表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/108

65p

■■第三十一章■■

 齢十八を迎えたカーティスは、一族の人々に見つめられる中で、壇上に立ち一人の男と向き合っていた。

この儀式に備え、長く伸ばされた頭髪は首筋で一つに結わえられ、純金の細工に飾られている。身に着けた甲冑には、はっきりと紅鴉の紋が刻まれていた。

 幼い日に受けた死の因果は、褐色の頬に消えない傷跡を残したが、それすらも今は、人々が彼を敬う勲章となっている。

カーティスは、死の因果を受けてなお、死ななかった。

 不死故に、一族最強と謳われ。そして今日、彼は遂にこの場所に立ったのだ。


 紅色の絨毯に覆われ、年代の一族の長の肖像画が飾られたこの部屋こそが、紅鴉の一族現代の長、ルーファス公爵が選んだ死に場所だった。


 長年にわたり、人々を恐怖に陥れてきたその赤い瞳には、もう燃えるような炎は見つからなくなっていた。

幼い頃は山のように高く感じていた彼の背も、今では曲がり、カーティスが見下ろすほどに低くなっていた。


「カーティス。お前は私を超えた。一族の誰よりも、強く、気高い男になった。」

 自分の息子を見上げ、男は言う。地に轟き、人々を従わせる一族の長の声ではない。ただの、ごく平凡な父親の声だ。

・・・本当に、この男があの、ルーファス公爵なのかと眉を潜める。

 男の手には、自身がこれまで見につけていた、真紅のマントが握られていた。

これが、代々、一族を統治する者に継承される長の証だった。


「父は老いた。国王は、私の死と、新たな一族の統治者の誕生を望んでおる。

 カーティスよ、紅鴉一族の運命はお前に任せよう。お前こそが我が血を継ぎし、真の長。」


――・・ふざけるな。散々俺の存在価値を否定し続けた男が、今更何を・・

 歯を食いしばり、カーティスは父の前に膝を着いた。

瞼を伏せたカーティスは、父の手により、一族の長の証をその身に受ける。

憎かった父親の匂いが、自分の身体に染み付くのを感じた。


「カーティス・・」

名を呼ばれ、顔を上げる。ルーファス公爵は眉間の皺をより深くし、カーティスの瞳を捉えた。

 一瞬、自分の作法に誤りがあったのかと焦った。また怒られると思ったのだ。

しかし・・


「・・・・すまな・・かった・・」

炎を失ったその赤い瞳から、父は涙を流した。

涙を流し、そして瞳を閉じた。その瞳が開くことはもう二度となかった。

 国民に、紅鴉の一族の皆に恐怖を与え続けた男の最期である。


部屋中を、一族の歓声が埋めた。そしてその大半が、ルーファス公爵の死を喜ぶ声だった。

彼の下してきた圧制に、苦しんでいた者の声だった。


『自由だ!』

 一際大きく響いた甲高い声に、カーティスは向き直る。


「・・自由だと?」

 自由なわけがない。自分は再び、父親の影に捕えられたのだ。

幼い時分から必死で逃げ続けてきたのに、最期の最期で再び父の手が伸びたのだ。

『そうだ!自由だ!』

再び声が響いた。

 不意に、カーティスはこの声の主が気になった。

父の死を、誰よりも喜んでいるこの愚か者は、一体どこにいるのだろうか。

立ち並ぶ一族の姿を視線で追い、カーティスは声の聞こえた方向へ歩き始めた。


『自由だ!自由だ!』

 また聞こえた。きっとこの近くだ。

「・・どけ。」

手近にいた一族の男を腕で払い、カーティスは声を目指して歩き続けた。

 そうして目の前に現れたのは扉だった。

「・・何だこれ・・?」

こんな扉、この部屋にあっただろうか。

『自由だ!自由だよ!』

声はまた聞こえた。どうやら、この扉の向こうから聞こえてくるらしい。

カーティスはゆっくりと扉を押した。

 瞬間、視界を白い光が埋めた。


「良かったね!もう、自由だ!」

扉を潜った瞬間、足元から声が聞こえた。


「・・・お前だったのか・・。」

 ルーファス公爵の死を最も喜んで、そこに立っていたのは幼い日のカーティスだった。

「もう逃げなくていいんだ!」

傷だらけの身体で、瞳に涙を溜めて、小さな少年は笑った。


――・・そういうわけにはいかないんだがな・・

それでも少し微笑んで、カーティスは少年の前に腰を落とした。


 長い夢を見ていたカーティスが目を覚ましたのは、その次の瞬間だった。



 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ