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・・時計は十八時二十分を指している。
リビングに集まったピアとエリオットを見つめ、カーティスは話した。
「アユミは今、非常に危険な状態だ。」
立ち込める空気が緊迫していることに、その場にいる誰もが気づいていた。
「・・どういう・・ことなの?なんでアユミちゃんが・・あんな風にならないといけないの?
アユミちゃんは、ただのこの世界の人間なのに。
あれじゃ・・まるで異世界から来た人間が・・自我を失ってしまったみたいな・・」
エリオットは呟くように尋ねた。
先程自身の手でベッドに寝かせてきたアユミの、力のない姿を思い出し、心が乱れた。
エリオットにとって、異世界旅行はこれが初めてだ。
だから、現場にいる旅行者を襲う因果律の危機が具体的にどういうものなのかなんて、本に載ってる範囲でしか知らない。
それでも、アユミの姿を見たとき、エリオットの記憶が騒いだのだ。
これは、因果律に矛盾が生じた時に起きる、自我の崩壊の一種だと。
「・・どうやら。その通りらしい。」
目の前でカーティスが頷いたのを見て、エリオットは目を見開いた。
「アユミはどうやら、元々この世界の人間ではなかったようだ。
我々のマナが反応しなかったところを見ると・・恐らく、我々の世界とも違う・・別の世界の住人だったのだろう。」
「そんな・・!!」
思わず、椅子から立ち上がって叫んでいた。
アユミも異世界から来た旅行者だったというのか。
「・・確かに。アユミさんに関して不思議に思うことはありました。
彼女は代謝も少なく・・食事も、我々と同じように殆ど摂ることがなかった。」
ピアの言葉に、カーティスが続けた。
「アユミに何の自覚もないところを見ると、彼女は事故に巻き込まれた口だろう。
可哀想だが・・俺たちでは彼女を元の世界に戻すこともできない。」
苦く吐き捨てるようなその言葉に、エリオットは力を失い、座り込んだ。
「どうしよう・・俺・・どうすれば・・?」
このままでは間違いなく、アユミが消えてしまう。
それは、自分たちが消えること以上にエリオットを怯えさせた。
「エリオット・・俺は・・俺とアユミは先程、本来この世界にいるべきアユミの姿を見たんだ。
彼女はトウヤの住んでいた家にいた。
消滅は逃れられない運命とはいえ、俺が二人を出会わせなければ・・
アユミもここまで早く消滅に至ることはなかっただろう。」
悔しそうに顔を歪め、吐き出したカーティスの言葉は、震えていた。
次の瞬間彼の手が耐えるようにテーブルに爪を立て、握りこまれたのを見た。
「カーティス・・自分を責めないで・・。
全ては・・この全てはインフィニティの策略だったのよ。」
そう言って俯くピアの瞳は、今にも泣き出しそうだった。
三人にとって、アユミは間違いなく大切な仲間だった。
ほんの短い期間を共に過ごしただけなのに、アユミは彼らをどれほど勇気付け、救ってくれたかわからない。
「・・・私たちはせめて・・アユミさんに出来る事を・・してあげましょう・・。」
震える声を絞り出したピアは、今どんな表情をしていたのだろうか。
「アユミちゃん・・・」
その名前を呟いたエリオットの手の甲に、熱い涙が数滴落ちた。