3-4 越境
「じゃあ、また後でね。」
そう言うとリューはふわっと消えた。
解呪できてから、本当になんでもできちゃう超人のようだ。
ここはオルネリアとサラディーニの国境。
私は入国審査の列に並ぶ。
入国審査は呆気なく通った。
特にサラディーニでは薬草が少なく薬師も少ない。
薬師免許を見せたら一発で通過だ。
「えぇと…時計台…」
身分証を見せるわけにもいかないリューとは、国境を超えた先にある大きな広場の時計台の下で待ち合わせている。
リューのことだからあのまま姿を消して、スルッと入ってくる気なんだろう。
「これかな?」
石畳の大きな広場に、その時計塔があった。
りっぱな女神の彫刻で、手に持つ瓶から水が流れるような造形になっている。その背後に塔があり、上部に精巧な仕掛け時計が付いている。
サラディーニの水の女神タナルと、特産品の時計の組み合わせ。
水への願いと、発展した産業が垣間見えるサラディーニらしい時計塔だ。
「可愛いお嬢さんこんにちは。砂と太陽と情熱の国、サラディーニへようこそ!」
「…どうも」
白と臙脂色の、美しい刺繍が入った砂漠の民の衣装を着た男が近寄ってきた。
「この国へは観光かい?ガイドならこのエンタス旅団をご利用いかがでしょう?美しいお嬢さんに安全な旅をお約束しますよ!」
何か返事をしようと思ったら、突然違う人々も現れた。
「まぁまぁ待ちなさい。可愛らしいお嬢さん、赤マンゴーのジュースはいかが?君の可愛い唇には潤いが必要だ!」
「あらぁ可愛い。まずはお洋服はいかが?サラディーニの砂の民の民族衣装、とっても可愛いわよ。貴方の魅力を存分に発揮して、この国の者たちを魅了しない?」
これが…サラディーニという国か!!
濃い!なんだか濃い!!
「…ルディ、何してるの…」
「!!リュー!助けて!」
わらわらと囲まれた中でカルチャーショックを受けていると、リューに助け出された。
「サラディーニはああいうのばっかりだから、上手くあしらってよ」
「えぇ…ああいうのばっかり…?」
「まだソフトな方だね。」
何ということだ。恐るべしサラディーニ。
「ど、どのようにあしらうのでしょう。」
「うーん…普通は、『ありがとう、でも今は少し危険な旅を楽しんでいるところなの』とか、『これから誰かの唇に潤してもらうからいいわ』とか?」
「嘘でしょう?」
リューがニヤリと笑った。
「…言ってもらいたかったのに」
「やめてよ!!!」
本当にリューは私をからかうのが好きだ。
サラディーニの国境沿いの街は、乾いた空気と青い空によく映える、白い壁の四角い建物が並ぶ異国情緒溢れる街並みだった。
色とりどりの壁を飾るタペストリーや、体にまとう鮮やかな刺繍が白に映えて綺麗だ。
「とりあえず、この国に馴染むようにまた服装変えようか。」
そう言って時計台の下で会ったような人と同じような白に鮮やか刺繍が入ったサラディーニの服装をまとったリューは、元あった場所にしっくり収まったかのように、とても似合っている。
私も似たような女性用の服装に着替えたが、なんだか着慣れない。
異国の土地にやってきた。
つまり、私が今異国人になったのだ。
周りと違う自分の姿。
リューはこんな気持ちでオルネリアを歩いていたのか。
「うん、似合うよ。」
「…ほんと?浮いてない?」
「??ぜんぜん?可愛いよ。」
リューが柔らかく笑う。
昨日から、より甘くなった気がする…
うっかり昨日のあれやこれやを思い出して茹でダコになりかけた。
危ない危ない。
話を変えよう。
「これからどうするの?」
「そうだな、まずは仲間と合流しようかな。」
「仲間?」
「うん。付いてきて。」
異国の国境の街並みを進む。
見たことのない模様。知らない香り。
言葉は一緒だ。でも。
知っているものが少ない。
だから、頼れるものが、少なく感じる。
リューの背中に頼りたくなる。
私は、こんなに弱かっただろうか。
リューは街の路地裏にある小さな飲み屋に入っていった。
「すまんね、まだ開店前…で…」
上品そうな白髪交じりのおじさんがカウンターの中から振り返り、目を丸くした。
「リューカス…様…」
「ただいま、爺」
「ご…ご無事で…!」
リューのおじいさん?関係が深い人だろうか。
涙目になっている。
「ごめんね、心配かけた。」
「一体どう、なされたのですか…!我々はみな本当に心配して…!!」
「…どうしたのか、か。…うーん。呪われて毒矢を刺されて流されて死にかけて助けられて解呪してここまで帰ってきた、かな。」
「!??」
「リュー…流石にかいつまみすぎなんじゃ…」
ギギギ、とおじいさんが私を見る。
「…この方は?」
「……」
リューが私をチラッと見る。
なんだろう?
でも。確かに。
どんな関係ですか?と言われると、私も良くわからない。
「ルディは…命の恩人、かな?」
「なるほど…」
確かにそれは間違いじゃない。
私はおじいさんに向き直った。
「リューの命の恩人のルディアです。」
「!!!」
おじいさんが何故かカッと目を見開き、手を差し出した。
「リューカス様にお付きしてお世話を任せて頂いておりましたカルタスです。今は引退してこの街でのんびり暮らしております。お会いできて光栄です、ルディアさん」
「こ、こちらこそよろしくおねがいします、カルタスさん。」
おじいさんは深く頷き、店にさっきよりも大きい『閉店中!!』の貼り紙を貼ると、きっちり鍵を締めて、私達にカウンターの椅子をを勧めてくれた。
*****
「そのような事が…よくぞ…ご無事で…!!」
涙もろい人なのだろうか。
何度目かの感涙を経て、これまでのことを説明し終えた。
精霊の民の話も、リューが信頼してる人ならいいよと伝えて、全部話してもらった。
もしかしたらランディルから他の誰かに話が伝わってるかもしれないし。
信頼できる人なら味方になってもらおう。
そんなことを思いながらカルタスさんが入れてくれたカフェオレを飲む。
癒やされる〜美味しい〜!
もしかしてリューのカフェオレはカルタスさん仕込みなのだろうか。
「リューカス様が消えた泉はサラディーニにとっては神聖な場所。影の者も含め許可なく近寄ることはできないのです。元々リューカス様に傷を追わせるなどなかなかできませんからな…まさか…呪いで弱ったところに毒矢とは。」
カルタスさんは悔しそうに拳を握った。
「リューカス様の『命の灯』は消えていませんでしたからな。とにかく待つしかない、マティアス様はそう決断されました。そもそも泉でどのような事が起こったのか、我々は誰も分からなかった。知っていたのはリューカス様、ラナリス様と、警備を許されたランディルとその数名だけでしたからね。まさか警備どころか毒矢を射るとは。」
マティアス…第三王子のことだろう。
リューが次の王にしたいと言っている、弟のことだ。
「ルディアさん!!」
「…っはい!?」
ガシッと手を掴まれる。
意外と力が強い。
「リューカス様をお助け頂いて…!ありがとうございました!!素晴らしい治療、癒やしの療養、精霊の力での逃亡、解呪、さらには…このようにリューカス様に寄り添って頂いて!!この爺の残りの人生でどのようにこの多大なるご恩をお返しすれば良いのやら!!!」
「とととんでもございません!」
「爺…ちょっと落ち着いて」
リューが手助けしてくれた。
やんわりとガシッと掴まれた手を離してくれる。
「ご恩は俺がちゃんと返すから大丈夫だよ。」
そのまま私の手を握って微笑んだ。
待って。
カルタスさんが目をまんまるにしている。
「リュー…その…手…」
「ん?嫌??」
「嫌…じゃないけど、カルタスさんがビックリしていますし…」
「わざとだよ」
わざと…?
カルタスさんは今度はリューを凝視している。
「とにかく、そういう事だから。カルタス、この後の事だけど、まずはマティのところに行こうと思う。あいつまだ離宮に籠もってる?」
「…!!はい、まだ離宮にいらっしゃいます。私の方で離宮にすぐに知らせますが、お二人はどのように離宮に向かわれますか?」
「ルディとラクダでのんびり行こうかな。用意できる?」
「……お一人ずつ乗ります?二人乗り?」
「二人乗りで。」
「承知…!しました…!!!」
またうるうるし始めた。カルタスさんはほんとに感激屋さんなんだろうな。何に感激したのかよくわからなかったけど。
でも、こんなにリューのことを思ってくれる人がいて、良かった。
「明日の朝までに全て準備しておきますね。店番にカントを置いて行くので、明日はカントに声をかけてください。」
「分かった、ありがとう。じゃあ、また後で離宮で会えるかな?」
「お待ちしています!!!」
ふたりとも、とても嬉しそうだ。
私はほっこりしながら最後のカフェオレを飲み干した。
リュー、帰ってこれたんだね、自分の国へ。
本当に良かったな。
私も幸せな気持ちになった。
カルタスさん特製のスパゲッティを食べた後店を出ると、もうとっぷり日は暮れていた。
「…っ寒い!?」
「あぁ、砂漠の夜は冷えるからね」
いつの間に準備してたんだろう、あたたかそうなポンチョを着せてくれた。
リューも似たようなのを着ている。
「あったかい〜!」
「ラクダの毛で出来てるんだけどさ、結構あったかいよね。これ好きなんだ。」
「ふふ、慣れ親しんだ自分の国の服着れてよかったね、リュー。」
「…俺、嬉しそう?」
「うふふ、そうだね」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、また私の手を取って歩く。
点々とつく街の灯りが白い壁と赤土を照らして綺麗だ。
「まだ結構お店やってるんだね。」
「この街は夜でも結構人通り多いからね。」
サラディーニの街の人が、時計塔の下で見たときのように元気に売り込みをしている。
活気のある国なんだな、と思う。
大きな肉の塊を切り分ける人、アクセサリーを売る人、お土産のタペストリーを広げる人。
見たことのないフルーツ、砂糖菓子に…チョコレート!??
「夜にチョコレート売ってる!!」
「あぁ、昼間は暑くて溶けるから、割と夜買って帰る人が多いかな。この辺だとそうでもないけど、王都のほうは間違いなく溶ける。」
「なるほど…」
サラディーニならではだなと思った。
逆にありがたみが増して美味しく思えるかも。
「色々頑張ったご褒美に買ってあげるよ」
「いいんですかリューさん!!」
「ルディへのご褒美はやっぱり食べ物だよね」
「やったー!!」
若干呆れられながら喜々としてチョコレート買い込む。
「ルディ、今日食べれる分にしなよ。明日ラクダで移動だから、この辺でも溶けちゃいそう」
「そうでした!!」
既に5個も買ってしまった。
箱に並んだ美味しそうなチョコレート。
「うーん。5個も食べたら流石にやばいかな。リューも2個ぐらい一緒に食べようよ。」
「いいの?」
「うん!たまには私も紅茶ぐらい入れるよ!」
「……どこで?」
「どこでって、部屋……で……」
はたと気が付いた。
部屋?宿の?
完全に間違った発言をした気がする。
恐る恐るリューの顔を見る。
「……俺の部屋でいい?」
「いや!うそ!ごめんなさい!!そんな部屋にお邪魔するとか本当に恐縮ですしあのその」
「なんで?」
ぐっと腰を抱き寄せられる。
これは。
リューの猛獣トラモードだ。
なんて迂闊なことをしてしまったのだろう。
「来たらいいじゃん」
「……だっっだめですー!!」
「嫌なの?」
「いっ……」
嫌じゃない、そうだけど。
でも。流されたら駄目なやつだ。
だって、私達は、
どんな関係なんだろう。
こんなに距離が近いのに、やっぱりはっきりしないままだ。
「……今日は、だめ」
「…………」
沈黙。チョコレートの箱をぐっと握りしめる。
私は。
どうしたらいいんだろう。
この先は、権力と欲の渦の中。
この人は王族。
私は精霊の民。
そんなの百も承知だ。
何も考えずに飛び込んでいいんだろうか。
不確定な関係のまま、好きだという気持ちだけで飛び込んでいいんだろうか。
王族として立つリューの側に、どうやっているつもりだろうか。
一緒にいてもいいんだろうか。
この関係に、未来はあるんだろうか。
私は共にいることを、選ぶんだろうか。
―――リューは、どう思ってるんだろうか。
少しの沈黙を経て、リューが頭にチュッと可愛く口付けた。
「ごめん。困らせた。この国に入ったばっかだしね。今日はゆっくり休もう。」
頭を撫でるリューの声が優しすぎて、胸が締め付けられて、どうしようもなかった。
「…っルディ、」
「ご、めん…」
チョコレートが、箱に入っていて良かった。
今まで流したことが無かったような苦い涙が、次から次へと溢れ出してくる。
箱を握りしめながら考えた。
考えたけど、やっぱり。
私達の未来が描けない。
リューが、ずっと一緒にいていいよって言ってくれたとしても。
私はその手を取れるんだろうか。
そこは、沢山の女性がいる所かもしれない。
王族と精霊の民が共にいれば、国や民から沢山のことが求められるかもしれない。
リューが慌てた様子で私の顔を覗き込む。
手を引かれて、点々と灯りがつく広場の階段に座らされる。
「…ルディ?」
「………」
リューの心配が滲む優しい声に、胸がぎゅっとなる。
嫌なことした?焦りすぎた?と静かにオロオロ慌てるリューに、甘えたくなる。
頭を撫でられて、そのまま吸い寄せられるようにその肩に頭を預ける。
今、私のこの不安を打ち明けたら、どうなるのだろうか。
「私は…」
私は、精霊の民のだから。
サラディーニの国のものにはなれない。
そして、あなたを慕う沢山の女性の中の一人でいるなんて耐えられない。
そう告げたらどうなるのだろうか。
そうか、ごめんね。
そう言ってリューの手が離れていく未来を想像して、言葉が出ない。
「……何?教えて、ルディ」
心配そうなリューの顔を見つめる。
叶うのなら、ずっと、あなたと一緒にいたい。
どうしたら、その願いは叶うのだろうか。
精霊の力は気まぐれだ。
国のために、民のために使えるような力ではない。
求められれば均衡を崩し、力を使いすぎればあっという間に私の命も消えるだろう。
元々、精霊が力を使うのは、精霊自身が望んだ時だけだ。
それは、極めて個人的な、精霊と精霊の民の交流なのだ。
精霊術が国のために求められるとしたなら、それは国に、お前の友の力を望む望まぬに関わらず国のために使えるようにしろ、と求められるのと同じようなものだ。
空飛ぶ馬に乗る私が、ただリューの側にいるだけなら許されるだろうか。
リュドリスやフィーリー、セフィナロスや、他の精霊術を隠し通せば、国に縛られこの力を求められることは無いだろうか。
ただ、あなたの側にいることを、周りの人々は許してくれるだろうか。
リューの綺麗な藍色の瞳を見つめる。
いつもリューがしてくれるように、私の手をリューの頬に滑らせる。
「リュー、あのね……」
「うん」
「……もう少し、一緒にいてもいい?」
「………ずっと一緒にいてよ」
欲しかった言葉をそのまま言ってくれるリューがなんだか可笑しくて、笑ってしまった。
本当に、この人は。
人の気も知らないで。
泣いて笑ったら、なんだか気が楽になってしまった。
あまり難しく考えても仕方ない。
呪いは解いた。
精霊術はリッキー以外はまだ知られていないはず。
元々精霊術は無闇に人目につく所では使わないようにしている。
だから、多くを求められることのないまま、このままリューと一緒にいられる可能性だってあるはずだ。
他の女性の影だって、今の所無い。
まずは、策略に勝つこと。
それは、リューの弟を王位につけるということ。
その目的を達成するまで一緒にいるのは、約束の範囲なのだから。
だから、いつか別れが来るまでは。
別れを選ばなければならない時が来るまでは。
一緒にいてもいいよね?
私は両手を広げてリューに飛びついた。
「リュー、ぎゅってして!」
「!?」
「ほら早く!」
「……っ今度はどうしたの?」
混乱しながらもなんだかんだ抱きしめてくれるリューの温かさにほっとする。
私の大好きな場所。
「……ルディ」
誰もいない夜の広場に、リューの静かな声が響く。
「………黙っていなくなったりしないでね。」
私の心を読んだような発言にドキリとする。
私は顔をあげるとにやっと笑ってみせた。
「私は約束はまもるわよ!リューの弟を王様にして、私が自由に生きれるようにしてもらうんだからね。」
「……それは、もちろんそうだけど…………」
なんだか腑に落ちない顔をしているリューの前で、パカッとチョコレートの箱を開けた。
「お腹空いちゃった!ここで食べちゃおう。リューは私のこと泣かせたから一個だけね」
困惑した顔のままのリューの口にポイッと一つ放り込む。
手元には大粒のチョコレートが4つ。
「………全部食べれるかしら……」
「……無理しないで」
とりあえず一個食べる。
チョコレートの中に隠れていた甘酸っぱいベリーのジャムが口の中に広がる。
「……やっぱり俺が泣かせた?」
「………ううん」
私はにっこり笑ってみた。
「ちょっとビックリしただけ」
サービスでもう一個リューの口にチョコを放り込む。
「……苦い」
「ごめん、面白そうと思って買ったスーパービターチョコだったかも」
「わざとでしょ」
「うふふふ」
残った美味しそうなナッツのチョコを自分の口に入れた。
なぜか甘いはずのチョコレートも、少し苦い味がした。
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