4-9 図書館
本日夕方3話目の投稿です。
「これは……!すごいですね……!!」
王宮サラディーニ城の図書室にやってきた。
吹き抜けの2階建ての図書室は何本もの白くて太い柱からつながるアーチが美しく、アーチの下には整然と本が並べられていた。
「蔵書数はオルネリアに負けるかもだけど、美しさでいったらこの図書室も負けてないと思うんだよね。」
美術館、といっても良さそうな美しさ。
コツコツと靴の音が響く荘厳なホールには、所々に小洒落たベンチがあり、座って読むことができるようになっていた。
「ジャンルは貴金属や鉱石でいい?」
「いえ……古代語の本棚はありますか?」
「古代語……」
タナトスさんは少し考えると、二階への階段を登っていった。
「このあたりかな」
「ありがとうございます。」
もちろん青い宝石に関わる情報はない。
あれは秘匿されてきた存在なのだから。
それでも気になる本はたくさんあったから、いくつか手にとって見る。
うん、楽しい。
ここに数日引きこもりたい。
「貸し出しもできるけど、部屋に持って帰る?」
「はい、そうします!」
パラパラと手元の本をめくる。
古い古代語の本だ。
古い情報が多いが、これまでの精霊術の歴史がリアルに見えるようで面白い。
挿絵の高位精霊が、なんとなくセフィナロスに似ている気がした。
「……辞書なくてよく読めるね」
タナトスさんが私の手元の本を覗き込む。
見づらそうだったから、本を差し出した。
「……ありがとう。でもごめん、読めないや…」
「……?そうですか。辞書いりますか?」
「いや、大丈夫……」
見たいのか見たくないのか良くわからない。
とりあえず借りたい本は分かったので、後は部屋で読むことにしよう。
それから、追加でサラディーニの国の文化や貴族について詳しく書かれた本を何冊か借りた。
ちょっと多くなっちゃったけど、午後も暇だし、贅沢にゆっくり読書しよう。
「もう今日の予定終わっちゃったね。何か他にご要望あったりするかな?街に行きたいとか、買物したいとか。」
「この後はせっかくなので、ゆっくり読書したいです!」
「……そ、そう。」
ウキウキとリッチな読書タイムを要望したら変な顔された。
なんとなくだけど……タナトスさんと私は波長が合ってない気がする。
お世話しにくいだろうか。申し訳無い。
絶妙な空気感になっていると、後ろでカツンと踵がなる音がした。
「あら、貴方がリューカス殿下が連れてきたルディアという子?」
明らかに高貴な物言いだ。
私はすっと礼をとった。
「はい、ルディアと申します。」
「まぁ、ほんとだわ。ちゃんとしてるのね。この国はあまり堅苦しいのは好きじゃないから、楽にしていいのよ。」
顔をあげると、上品な感じの綺麗な女性だった。
そして、この顔は知っている。
第一王子レイナルド殿下の婚約者、マッカス家の長女リアーナ様だ。
「古代語の本なんて読んでいるのね。賢女アデルが育ての親なんですって?さすがね。」
「……ありがとうございます」
とりあえず下手なことは言わず様子を窺う。
リアーナ様はニコリと笑った。
「今日、リューカス様はメラフィーヌさんのお相手中なのよね?読書は暇つぶしにはぴったりね。」
「えぇ、そうなんです。たっぷり時間があったので、丁度良くて。」
間髪入れずに即答し、にこりと笑う。
「リューカス様も頑張ってらっしゃるのなら、私も頑張らねばと、励んでおります。」
「……そう」
リアーナ様はこちらを伺うように少し笑みを消した。
「………私、貴方が気に入ったわ」
「何かお気に召したのなら嬉しいです。」
ふわりと柔らかい笑みを顔に乗せる。
そして思い出した。
ピュアなルディアちゃんを演じるのをすっかり忘れていた。
完全に気の強い女になってしまった。
………他の女の話を出されて頭にきてるのかも。
リアーナ様が一歩踏み出して私に囁く。
「貴方の目的は何?」
「リューカス様を助けることです。」
「なぜ?」
「……それが正しいことだと思うからです。」
「………そう。」
カツンと踵のなる音が響く。
「……貴方と私の正義が、同じ方向だったら良かったのにね」
そうしてそのまま、すれ違うように歩みを進めていった。
その背中は想像していたよりも、ずっと強い。
「……青い宝石をご存知ですか。」
カツンと、踵が止まる音がホールに響いた。
止まったその背中に、更に語りかける。
「私の特別な友人が、それを探しています。」
「………そう。見つかるといいわね。」
静かにそう答えると、リアーナ様はそのまま図書室を出ていってしまった。
「君は、すごいね」
ずっと横で静かに様子を見ていたタナトスさんが呟いた。
「リアーナ様とあんな風に渡りあった女性は、あまり見たことないよ。」
「そうですか……失礼でしたか?」
「いや、大丈夫だ。」
コツ、と音を立てて、タナトスさんがぐっと近寄ってきた。
近づくと思ったより背が高い。
人好きのする笑顔を消したタナトスさんの雰囲気が、なんだか危ない気がして、一歩後ずさった。
それでも、距離は開かない。
「……ねぇルディア」
「な、なんでしょう……」
「……やっぱり、リューカス様やめて、僕にしない?」
「は!?」
そんなばかな。
タナトスさんはリューの側近じゃなかったのか。
これは裏切りじゃないか。
予想外の展開に慌てて後ずさったのに、背中に壁が当たる。
待って、図書室の大きな通路の真ん中にいたのに、何で壁があるの?
びっくりして振り向いたら、壁はなかった。
いや、透明な壁がある。
「僕も結界術は得意だからね。」
コツ、とまた一歩、距離を詰められる。
至近距離で見えたタナトスさんの顔は、子犬の顔ではなかった。
「……なかなか会えない王子様より、ずっと一緒にいられる僕のほうがいいと思わない?」
「わ、私はリューがいいです!!」
「そう?わかんないでしょ?」
タナトスさんが間近で私の顔を覗き込む。
「あっちは今他の女と一緒だよ?」
「……私はリューを信じてますから。」
「メラフィーヌ嬢はリューカス様の婚約者候補なのに?」
思わず返答に詰まり、更に距離をぐっと縮められる。
息遣いが聞こえる距離で視線が絡む。
「……ちょっと味見してみてもいいんじゃないの?」
可愛いなと思った優しい茶色の大きな目は、今は煮詰めた蜂蜜のように熱を持っている。
でも。
ほんのりとその目の中に違和感があった。
「……迷いがある状態で、リューカス様のものに手を出して大丈夫ですか?」
「迷い?そんなのないけど。」
「そうでしょうか。」
私はじっとその目を見返した。
「………どちらにしろ、私はリューのものです。」
「…そう?」
足を踏みつけてやろうかと思ったところで、指輪がほんわか温かくなった。
多分、先に温めたのは私だろう。
お返しが返ってきて、なんだか可笑しくなってしまった。
私は少し笑ったまま、タナトスさんを見返す。
「リューはそんな簡単に私のこと逃さないと思いますよ?」
「……あの人いつの間にそんなにやり手になったの」
タナトスさんは苦笑して、肩の力を抜いた。
怪しげな雰囲気が霧散して、私はこっそり息を吐いた。
き、切り抜けられただろうか。
「まぁいいや。気が変わったらいつでも言って。」
下向きにため息を吐いたタナトスさんは、目だけチラリとこちらに向けた。
「……この先傷ついたら、僕のとこに逃げてきたらいいよ。」
「私はリューのところに逃げます」
ふんっと言い放ち、そのままスタスタと図書室の外に向かう。
そう、まずは逃げるが勝ちだ。
……タナトスさんは懲りずについてきたけど。
「……つれないなぁ。でも、明日の夜会はちゃんと出席してよ。どんなに僕が嫌でも、そこはお役目としてお願いしたい。」
「もちろんです。ちゃんとリューのために出席しますよ。」
「一貫してるねぇ」
暫くこの人にお世話になるのか……なんだかうんざりしながら部屋に戻った。
物凄くめちゃくちゃ警戒したけど、以外にもタナトスさんは部屋の中に入らなかった。
不思議な顔をしてると苦笑された。
「……一応それぐらいのマナーはあるよ。じゃあ明日、楽しみにしてるからね。」
「……宜しくお願い致します。」
「事務的だね…」
ユラユラ手を降ってタナトスさんが出ていき、パタンと扉が閉じる。
なんだかどっと疲れた。
きっと、『味方のふりして近寄って来るレイナルド派の人』は、タナトスさんなんだろう。
タウンハウスに向かったことや、リューと離れ離れになったこと。
メラフィーヌ様とリューが一緒なところをわざと目撃させたこと。
私を口説き始めたこと。
全てがしっくりきた。
リューの側近で、クラスメイトだった人の、裏切り。
この予想は、あまり、信じたくは無かった。
私は本をドサッとテーブルに置いてソファーに座ると、揺れるカーテンから届く柔らかな昼前の光に包まれて、少し目を閉じた。
読んで頂いてありがとうございます。
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ルディはなんとか切り抜けた様子…
「面白い!」と思ってくれた方、
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