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5-2 布石(sideリュー)

ルーを抱きながら私室から出る。

すぐにサッと小柄な男が寄ってきた。

引退したカルタスの後任のカントは、なんだか小動物のような無害な顔で俺に微笑んだ。


「すぐに栄養価の高いスープとサンドイッチを届けてくれるそうです。からあげはあと5分ほどお待ちいただければと」


裏で既に精霊を呼び起こしていたのを見ていたのだろう。

仕込みは既に終わっていたようだ。

流石のカルタス仕込みの護衛だなと、ありがとうと頷く。


「少しお話されてきますか?」


「うん、ルディにご飯食べさせておいて。ルー、ちょっと散歩行こう」


そしてそのまま王の居住区へ向かった。

最近はもはやフリーパスになった王の居住区へ繋がる扉をくぐり、マティの部屋へ向かう。

マティは夫婦の部屋……ではなくて、別に用意されていた自分だけの部屋にいた。


「兄さん……いらっしゃい」


「まだダメなんだ」


「………近寄るなって言われた」


つわりが酷いファリアナはとにかく全ての匂いが気になるとかで、夫である国王マティアスの匂いすらダメらしい。

ありとあらゆる香りを排除したマティだが、存在そのものの匂いがもうダメと言われ。

最終的に己を匂いすら外に出さない強烈な結界に自分自身を閉じ込めて……窒息しかけた。

以降諦めてつわりが収まるまでこの部屋で寝泊まりしているらしい。


しょんぼりしているマティの肩をポンポンと叩いた。


「気持ちはわかる。でも、今やるべきことは凹むことじゃない」


「兄さん……?」


「ここで妻への愛のない行為を行うと、未来永劫妻から『あの時のあなたは』と斬りつけられるようになり、酷いと子育てを終えてすぐに清々しい顔で別れを切り出されるらしい」


「なっ……!そんなばかな!」


絶望に打ちひしがれるマティに追い打ちをかけるようだが。

しかし、これを乗り越えなければ子供のいる幸せな家庭は築けない。

俺は記憶に新しいルディの情緒不安定な妊婦生活を思い出しながら静かにマティに語りかけた。


「自分ではない生き物が腹の中で動いて、己の養分を吸いながら育っているのを想像してみろ。そんなの具合も気分も悪くなって当然だろ」


「……確かに」


「そしてその妻の生命力を吸いながら成長している生き物はお前の血を分けた子供だ。お前が父親だ」


「俺が……父親………」


俺は真剣な顔で頷いた。


「大丈夫、マティにもできる。子供が親を育ててくれるからさ。まぁ、やる気があればだけど。なぁルー」


「だぁ〜!」


俺の服をヨダレだらけにしているルーが可愛い。

そのプニプニのほっぺに癒やされて柔らかな髪の毛を撫でる。


「……兄さんにこんなに育児適正があったなんて………」


「ルディと俺の子だぞ。可愛くない訳がない」


「まぁ……愛の丘の結晶だもんね」


「………覚えてろよマティ」


精霊の民の保護条約を締結して少ししてから。

愛の丘はより訪れる人が増えて観光地となり、マダム・ファンポールが愛の丘の大きな刺繍絵を作った。

……そこまでは良かった。

その後、『愛の丘〜二人の軌跡』だとかいう小説や、舞台『愛の丘〜想いをのせた花の咲く場所〜』だとか、極めて甘ったるく恥ずかしい内容のものが流行りだした。

さらには新しい刺繍絵が出たり、多くのアーティストが愛の丘をテーマにアートを発表。歌にグッズに縁の地ツアーと、大盛況だ。

もちろん作中の登場人物の名前は違うが、ほとんど俺たちの話だ。

そして誰もが俺たちの実話がベースになっていることを知っていて、生暖かい視線を送ってくる。

城の中さえ心地よく歩けないし……むしろ城のあちこちにアートが飾ってある。

そう、確認するまでもなく、全てはファリアナの手の者の仕業だった。


繰り返される辱めに耐えきれずファリアナに詰め寄る俺達に、マティは朗らかに笑って言った。

兄さん、事実婚だとしても、これだけやったら逃げられないでしょう?


そう、それはみとめる。

確かにかなりそれには助けられた。

だが。

先日続編執筆中と聞いた。

流石にもう十分だと叫びたい。


やれやれと息を吐いた。

そろそろ本題に移ろう。

少し眠そうにしているルーをユラユラさせながら、マティに静かに告げた。


「大気汚染で穢れた精霊が、リディに助けを求めてきている」


「大気汚染……?」


眉を潜めたマティが、少し考えるように宙を見つめた。


「……生命力が断たれて弱って死ぬんじゃなくて、精霊自身が穢れるの?」


「そう……以前の話の流れでは精霊が弱るという話だったのに、今回は『穢れ』だ。正確な事はわからないが、かなり危ういような気がする」


「その穢れた大気汚染があるのって、どこらへんの何?」


「リュドリスは海の向こうということぐらいしか分からないと言っている。だけど……海の向こうと言えば、まずは東の国アナクラシアだろう?」


「まぁ……そうだろうね。アナクラシアの大気汚染か。最近借りが多いから、もしアナクラシアで酷い大気汚染があるならサラディーニも協力して貸しを作ったほうが力関係的にはいいだろうし、少し調べてみようか。どちらにしろ大気汚染は一国の問題に留まらない事が多いし、『穢れ』なんて野蛮な表現の大気汚染はさっさと収束させたほうがいいね」


マティはそう言うと、パラパラと書類をめくった。


「ちょうど明日からメラフィーヌがアナクラシアへ外交官として行くから、ついでに探ってきてもらおうか」


「メラフィーヌにいきなり追加の仕事渡すの?まだ外交官になって少ししか経ってないだろ?」


「護衛の方にやらせるよ。タナトスを護衛につかせたから」


「あぁ、じゃあ大丈夫だね」


俺の側近だったタナトスは、マティが王位について少ししてからすぐにマティの配下に加わった。

色々都合いいとマティがニヤリとしていたから……多分あいつマティに何か弱みを握られたんだと思う。


まずは一つ動きができて良かったと、一息つく。


「……兄さん、それだけなの?」


「なにが?」


「王宮に到着したばっかりのルディア放って急いで俺のところに来るにしては、他国の大気汚染だけだと理由として弱いよ」


飄々と告げるマティに、さすがお見通しだなと苦笑いしながら答えた。


「……大気の精霊の穢れは、リディが無意識のうちに浄化してるらしい。それで、身体に負担が出て発熱を繰り返してる」


「えっルディアじゃなくてリディアが浄化してるの?それ、大丈夫?」


「……急に死んだりはしないだろうって」


「は……いや、それ………」


いつの間にか俺の腕の中で眠ったルーを撫でる。

俺よりもずっと温かい体温と前よりずっと重くなったその体の重さを感じながら、口を開いた。


「すぐに穢れとやらは取り除く」


「……あまり無理しないでよ兄さん」


「無理?そんなのないよ」


そろそろルディとリディの所に戻ろう。

扉に手をかけながら、マティに笑いかけた。


「地獄の果てだろうと必ず見つけて捻り潰す」


「っ分かった、分かったから笑顔で俺に殺気向けるのやめて!」


「協力してくれる?」


「当然!当然だろ!?かわいい姪っ子の危機だ!」


「ありがとう、何かわかったら教えてね」


「っ兄さん、ちょっと、暴走しないでよ!?」


「善処する」


顔を引きつらせたマティに再びにっこり笑いかけると、俺はぐっすり眠ったルーと一緒に部屋を出た。


その穢れとやらはどこにあるんだろう。


俺は次の動きを考えながら、ゆっくりと妻と娘が待つ私室へ向かった。


読んで頂いてありがとうございます。


いいねブックマークしてくださった方ありがとうございます!

とても嬉しいです!


リューさんはかなり本気モードなご様子……

「リューかっこいい!」と思ってくれた方も、

「こ、こんな理想の夫はフィクションだ!!」と叫びたくなった方も、

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