1.キノコ取りと泥だらけの男
完結まで約80話、執筆済みです。
ぜひ最後までお楽しみください。
「よく降るなぁ…」
古びた屋根を打つ激しい雨音に、むせ返るような森と苔の香り。
少し離れた場所にある川が増水しているのか、かすかにゴウゴウと激しい水の流れる音も聞こえる。
「もう少し乾燥させないとまずいかな?」
天井からぶら下がる薬草はなんだかじっとり乾きが悪い。
それでも、森のめぐみの香りに包まれて、幸せな気分だ。
私ルディアは、年中雨ばっかり降るこの森で、薬師の魔女みたいなおばあちゃんに育てられた、多分18歳ぐらいのピチピチの女だ。
ちなみに年齢に『多分』がつくのは、私が子供の頃森に捨てられていて、誕生日がいつなのか知らないから。
栗色の髪の毛と深緑色の目、残念な胸…ではなくて、なめらかな曲線美の体は、森と同化するぐらい地味でナチュラル。
地味な見た目のおかげか、子供のときに森に捨てられてもうまく獣に見逃され、無事に薬草集めをしていたおばあちゃんに拾われた。
物心ついた頃にはこの森の小さな家の中で、薬草に埋もれるようにおばあちゃんに育てられていて、その薬草をムシャムシャ食べて元気に暮らしていた。
多分15年ぐらい、二人で賑やかに楽しくすごしていたのだけど。
優しくて偏屈でおもしろいおばあちゃんは、去年、ちょっと出かけてくるわー!みたいなノリで出かけたっきり…帰らない人となってしまった。
今は雨ノ森と言われる雨の日ばかりの森のこの小さな家で、時々来る商人に薬草を売ったり、街で処方薬を売ったりしながら、不思議なイタチみたいな生き物のキューと一緒に、一人ほっそりダラダラ楽しく生きている。
「あー…ミズノコダケが足りない。仕方ない、取りに行くかぁ。」
キューといっしょに在庫確認をしていたが、納品予定の品物リストを見るといくつか足りない物がある。
もうすぐ馴染みの商人がやってくる時期だ。この森では雨が止むのを待っていたらいつまで経っても外に出られない。
『キュ?』
「ちゃちゃっと取ってくるわね。」
私は在庫と納品予定数を見比べて大体の採取量を決めると、壁にぶら下がった使い古した雨の日用ローブを羽織って外に出た。
さっきより雨が少し弱くなっている。
今のうちに行っちゃおう…!
足元のコケを踏みしめるたび、じゅわっと雨水が滲み出てブーツを濡らす。
『キュ!キュ!!』
「あれ、ついてきたの?」
キューが足元の水溜りをピョンピョン飛び越してついてくる。
「はは、冷たくない?あぁ、キューはあんまり濡れないんだっけ…」
キューは、土砂降りでも濡れないし、泥で汚れたりもしない。
一方でふつうの人間の私は、濡れもすれば泥で汚れる。
ブーツやレインコートはもちろん防水仕様だからしみては来ないけど、ちょっとひんやり。
「増水は…大丈夫そうだね。」
ミズノコダケがよく生える川辺りの採取ポイントは、年に数回水没する。
それでも強いミズノコダケはまたすぐに生えてくるのだけど、それでもここで採取できないと不便だから、水没してなくてよかった。
幸運にも大きな岩の下にいくつかの群生が見える。
「また土砂降りになっちゃう前にぱぱっと採って帰ろ」
一人暮らしになってから独り言が多いなぁ。
キューが聞いてくれてるときもあるけど。
今日も耳に届くのは、レインコートを打つ雨音と、荒ぶる川の音だけだ。
おばあちゃんと軽口叩き合ってキノコ採り競争したのが懐かしい。
大人気なく毎回本気のおばあちゃんに勝てたのは、ほんの数回だけだったな。
キューがぴょんぴょん進む方向に沿って、キノコを取っては籠に入れていく。
そうそう、こんな感じにハイスピードでキノコをむしり取って―――
「―――って、なに!?キノコじゃない!!なにこれ!?!?人の足!?」
キノコと同じ色のブーツの足先がニョキッと岩の陰から飛び出してる。
わ、鷲掴みするとこだったよ…
恐る恐る岩の影にかくれた本体を覗いてゾッとした。
おかしな方向に曲がった足の先に、枯れ草やゴミが混ざった泥水にまみれた男の人の身体。
川沿いで、少し川の水に漬かっているところをみると、少し前に増水した川の水に流されて、この岩に引っ掛かり…水かさが減って、枯れ葉やゴミと一緒にそのまま横たわっているようだ。
おまけに背中に矢まで刺さっている。
生きてるのだろうか。
ピクリとも動かない。
触っても大丈夫だろうか。
「…生きてる。」
呼吸がある。
見るからに水に飲まれた様子なのに、さらに矢が刺さった状態で生きているなんて。
それでも、すぐに命が消えて無くなりそうな弱々しい呼吸だ。
見ると、矢の傷口がおかしい。
「………毒矢…」
呪いも含んだ矢なのだろうか、普通ではない様子の傷口の周りには、黒く淀んだもやが漂っている。
毒を受けないように注意して引き抜くと、じわりと血が滲んできた。
痛々しいが仕方ない。
幸いにもあまり深くはささらなかったようだ。
私は矢じりに残った毒の香りを注意深く嗅いだ。
「…毒は砂漠地方の、毒蠍の神経毒ね…」
いよいよ何故この男が生きているのかわからなくなってきた。
とにかく危なすぎる矢は濁流の中に投げ込む。
これだけの水量があればあっという間に希釈され無害になるだろう。
「キュー…どうしよう。」
『キュ!』
男と思われる泥だらけの人の周りをウロウロしていたキューは、
私の顔をちらりと見てひょいと岩の上に飛び乗ると、そのままふっと消えてしまった。
きまぐれに現れたり消えたりする白い獣は、私に答えはくれないようだ。
「………」
どんな素性の男なのか分からない。
第一、背中に矢が刺さった男だ。
追われた悪党の可能性のほうが高いかもしれない。
それに、仮に手当したところで…普通に考えて、助かる見込みはあまりない。
自分を守るためなら、見捨てるのが賢明だ。
でも。
それでも。
「………できるだけのことはしてあげよう」
少し周囲を見回して誰もいないことを確かめると、注意して口を開いた。
『リッキー』
生身の人とは違う声を出す。
自分でもどうやってるのかよくわからないけど。
その不思議な声は、溶けるように空気の中に響いて広がる。
じわりと体が熱を持って、そして少し力がぬける。
目の前に小さな羽がアクセサリーのように背中についた、可愛らしい白いポニーが現れた。
晴れてないのに毛なみがキラキラ光るのはなんでだろう。
白いのに、すこし虹色みたいだ。
『ブルルルル』
「リッキー!お願い、この人運ぶの手伝って!」
『ヒィン!』
リッキーは不思議な馬で、重たいものをフワッと浮かべて背中で運ぶのが得意だ。
どんな力なのかはわからないけど、本当にふわっと浮かぶ。
これなら小さな羽で空も飛べそう…と思うのに、
残念ながらそれはできないみたい。
私の手のひら2つ分ぐらいの羽しかないもんね…
「この人、怪我をしてるの。優しくお願い!」
リッキーはきれいな群青の瞳で私のことをちらっと見ると、
泥だらけ人間をフワッと浮かべ、背中に乗せた。
仕組みはよくわからないけど、リッキーも汚れないし雨にも濡れない。
一体どんな力なんだろう。魔術なんだろうか。
もちろん、魔術を唱えてるところなんて見たことはないけど。
「私もその力があったら便利なんだけどなぁ。」
『ブルル』
「うん、そうだね、急ごう!」
泥だらけのボロボロの人間を背負ったリッキーを追いかけるように、私は家に急いだ。
あとから聞いた話だけど。
このボロボロの男は、いたずら好きな森の精霊からの、私への贈り物だったそうだ。
そんなことも知らずにのんきな私は、さっさと男を家に連れ帰る。
この時から。
森に閉じこもっていた私の人生が、少しずつ、回り始めた。
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