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■■第四十四章■■

 それは全体的に白く、薄ぼんやりとした世界だった。

人気のない通りに立ったアユミは、自分の元に向かって歩いてくる、一人の青年の姿に気づいた。


――・・トウヤさん?

 銀髪に藍色の瞳。相変わらず美しい顔をしたその青年は、アユミの声に顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。

ふと気がつけばトウヤはアユミの直ぐ前に立っていて、そっと自身の背を屈めると、アユミの耳に唇を当て、囁いた。


『時がきたら、黒いディスクを開くんだ。いいね。』

瞬間、アユミは急速に覚醒した。


 時はまだ深夜だった。

今日はエリオットとサッカーの試合を一通り楽しんだわけだが・・家に帰った後がまた大変だった。

 やはり、エリオットがアユミの弁当を食べてしまったことは問題があったみたいで、因果律がどうたらいう理由で、ピアは玄関前でエリオットの入室を押し留め、エリオットの身体に何やら様々な術を施した。

なので、彼がようやく室内に入れた頃にはもう、日は暮れてしまっていた。

 エリオットには申し訳ないことをしたと思っているのだが、当のエリオット本人はアユミの手料理を食べれたことが嬉しかったらしく、ピアから何と言われ様が平然としていた。

不思議と、こういう時に一番口をすっぱくして叱りつけそうなカーティスは、今回は何も言わないようだった。

 今日はそんな感じでゴタゴタして疲れたので、夕方頃にはベッドに潜り込んでしまったのだが・・

やはり、早い時間に寝てしまうと、目覚めも早くなってしまうらしい。


 この夜、またぱちりと目を覚ましたアユミは、

月明かりに照らされる自分の部屋の中に、再びこの家にする面子が揃っていることに気づき、失笑した。


「皆・・何考えてるんだろ。こんな場所で寝ても、身体痛くなるだけなのに。」

 三人とも、風邪なんてひく心配はないのだろうが、アユミは友人のこういう有様を見て、放っておけるタイプの人間ではない。


 アユミはそっと扉を出ると、母親の部屋に向かった。

ここには数枚、客用の毛布がある筈なので、それを取ってこようと思ったのだ。

 暗い部屋に電気を灯し、アユミは押し入れに向かう。

そこから毛布を引っ張り出そうとして、ふと視線を床に向けたアユミは、そこに落ちている真っ黒のゲームケースを見つけた。


「・・・これって・・。」

 そっと足元に落ちるそれを拾い上げた。

これはアユミがプレイしていたゲーム、『SYNAPSE FANTASIA』である。

 エリオットたちとの出会いも、この事件も、全てはこの一枚のゲームディスクから始まったのだ。

アユミは結局まだ、このゲームがどういう結末を迎えるのか知らない。


――・・時が来たら・・

 不意に、アユミはトウヤの言葉を思い出した。

トウヤがアユミとの別れ際、インフィニティからの言伝だと前置きして、教えてくれた言葉だ。


――時が来たら、黒いディスクを開くんだ。


「黒い・・ディスク?」

 じっと、目の前にある真っ黒いパッケージに視線を落とす。

ゆっくりとケースを開けば、そこにはパッケージと同じく真っ黒なゲームディスクが収まっていた。


「確か・・これは封印されているんだって・・」

 最初、ピアが言ったのだ。このゲームディスクはインフィニティにより封印を受けていると。これではただの残骸なのだと。

だからあれ以来誰も、このゲームディスクに興味を持たなかった。

これからは何の情報も得られないと決め付け、中のデータを確認したことも無かった。


「・・一体。中には何が入ってるんだろう?」

 そう呟いてみると、急に興味が湧いた。

夢の中で再び聞いたトウヤの言葉に後押しされるように、アユミはケースからゲームディスクを抜き取り、TVとゲーム機の電源を入れた。

 ヴ・・ンと低い音がして、それぞれの機体が起動したのを確認し、ゲームディスクをゲーム機内にはめ込む。

――シュゥウウウウ・・

 ゲーム機がディスクを読み取る音が聞こえた。

一体画面には何が移されるのだろうかとワクワクしながら、アユミは今はまだ暗いだけのTV画面に見入った。


「・・・何も・・映らないかな?」

 数分間、そうして待機してみたが、TV画面には相変わらず何も現れない。

折角期待したのに、肩透かしを食らってしまったと溜息を一つ。

ゲーム機からディスクを抜き出そうとした瞬間、それは現れた。


『――・・ちょっと!お父さん、勝手に部屋に入ってこないでよ!』

『何言ってるんだ!お前・・また昨日も帰ってこなかっただろ!?仮にもお前は高校生だぞ!?』


「・・・へ?」

 唐突に聞こえ始めた喧騒に、呆然と顔を上げる。

アユミはTV画面に、見慣れない誰かの部屋が映っていることに気づいた。

 映像は手撮りのビデオカメラで撮影しているように、時にぐらついて見えて、安定しない。

カメラは部屋の扉の前に立つ一人のおじさんの姿に集中して撮影しているようだ。

 まるで・・これは誰かの目玉にカメラを仕込んで、その目玉の見ている景色を盗み見ているよう。


「何これ・・?」

 眉を潜め、TV画面に顔を近づけてみる。

画面の中のおじさんは、どうやらカメラの持ち主である自分の娘と言い争いを続けているようだった。


『――うるさい!どうせあのコウノスケとかいう男の家に泊まって来たんだろ!』 

 不意に、おじさんの口から聞き覚えのある名前が零れた。

「・・コ・・ウノスケ・・?・・っ!?」

呟いた途端、アユミの頭に釘が刺さったような激痛が走る。

 駄目だ。駄目なんだ。思い出しちゃいけない。そうアユミの本能が告げている。


『そうよ!悪いの!?・・どうせお父さんだって・・若い頃はこれくらい、してたでしょ!?』

 言葉尻を尖らせ、反論する少女の声は、アユミにとってとても、聞き覚えのある声だった。


「・・嫌だ・・」

耳を塞ぐ。もう何も聞きたくなかった。


『――俺と一緒にするな!お前は・・アユミは・・女なんだぞ!!自分を安売りするような事をするな!』


――アユミ・・?

 不意に名前を呼ばれた気がして、画面の中のおじさんを見る。

怒りに顔を赤く染めた中年の男。痩せた身体に、黒い長めの髪。黒く大きな瞳は、アユミにそっくりだった。


――・・そうだ。確かに昔はもっとふっくらしてたけど・・

 アユミは気づいた。この男を、自分は知っていたのだ。

――・・ずっと会いたかった。離れてしまった事を、ずっと後悔していた。


「・・お父さん・・?」

 懐かしいその呼び名を呟いた途端、アユミの頭の中でブツリと大きな音が聞こえた。

重要な回線を切られた機械のように、唐突に意識を失ったアユミは、その場に倒れこみ、朝が来ても目を覚ますことはなかった。


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