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■■第四十二章■■
ふと目を覚ましたアユミは、周囲が真っ暗なことに驚いた。
「・・あれ?夜・・・?」
自分の身体を包み込むこの感触。アユミはどうやら自室のベッドに寝ていたらしい。
しかし、一体いつからこうしていたのか全く記憶がない。
何故こうなっているのかも、思い出したくない気がした。
起き上がり、頭を振って正気を確かめたアユミは、窓から差し込む月が、今日はとても明るいことに驚いた。
なんだかとても目が冴えてしまって。アユミはうんと伸びをする。
その弾みで、アユミは枕元にあった棚の上から何かを落としてしまったようだ。
――・・カラン・・
軽い音がして、アユミは視線で追う。
月明かりに黒く丸い影を落としながら、小さな粒が床を跳ねたようだった。
「ん・・・?」
それを拾おうとベッドから身体を伸ばした時、アユミはベッドの下に蹲る人の姿に気づいた。
月明かりに照らされて鈍く光る藍色の鎧姿。そこにいるのは間違いなく、エリオットのようだった。
どうしたんだろう。なんでこんな所で寝てるんだろう?
「・・そういえば。明日はオザキっちの試合か。」
思い出して、小さく呟いた。
明日は朝からエリオットと出かける予定なのだ。
もしかしたら、エリオットはそれが楽しみで、アユミの近くで寝てるのかもしれない。
これはあれだ。子供が遠足の前日にリュックサックを抱えたまま寝るのと、同じ心境。
「・・っぷ。」
思わず吹き出して。アユミはエリオットが起きないよう、慎重にベッドから降りた。
降りて、落としてしまった小さな粒を拾い上げる。
親指と人差し指の間に挟んだそれを、月明かりに照らして確認してみる。
十字架の形に加工された黒い石は、月の光を反射して青白く輝いた。
「あー・・忘れてたな。これ。」
目を細め、アユミは思わず笑みを浮かべた。
これはいつか、アユミの命を守ってくれたブレスレッドの破片だ。
カーティスが一粒だけ持って帰ってくれていたことを知り、アユミはそれを大事に取って置くことにしたのだ。
これがなければアユミは死んでいたかもしれない。そう考えると、これは良いお守りになるような気がした。
「・・・そうだ。」
ふと、妙案を思いつき、アユミはいそいそとベッドに戻る。
その際さっと周囲に視線を走らせて、アユミはぎょっとした。
この部屋にいるのはエリオットだけではなかった。
ピアがソファに眠ってるのはいつもの姿なのだが、その奥、パソコンの隣の壁際に寄りかかる背の高い影には驚きを隠せない。
カーティスまでこの部屋にいるとは思わなかった。
なんだ今日は。こうやって皆で同じ部屋に寝てるなんて修学旅行みたいだな。
「・・寂しかったのかな?」
きっと皆、一人で寝るのが寂しくて集まってきたに違いない。
彼らに限っては、そんな感情ありえないような気がするが、そう処理しないと、アユミにはこの状況が全く理解できなかったので、勝手に納得しておくことにする。
「・・さて。」
枕元にある棚に設置された小さな引き出しを開き、アユミはそこからソーイングセットを取り出した。
縫い針と、色とりどりの絹糸が付属された、お財布型の良くあるアレだ。
同じ引き出しの中を漁ると、無事、色とりどりのはぎれも見つかった。
電気をつけたらエリオットたちを起こしてしまいそうなので、月明かりだけを頼りに、アユミは手を動かし始める。
手芸は余り得意なほうではないが、この程度の創作なら小学生にだってできる筈だ。
「で〜っきた♪」
所要時間五分弱。アユミの手が握っているのは、お手製のお守り袋だった。
小さな袋の中に、先程のブレスレッドの破片を入れ、入り口を縫い付けてある。
それだけだと寂しい気がしたので、袋の天辺に小さく穴を開けて、赤いリボンを通しておいた。
「これで・・大丈夫だよね?」
自分の作った作品を満足げに見つめて。アユミは膝の上に散らかる糸くずや布くずを片付け、引き出しの中に余った布とソーイングセットを戻した。
ほんの少し集中しただけなのに。何故か妙に疲れた気がする。
アユミは欠伸を一つして、再びベッドに横になった。
手作りのお守りの感触を確かめているうちに、アユミの意識は眠りの世界に落ちて行った。