毎日デートして、毎日プロポーズして、そして毎日フラれる。
「せ~んぱいっ」
学校を出ようとしたところで、背後から甘えるような声がした。
声の主は考えるまでもない。
「どうした?如月」
振り返った先には、予想通りゆるふわツインテを明るい茶色に染めたJKが立っていた。
薄っすらメイクもしていて、制服の着崩し方やらカバンのアクセサリーやら全体的に陽の気が強い。
如月 涼花。
俺――夏野 咲人と同じ高校に通う1個下の後輩で、何かと付きまといからかってくる悪魔のような奴だ。
本人は小悪魔系を自称しているが、俺からしたらただの悪魔。
一部では俺と彼女が付き合ってるんじゃないかという噂もあるが、断じてそのような事実はない。
「相変わらず死んだ魚みたいな目をしてますね。死んだ魚みたいな目っていう表現がここまでぴったりな人はなかなかいませんよ。先輩はキングオブ死んだ魚みたいな目ですね」
この通り彼女の俺に対する態度は、とても彼氏に対するそれではない。
というか、先輩に対するそれでもない。
「死んだ魚の目死んだ魚の目うるせえよ。何の用だ?」
「今日はどこ行きます?」
如月が後ろに手を組んで俺の顔を覗き込んできた。
「何度目になるか分からないけど、どうしていつも俺が暇な前提で話を進める?」
コイツはいつも、俺の予定を聞かずに遊びへ誘ってくる。
一年前に初めて会った日からずっと、一日たりとも欠かさずに。
「だって先輩、友達いないでしょ?どうせ暇じゃないですか」
「友達がいないのはお前だろ。だから俺に声を掛けるんじゃないのか?」
「嫌だな先輩。私にはたくさんの友達がいますよ?ちゃんとクラスラインだって入ってますし、トゥイッターやイソスタのフォロワーだってこんなに……あ、先輩クラスラインって知ってます?」
「馬鹿にし過ぎだ。知ってるし、ちゃんと入ってる」
ちなみにトゥイッターもイソスタも知ってる。
知ってるだけでアカウントは持ってないし、やったところでフォローしてくれる人だっていないだろうけど。
「それは良かった。先輩がハブられて日々暗い学校生活を送ってるんじゃないか、私は心配なんですよ」
「お前が付きまとってこなければ、変な噂も流れずより安心して生活できるんだけどな」
「それは無理な話ですね。で、どこに行きますか?」
「どこでもいい」
俺がいまさら何を言ったところで、彼女は聞く耳を持たない。
それに俺は友達はいるが一緒に遊ぶ予定はない人間だ。付き合って出かけてやるのもいいだろう。
前に一度、彼女にこのことを話したら、それは友達って言わなくないですか?と聞かれた。
陽キャからしたらそうかもしれないが、陰キャよりの無キャである俺からしたらラウィンの「友だち」に追加された時点で友達だ。
だから俺には28人もの友達がいる。……別にッ!少なくて悲しいとか思ってないしッ!
「では映画館はどうでしょう?暗いところなら先輩の怖い仏頂面も見なくて済みますし」
「お前、本当に俺と出かけたいと思ってるか?」
「思ってますって。さ、行きましょ」
自由奔放な小悪魔系後輩に引きずられるようにして、俺はバス停へと歩き始めた。
どうして陽キャの女子は、こうも先輩の男と気軽に手を繋げるんだろうか。
※※ ※ ※
映画館は複合型商業施設の一角にある。
上映中の映画はいくつかあるが、俺にはこれといって気になる作品がなかった。
「何を見る?お前に合わせる」
「そうですね……。この『僕のわんにゃん日記』はどうでしょう?」
如月が選んだのは、犬と猫のかわいさを売りにした映画。
陽キャの好きそうな恋愛だの友情だのを描いた映画はたくさんあるのに、わざわざ「わんにゃん」を選ぶとはこれいかに。
「意外だな。お前ならいわゆる胸キュン系のやつを選ぶと思った」
「胸キュンってその面で言われると笑いますね。胸オエッって感じです」
「やかましい。見る映画は何でもいいんだが、どうしてこれなんだ?」
「先輩。犬猫ってかわいいと思います?」
「まあな」
俺の家では犬を2匹飼っている。
それなりの愛犬家だという自覚はあった。
「犬猫のおかげで、先輩のかわいいセンサーが敏感になるわけです。その横で私が『わぁ~わんちゃんかわいいぃ~』とほっぺに手を当てます」
実際にほっぺに手を当ててみせる如月。
不覚にも笑顔になってしまうような、あざとかわいい仕草だ。
「先輩はきっと私のことがかわいくてたまらなくなるでしょう。何せ、犬猫をかわいいと言ってる時の女子はかわいいですから。それにこの映画なら、美人女優や二次元の美少女と比べられる心配もありません」
「……その理由でアニマル系を選ぶという発想がすでにかわいくないと思わないか?」
前言撤回。あざといだけでかわいくはない。
コイツはあくまでも、どうしたら自分がかわいく見えるかで映画を選んでいる。
「行きましょうか」
如月は俺の問いかけに答えず、チケット売り場へ歩き出す。
2人分のチケット、それから売店でポップコーンとドリンクを買った。
きちんとカップル割引を使ったあたり、コイツはちゃっかりしている。
※※ ※ ※
「はぁ~面白かったぁ~」
帰り道、如月が大きく伸びをした。
残念なことにさほどサイズがないので強調されない。何がとは言わないが。
「先輩、何か失礼なことを考えてませんか?」
「とんでもない」
幸か不幸か、俺と彼女の最寄バス停は同じところだ。
バス停からの方向も途中まで一緒のため、出掛けた最後は2人並んで歩くことになる。
「さてと、分かれ道です」
俺たちがいつも別れる十字路に差し掛かった。
如月は俺の方を向くと、満面の笑みを浮かべて小首をかしげながら言う。
「先輩、今日も楽しかったです」
「まあ、俺もそれなりに楽しめた」
「むー。そこは素直にお前みたいな美少女とデート出来て嬉しかったって言えばいいんですよ」
頬を膨らませる如月。
クルミを詰め込んだリスみたいだ。
「先輩」
如月は真面目な顔になって姿勢を正すと、俺に向かって右手を差し出した。
「私と結婚してください」
付き合ってくださいでも、仲の良い友達から始めてくださいでもなく。
大事な過程をすべてすっ飛ばしてのプロポーズ。
彼女はこの一年、俺にプロポーズし続けている。
そして、
「ごめんなさい」
俺にフラれ続けている。
「はぁ。今日もダメかぁ」
「何をどうしたら今日ならいけると思えるんだ?」
「諦めたらそこで試合終了って言うじゃないですか」
「世界が終るまでは告白し続けるってか」
「……ちょっと何言ってるか分かんないです」
本気の何言ってんだコイツという目で見つめられた。
どうやら名言は知っていても主題歌は知らないらしい。
「ていうか、え?そんなずっと告白し続けてもらえると思ってるんですか?さすが先輩ですね」
「褒めてないだろ。あと、それがついさっき結婚を申し込んだ相手に対する態度か」
「えへへ。ついついからかっちゃいました。それじゃあ先輩、さようなら」
「ああ、また明日な」
「へぇ。明日も私と遊びたいんですか?」
「……ホントうるさい奴だな。ほら、気を付けて帰れ」
「乱暴な口調の中に優しさ混ぜてくるギャップ好きですよ」
「……」
「さようなら♡」
最後まで俺をイジリ倒すと、如月は自分の家がある方へ帰っていった。
彼女と出会ったのはちょうど一年前だ。
俺が高2になってすぐ、後輩の女子から声を掛けられた。それが如月だった。
彼女は下校中の俺を急いで追いかけてきたようで、肩で息をしていた。
そして彼女は言ったのだ。
「先輩、私と結婚してください」と。
当然のことながら、俺は断った。
確かに如月はかわいい。きっと、スクールカーストが存在するなら中の下にいるであろう俺には、おいそれと手を出せない高嶺の花だ。
しかし、あまりにも唐突が過ぎる。
だから断った。
なのに彼女は、断られたことにショックを受け、俺以上にひどく戸惑っているようだった。
どうしてアイツの方が困惑していたのかまるで分からない。
何とも変な出会いだ。
それでも不思議なことに、まあまあ良好(?)な関係のまま一年近くが経っている。
「マジで変な奴だよな……」
ぼそりと呟いたところで、部屋のドアがノックされた。
「は~い」
「お兄ちゃん、入るよ」
「いいぞ」
俺には3つ下の楽という妹がいる。
楽は何やら分厚いものを抱えて俺の部屋に入ってきた。
「お兄ちゃんは今日も後輩さんとデート?」
「まあな」
俺の隣に腰を下ろした楽は、ニヤニヤ笑いながらどこに行ったのかとか何をしたのかとか聞いてくる。
適当に受け流していると、ふと思いついたように楽が尋ねてきた。
「そういえば、今日もプロポーズされたの?」
「ああ、一応」
「それで?」
「断った」
「どうして?」
「そりゃもちろん……」
「もちろん?」
あれ?俺は何でアイツのプロポーズを断り続けてるんだっけ?
最初は全くその気がなかった。
だから彼女の告白を受け入れなかった。何も不自然なことはない。
でも最近は?
彼女がプロポーズして、それを俺が断って、最終的に俺がからかわれて別れる。
それがお約束のようになっている。
だから反射的に断っていたのかもしれない。
「お兄ちゃんはさ、後輩さんのこと嫌いなの?」
「嫌い……ではないよな」
嫌いだったら、貴重な放課後の時間を捧げて興味のない映画を一緒に見たりしないだろう。
一緒にいても苦痛じゃない。裏を返すと楽しい。
俺はひょっとして、いや確かにアイツとの時間を楽しんでいる。
でも、それが恋愛感情かは分からない。どちらかと言えば違うような気もする。
「ま、馬鹿兄に言ってもしょうがないか」
「誰が馬鹿兄だ」
楽の顔には「もう本当にコイツはどうしようもねぇな」と書いてある。
そんな目でお兄ちゃんを見るんじゃありません。
「ていうか、楽は何をしに来たんだ?」
俺は少し重くなった空気を軽くしようと話題を変えた。
「実はこんなものを見つけてね」
楽は手に持っていた分厚い何かを開いた。
アルバムだ。それも結構前のやつ。
俺が小学校に上がる前か上がりたて、楽がまだ幼稚園児だった頃の写真が収められている。
「部屋の掃除をしてたら出てきたんだよね。懐かしくない?」
「懐かしいな。あ、これ旅行の時のやつだ」
写真の右下には、10年前の日付が印字されている。
家族全員で温泉旅行に行った時の写真だ。
「う~ん。私はあんまり覚えてないなぁ」
「まあ、楽は4歳くらいだったからな。覚えてなくても仕方ないよ」
10年前に戻ったかのような感覚でアルバムをめくっていく。
すると、はらりと1枚の紙が落ちた。
それを楽が拾い上げる。
途端、妹の顔にニヤ~っと笑みが広がった。
「お兄ちゃん、これなんだと思う?」
「分からん」
「えっとね、『けっこんのちかい さくとのぶん』だって」
「結婚の誓い……?あっ!!」
俺は10年前の出来事を思い出すと同時に、顔が赤くなっていくのを感じた。
泊まった旅館に俺より少し年下の娘さんがいて、2人で遊んで仲良くなったんだ。
おままごと的な遊びに付き合わされ、疑似の結婚式をやった。
その時に書いたのがこの「けっこんのちかい」だ。
「へぇ~。お兄ちゃんが結婚ねぇ」
「子供の遊びで作ったやつだろ。そんなニヤニヤするなよ」
「いやいや、遊びだと思ってても相手は意外と本気だったりするかもよ?」
「本気も何もないわ。ままごとなんだから」
「いやいや、こういうのを大切に持ってて数年後に運命の再会を果たすなんてありふれた話じゃない」
「漫画の中ではな。現実では起こりっこないだろ。俺もそれを書いたこと自体、忘れてたし」
本当に今の今まで忘れていた。
楽がこのアルバムを持ってこなかったら、一生思い出せなかっただろう。
掘り起こさなくていい黒歴史が発掘されたともいえる。
「えっと相手の名前は……う~ん、文字がぐちゃぐちゃで読みづらいな。えっと……き?『き』かなこれ。き……きさ……『きさらぎ すずか』?」
「……え?」
俺は慌てて「けっこんのちかい」を楽から奪い取った。
「きさらぎ……すずか」
『先輩、私と結婚してください』
もう何度も聞かされたセリフが、ひどく鮮明に頭の中で再生される。
もし、彼女がこの誓いを本気にしているのだとしたら。
もし、彼女がずっと「けっこんのちかい」を大事に持っていたとしたら。
もし、この「きさらぎ すずか」が如月 涼花なのだとしたら。
もし、そんなありふれた話が現実に起こりうるのだとしたら。
「如月 涼花……」
もう一度、確かめるようにその名前を声に出す。
俺が彼女に対して抱いていた感情は、そして新たに抱き始めた感情は、一体何なのだろうか?
※※ ※ ※
「ふう。今日もフラれちゃった」
私――如月 涼花は、1枚の紙を手にため息をついた。
10年前、実家の旅館に泊まりに来た男の子と遊びで作った「けっこんのちかい」。
この紙があるから、男の子――夏野先輩に気持ちを伝える時は「結婚してください」と言う。
向こうはもう、この紙のことを忘れているようだけど。
先輩の高校を知ったのは、本当に偶然だった。
イソスタのDMでネッ友と話していたら、たまたま夏野 咲人の名前が出てきたのだ。
ネッ友に頼み込んで高校を教えてもらい、両親を何とか説得して地元を飛び出した。
でも先輩に声を掛けた時、もう私のことを覚えていないのだと悟った。
だから「けっこんのちかい」を話題にできなかった。
でも先輩を想い続けてきた気持ちは変わらない。
そこで私は、毎日先輩にプロポーズすると決めた。
デートに誘って、帰りに「結婚してください」と手を差し出す。
この「結婚」という単語が先輩の記憶を呼び覚まさないか。そんな淡い期待もあった。
「364戦、364敗か」
この1年、私は頑張ったと思う。
先輩が好きで、先輩と話せるのが嬉しくて、先輩と出かけるのが楽しくて。
素直になれずにからかってしまうこともあった、というよりほとんどがそうだったけど、この恋は本物だ。
でも、恋が100%叶うとは限らない。
ましてや、10年前にままごとで結婚を誓った2人が成長して恋に落ちるなんて、奇跡のような話だ。
――1年間頑張ってダメだったら先輩のことは諦めよう。
私はずっと前にそう決めていた。
明日が運命の1年、365戦目。
もしフラれたら、いつもと同じように先輩をからかって別れて、部屋に帰ってから大泣きしよう。
「あれ?何で、もう涙が出てきてるんだろ?」
誰もいない部屋で、私の目から涙がこぼれ落ちた。
まだフラれてないのに。まだ今は諦めちゃいけないのに。
どうして泣いてしまうんだろう?
『先輩、私と結婚してください』
もう何度も口にしたセリフが、ひどく鮮明に頭の中で再生される。
もし、先輩がこの誓いを思い出してくれたとしたら。
もし、先輩がまだ「けっこんのちかい」を持っていてくれたとしたら。
もし、「きさらぎ すずか」が如月 涼花だと気付いてもらえたとしたら。
もし、そんな奇跡が現実に起こりうるのだとしたら。
「咲人くん……」
10年前の呼び方で、その名を声に出してみる。
先輩が私に対して抱いてくれている感情は、一体何なのだろう?
「せ~んぱいっ」
翌日の放課後、いつもと同じように先輩に声を掛ける。
「よ、よう」
先輩はどことなくよそよそしくて、目を合わせてくれない。
アタックできる最後の日だというのに、幸先の悪いスタートだ。
「あれ?先輩どうしました?あっ、もしかしてとうとう私のかわいさに気が付いたんですね?それで目が合わせられないんでしょ」
何とか雰囲気を変えようと焦り、また先輩をからかってしまう。
「ちげーよ」
先輩はぶっきらぼうにそう答えると、やはり目は合わせずに言った。
「それで、今日はどこに行く?」
「へ?」
先輩からデートに誘ってくるなんて。
この1年間、1回たりともなかったことだ。
「どっか行くんだろ?」
「い、意外ですね。先輩がデートに乗り気だなんて。普段はちょっと面倒くさそうなのに」
「そういう日だってあるんだよ。それでどうする?」
もちろん、デートプランは用意してある。
ただ先輩の態度がいつもと違うので、面食らうし不安にもなる。
ひょっとして、もう付きまとわないでくれとか言われるのではないか。
そんな恐怖を抱えつつ、私は呼吸を整えて先輩の手を取った。
「水族館に行きましょう。初デートの場所に」
制服の胸ポケットには、お守り代わりに「けっこんのちかい」が入っている。
薄っぺらな1枚の紙が、今にも飛び出しそうな心臓を抑え込んでくれる気がした。
※※ ※ ※
如月が10年前の女の子だと思うと、なぜか上手に目が合わせられなかった。
話しかけられ、手を握られる。これまで何百回も繰り返してきた動作のはずなのに、一つ一つが違って見えてしまう。
楽から強引に胸ポケットへ入れられた「けっこんのちかい」が、心のモヤモヤを増大させる。
だからこそ、俺は彼女をどう思っているのか、今日のお出かけで確かめたかった。
水族館に向かうバスの中で、如月の話を聞きながら俺はずっと考える。
たった今、コイツと過ごしているこの時間に、俺は何を感じているのだろう、と。
でも答えは出ず、バスは水族館の前に停車した。
「見てください先輩っ!!ラッコですよラッコっ!!」
「ああ、かわいいな」
のんびりと気持ちよさそうな顔をして水に浮かぶラッコを見て、如月が歓声を上げる。
お前らはいいよな。悩みがなさそうで。俺もラッコになりたい。
「ラッコと私、どっちがかわいいですか?」
なあラッコ。俺はこんな質問に答えなきゃいけないんだぜ?
「どっちって……そもそもあれと比べられて嬉しいか?」
「う~ん。確かに嬉しくはないかも……」
「だろ。ラッコにはラッコのかわいさがあるからな」
正直、目は点だし鼻はデカいし人間で言ったらブサイクの部類に入るだろう。
でも、ラッコだと思えばかわいい。そういうものだ。
「先輩は、好きな海の生き物とかいるんですか?」
「そうだな。ヒトデとか?」
「うわ」
「何だようわって」
「いかにも陰な感じだなぁと」
「余計なお世話だ」
俺にも失礼だし、ヒトデにも失礼だろうが。
「先輩、お腹がすきました」
唐突に如月が言った。
「魚を見て腹が減ったのか」
「違います!シンプルにお腹が空いたんです!」
ぷくぅと頬を膨らませて不満をあらわにする如月。
まるでフグのようだ。
フグって言うとかわいげがないな。リスならかわいげがあったのに。
そんなどうでもいいことを考えていても、ふとした時に彼女への気持ちを思案してしまう。
魚の小骨が喉につっかえたようで気持ちが悪い。
このもやっとした気持ちを晴らすには、何が正解なんだろうか。
建物の外にクレープの屋台があったので、そこでおやつを食べることにした。
俺はチョコバナナ、如月はストロベリーバニラを買う。
「先輩の一口ください」
「別にいいけど」
俺は食べかけのクレープを渡した。
特に俺が口をつけた場所を避けるでもなく、如月は口いっぱいにクレープをほおばる。
「やっぱ安定して美味しいですね」
「まあ、定番だからな」
帰ってきたクレープを手にして動きが止まる。
これは、噂に聞く間接キスというやつではないか?
これまでにも如月と食べ物をシェアしたことはあるが、その時は間接キスなど意識しなかった。
コイツへの感情などあれこれ考えていたせいで、些細なことに引っかかってしまう。
「あれ?食べないんですか?」
「あ、いや、食べる」
俺はクレープにかぶりついた。
如月が大きな口で食べたせいで、どこにも逃げ場はない。
くそぅ。謎の緊張で味が分からねえ……。
「もしかして……間接キスとか意識しちゃってます?」
「別に?」
「私のも食べますか?」
ここで断ったら、まるで本当に意識してるみたいじゃないか。
いや、多少の意識はしてしまっているんだけど。
「も、もらおうかな」
「顔真っ赤ですよ、先輩」
如月が差し出してくれたクレープをちょっぴり口にする。
やっぱり味が分からない。いや、ちょっとだけ甘酸っぱかった。
クレープを食べ終えた俺たちは、イルカのショーを見ることにした。
飼育員のお姉さんとともに、2匹のイルカが登場する。
「このイルカたちは10年前につがいで当水族館へやってきたんです。今でもずっとラブラブなんですよ~」
結婚10年目の夫婦、か。
如月の方に視線を向けると、頬を赤らめながら食い入るようにイルカの夫婦を見つめていた。
俺は確信する。如月 涼花は「きさらぎ すずか」なのだと。
「わっ!すごいですね先輩!」
高く飛び上がった2匹のイルカを見て、如月は拍手を送った。
そして2匹は仲良くそろって水の中へ落ちていく。
高く高く水しぶきが上がった。
「うわわわ!先輩びちょびちょ!」
「お前もな」
お互いもろに水しぶきを食らい、制服がびしょびしょになる。
そしてイルカは再び飛び上がった。
プールの中に落ちていき、俺たちに大量の水しぶきを浴びせる。
何度も。何度も。何度も。繰り返し。繰り返し。
「楽しいですね!先輩!」
「楽しいな!」
自然と声が大きくなった。
如月はこれ以上ないくらいの笑顔を浮かべている。
きっと俺も、自分史上トップクラスの笑顔が出来ているはずだ。
今なら死んだ魚の目にはなっていないだろう。
俺はコイツといて、如月といて楽しい。
それ以上でもそれ以下でもない。
この感情は何だろうとぐちゃぐちゃ考えて、のんきそうなラッコに悪態をつく必要もない。
胸ポケットの「けっこんのちかい」が濡れないよう、そこだけは右手で押さえる。
手のひらに心臓の鼓動が伝わってきた。
ついさっきまでもやついていたのがアホみたいだ。
俺が如月に伝えるべきこと。その答えはもう出た。
大事なことの答えって案外ふとした時にあっさり浮かぶのだと俺は学んだ。
水族館を閉館時間まで目一杯に楽しみ、俺たちはまたこの分かれ道にやってきた。
いつもなら、如月の方から話を切り出す。
でも今日は俺から話そうと決めていた。
けれど、彼女の方も自分から話そうとしていたらしい。
同時に口を開き、2人の声が重なる。
「先輩、好きで……」
「如月、ごめん」
如月の言葉が途中で止まり、そしてその目に涙が浮かんだ。
※ ※ ※ ※
これが最後のプロポーズ。まずはちゃんと好きだと伝えよう。
私はそう決めていた。
それなのに。
「先輩、好きで……」
「如月、ごめん」
言い終わらないうちに、結婚の言葉も言わせてもらえずに、最後の戦いが終わってしまった。
視界が涙でにじむ。先輩の前では泣かないと決めていたのに。
「さよう……なら……」
一刻も早くこの場から逃げ出したくて、私は先輩に背を向けた。
走り去ろうとした時、背中越しに声がかかる。
「ちょ、ちょっと待てよ。何か言おうとしてただろ?」
「何を言ってるんですか。言い終わらないうちに断ったくせに」
せめてちゃんと最後まで聞いて、それから断ってほしかった。
私が少しの恨みを込めて言うと、なぜか先輩はきょとんとする。
「えっと……断ったって何が?」
「ごめんって言ったじゃないですか。私のプロポーズ、まだ終わってなかったのに」
「え?あ、悪い。同時に喋ったから如月が何を言ったかは聞き取れてなくて」
「じゃあ、何を謝ったんですか?」
「俺が先に喋っていいのか?」
「どうぞ。その代わり、私の話も最後まで聞いてください」
「分かった」
先輩は一つ深呼吸すると、胸ポケットから1枚の紙を取り出した。
「思い出したんだよ。10年前のこと」
「……っ!!」
先輩が10年前のことを思い出してくれた。
ということは、今手に持っている紙は……
「『けっこんのちかい なつの さくと きさらぎ すずか』。昨日、アルバム見てたら出てきたんだ。それまで、如月 涼花の名前を聞いても全くピンとこなかった。ごめんっていうのは、気付けなかったことに対するお詫びだ」
「やっと……やっと思い出してくれたんですね」
さっきとは違う感情の涙が、ぼろぼろと落ちていく。
ただただ素直に嬉しかった。
先輩が誓いを思い出してくれたこと。
まだ「けっこんのちかい」を持っていてくれたこと。
そして10年前の女の子が私だと気が付いてくれたこと。
こんな奇跡が現実に起きていること。
全てが嬉しかった。
「1年間、全く気付かなくて本当にごめんな。それが一つだ。本当に悪かった。申し訳ない」
「一つってことは他にも?」
「ああ。俺はずっとプロポーズを断り続けてきたよな?何で断るんだろうって考えた時に、最初は本当にその気がなかったからなんだけど、最近はどうも違うような気がして」
一つ一つ、慎重に言葉を紡いでいく先輩。
私は息をするのも忘れて続きを待つ。
「いろいろぐちゃぐちゃ考えてるうちに、何がなんだか分からなくなって。でも一つだけはっきりしたのが、俺はお前といて楽しいってことだった」
どこか照れくさそうな先輩は新鮮だった。
初めて見る表情だけど、その態度に嘘はない。
本当に私といると楽しいんだと伝わってきた。
「だからさ、これからも仲良く出来たらなって。それがもう一つ」
「分かりました」
先輩の「仲良く」が、今の関係のままなのか。それとも恋愛感情を含むものなのかは分からない。
私だって、ずっと先輩と仲良くしていたい。
それでも、どうしてもこの気持ちだけははっきりさせておきたかった。
私は深く息を吐くと、一度は諦めかけた365回目の勝負へ気持ちを整える。
「それじゃあ、次は私の番ですね」
※ ※ ※ ※
如月も胸ポケットから紙を取り出した。
見なくてもそれが「けっこんのちかい」だと分かる。
やはり彼女も大事に持ち続けていたのだ。
「10年前の遊びで作ったものだろって笑われるんじゃないかと思うと、この紙を先輩の前に持ち出せなかったんです。これを否定されることは、私の恋心を全て否定されるのと同じな気がしたので」
大切そうに紙を胸の前に持って話す如月。
「だから、先輩がきれいな状態で持っててくれたのが嬉しかったです。本当にありがとうございます」
如月は少し照れくさそうにはにかんだ。
計算だとかあざとさだとか勘ぐる方が下衆に思えるほど、きれいで温かい笑顔。
正直、めちゃくちゃかわいい。
「私も先輩といると楽しいです。照れ隠しにからかっちゃうことはあるけど、それもまた楽しいというか」
そこは楽しむなよ。
というか、彼女のからかいやイジリは照れ隠しのレベルを超えている気がするんだが。
「だから、私も先輩と仲良くしていきたいです。でもただの友達じゃなくて、大好きな人としてそばにいたい。私は心の底から先輩が大好きです」
今までと同じように、如月は右手を差し出した。
「先輩、私と結婚してください。じゃないと、もうかまってあげませんよ?」
もうかまってあげない、か。
脅しじゃねえか。
どう答えよう。
結婚って今すぐに?それとも何歳の時にという年齢を決めて?まずはお付き合いからか?
俺は再びあれこれと考え始めてしまう。
その様子を見て如月が言った。
「咲人くん、結婚しよ?YesかNoかだよ?」
咲人くん。
そういえば10年前の如月は俺のことをそう呼んでたっけ。俺は涼花だったか。
そうだよ。どのみち10年前に一度結婚した2人じゃないか。
その2人が成長して再会するなんていう、ひどくありふれた展開がここで起きている。
だったらこの先に、2人仲良く歩いていくハッピーエンドが待っているのだってありふれたお約束だ。
「結婚しよう。涼花」
「……っ!!」
涼花は声にならない声を上げたかと思うと、俺に思いっきり飛びついてきた。
「良かった……。もし今日ダメだったら、咲人くんのこと諦めようと思ってたんだよ」
マジか。危ないところだった。
一緒にいるだけでこんなに楽しい悪魔みたいな後輩を失ってなるものか。
号泣する涼花の体を優しく抱きしめ、震える手で頭を撫でる。
こんなこと、楽にもしたことないから正しい方法なのか分からない。
「下手くそですね。さすが陰キャ先輩」
涼花が涙ながらの後輩口調になった。
「素直に受け取れよ……」
「……すいません」
謝られたら謝られたで調子狂うな。
彼女といることが楽しい。からかい、からかわれるのもその一部なのかもしれない。
「咲人くん、明日もデートしてくれる?」
「もちろん。こちらこそよろしくな」
「ふふっ、咲人くんがそんなにデートしたいならしてあげます♡」
「……はいはい」
泣いたり笑ったり忙しい奴だ。
表情がどんどん変わっていくさまも見ていて楽しい。
「先輩、結婚してください」と毎日プロポーズしていた小悪魔後輩JKとそれを断り続けていた俺。
実は2人が10年前に出会って結婚していたことは俺たちだけが知っている。
そんなありふれた奇跡が起きていることを俺たちだけが知っている。
「今日は一緒に帰る?」
「一緒に帰るって……ここまでだろ?」
「咲人くんの家に♡」
そう言うと、涼花は俺の左腕に自分の右腕を絡ませてきた。
「まずは私の家で着替えを取って、それから咲人くんの家に行こ」
「本気か?」
「だって夫婦でしょ?」
「婚姻届は出してないけどな」
「10年前にもう作ったじゃない」
涼花が「けっこんのちかい」をひらひらさせる。
その顔は、今までになく幸せそうな笑顔に満ちていた。
お読みいただきありがとうございました!!
楽しんでいただけたましたら、ぜひ↓より「★★★★★」の評価をよろしくお願いします!!




