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■■第三十一章■■
齢十八を迎えたカーティスは、一族の人々に見つめられる中で、壇上に立ち一人の男と向き合っていた。
この儀式に備え、長く伸ばされた頭髪は首筋で一つに結わえられ、純金の細工に飾られている。身に着けた甲冑には、はっきりと紅鴉の紋が刻まれていた。
幼い日に受けた死の因果は、褐色の頬に消えない傷跡を残したが、それすらも今は、人々が彼を敬う勲章となっている。
カーティスは、死の因果を受けてなお、死ななかった。
不死故に、一族最強と謳われ。そして今日、彼は遂にこの場所に立ったのだ。
紅色の絨毯に覆われ、年代の一族の長の肖像画が飾られたこの部屋こそが、紅鴉の一族現代の長、ルーファス公爵が選んだ死に場所だった。
長年にわたり、人々を恐怖に陥れてきたその赤い瞳には、もう燃えるような炎は見つからなくなっていた。
幼い頃は山のように高く感じていた彼の背も、今では曲がり、カーティスが見下ろすほどに低くなっていた。
「カーティス。お前は私を超えた。一族の誰よりも、強く、気高い男になった。」
自分の息子を見上げ、男は言う。地に轟き、人々を従わせる一族の長の声ではない。ただの、ごく平凡な父親の声だ。
・・・本当に、この男があの、ルーファス公爵なのかと眉を潜める。
男の手には、自身がこれまで見につけていた、真紅のマントが握られていた。
これが、代々、一族を統治する者に継承される長の証だった。
「父は老いた。国王は、私の死と、新たな一族の統治者の誕生を望んでおる。
カーティスよ、紅鴉一族の運命はお前に任せよう。お前こそが我が血を継ぎし、真の長。」
――・・ふざけるな。散々俺の存在価値を否定し続けた男が、今更何を・・
歯を食いしばり、カーティスは父の前に膝を着いた。
瞼を伏せたカーティスは、父の手により、一族の長の証をその身に受ける。
憎かった父親の匂いが、自分の身体に染み付くのを感じた。
「カーティス・・」
名を呼ばれ、顔を上げる。ルーファス公爵は眉間の皺をより深くし、カーティスの瞳を捉えた。
一瞬、自分の作法に誤りがあったのかと焦った。また怒られると思ったのだ。
しかし・・
「・・・・すまな・・かった・・」
炎を失ったその赤い瞳から、父は涙を流した。
涙を流し、そして瞳を閉じた。その瞳が開くことはもう二度となかった。
国民に、紅鴉の一族の皆に恐怖を与え続けた男の最期である。
部屋中を、一族の歓声が埋めた。そしてその大半が、ルーファス公爵の死を喜ぶ声だった。
彼の下してきた圧制に、苦しんでいた者の声だった。
『自由だ!』
一際大きく響いた甲高い声に、カーティスは向き直る。
「・・自由だと?」
自由なわけがない。自分は再び、父親の影に捕えられたのだ。
幼い時分から必死で逃げ続けてきたのに、最期の最期で再び父の手が伸びたのだ。
『そうだ!自由だ!』
再び声が響いた。
不意に、カーティスはこの声の主が気になった。
父の死を、誰よりも喜んでいるこの愚か者は、一体どこにいるのだろうか。
立ち並ぶ一族の姿を視線で追い、カーティスは声の聞こえた方向へ歩き始めた。
『自由だ!自由だ!』
また聞こえた。きっとこの近くだ。
「・・どけ。」
手近にいた一族の男を腕で払い、カーティスは声を目指して歩き続けた。
そうして目の前に現れたのは扉だった。
「・・何だこれ・・?」
こんな扉、この部屋にあっただろうか。
『自由だ!自由だよ!』
声はまた聞こえた。どうやら、この扉の向こうから聞こえてくるらしい。
カーティスはゆっくりと扉を押した。
瞬間、視界を白い光が埋めた。
「良かったね!もう、自由だ!」
扉を潜った瞬間、足元から声が聞こえた。
「・・・お前だったのか・・。」
ルーファス公爵の死を最も喜んで、そこに立っていたのは幼い日のカーティスだった。
「もう逃げなくていいんだ!」
傷だらけの身体で、瞳に涙を溜めて、小さな少年は笑った。
――・・そういうわけにはいかないんだがな・・
それでも少し微笑んで、カーティスは少年の前に腰を落とした。
長い夢を見ていたカーティスが目を覚ましたのは、その次の瞬間だった。