表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/108

68p

■■■■

 時計の針は十五時を回っていた。

リビングのソファに腰掛けたアユミは、今ようやく、エリオットとピアの二人に昨日の話を始めることができた。

 昨晩、二人がカーティスの夢の中にいる間、アユミは一人で色んな体験をしてしまっていたのだ。


「実はね・・私、もうインフィニティの正体がわかっちゃったの。」


 まず、どの話からするべきかと悩んだ結果、出だしに口にした言葉はこれだった。


「・・っな!?」

案の定、目を見開いた上に、椅子から半分腰を浮かせたエリオットを横目に

「・・・もう、会ってしまったんですか?」

ピアはアユミを振り向き、冷静に言った。彼女の濃い桃色の瞳が、一瞬鋭い光を燈したのがわかる。

「う・・うん。」

ピアの瞳の気迫に押されながらも、アユミは頷いて続けた。

「皆にも話したことはあると思うけど、皆が来るまでは、この家によく来てくれてた伊藤のお姉さん。

 一昨日学校に聞き込みに行った時から、怪しいなって思ってたんだけど・・

 昨日の夕方、本人が来たから思い切って聞いてみたの。」


――・・インフィニティになんてならないで・・ずっと伊藤のお姉さんのままでいて!

 泣きついて、アユミが懇願しても、彼女は首を振るばかりだった。

自分はインフィニティであり、エリオットたちを殺さなければならないのだと。

彼女はあくまでそう言いきったのだ。


「伊藤のお姉さんは答えてくれた。自分がインフィニティなんだって。

 エリオットさんたちのことも、知ってたんだって・・。」


 記憶の中のその様子に、アユミは苦い気持ちを噛み締めながら、言った。

「・・そんな・・。」

「予想はしていましたが・・やはり彼女でしたか・・。」

驚愕を露にするエリオットと対照的に、ピアは冷静に頷いた。

感の鋭いピアのことだ。

もしかしたら、アユミが伊藤のお姉さんの話を聞かせた時から、既にインフィニティの正体に気づいていたのかもしれない。

ただ、アユミの気持ちを考えて言わないでいてくれただけなのだろう。

「うん・・。考えてみれば直ぐにわかる相手だったのに。

 私が気づけなくて、ごめんね?」

二人と目を合わせることができず、俯いて謝った。

「イトウのお姉さんってあの・・前にアユミちゃんが店の中で話してた女の人だよね?」

全然気づかなかったと、エリオットは戸惑った声を出した。


「・・・それで。インフィニティはアユミさんに何と?」

 ピアに促され、アユミは話した。

「まだ・・動くことはできないんだって。時が来るまでは、皆を襲うようなことはしないから、今のうちに傷を癒しておけって・・。

 きっと、カーティスさんの状態を知っていたんだと思う。」

話しながら、脳裏に大賢者と名乗ったあの男の姿が浮かぶ。

 あの男はアユミに言った。自分もインフィニティも、殺そうとしているのはカーティスだけなのだと。

二人の目的はあくまでも、エリオットを王位に即けることなのだと。

 しかしアユミは、この事実を、目の前の二人に告げることはできないと思った。

未だにアユミは大賢者の言葉を信用することができないし、それになにより、この話は、エリオットを酷く悲しませてしまう気がしたのだ。


「・・一体、彼女は何を考えてるんだろう?」

 ぼそり、エリオットが呟いた。

「インフィニティには、我々を攻撃できない何かしらの事情があるのでしょう。

 時が来るまで・・おそらく、彼女は何かのタイミングを狙っている。

 その時でないと、彼女自らが動くことはできない、何かしらのタイミング・・」

ピアはそう言い、考えを巡らせるように黙り込んでしまった。


「そもそも、今回カーティスを襲ったのはインフィニティじゃなかったんだろ?

 あの銀髪の男は、やっぱりインフィニティの仲間なのか・・?」

 眉根を寄せて、ぶつぶつ考え込んでいるエリオットの言葉に反応し、アユミは思わず挙手していた。

「あ、そのことなんだけど・・私、昨日の夜、その男にも会っちゃったんだよね・・」

そして色々と話をしたのだ。と、言いかけたアユミに掴みかからんばかりの勢いで、二人の声がハモった。


「何だって!?」

「何ですって!?」

 エリオットはともかく、ピアがこのテンションになるのは珍しい。

アユミの発言は、流石のピアにも予想できなかったものらしく、彼女も今は戸惑いを露にしている。


「いや・・あのね。実は昨日、聖剣を返すために夜中に神社に行ったんだけど・・」

 アユミは顔がひきつるのを感じた。話せばきっと叱られるのだろうとは思うが、ここに来て話さないわけにはいくまい。

アユミは白状した。昨晩、皆に黙って一人で外出したことを、

そのままなんとなく例の森に入り、そこで銀髪の男性に再会したことを。


「・・その男が、大賢者様だというのですか?」

 驚きに大きく目を見開いて、ピアは言った。

「うん。本当なのかどうかも、私にはわからないけど・・でもその人は、自分のことを大賢者だって名乗ってた。

 それに、エリオットさんやピアちゃんのことも知ってるみたいだったよ。」

アユミの言葉に、エリオットが小さく挙手し、言う。

「あの・・俺はその男が大賢者様だっていうの、正しいんだと思う。

 街ですれ違った時からずっと、そんな予感がしてたんだ。

 正直、最初にポチを見たときよりもずっと、懐かしい感じがした。」

「・・それじゃあ・・ポチは・・?」

戸惑ったように、ピアの視線がベランダのある方へ彷徨ったのが見えた。


「ポチはエリオットさんたちの世界にいた、ただの犬が迷い込んできただけなんだって。

 その・・大賢者様は言ってたよ。」

 アユミがそう説明すると、ピアの肩ががっくりと落とされたのが解った。


「私は今まで・・ただの犬を大賢者様として目覚めさせようと・・」

ピアの唇から、ぼそり低い声が零れ落ちる。

 アユミは、ピアが裏でポチの中から大賢者の意識を呼び覚まそうと尽力していた事実を知らないので、この台詞の意味がわからず首を傾けた。

 とりあえず、ピアの様子は長いこと続けていた自分の勘違いに、一気に呆れてしまった・・というところだろうか?


「・・でも、おかしいね。

 なんで大賢者様がカーティスを攻撃したんだろう?

 もしかして、大賢者様はインフィニティに操られてる・・?」

 エリオットの言葉に、アユミは心内で、うーんと唸った。

アユミは大賢者がインフィニティと同盟を組んでいるという事実を知っている。

しかし、それを伝えれば同時に、この状況の全てがエリオットを王位に即けるための茶番であったことも伝えなくてはいけない。

 正直、部外者のアユミが安易にバラしてしまっていいことじゃないような気がする。

あの男が本物の大賢者だとしたら、これはエリオットたちの世界にある一国を揺るがす計画なのだ。

アユミには、そんな大層なものに自ら関わる勇気はない。


「・・その可能性はありますね。

 我々はインフィニティの手から大賢者様を救出することも考えなくては・・。」

 アユミが何も発言しないせいで、二人の会話は淡々と深刻に繰り広げられていった。


――・・とりあえず、しばらくは傍観を決め込もうか。

 アユミはそう決めると、僅かな苦笑いを飲み込んだ。

今朝方から、三人の絆的なものを見せ付けられ、内心疎外感を感じていたというのもあるが、

こうして自ら彼らに隠し事を作ってしまったせいで、アユミはより一層、目の前にいる二人との距離が開いてしまったように思った。

 なんか、寂しい。


「・・恐らく、聖剣を元の場所に戻すよう、因果律を調節したのは大賢者様でしょう。

 アユミさんが体験したというその不思議な現象は、因果律の操作が行われた時に起きるものと酷似しています。」

 不意に話の中に自分の名前が飛び出したので、アユミは慌てて会話に混ざる。

「え・・そうだったの!?」

落ち込んでいたところから、無理矢理元のテンションに戻そうとしたせいか、アユミの語尾は不自然に跳ね上がった。

 一瞬そんな自分が恥ずかしくなったが、目の前のピアはそんなアユミの様子に気づかなかったようだ。

「はい。もしかしたら、大賢者様は神社に来たアユミさんに気づいていたのかもしれませんね。

 聖剣を盗んだことが世間にバレれば、我々は勿論のこと、同じ異世界から来た大賢者様やインフィニティにとっても都合の悪い事態になりかねませんから。」

一瞬であれ、世間の目を引くことになれば、に発見される確立は格段に高まるのだと。ピアはそう説明してくれた。


「・・とりあえず、私が二人に話しておきたかったことは以上だよ。」

 ピアの言葉に頷き、そう自分の話を締めくくったアユミは、エリオットに視線を向けた。

エリオットはこの話で何か気づいただろうか。

 アユミには何故、インフィニティらがエリオットを王位に即けたがるのか理由がわからない。

ただ、この事態が、エリオットを中心に動いていることだけは理解している。

 そんな台風の目に位置する彼は今、どういう心持なのだろうか?


「そうだね・・あとは・・カーティスの目覚めを待つしかないか。

 大賢者様と何故戦う羽目になったのか、知っているのはあいつだけだもんね。」

赤茶色の髪をくしゃりと掻いて、エリオットはゆるく笑った。


――・・ああ。本当にエリオットさんは何も知らないんだ。

 しみじみと、それを痛感する。ゆるく笑顔を返したアユミは、丁度その時、ポケットの中に入れていた携帯がメールを受信していることに気づいた。


――ピピピッ♪

 受信音と共に、個別に判断できるように設定しておいた緑色のランプが点滅する。


「・・・っごめん。ちょっと用事ができちゃった!」

そう言うと、アユミは慌ててソファを立ち上がった。

「・・え?あ・・うん?」

 きょとんと呆けるエリオットたちを尻目に、アユミは走って廊下に出て行ってしまう。

直ぐに廊下の向こうで扉が閉まる音が聞こえた。どうやら、アユミは自室に戻ってしまったらしかった。


「・・ピアちゃん・・俺・・。」

 暫くの沈黙があった後、エリオットは呆然と呟いた。

その視線は未だ、アユミが出て行った扉に釘付けになったままだ。

「・・何ですか?」

「俺・・最近アユミちゃんとあんまり話せてない気がする。」

ピアの言葉に促されるように、エリオットは一拍空けて続けた。

 随分と悲しそうに呟くその横顔に、ピアは少し驚いた。


「・・仕方ないですよ。一昨日はカーティスと行動してもらわなければいけませんでしたし、それに昨日は・・エリオットもアユミさんと話せるような状況じゃなかったでしょう?」

 そう事実を伝えてみたが、どうやら、これでエリオットの胸のわだかまりが取れるわけではないらしい。

「わかってるんだけどさ。なんかね・・ちょっと、寂しいんだ。」

ぼんやりと呟くその姿。ピアは少年が初めて抱いた淡い感情に気づいた。


「それは・・珍しいですね。」

 ピアはそう言うと、このエリオットの微笑ましい姿に、笑みをほんの少し零した。














評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ