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冷たい床の上、ジクジクと体中を侵す傷の痛みで目が覚めた。
意識が戻ると同時に、無性に悲しくなって涙が出た。
実験が行われる度に、カーティスは自身の死を体験し、意識を失う。
気がつけば牢に横たわっていて、自分の身体には傷が増えている。
その事実は、カーティスに深い悲しみを与えた。
傷によって、実験中の苦しみを思い出すから泣くのではない、この傷でも死ねなかったことか辛くて泣くのだ。
死の因果を幾度も体験したカーティスは、死ぬべき時に死ねなかったその記憶が積み重なり、今では意識の中に、死を望む気持ちを抱え込んでいた。
しかし、幼さ故に死を知らないカーティスは、同時に自身が死を望んでいることも理解できるわけがなく。ただ胸が苦しくて、涙は溢れるばかりだった。
――・・カン!・・キィーン・・・ドスッ・・
ゆっくりと瞼を開いたカーティスは、辺りに聞きなれない音が充満していることに気づいた。
見回りに来る牢屋番の話し声でもない、鞭を持った男が牢の鍵を開ける音でもない。
金属が激しくぶつかり合い、重いものが地面に落ちるような、奇妙な音。
「・・何・・?」
不安に震えながら、鉄格子の向こうの暗闇に目を凝らしたカーティスは、次の瞬間、目の前の鉄格子が激しい音を立てて揺れるのを見た。
何者かが、鉄格子に叩きつけられたのだ。
「・・っく!」
息も絶え絶えに、一人の男が複数人の傭兵からの剣を受け、戦っていた。
よくよく見れば、その男の着ている鎧も、他の傭兵と同じものなのだが、一目見た限りではそれがわからないほど、ぼろぼろに痛めつけられていた。
兜は既に外れ、赤茶色の短い髪は、男が動くたびに顔の周りで跳ねた。
――・・何者だ?
窓から差し込む僅かな月明かりが、男の青い瞳を煌めかせ、カーティスは息を呑んだ。
自分はこの男を知っている。
確か、先程牢に入り込み、カーティスを逃がすなどと言い出した、奇妙な傭兵だ。
あんな奇妙な人間が、こんな場所に来る筈なかったので、顔を覚えていたのだ。
・・そう。目の前で今起きているこの戦いは、カーティスの記憶にはないものだった。
唐突に感じたこの違和感に、眉を潜め、カーティスは鉄格子に這い寄る。
たったそれだけのことでも傷は酷く痛んだが、今はそれを気にしている場合ではないと悟っていた。
一体今、何が起きているのか。あの男は何者なのか。カーティスは見極めなくてはいけないのだ。
「何か・・思い出せそうな気がする・・」
呟いたカーティスは、男が疲労に足を取られ、一人の傭兵の剣を受け損ねたのを見た。
「・・っつ!!」
男の肩から鮮血が飛んだ。驚き、鉄格子にしがみついたカーティスは瞬間、その男の青い瞳に捉えられた。
「カーティス!!」
男は叫んだ。この男は幾度も自分の名前を呼んでいた気がする。
この声が懐かしいような気がするのは、そのせいだろうか?
「カーティス!お前はこんなところで終わらないんだぞ!
あと十年もすれば、ものすごく強くなって、戦いにもいっぱい勝って、一族を代表する程の凄い男になるんだ!」
男に切っ先を向けた四本の剣が、ギラリと月の光に反射した。
「・・やめろ・・」
思わず、掴んだ格子を揺らす。牢に入っている自分を、こんなに憎く思ったことはなかった。
身体を踏みつけられ、身動きすらとれなくなったその男は、自らの状況にも構わず叫び続けた。
「諦めないで、こんな場所から逃げ出してくれ!お前は俺の大切な仲間なんだ!」
傭兵の剣が、一斉に男を目指し、突き立てられる。
月明かりの世界、まるで影絵を見ているようだった。四人の傭兵の剣は、男の身体を貫いた。
突然、カーティスは思い出した。目の前にいる男が何者なのか、何故こんな場所にいたのか。
――・・そうだった。あいつは本来ここにいない筈の人物。俺と出会うのは、まだずっと先の話で・・
「・・・っ・・エリオット!!」
張り裂ける思いで、カーティスは叫んだ。それが、記憶の中にある彼の名前だった。
瞬間手の中にあった鉄格子は崩れ落ち、世界が真っ白に爆ぜた。
何が起きたのか、自分でもわからない。
ただ、白い光が全てを覆い尽くす間際、あの男が微笑んだのが見えた。