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60p

■■■■

 今から一時間程前の話だ。

ベッドに腹這いになり、携帯画面を睨んでいたトウヤは、本人が思っていた以上に、少女Iへのメールの作成が難航していることに気づいた。


「うー・・何でこんなに悩まないといけないんだぁ」

 ベッドのマットに埋まり、トウヤは唸る。

既に時計は二十三時を越えていた。少女Iに送るメールを考え始めて結構な時間が経ったとは思う。

 しかし最初の一行すら、上手く書けないのだ。

書いては消し、書いては消しを繰り返して、結局今もメール作成画面は真っ白な状態を維持している。


 少女Iにメールを送り、彼女の現状を聞きだそうと思い立ったまでは良かったが、ここに来てトウヤは、自分が聞き出したい内容は、さりげなく彼女に尋ねられる領域を超えていることに気づいたのだ。

 トウヤは少女Iに隠れて、彼女のことを独自に聞きまわっていた。

その調査の過程で生まれた疑問を少女Iに尋ねるには、その前にトウヤが少女Iに嘘をついていたことを白状しなくてはいけない。

 そうすれば、少女Iは自分に不信感を持つようになるだろう。真実を話してくれなくなるどころか、強制的に関係を切られる恐れもある。

今後もこの事件に関わりたい身としては、その事態だけは避けたかった。


「ブログの更新のことをまず尋ねて・・その後どう話を広げさせればいいんだろう・・」

 うーんと唸って、トウヤは一気に身体を起こした。ぼさぼさになってしまった髪を手櫛で整えて、ベッドから降りる。

「悩んでてもしょうがないか・・」

 今日はアイデアが湧かない日なのかもしれない。大学のレポートを仕上げる際にも、こういう体験をしたことがあった。

いわゆる、スランプ状態ってやつだ。こういう時は、じっと考え込んだって何も変わらない。気晴らしが必要だ。

トウヤは外に出ようと思った。家族は既に寝静まっているからTVをつける気にもなれなかったし、読書にふけるような精神的余裕もない。

軽く散歩をするくらいが丁度良いと判断したのだ。


「コンビニまで行くか・・」

買いたい物があるわけではないが、散歩の目的としてはいいだろう。

机の上に置いていた財布を取ると、携帯と共にジーパンのポケットに捻じ込んだ。

 玄関を出て、夜風に触れると、ヒートし過ぎていた自分に気づくことができた。

やはり、家に閉じこもっていてもろくなことは考え付かないものだ。

トウヤは家の前に出て一度伸びをし、歩き始める。

 明日は一応、リカからの誘いもあるので寝過ごすわけにはいかない。

今日は、ちょっと神社近くのコンビニまで行って、それでもメールの案が沸かないようなら寝てしまおうと決めた。


「あくまで俺は、少女Iのことを知らないふりをしなくてはいけない・・俺は今寮に戻っていて、こちらにはいないんだ。

 遠い場所から少女Iのことを心配している・・そういう役になりきらないと・・いけないわけだよな。」

 考えを纏めるために、小さく呟きながら歩く。

不思議と、こうして足を動かしているほうが頭は働くようだ。

 目的のコンビニに辿りついた頃には、トウヤはメールを打ち始めることができた。


「・・よし。」

 明るい店内の中で、思ってた以上にシンプルになった文面を一度読み直す。

結局、今回のメールでは、少女Iが監禁状態から解放されているのかどうかのみを尋ねるだけに留めた。

焦って多くの質問をし、ボロが出るよりも、ただ心配しているだけのふりをした方が掴みとして良いだろう。

誤字がないのを確認して、トウヤはメールを送信する。

 既に時間は深夜を越えているので、直ぐに少女Iからの返信があるとは思えない。

店内に長居するのも気が引けるので、適当な菓子を購入して、店を出た。

 気が抜けたためか、無意識に出たあくびに目を潤ませると、明日に備え寝るために、家路を歩き始める。


――・・ワン!


 犬の鳴き声を聞いたのはその時だった。


「・・・ここらに犬飼ってる家なんて・・あったかな?」

 思わず眉を潜める。自宅の近所で聞くには耳慣れない鳴き声である。

もしかしたら野良犬でもいるのだろうか?そう予測し、無視して帰ろうとしたトウヤを、大賢者は違うと制した。


――あいつが来ているのだ。

 大賢者は言った。その心に懐かしい温もりが燈ったのを感じ、トウヤは戸惑った。

「・・あいつって誰だよ・・?」

小さく呟き、抵抗してみたが大賢者の意思の前には無意味で、その足は勝手に向きを変えた。

マジかよ・・と思いつつも、半分は自分の意思での行動なので逆う気も起きず、足の向くまま歩き続ける。

 着いた先は学校裏の神社だった。


「誰も居ないみたいだけどな?」

暗い境内を一通り見渡して、トウヤは観察結果を述べた。

しかし彼の意識の中で、大賢者は言う。

――あいつは移動したようだな。・・その建物の前に置いてあるのは聖剣か?

トウヤは大賢者の望むままに、社殿に近づいた。

南京錠を掛けられた扉の前に、一振りの日本刀が置いてあることに気づき、目を見張る。

 濃い紅色の鞘は、暗闇の中では漆黒に見えた。

映画の中でしか見たことがないような代物が、こんな場所に落ちているという衝撃よりも、トウヤはこの日本刀に見覚えがある自分に驚いていた。


――カーティスが持っていた物に間違いないな。

 大賢者の声にトウヤも頷いた。これはカーティス・・催眠術に掛かってる間に見たあの青い髪の男が持っていた日本刀で、大賢者の記憶曰く、これは聖剣と呼ばれる存在らしかった。

これが実在したということは、やはりあの出来事はただの幻覚ではなかったということか?

そう眉を潜めたトウヤに、大賢者の言葉が届いた。

――この世界の神から盗み、それを返しに来たのだろうが・・しかしこれでは神の元へ返却できたとは言い難いな。

「つまりこの刀はこの神社の御神体だったって事か?だったら、社殿の中に戻さなくちゃいけないだろ?」

 小声で呟き、大賢者に返す。意識の中の老人が、なるほどと頷いたのがわかった。


――ならば建物の中に戻すよう、因果律を操作しておこう。この聖剣の事で騒ぎが起きると面倒だからな。

 その言葉と同時に、トウヤの脳裏に見たこともない異国の文字が連なった。

シュゥと唇から息が漏れる。突然、大賢者は身体を乗っ取り、異国の文字を読み上げ始めた。


『時空を司る王よ、因果を知る不滅の瞳よ。我はこの世に新たな運命を呼び寄せる。応じ認めよ、我こそが新たな運命を司る神である。』

 自らの唇が自動的に紡ぐ、耳馴染みのない発音の言葉の意味を、トウヤは理解することができた。

大賢者は同じ言葉を三度繰り返すと、トウヤの指に印を組ませ、宙に奇妙な模様を描かせた。

瞬間、辺りを青い霧が包み込む。因果律を組み替える魔法が発動したのだと理解した。

 青い光は柔らかな光沢を持ち、トウヤの視界を埋めたかと思うと、次の瞬間には、その青い世界の中に、次々と元の世界の像を生み出し始めた。


 気がつけば、青く覆われているのは空だけで、地面も、木々も、鳥居も、社殿も何もかも揃った、元通りの境内の位置に、トウヤは立っていた。

ただ唯一違うのは、あった筈の刀が姿を消していることだ。

「・・これは?」

 驚いて辺りを見渡す。カツカツと石段を踏みしめる足音に気づき背後の石段を見ると、丁度そこから一人の少女が白い犬を連れて現れるところだった。

「・・・!」

 現れた少女の姿に、トウヤは驚いて社殿の影に身を隠す。黒い上着に暗褐色のズボン、極端に目立たない格好をしたその少女の顔は、トウヤにとって見覚えのあるものだった。


――今見えているのは、あの聖剣の過去だ。あの聖剣が建物の中に戻れなかったという未来を、これから私が変える。

「・・え?」

 大賢者の言葉の意味がわからず、聞き返そうとしたトウヤの身体を、大賢者の意思が再び操った。


『剣に住まう神よ、我は偉大なる王より主の運命を任されし者。目覚め、その在り処を示せ。主の在り処は社なり。』


 社殿に背を向け、白い犬に待機の支持を出している少女の背後で、社殿に掛けられた鍵が霧のように姿を消したのがわかった。

宙に模様を描きながら、トウヤは目を見開く。

驚きの声を上げたくとも、唇は大賢者により操作されている。トウヤはこの状況をただ見つめることしかできなかった。

 社殿に向き直った少女が、少し顔をしかめたのがわかった。社殿に鍵がかかっていない事実に驚いたのだろう。

――本来ならば、あの少女は閉まった扉を前に、聖剣を建物の中に戻すのを諦めたのだ。

 大賢者がそう説明した。トウヤの視界の中の少女は今、腕に下げた大きな紙袋と共に社殿の中に入った。あの紙袋の中身が刀なのだろうと予想がつく。

トウヤの唇が再び呪文を唱え始めた。

 刀を祭壇に戻し、社殿から出てきた少女の背後の扉に、再び南京錠が現れる。

振り返った少女はしこたま驚いたようで、大きな黒い瞳を丸く見開いていた。


――戻るぞ。

 声が聞こえて、トウヤの唇はまた新たな呪文を紡いだ。

途端、目の前に元通り深夜の境内が戻ってくる。空も今では本来の星空だ。

――聖剣の始末はつけた。あいつを探そう。

 しばらく、ぽかんと空を見上げていたトウヤは、再び大賢者の声に我に返った。

驚いて目の前の社殿を確認する。確かに、そこに放置されていた筈の刀は消えている。

トウヤもとい大賢者は、本当に運命を操作してしまったのだ。


「また・・奇妙な体験しちまった・・」

 ようやく自由になった唇で、情けない言葉を呟いて、今度は自由にならない足の向くまま、歩き続ける。

「おいおい・・」

足はどうやら、神社の裏の森の中に向かうようだった。折角風呂に入った後なのに、こんな場所を歩いていたら汚れてしまう。

そんな心配をしながらも、抵抗のしようがないので、仕方なく歩き続ける。

「なぁ・・もしかして、さっき過去の世界の中で見たあの子を探してるのか?」

 尋ねてみる。しかしそれに対して大賢者が何を言おうとしたのかを確認する間もなく、トウヤの携帯が鳴った。


――ピピピッ♪

「うぉ・・」

 あまりの間の悪さに、間抜けな声が出た。しかしこの音を合図に催眠術が解かれたように、トウヤは自分の意識の中の大賢者が息を潜めたのを感じた。

唐突に訪れた開放感、トウヤは首をひねった。

「あれ・・?もういいのか?」

意識の中の大賢者に問いかけつつも、返答がない。

 今まで普通にやってた一連のやり取りが嘘のように、今のトウヤは、トウヤ自身のものでしかなかった。


「・・これじゃ、多重人格障害みたいじゃないか・・」

 ちょっと薄気味悪くなりつつも、やはり気になったので、ポケットの中の携帯を取り出す。

点滅するランプが新着メールの存在を告げていた。


『FROM:アユミ

 SUBJECT:お久しぶりです。

 トウヤさんには随分お世話になっていたというのに、今日まで何の報告もせずに、失礼しました。

 こちらの現状ですが、トウヤさんの報告のおかげで、二日前から外出ができるようになりました。

 本当に感謝しています。

 遂に今日、探していた相手とも会うことができました。

 全てはトウヤさんの力添えあってこそです。ありがとうございました。』


 数刻前ならば予想通りの相手からのメールと受け取れたが、

今現在のトウヤから見れば、この送信者の名前は異常に思えた。


「・・てか。刀を神社に返却しに来たあの女の子って・・少女Iのことだよな?」

 返答を期待して、意識の中の大賢者に話しかける。

少女Iは最近この神社を訪れていたのだ。ならば、それがいつ頃なのか気になった。

 もしあの光景がつい先程の出来事であれば、少女Iはまだこの近くに居るのかもしれないのだ。

今現在、少女Iとトウヤはとても近くにいて、それに気づかないままメールをしているのかもしれない。トウヤは奇妙な予感に胸が騒いだ。


「・・・返事はなしか。」

 しばらく間を空けてみたが、意識の中の大賢者からはなんのリアクションも見られなかった。

トウヤは大賢者との会話を諦めて、少女Iに返信する。

 メール文だけで判断すれば、少女Iの関わる事件は解決したようにすら感じられる。

監禁状態から開放されているという事実は、既にトウヤも知っていた。

普通に考えれば、もう少女Iのことを心配する要因はないと判断できる。

 しかし、その判断を下すには、トウヤはあまりにも彼女を知りすぎていた。

少女Iと共にいたという謎の超人、トウヤを陥れた催眠術紛いの手段に、少女Iの存在に対する周囲の認識の曖昧さ。

そして何より、トウヤが昨日、幻覚の中で体験したと思っていたあの戦いだ。

既にあれが現実の出来事であるという確信を、今のトウヤは持っていた。

 意識の中にいる大賢者が全てを肯定しているのだ。

加えて先程、大賢者のせいで体験した不可思議な出来事が、トウヤ自身に非現実的な出来事を受け入れるきっかけをくれた。

 さっきのアレが幻覚じゃないなら、昨日見たアレだって現実だったんだろう。そういう認識だ。

 何故昨日重傷を負った少女Iが、今日元気に歩き回ることができたのか、そこの謎は解けないが。

とにかく、少女Iが平凡な生活をしていないことや、彼女の事件がまだ解決していないことだけは確かだった。


 これらの疑問を、どう文章にすればいいのか悩んだが、それ以上に、今も少女Iがこの近くにいるのかもしれないという予感に突き動かされて、焦るようにトウヤは指を動かした。

 まずは礼儀正しく、先程のメールの返事に対するお礼を伝える。本題はその後だ。


『ブログの更新がないことから邪推してしまったのですが、

 事件自体はまだ解決していないんじゃないですか?

 もし、まだ困った事態が続いているのであれば、教えてください。

 色々あってしばらく連絡もできませんでしたが、

 事件から離れても、俺は変わらずアユミさんの味方でいたいと思っています。

 俺はアユミさんにとって、顔も声も詳しいそちらの事情も知らないような曖昧な存在かもしれませんが、

 それでも一度は事件に関わった身です。俺に嘘はつかないでくださいね。』


 あくまでなんとなく気になった風を装いつつも、最後の一文には卑怯な言葉を混ぜる。

「・・嘘をついてるのは俺のほうなんだけどな・・」

自嘲気味に呟きながら、送信ボタンを押した。

 少女Iからの返信は遅かったが、なんとなくその場を離れる気にもなれず、近くの木の幹に寄りかかり、空を見上げながら待った。

少女Iがトウヤからのメールを決して無視することはできないだろうという確信はあった。

 しばらくメールをやりとりして感じていたことであるが、彼女は、根っから人に対して誠実なのだ。声をかけられれば無視することができない。

「お人よしなのか・・寂しがり屋なのかだな。」

勝手に予想して呟いてるうちに、携帯はメールの受信を告げた。

手に持ったままだった携帯を開き、メールを確認する。


『FROM:アユミ

SUBJECT:Re2お久しぶりです。

 優しい言葉ありがとうございます。トウヤさんの察しの通りです。

 こちらの問題は解決していません。

 それどころか、今仲間の一人が怪我をして、意識もない状態です。

 他の二人も今日はずっとその人につきっきりで、

 私には何も出来るようなことがなくって、不安です。

 このままじゃ、死んでしまう。どうすればいいのか、わからないんです。』


 相変わらず歳不相応なまでに丁寧な文体だったが、そこから滲む必死な少女、十六歳のアユミの姿が垣間見えて、トウヤは自分の中で渦を巻いていた奇妙な予感が高まるのを感じた。

彼女は今仲間との疎外感を感じている。間違いなく、彼女は今一人でどこかにいるのだろう。

 一人でどこに・・?自宅にいるのだろうか。


――いや違う。

 そう意識の中で大賢者が答えたのがわかった。耐え切れず、トウヤはメールの返信を打つ。打ちながら歩き始める。

もう、これが自分の意思なのか大賢者の意思かなんて区別がつかなかった。

 居るんだ。この先に少女Iが。

大賢者は、彼女に会いたがっている。何故かはわからないが、会わなくてはいけない理由があるらしかった。


「俺も・・会いたいんだよ・・」

送信ボタンを押すと同時に本音が零れた。

 リカに感じていたような恋愛感情ではないが、トウヤはアユミに対して一種の強い思いを持っていた。

リカに対する思いが甘く魅惑的なものだとしたら、アユミに対する思いは突き動かされるような飢えの感覚だ。

この事件に関わってからずっと聞こえていた好奇心の呻き声は、アユミと直接会うことができるまでは、止まないのだと感じていた。

 歩くたびに高まる予感に、トウヤは顔が引きつるのを感じた。自分が勝手に、笑顔を作っている。

それがトウヤの意思なのか、大賢者の意思なのか、もう全然わからない。



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