下でも子供達はすくすく育っていたのだ。もっと酷い性格の二人を予想していたのに。

 注文しようと悠斗はドキドキして店内を見回すと、違う制服のウェイターがうろついてるのが視えた。何もされない気にする必要はないモノだ。悪意のあるモノではないが、何故ここに居ついているのだろう。いや、そんなことはどうでもいい。

「お父さんドリンクバーで違うジュース合わせてオリジナルジュース作るんだって、やっちゃんが言ってた」

「好きなようにしていいぞ。そうだ。父さんにも何か作ってくれよ」

「OK!行ってくる」

 車だからアルコールは飲めないと頼んでみたが、酷く甘くて修吾には飲み切れそうもない。

「これはあんまり美味しくないよ悠斗」

 穂那実は顰め面も可愛かった。

「そう?俺はいける」

「父さんもギブアップだ」

「じゃあ俺飲むよ」

「だがコロナが」

「父さんと俺じゃん。全然大丈夫だよ」

 背が高くても笑顔は子供だった。

「じゃあ頼む」

「お父さん代わりに烏龍茶でも淹れてこようか?私も入れ直すし」

「ああ」

 子を持つ幸せをようやく味わえた気がした。


 結局千夏は送迎会には出席せず、それを問う根本のLINEにも返信せずに、自分の部屋で子供のように膝を抱いていた。

 私の何が悪いの?

 考えることはそれだけだ。

 仕事の手抜きは誰でも大なり小なりしているし、汚物の処理は手抜きしてても他のことで取り返してるはずだ。説教?地道に障碍者に言い聞かせなければ身につかない、治らないモノもあるじゃないか。それが説教だと悪口を叩くのか。根本も何もフォローしてくれなかった。きっと頷いて肯定していたに違いない。


 気遣わし気な八綱が静かに現れてそっと彼女に寄り添ったが、視る力のない彼女には解かる訳もない。


 誰にでも間違いがあり自分にもある、それは理屈で承知していたが、実際に受け入れられたことはない自分を、千夏は自覚していない。だから辞めた障碍者施設に辿り着く前も職を転々とすることになったのだが、それも人間関係が悪いからになってしまっていた。

 自分のすることには全て理由があり、その理由を客観視したことなど千夏にはない。それ故に職を転々としながらも、私の何が悪いのか、何故自分は理解しても貰えないのか、何故自分ばかり良くない人達が集まる職場に当たってしまうのか、と自分は悪くない前提の問いを続けることになる。

 何年か振りに会う修吾は、昔と変わらず仕立ても生地もいい背広を着こなし、歳を味方につけて男としての貫禄も滲み出していた。それに引き換え自分はどうだ?化粧品も安物で、送迎会用に買った服も人気の安売りの店の物だ。自分はそれでも喜んでいたのに急に色褪せて野暮ったく感じられた。

 惨めだった。


 ヒ~ンと八綱が鳴いて身をピタリと付けるが、八綱の思いは届かない。


 今夜千夏が出掛ける為、子供達は修吾と夕食だ。きっとカッコいい父が誇らしいに違いない。翻って自分は気持ちを解かってくれない吝嗇な母だと思われている。苦しくても誰にも頼らず頑張って来た自分は何だったのか。

 いつしか嗚咽が洩れていた。



「お犬様が通った。今日も忙しそうだな」

 裕太の言葉に悠斗も視線を外に向けた。いつもの神社の境内からはお犬様だけでなく蠢くモノ達も視える。

「何か…変なのも増えてるよな」

 最近増えたのか悠斗の傍に居るからハッキリ見えてきたのか、答えは悠斗がくれた。

「お祭りが本来の形で出来ないからなぁ。祭りに参加するだけで神様の力を大なり小なり分け与えられるもんなんだよ。それが方々に散ることで清浄地が広がるし保たれるんだ」

 動かずこちらを見詰めているお犬様が目に入った。見覚えのある顔だ。

(八綱)

 他のお犬様より一回り大きい。片桐姉弟の幼い頃の守護神。今日は家を離れたのか。駆け寄りたかったが、裕太がいた。

「そうなのか!知らなかった。賢いな悠斗は」

「って姉ちゃんが言ってた」

「あ、穂那実さんね」

「そ、前にも言ったろ?俺は姉ちゃんより視える力は強いけど、どう対処したらいいとか仕組みとか、そういうのは姉ちゃんの方がわかんだよ」

「ああ、だったよな。そういや一人部屋の住み心地はどうなんだよ?やっぱいいだろ?」

 狭い公団住宅から新しい家が出来るまでということで、借家だが広い家に移って二ヶ月近くなる。明るい顔になった悠斗は親指を立てて突き出した。

「最高!部屋が広いとかじゃなくて、プライバシーのある空間って大事だよな裕太、俺そう思ったよ。協力してくれてありがとな」

 幼い頃から姉弟で部屋を共有していたが、第二次性徴期を迎え思春期ともなると、異性の姉弟と共有するのは難しくなっていた。悠斗だって男である限り教科書や参考書以外に読みたい本がある。心置きなく大きくページを開いて見たいが、エロ本を見ているのを姉にバレたくなんてない。していることも。

「良かったな。俺も協力した甲斐があるよ」

 視えるだけに家選びも大変だった。裕太と兄達にはとても感謝しきれない。

 家が広いとぶつくさ言っていた千夏も、近頃水彩画を初めて自室以外の部屋をアトリエに使っていた。新居の建築に向けて色々と勉強したり不動産会社と相談していても、仕事を辞めたら四六時中忙しい訳ではないのに、家事はそのまま子供達に丸投げでチリ一つごみ箱に捨てようとはせず、自分の好みに合う趣味を探して市の主宰する水彩画教室に通っていた。

 だがそれ以外の理由で最近は機嫌を良くしているのを姉弟は知っている。

「そういやさ、新居の設計でさ、不動産屋に紹介された一級建築士ってのがさまた…」

「どした?」

 何故言葉を切ってしまったのか悠斗にも不明だったが思い切って打明ける。

「……夏秋って名前なんだ」

「ええ、夏秋って夏秋兄妹の?」

「親父じゃないか?夏秋なんて姓そうそうないだろ?親父じゃなくても絶対親戚だよな」

「だよな。偶然赤の他人なんて考えられない」

「何なんだろこの符号」

 同じクラスの夏秋柚巴。彼女の兄の眞宙はこれまた穂那実と同じクラスなのだ。柚巴は時折悠斗を見詰めていて、美少女だけれどちょっと気味悪かった。

 コロナでリモートワークが浸透して、環境のいい田舎に引っ越す人が出てることはニュースにもなっていた。それで秩父に越してきた家族もいるとは聞いたし、東京から引っ越して来た夏秋家もそのような説明だった気がする。

 けれど一家揃って片桐家に近付いて来るなんて、これを偶然では片付けるのは間抜けだと思うのだ。

「どういうことなのか解るか?」

「コナン張りの推理をすると…」

 裕太は指をこめかみに当てた。

「ふんふん」

「転校生の兄ちゃんも視えるっぽいんだろ?霊能者兄妹が片桐家の財産を狙って、早いうちから唾付けに来てる。そんで霊能者のサラブレットの子供を作って、一族を盛り上げようとしてる…かな?」

「なるよな!そんな感じだよな!俺も似たような結論になった。考え過ぎかもと思ったけど、やっぱり目的はそっちだよな」

 財産と俺の肉体なんだ、と普段冷静で鷹揚な悠斗がホイホイと裕太の尻馬に乗っていた。

「いやいや悠斗君、これはうがった見方かもしんないよ。二人共悠斗達が視える体質だって気付いて、何とか仲良くしようとして来てるのかもだし、物凄い確率で偶然が重なってるだけかも」

「ホントに?仲良くしようとしてんのは分かるよ。夏秋兄は姉ちゃんに親し気にして来るみたいだし、母さんはハンサムな一級建築士にメロメロだし」

 小指を立てた手を口許に当てて気色悪くメロメロを表現する。

「ハンサムなんだ」

「子供達見てみ」

 柚巴は言うまでもなく、眞宙も理知的で精悍なハンサムだ。

「最近まで家建てるってどっさり本を図書館で借りてたんだぜ?古本でだって一冊も買わなかったのにさ、「夏秋さんに勧められたの」ってド吝嗇母が新品買ってんだ。しかも俺達には禁じておいて「家建てました」系の漫画も、「解かり易いの」とかって買ってるんだ。俺はそれも許せない」

 母パートを口調を真似て話すから、本人を知ってる裕太は笑ってしまう。

「読ませてくれるんだろ?」

 昭和の親のように千夏は漫画やアニメを教育に悪いと決めつけて禁じたから、漫画やアニメは山川家に頼る他なかったのが現状だ。

 しかし漫画家より水彩画を描く自分の方が崇高で偉い感を持つのは何故なのか。絵を描くだけなら悠斗にだって出来る。しかしそれで多くの人を納得させる話を描くのはまた違う。絵が下手でも面白い話は幾らでもある。そういう力のある物を見下して禁じられるのは本当に不本意だった。

「そう思うだろ?それだって頭の固まってない子供にはいけないって読ませてくんねーの!姉ちゃん流石に包丁研いでたよ」

 悠斗は野球部でなかったことを悔やんだ。バットが欲しかった。言葉だけでなく全身で理不尽を訴える。

 仕事を辞めた頃の千夏の様子が一時的に悪くて姉弟で心配していたが、夏秋に会ってからコロッと変わって服装が派手になったからとても解かり易かった。

 あんな母であっても一人の女である所を見せられると、恋愛に反対はしないが流石に息子として胸中は穏やかでない。

「穂那実さんはどうな訳?」

 裕太の関心はそこだ。

「姉ちゃんは喜んでる」

 親離れが出来てる姉は母の恋愛を何とも思っておらず、自分への干渉が減ったことを素直に喜んでいた。


「私さ、もう遺産残してもらえるとか期待してないんだ。暮らしも大して変わんないし、貰ったこと自体夢なんだと思えるようになった。それにお母さんとはそりが合わないのは嫌という程自覚した。もし再婚するならお父さんのとこに行くつもりだよ。お父さんとこからなら高校や大学も選び放題だしね。再婚するなら早くして欲しい位」

「ドライだ姉ちゃんは」

「ドライだよ。お母さんが頼りにならないことはちっちゃい頃から分かってたし、自分の人生は自分で切り拓かないとダメだって考えてたもん。再婚でお母さんが幸せなら私のこと忘れてくれても全然構わない。干渉されたらムカつくけど、放っておいてくれたらそれなりに思い遣れるもん」


 愛情がない訳ではない。母に不幸になって欲しい訳でもない。ただ解かり合えない母娘なら、傷つけあう前に別の道を進んで距離を取り、互いに幸せであればいいと考えているだけなのだ。

 悠斗にすればそんな風に考えるのは早い気がするが、職を転々とする母の背を見て育ち、幼い内から家事や弟の世話を任されていた姉は早く大人にされてしまったのだ。悠斗が別れ道が早くて寂しく心細いのは、それだけ姉に頼っていた証拠である。

 しかしそれならそれで悠斗も姉と一緒に父と暮らしたい。一人残されるのは嫌だ。再婚は母の幸せと受け入れたとして、母の愛する男だろうと実の父以外を父を呼ばされる気はない。

「うん、実の父ちゃん以外を父ちゃんって呼びたくないよな」

「解かってくれるか、友よ!」

「解らいでか。余程酷い親父じゃないとそう思うだろ?あ、雨」

 ぽ、ぽ、と大きな雨玉が二人を打ったので、これは本降りになるかもしれない、慌てて自転車に走った。

「また明日な!」

「おう」

 と挨拶を交わして別れた。それでも荒川を超えた我が家に着くまでにはずぶ濡れになっていた。


 陸の伯父さんのカズさんが名古屋コーチンなんかをお裾分けしてくれて、穂那実が用途別に分けていると悠斗がずぶ濡れで帰って来た。ただいまもなく「姉ちゃん今夜何?」だ。

「唐揚げだよ」

「やった!着替えて手伝う」

 もう一生見ないでもいいと思っていた鶏肉だが、しばらく遠ざかると懐かしくなる。

「それより洗濯物畳んで、雨の前に取り込んだままだから」

「わぁった」

 弁当箱を置くと、どたどたと大きな音を立てて二階に上がって行く。

 また鶏肉に向かおうとしてスマホが鳴った。

 母だ。

「はい?」

『あ、穂那実?』

「お母さんどうしたの?」

『今夜夕食もう一人分増えてもいい?』

 ピンときた母には親しい友達なんていない。そしてこういう聡いところが千夏にとって穂那実が可愛くない所だ。

「誰が来るの?」

『建築士の夏秋さん。子供達の希望も訊きたいって仰ったから、夕飯に招待したの』

 スマホから聞こえる声が弾んでいる。いい口実だった。自分の部屋に対する希望を、など言われたら断れはしない。土地も買ってないのにどう建築するというのか、それを訊きたいところではあったが。

「分かった」

『夏秋さんたくさん食べるって』

「じゃあ何かお惣菜も買って来てね、余分が買えないから。我が家の分で精一杯なんだし。因みに夕飯は唐揚げです。上木さんが鶏肉分けて下さったんだよ」

 お隣さんからジビエをご近所から野菜を頂いたと母に告げてはいるが、右から左に抜けているだろう。

『またそういうことを言う。夏秋さんはお客様よ。家を設計してくれるんだから、おもてなししないと。好印象残したらあんたの部屋だって良くしてくれるかもよ。上木さんもお会いしたらお礼言っとくわ。じゃあお願いね』

 娘にこれ以上何も言わせない為に、千夏は返事を待たずにスマホを切った。

「急にご迷惑じゃないかな?」

 傍にいた夏秋が雰囲気を察して案じている。そんな顔をさせてしまう娘に腹が立った。

 トレーニングを欠かさない筋肉の盛り上がった長身で、野性的なハンサムだが意外に理知的なのだ。紹介された時は見かけで疑ってしまったが、女性的で繊細なインテリアも理解を示し、疑問には丁寧に答えてくれた。

「大丈夫よ。うちの娘は料理が巧いの、ちょちょいと用意してくれるわ」

「それは頼もしいね、うちの娘は一歳違いなだけなのに料理はからきしなんだ」

「その代わり所帯臭い叱られ方するのよ」

「どんな?」

「聞かせる程でもないの、でも急だからちょっとおかずが足りないみたい。息子も育ち盛りだしよく食べるのよ。サッカーもやってるしね。だからお惣菜を頼まれたわ」

「じゃあ美味しい物を買っていかないとな」

 夏秋に逞しい腕を差出されて、茜は頬を赤らめながらそっと組んだ。


 夏秋俊平はニコニコと如才なく姉弟に挨拶し、イタリア料理店でテイクアウトした総菜を穂那実に手渡した。

 悠斗が筍みたいにニョキニョキ背を伸ばしていても細いのに対し、夏秋は厚みもあって迫力がある。彼がいるだけで空間が狭くなる気がした。肩に何も憑いてなくても力があるのが解かる気がする。

 それに八綱が油断なく彼を監視していた。姉弟の前で家の中に八綱が踏み込むのは初めてのことだった。身を低めたり唸ったりはしていない。ただ静かに見守っている。

 俊平が八綱の存在に気付いているのは目つきで分かった。

「ああいい匂いだ。彩もいいね」

 食卓を目にして手放しで褒めてくれるが、穂那実は薄っすらとした愛想笑いで応じて、総菜を皿に移すのに集中した。注意信号が胸中で点滅していた。笑顔が爽やかで見かけの割には繊細で思い遣りがある、そういう男は要注意だと本能が告げている。

 千夏と夏秋はよく食べ且つよく喋って二人で盛り上がり、子供達は言葉少なに聞いていた。部屋のことは確かに訊かれたが、大して答えない内に母に横取りされてしまう。

「待って待って千夏さん。あなたの希望はもう十分聞いてるから、子供達の意見を訊かせて」

 と尽きない千夏の言葉を止めた。

「これから長く暮らす家になるんだ。子供達の意見もたくさん訊いておかないと」

「夏秋さん…ありがとう」

 感激している母がバカに見えた。設計士なのだから当然ではないか。

「穂那実、どんな部屋がいい?」

 振られた穂那実は、

「二階で東向きで広いテラスのある部屋」

 答えは考えてあった。多く語ってはいけない。母には簡潔に伝えないと。

「テラス?」

「広い家なんでしょ?日光浴の出来るテラスがあったら素敵じゃない?お茶を飲みながら読書したり」

 千夏が発言する前に俊平が大きく頷いて賛同した。

「それは好いね。けど東向きだと朝日が眩しくないかい?」

 近くで見るとやはり眞宙と顔の造りはよく似ている。

「朝は早起きな方だから構いません」

「そうなの穂那実は私と違って朝に強いの。それで暇だから朝食も作ってくれてるし、料理が好きなんて所帯臭い趣味だけど、働く母親としては大助かりだったわ」

 所帯臭い、という言葉が穂那実の気に障ったが表には出さなかった。

「そんな千夏さん、唐揚げもサラダも美味しいよ。それに味噌汁が絶品じゃないか」

「お味噌汁はお祖母ちゃん直伝なんです」

 他はどうあれ舌は本物らしい。誇らしくて胸を張った。

「お母さんが?嘘仰い、お祖母ちゃんそんな人じゃないでしょ。どうせなら母直伝ですって嘘吐いて欲しいかったな」

「お祖母ちゃんは料理が巧いんだ?」

 夏秋の問いを千夏は打消した。

「反抗期の嘘よ夏秋さん。私の母は家庭的な人じゃないわ。そうでしょ穂那実?」

 決めつけられるのが気に入らなかったが、客の前でもあるから冷静に振舞う。

「私を嘘吐きに仕立て上げようとしても事実は変わらないよ」

 さらりと告げる娘を、眉を顰めて苦笑する振りをしながら睨む。

 母と祖母の間に何があってそんなに実の母を嫌うのか、あの美しく優しい祖母が何をしたというのか、聞いてみたい気もしたが、母の答えが聡明な穂那実には予想出来る気もした。

「穂那実、お客様の前よ。反抗期なのは解かるけど、夏秋さんが居心地悪くなるでしょ」

 穂那実は箸をおいて席を立とうとしたが、悠斗の言葉が先んじた。

「そうしてるのはお母さんだろ?お祖母ちゃんは料理が上手なのに娘のお母さんがなんで知らないんだよ?可笑しくないか?」

「料理より自分の身支度に興味がある人だったわ」

 それでも控え目な表現にしたつもりだった。

「そう?俺達がもっと小さな頃、お母さん居なくてよくお祖母ちゃんがご飯作ってくれたけど?」

「そうだったかしら、仕事を探しててたまに頼んだ気もするけど。たまにね」

 ニッコリと夏秋に微笑む。それが悠斗の気に障った。

「何所向きの部屋でも構わない。俺はまだ伸びるみたいだから天井の高い部屋にして欲しい。本棚も置きたいし広さも欲しい」

 母子の会話が泥沼にはまらない内に悠斗は手短に希望を告げた。子供達以上に千夏は退かない性格だ。それが自分の思い込みだとしても。

「本棚か、いいわね。けど新しい本棚に漫画は似合わないわよ」

「うちは母親による思想統制があるもんね」

 即座にそう応じた穂那実の声音には棘が含まれていた。

「そうじゃないわ。漫画って子供っぽいし小説の方が想像力が働くでしょう?ほどんど裸みたいな女性の表紙とかって見せられたらちょっと知性を疑わない?」

「手厳しいな千夏さんは、じゃあうちには招待出来ないな」

 意外にも夏秋からの援護だ。

「はい?」

「どんな種類の本でも読む価値はあると俺は考えてるよ。よしんば面白くなかったとしても、それを自分で判断するのも成長には重要だろ。うちの息子も娘も漫画が好きだから、自分の小遣いで買える範囲なら自由にさせてるんだ」

 実は嘘で眞宙も柚巴も読書事態を好んでいない。

(わお)

 そこまで理解を示してくれるとは穂那実は思ってもなかった。それとも子供達の機嫌をとっているのだろうか。後者だった。

「そお…なの、ね」

「そうだよ。漫画は面白いよ、思った以上に人間について考えさせられたりする。それに表情の書き分けや背景なんて、確かな観察力がないと描けるものじゃない。作者の美的センスも問われる」

「そう言われればそうね」

「ああ、ごめんごめん、結構俺も漫画が好きなもんで熱く語っちゃったかな?職業柄建物とか、インテリアなんかにも目が行ってしまって…」

 すまなそうに笑って頭を掻いた。

「いいえ、そういうこともあるわよね。ふふ、私も目から鱗が落ちた気分よ」

「良かった、言い過ぎて嫌われたかと思った。流石は千夏さんだ、呑み込みも早いし思考も柔軟なんだ」

 息子として異性に操られて頬を染める母を見るのは生理的に受け付けられなくて、悠斗は席を立つ言い訳を探した。穂那実がたっぷり作ってくれた唐揚げはまだ残っているし、胃袋にもまだ余裕が充分ある。残しておいてくれるだろうが温かい内に完食したいという欲求が強い。

 考えている内に穂那実が夏秋に疑問を口にした。

「夏秋さん、珍しい苗字だから間違いないと思うんですけど、学年の始めに転校してきた夏秋眞宙さんってお子さんじゃないですか?」

「いつ訊いてくれるかって待ってた」

 大きく相好を崩して頷いた。女達がのぼせる笑顔だ。

「息子から可愛い女の子がいるとは聞いてたけど、やっぱり千夏さんの娘さんだったんだ」

 気障に片目を閉じて穂那実にウィンクを送る。

 気に障ると書いて気障、この言葉を最初に使った人間に悠斗は強い共感を覚えた。

「息子さんと?知り合いなの?」

「お嬢さんの方は悠斗と同じクラスだよ」

 穂那実は告げた。

「知っての通りうちは越して来たばかりで、偶然にも子供達は揃って穂那実ちゃん達と同じ中学なんだ」

 言って瞳は正面から千夏を捉える。

「クラスまで同じって、これはやっぱり運命かな?」

 満更でもない千夏の表情が悠斗の背中を押した。残りの唐揚げを無理に口に詰め込んで、「ごひほうさま(ごちそうさま)」と席を立つ。

「悠斗!行儀が悪いわよ!」

「まあまあ、千夏さん」

 追おうとする千夏の手を卓上で握ると、立ち上がり掛けた彼女はハッと夏秋を振返って大人しく座った。

(展開早ッ!ってか図々しくない?初めてうちに来たんだよ。その子供の前で肉食系にしたってそれする?これ普通?)

 開いた口が塞がらないまま、二人を凝視する形で穂那実は固まってしまった。

「口で何と言ってたって君は大好きなお母さんなんだ。それがいきなり彼氏を連れて来たら、内心面白くないさ」

 彼氏、と口にする時、細い手を握る力を強めた。

 母の頬だけでなく全身がみるみる染まっていく。穂那実の目からしても初心な乙女の如き反応ではないか。我が母ながら簡単に堕ち過ぎだろう。これが曰くのない設計士なら頑張れと見守っていただろうが、行動に作為が感じられて余計に警戒したし、呆気なく夏秋に堕ちた母も見損なった。

 臭い言い方をすれば想いの深さは日数ではないにしても、母と夏秋が出会ってから二週間も経っていないはずだ。夏秋という男は確かにハンサムだ。けれど父と別れてからの身持ちの堅さをこんなにあっさり放棄してしまうなんて、母はどうしてしまったのか。

 反面で母を恋に熱中させておけば、子供達と実父との交流も放っておいてもらえる、という考えも浮かんではいる。

「それより提案なんだけど、どうせ建てるなら女主人の家って感じの洋館はどうかな?」

「洋館?」

「ヨーロッパの城では女性的な繊細な城や館があるんだ。そんな感じで純洋館にしたら素敵なんじゃないかな?」

「でもそうすると家が大きくなるんじゃ…」

「家庭菜園もするから広い土地を買うじゃないか。小さな家だったら穂那実ちゃんや悠斗君が結婚して家族を連れて帰省したとしても、座る場所もなくないかい?」

 これは前にも子供達が千夏に指摘したことだった。彼女はまだ自分の願望と、現実に望む物との差を自分の中で埋められていない。俊平はそれを見抜いていた。

「そうだけど…」

「待って、それ以前に何処に土地を買うか決めたの?さいたま?川越?」

 広さよりも立地が穂那実や悠斗には重要だった。北向きで小さなバルコニーでも立地によっては許せる。遺産で東京にマンションを有しながら、千夏が田舎暮らしに拘っているだけに、母が土地を買ってしまう前に確認しておかねばならない。

 自己正当化していたとしても、子供達が希望しない土地を探していることへの後ろ暗さはあるのか、千夏の目が泳いでいる。

「私言ったよね。一万歩譲って東京暮らしはしなくてもいいから、学校に通い易くてどんな高校を選んでもいい場所にしてって。でも相談してもくれてない」

「…千夏さん、話してなかったのかい?」

 彼女の性格や話し振りからして夏秋も予想してはいた。

「親子だもの解かり合えると思ったの」

「へー、自分とお祖母ちゃんはどうなの?解かり合えてるの?」

 痛い所を突かれてキッと娘を睨む。

「何処で土地を探してるのよ!」

 睨んだものの娘の剣幕に負けた。穂那実には大事な未来が掛かっているのだ。

「周辺の環境の善い土地」

「私的にとって環境の善い土地は将来の為にいい高校に通い易い土地だよ。大学にも行くんだからそれを意識した土地なら尚環境がいいね」

 大人びた口を利くだけにしっかりしている。彼女の希望は尤もだと夏秋も納得せざるを得ない。

「何処なの?お母さん」

 問われても子供っぽくそっぽを向いて口を尖らせている。

「何処よ!」

 迫られて渋々口を開いた。

「あ…、奥秩父よ」

「はあぁ?信じらんない、まだそんなこと言ってるんだ。奥秩父って通学はどうするの!前にも言ったよね。何度もね。そういうとこに住むならバイクとか自家用車が必須だし、私達免許取れるまではまだ何年もあるって!」

「お母さんが送り迎えするわよ」

「そうやって子供を監視しようっての?そこから通える高校ってほぼ選択肢がないんですけど?それはどうお考えで?」

「だけど秩父の高校も良くなってるじゃない」

「私立に行かせてくれるって話しはどうなったの?自分の都合で娘の選択肢を狭めるつもり?お母さんどんな学校に通いたいとも訊いてくれたことないよね」

「い…いい大学に行ったって、し、幸せになれる訳じゃないじゃない」

「それはどんな大学に行こうと同じです。って、それも何度も問答したよね。お母さんが子供のことは二の次にして自分のしたいようにするのは慣れてるけど、これだけは譲れないよ⁉」

「言い過ぎよ。確かに高校や大学には通い難くいかもしれないけど」

「通えないのが正解」

「ええ、ええ、通い難いでしょうよ。けど長い人生で見たら絶対お母さんの選択が正しいって、大人になって解かるわ」

「じゃあ訊くけど、秩父の田舎暮らしでお母さん何がしたいのよ?」

 我が意を得たとばかりにパッと表情を明るくして胸を張る。

「心豊かな暮らしよ。畑を作って土と暮らすの。雨の日は読書に勤しんで、晴耕雨読で暮らすの。時々お稽古ごとに行ったりしてね。犬も飼いたいわよね。穂那実も好きでしょ?」

「絶対無理。何かのきっかけで花買って来ても世話するの忘れちゃうじゃない。それで私や悠斗が世話することになるんじゃない」

「畑も犬も家族で世話するの」

「犬はまだしも、畑の世話なんて真っ平ごめんよ!頼めばお祖母ちゃんとこでタダで爪を綺麗にしてくれるのに、畑してたら爪なんて邪魔でしかないんだから」

「何年か辛抱したら免許も取れるんだし…」

「取ったとしたって、通学や通勤だけで疲れるような環境堪ったもんじゃない。朝から家族の朝ご飯作って、何時間もバスや電車に揺られてたら授業中に居眠り必至よ?あ、そうだ母さん、家事したくないんだったらお手伝いさん雇うこと真剣に考えてよね。私そろそろ受験対策に本腰入れたいから、家事してらんないよ」

「まだ中二になったばっかりじゃない」

「目標が高いの私。それに自分の実力を把握して、行ける高校を今から選んでおかないと」

「無理して高い学力のとこ行かなくても行けるとこでいいでしょ。一度しかない中学時代なのよ、楽しんだらどうなの?」

「私の考えを否定ばかりしないで。私にはしたい仕事があるの」

「否定なんてしてないわ」

「してる。待って」

 反論しようとする母を止める。

「不毛な言い合いをする気はないんだから、時間の無駄なんだし。私はお母さんを否定しない。奥秩父で暮らしたいならそうすればいい」

 解かってくれたか、と一瞬千夏の顔に喜色が浮かぶ。何故そう短絡的なんだか。

「私もしたいようにする。お母さんが埼玉を離れたくないって言うから埼玉の学校で考えてたけど、それならお父さんのとこから通うから。お父さん三鷹だし東京だし」

「長谷川さんの邪魔になるに決まってるでしょ⁉」

「なりません。お父さんとも話してるんだ。東京の学校の方が将来の為にはいいからって」

「そう言えばお母さんが気持ちを変えるとでも思ってるの?学費を出さないわよ」

「バカみたい。お父さんが出してくれるじゃない」

 立場が逆転して修吾の方が貧乏人になったと勘違いしていた。総資産には差があろうと、娘を希望の学校に通わす経済力は充分あるのだ。

「まあまあ、穂那実ちゃん、一足飛びにそれはどうかな?お母さんにも考えがあるんだし、何より家族だろ?話し合おう」

 穂那実ちゃんと呼ぶ馴れ馴れしさが気に障った。

「長谷川の父も私の家族です。悪いけど家族の話に口を出さないで貰えますか?」

 ぴしゃりと取り付く島もない。

「お母さんは好きにしたらいいの、私は全然否定しない。だから私のことも否定しないで」

「そんな勝手なこと許しません」

「お母さんの方がよっぽど勝手じゃない。お母さんが私立の高校に行かせてくれるって言ってたんだよ。なのに自分勝手に子供の将来を狭めてさ」

「長い目で見たら…」

 聞き飽きた。穂那実は文字通り柳眉を逆立てる。これには千夏も夏秋もゾッとした

「かもね!でもそれはお母さんの願望に過ぎないよね。今、私は自分の未来を自分で考えてるの。老後は田舎で過ごすとしても今じゃない!」

「こ、後悔するんだから」

「どうなるか、お母さんは秩父の田舎で土にまみれながら見守ってたらいいよ」

「勝手になさい⁉」

「そうさせてもらうわ、これで決まりね」

 そして夏秋を一瞥する。

「――お母さんもまだ若いんだし綺麗なんだから、田舎に引っ込むのは早くない?夏秋さん素敵じゃない」

 中学生だが娘の方が母に比べてはるかに大人だ。夏秋はそれを認めた。

「お母さんのことはお母さんが決めるわ」

「そうだね。私もそうするしね。じゃあお手伝いさんのことは早目に決めてよね」

 二人に背を向ける。

「高校のことはお母さんだってこれまで通り相談に乗るわ」

「決まったら教えたげる」

 振返らずに二階に上がった。


 借家の庭の一画には夏野菜の苗が植えられていた。元々あったアロエは伸び放題で、周囲にドクダミが生えていた。その向こうに駐車場があり、買って間もないがもう凹みのある新車が停まっていた。暗いが窓から漏れる灯や街灯でそれらが見て取れる。

 雨上がりの大気は多量に水分を含んでいたが、千夏は大きく溜息を吐いて、次いで大きく吸い込んだ。冷静になる為にも態勢を整える為にもその動作が必要だった。

「ごめんなさい。見っともない言い合いをしちゃって。お客様がいるっていうのについつい…」

「気にしない千夏さん。穂那実ちゃんしっかりと将来を考えてる頼もしいお嬢さんじゃないか」

 この土地自体の力のざわめきに寒くもないのに夏秋は鳥肌を立てていた。八綱の他に御眷属様らしき気配も感じられる。

 名も知らぬ白い犬は片桐家を訪れてから片時も離れようとしない。御眷属でも地位のある犬のはずだ。目が合えば逸らすがそれだけだ。

「でもまだ子供よ。これまで頑張って育てて来たっていうのに、自分の都合だけで父親に靡いちゃって…悲しいわ」

「いいお父さんなんだろうね」

「まさか、口が巧いから穂那実はあの人の本性が見抜けないだけ。成長して少し目を離せるようになったら父親なんか捜して。それで子供に好い顔する父親にいいとこ取りされてるの。私はまるでピエロよ」

「辛いとこだね」

 自分と比べて細く小さい手を取った。

「しかし家を建てる場所はもう一度考え直した方がいいだろうね。穂那実ちゃんの主張は尤もだよ。子供達が巣立ってから田舎に引っ込んでも遅くないんだから」

「ようやっとゆっくり子供達と思い出が作れると思ったのに…」

「どうしても秩父に家が欲しいなら別荘にすればどうだい?」

「別荘?」

「その方が趣味の家が作れる」

 彼としても家は秩父でない方がいい。

「こうやって子供達の為に譲歩しても子供達には当然と思われるのよね」

「きっと穂那実ちゃんもいつかは解って感謝してくれるよ」

「どうだか」

 運転席に乗り込もうとする千夏を身体で遮った。

「俺に、運転させてもらえないかな?」

 ここまで乗せて貰ったが、助手席で夏秋は一度ならず肝を冷やしていた。

「車の大きさにまだ慣れてないの。これでも何年も運転して来たのよ」

 それでも素直に助手席に回ったのは運転が好きではないからだ。キーレスだから千夏が持ったままでも夏秋が運転出来る。

 夏秋は獲物を捕らえた確かな手応えを感じていた。

 現代において陰陽道は廃れどこの一族も減る一方だ。一族が生き残るには優秀な後嗣がいる。それは多ければ多い程いい。だが優秀な子供を残せそうな優秀な相手は少なかった。眞宙と柚巴の母は優秀だったが、柚巴は俊平の基準をクリアしておらず、それからは子供が出来なかった。別れて次の相手を捜しても俊平の基準を満たす相手は中々見付からないでいたのだ。

 ようやく見つけたと思った。

 千夏本人に資質はないが、二人の子はどちらも高い資質を持っている。

 千夏も子供達も手に入れる、それに夏秋は確信を持った。


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