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――・・なんで・・この男が?
何故大賢者がアユミと一緒にいるのか。エリオットの身体はそれを考える以前に、動き出していた。
咄嗟に銀髪の男を突き飛ばし、アユミとの間に割って入る。
この男はエリオットが親愛を寄せる大賢者なのかもしれない。しかし、同時に危険な存在であることも確かだった。
この男が、カーティスやアユミに怪我を負わせたのだ。
敵対するインフィニティの手に落ちている可能性がある以上、いくら親愛を寄せる相手とはいえ、気を抜くわけにはいかなかった。
・・・いや違う。こんなのはただの言い訳だ。
エリオットは気づいていた。自分はただ・・この状況が気に入らなかっただけなのだ。
「・・・アユミちゃんに・・近づくな。」
自分の行動には、自分自身が一番驚いていた。
いくら敵でも、親愛なる大賢者にこんな振る舞いをしてはいけないことぐらいわかっていた。
なのに、今のエリオットの唇からは怒りしか零れない。
堪らなく嫌だったのだ。アユミが自分以外の男に触れられることが。アユミがこの男を見て、可愛らしく頬を染めるのが。
ピアがアユミにテレパシスを送った頃から、エリオットはずっと心配していた。
ピアのテレパシスがアユミに繋がらないという事態が起きたのだ。
何者かが術に干渉しているのだと、ピアは困ったように言った。
その時点で、アユミを探しに出かけられたら良かったのだが・・
いかんせん、エリオットはカーティスの帰りを待たなくてはいけなかった。
妙に呆けた様子で玄関を潜ったカーティスと入れ替わりに、エリオットは外へ駆け出していた。
手にはピアが描いてくれた、アユミ探索のための魔法陣。
それに示されるままにアユミを探し続けたエリオットが目にしたのは、人気のない通りにアユミと銀髪の男が並んで立つ姿。
そして、男がその顔をアユミに寄せた瞬間。エリオットの中で何かが壊れる気配がして、耐え切れず駆け出していた。
「やれ・・困ったな・・。」
そう呟き、ゆっくりと上半身を起こした男の表情は、その言葉の内容に反して、むしろ嬉しそうである。
「エリオットさん!違うの・・!この人は敵じゃなくって・・!!」
エリオットがこの男に殴りかかりそうにでも見えるのか、アユミは必死になってエリオットの腕を引いた。
「・・大賢者様なんだよね。わかってる。」
あえてアユミを見ないように、エリオットは返した。
「そうとも。私が大賢者さ。皆には迷惑をかけてしまっていたようだね。」
立ち上がり、腰についた砂を払いながら、男はにこりと笑う。
優しい、穏やかな笑顔。エリオットが最も愛していた老人の姿が垣間見えて、眉根を寄せる。
「・・貴方は・・何を考えている?俺にはもう、貴方の考えがわからない。」
何故カーティスを襲った?何故貴方ともあろう人がインフィニティの手に落ちた?
何故アユミを・・・
「・・さぁ。何でだろうなぁ。」
キラリと藍色の瞳に光を燈し、男は笑った。愉快そうに見えるその顔の裏で、男が悲しみを抱いていることに気づいたのは、エリオットの背後にいるアユミだけだった。
ギリと歯を食いしばるエリオットに、アユミはそっと声をかけた。
「エリオットさん・・大丈夫だよ。大賢者様はエリオットさんを傷つけない。
私も何もされてないんだから・・大丈夫。もう、家に・・帰ろう?」
「・・エリオット・・。」
不意に男の顔から笑顔が消えた。真っ直ぐに自分を見つめてくる藍色の瞳に耐え切れず。
エリオットはアユミの手を取り、男に背を向けた。
「エリオットさん・・?」
そのまま早足に歩き始めたエリオットに、アユミは戸惑いの声をかける。
一度、アユミが背後にいる男を振り返ったのがわかった。
男は今、どんな表情でエリオットを見ていたのだろうか。エリオットに向き直ったアユミの瞳は、泣きそうな程に潤んでいた。
「エリオットさん・・大賢者様は・・貴方のことが・・」
続けてアユミが何と言おうとしたのかはわからない。
「帰ろう。アユミちゃん。早く帰らないと、皆心配してる・・」
エリオットはそう言って、アユミの手を握る手に力を込めた。
それだけで、アユミは気づいてくれた。エリオットは誰よりも今、混乱していたのだ。
「・・うん。」
小さく呟き、引かれるままに家路を急いだアユミは、道中、何も喋らなかった。