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■■第二十六章■■
アユミは自分の部屋に戻り、寝巻きを着替えを終えると、カーティスの眠るベッドの横に戻った。
既にそこには、エリオットとピアの顔が揃っている。二人はアユミの到着を待っていたのだ。
カーティスが倒れた今、昨日の出来事を記憶しているのはアユミしかいなかった。
「ごめんごめん。えっと・・昨日の話だよね。」
「うん。アユミちゃんが見た範囲でいいんだけど・・。」
そうエリオットに促されて、アユミは話し始めた。
まず、街に出たこと。その後ヤーさんに絡まれて、カーティスが財布を盗んだこと。
「・・カーティス。」
ピアが頭を押さえるのが見えた。反面、エリオットは笑いを堪えようと必死になっていた。
「そ・・それでその後は?」
真剣な顔と震える声のセットで、続きを促してくる。
アユミは自身も噴出さないように注意しながら、続きを話した。
「その後、アクセサリーショップで攻撃力が上がる指輪と、防御力とかが上がるブレスレッドを買ってね。
そのブレスレッドは私が貰ったんだけど・・」
そこまで話して、アユミはあれと首を捻った。
「ピアちゃん、私ブレスレッドしてなかったっけ?外してくれた?」
自分の手首を見ながら尋ねる。いつの間にか外れていたらしい。今の今まで気づかなかった。
「いえ・・。アユミさんが帰ってきたときにはもう既に・・」
ピアも不思議そうな顔をして言う。
不意に、エリオットが思い出したように、カーティスの枕の下から何か取り出した。
「もしかして、これってブレスレッドの部品?カーティスがずっと握り締めてたやつなんだけど・・」
そう言って、十字架の形をした小さな黒い石を差し出す。
「あ!そうだよ。これ部品だー・・ってことは?どっかで壊れちゃったのかな?」
なんだか申し訳ない気持ちで言う。折角カーティスさんがくれたものなのに、壊してしまうとは自分が情けない。
「いえ・・きっと。アユミさんの命を守るために散ったのでしょう。防御系アイテムではよく起こりうることです。」
「え!そうだったの・・?」
ピアの説明に驚きつつ、アユミはエリオットの手から、黒い石を受け取った。
「私・・これがなかったら死んでたのかな?」
心根が寒くなる思いで呟くと、二人とも揃って頷いた。
アユミは掌の中の石をぎゅっと握り締めた。
「・・その後の出来事を教えてもらえますか?」
今度はピアに促されて話していく。
次は川原に向かったこと。石飛の話は飛ばして、その後森に向かったこと。
「その森で・・インフィニティの魔の力に出会ったのですね?」
ピアの言葉にアユミは頷く。
「うん。そしてその後はカーティスさんが倒れて、神社に運んで・・
この辺りはピアちゃんも知ってるよね?」
ピアとのテレパシスでの会話を思い出しながら、アユミは言う。
ピアは少し頬を緩めて、頷いた。
「はい。おかげで助かりました。」
その言葉に「いえいえ」と半笑いで返してから、アユミは続きを話した。
カーティスが聖剣に気づいたこと、アユミは校舎の探索に向かったため一旦そこで別れたこと。
そして、悪い予感がして急いで向かった例の森の中で、怪物みたいな木の根の前で倒れてるカーティスを見つけたこと。
「それでね、あんまり長くは見てられなかったんだけど、
その木の根の前に、もう一人男の人が立ってたんだよね・・」
その姿を確認するよりも先に、カーティスを狙う木の根に気づいたから、思わず駆け出してしまったのだと、アユミは言った。
「もう一人・・男、ですか?」
ピアは不思議そうに眉を潜めた。
「そう、おかしいんだよね。だって、敵は女の筈でしょ?しかも、多分だけどその男の人・・」
そこでアユミはエリオットに目を遣ると言った。
「一昨日エリオットさんと一緒に街行った時に見かけた、あの銀髪美形さんだったのよ!」
「えぇええ!!」
アユミが意味深な間を空けて伝えたせいか、エリオットは思った以上に高いテンションで驚いてくれた。
「・・その話は昨日私も、エリオットから聞いたのですが・・」
ピアはそう言うと、エリオットに視線を移した。促されるように、エリオットが口を開く。
「う・・うん。あのね、俺の勘違いじゃなければ、あの男の人は、俺たちの世界の人間なんだと思う。」
「え!そうなの!?」
思わぬ展開に、アユミは素っ頓狂な声を上げた。
「うん。俺、あの人見た瞬間凄い気になっちゃってさ。なかなか忘れられないの。これって、マナが反応してる証なんだよ。」
「私も見たわけではないので、断言はできませんが・・・」
・・この事は、カーティスが目を覚ましてからじゃないと、確認し辛いですね。ピアはそう続けた。
「うーん・・。後はもう、私記憶飛んじゃってて、何が起きたかはさっぱりなんだけど。えっと・・戻ってきたカーティスさん、どんな様子だったの?」
ようやくここで、アユミが疑問をぶつける番が来た。
アユミはずっと気になっていた当時のカーティスの様子を尋ねる。
「一言で言うと、全身ボロボロだったね。深くはないけど、とにかく傷の量が多くて、出血も酷かった。」
「勿論、一番最悪だったのは、彼が取り込んできた瘴気の量ですが・・」
エリオットの説明に、ピアはそう付け足した。
「玄関に入るなり、頼むって一言言ったきり、倒れちゃって・・俺ももう、何がなんだか。」
困ったように俯いて、エリオットは頭を掻いた。
なんとなく、当時のエリオットの慌てようも予想がついた。
多分、ピアによる的確な指示の下、エリオットはカーティスを運び、おろおろしていたのだろう。
「・・しかし。この聖剣。」
不意に、ピアは壁に立てかけてあった聖剣を持ち上げた。
「盗品・・だったとは・・。」
珍しく、ピアの表情が読めた。これは焦っている、そして気まずいといった顔だ。
「仕方ないよ!それがないと戦えなかったんだし。」
エリオットに続き、アユミもフォローを入れた。
「うんうん!それがあったからカーティスさんも生きてられたんじゃん!」
その言葉に、ピアは深い溜息をつくと言った。
「後で・・神社に戻しに行ってください。私が因果律の操作で、なんとかします。」
・・なんだか、ピアが皆の保護者みたいに見えてきた。
そういえば男二人に紅一点。旅の道中もあれこれ気配りしないといけないことが多くて、大変だろうに。
それでもこうして、二人を支えてきたんだから、彼女は偉い。
「ごめんねピアちゃん。いつもありがとう。」
カーティスの代わりに、エリオットが頭を下げたのを見て、ピアは少し戸惑ったように見えた。
「いえ・・。これが私の仕事だから、気にしないで下さい。
この戸惑いは身分の差から来るものなのだろうか、などとぼんやり思う。
一応、話だけ聞けばエリオットは王族の人間らしいではないか。
――・・王子様か。でもエリオットさんはきっと、学校の先生のほうが似合ってるだろうな。
短い間だが同じ屋根の下で付き合ってるうちに、アユミは大体の彼の特性はつかめてきた。
無邪気で奔放。真面目で責任感はあるけれど、規則に縛られることは好まないようだ。
好奇心のままに行動したがる彼に、王子様や王様は向いていない気がする。
アユミは今のエリオットが好きだから、魔王討伐の後も、彼がこのまま、一般人として生きてくれたらいいな、と思う。
でも、もしそうなったら、王室にいるカーティスと、国家に勤めているピアとの関係はどうなるんだろうか。
彼らの絆は旅の道中だけのもので、もう二度と出会うこともないんだろうか。そう考えるとなんだか寂しい。
他人事でここまで考えるのもアレだけど、会えなくなったとしても、手紙とかで遣り取りすればいいと思う。
そういえば、向こうの世界にはテレパシスで会話することができるんだっけ。だったらそれをふんだんに活用するといい。
・・とか真剣に考えてる自分は一体何者なんだろうとか思いつつ、アユミは不意に我に返った。
「あ!!そうだよテレパシス!」
唐突に叫んだアユミの言葉は、目の前の二人からすれば全く持って脈絡がないわけで。
「へっ?」
「テレパシス・・ですか?」
二人には揃って間抜けな返事をさせてしまった。
すっかり二人を驚かせてしまったようだが、思いついてしまったアユミには、今や『言う』以外の選択肢は見当たらなかった。
「今のカーティスさんにテレパシスって使えないのかな?」
アユミはそう提案してみた。相手の脳に直接語りかけるこの能力を使えば、夢の中にいるカーティスとの会話も可能かもしれない。そう思ったのだ。
アユミのこの案に、エリオットが息を呑んでピアに視線を送ったのが見えた。
「・・・なるほど。思っても見ませんでしたが。それが可能なら、我々もカーティスの加勢をできるかもしれませんね。」
ピアは言った。本人も、何故こんなことに気づかなかったのだろうと、不思議そうな顔をしている。
「カーティスは一人で充分強いから、つい忘れてたけど。
俺たちが加勢すれば、カーティスももっと早く、悪夢に打ち勝てる筈だよね!」
嬉しそうに、エリオットが言った。連られてアユミも嬉しくなる。
「よし!じゃあ、試してみようよ、ピアちゃん♪」
嬉しくなるといっても、自分が何かできるわけではない。やはりいつものピア頼みだ。
ピアは、そんなアユミに薄っすらと微笑みを向けて、頷いた。
恐らく、自分がカーティスのために何かできると気づいて、ピアも嬉しいのだろうと思った。
ピアは懐からいつもの白銀の杖を取り出すと、幾つかの呪文を唱えながら、カーティスの周りに円を描いた。多分これで結界を作ったのだ。
結界がカーティスを囲み、淡く輝き始めたのを確認して、ピアは説明してくれた。
「これはカーティスの精神を保護する結界です。
外部からの進入・・つまり、我々が行うテレパシスが、彼の精神を不安定にさせないようにするものです。
夢の中というのはその人の最も繊細な部分が現れやすいですから、
そこに語りかける以上、こちらも相当注意をしなければなりません。」
その説明に、エリオットとアユミは同時に頷いた。
「まずは、カーティスの夢の中から、彼自身の意識を探し出さなければなりません。
これは一般的なテレパシス以上の、集中力が必要となります。
また、夢の中にはもう一つの世界が構成されています。
この中で起こる、あらゆる事件に対応できる能力がないといけません。」
ピアは魔法陣から目を離さないまま、そう言った。
「・・・へぇ!やっぱり大変なんだ。それって、ピアちゃんに出来るの?」
エリオットが尋ねた。
ピアの説明では、この試みは非常に難易度が高いものに思えたのだ。
そしてその質問に対するピアの答えはシンプルだった。
「不可能です。もし、カーティスの夢の中に進入が成功したとしても、向こうの世界で何者からか攻撃を受けることになれば、私は死にます。」
きっぱりと言い切る。
曰く、彼女は魔術以外の戦い方を知らないのだそうだ。
「カーティスの精神世界の中で、魔法を発動させることは、悪夢以上に彼の命を脅かします。
魔術しか使えない私では、戦力になりません。」
その言葉に、エリオットは目を見開いた。
「え・・えーと。じゃあやっぱりテレパシスは無理という・・?」
困ったように、そう結論付けようとしたエリオットの肩に、ピアはすっと手を伸ばした。
見た目以上に力強い手つきで、エリオットをカーティスの眠るベッドの上に座らせる。
「あ・・え!?」
エリオットは戸惑いきっていた。当然だ、ピアの意図がわからない。
きょとんとした目のままで、目の前に立っているピアを見上げる。
宙に浮かんでいる魔法陣越しに、彼女は話し始めた。
「できるわ。エリオット。貴方なら。
私が魔法でサポートするから、貴方は普段どおり、テレパシスでカーティスに語りかけて。」
「え・・え・・え・??」
一体何が起きるのか、何をすればいいのか。頭の中を疑問符だらけにしたエリオットに、ピアは厳しい視線を向けて言った。
「いいから!」
「・・は・・はい!」
よくわからないが、エリオットは頷くしかなかった。
ピアに指示されるがままに、瞼を伏せて、カーティスにテレパシスを送る。
基本的なテレパシスのやり方は簡単だ、少量の魔力で、誰にでも行える。
(カーティスカーティス・・)
相手の名前を思いながら、瞼の裏に、その姿を思い描く。
今はピアの補助魔法が発動しているのか、カーティスの姿をよりリアルに思い描くことができた。
今まで、日常や戦闘の中で見た彼の様々な姿が次々とフラッシュバックしていく。
『・・・順調ですね。そのままカーティスに呼びかけて。引き続き私がナビゲートします。』
不意に、脳内にピアの声が響いて、ほっとした。ピアが一緒に来てくれるのならば、心配はいらないだろう。
エリオットはより意識を集中させ、カーティスの名前を呼んだ。
カーティスがこの呼び声に返答さえしてくれれば、エリオットは彼の夢の世界に入ることができるのだ。
(俺の声に気づいて・・心を開いてくれ・・!)
祈るように何度も何度もカーティスの名前を呼んだ。
――誰だ・・?
不意に瞼の裏の暗闇の中で、低い男の声が聞こえた。
カーティスだ。随分やつれている様に聞こえるが、間違いなくこれはカーティスの声だった。
『扉が開かれたわ。このまま彼の夢の世界に入ります。』
ピアの言葉に頷いた。そして暗闇の中でふと気づく。
「・・あれ?俺、なんでここにいるの?」
エリオットは今、暗闇の中に立っていた。先程まではただの瞼の裏の世界だった筈なのに、今では彼自身が、暗闇の世界に存在しているのだ。
両手両足を確認する。瞼の裏で、きちんと身体のパーツが揃ってる自分を見るなんて奇妙な感覚だ。
『これはあなたの集中力がそれだけ研ぎ澄まされている証拠。
他人の夢の中に入るには、まず自分のイメージが必要ですから。』
「・・へぇ。」
ピアの言葉に呟いて返す。そう、もうテレパシスとか関係なく、エリオットは普通に喋ってしまっていた。
不意に、エリオットの足元の暗がりが揺らめいた。
「え!?」
驚く間もなく、エリオットは足元に開いた大きな穴に落ちていく。
「うああああ!!」
落ちながら、思わず叫んでいた。これが夢だったら、ここで目を覚ます筈なのだが・・
『確かにこれは夢の中ですが。エリオットのではなく、カーティスのです。』
心が読まれたのか、ピアのクールな返答があった。
とにかく、驚きの余り目を覚ますというオチは待っていないようだ。
――そのまま、どれくらいの間落下し続けていたのだろうか・・・
「・・・っは!」
まるで閉じていた瞼が開いたように、エリオットは周囲の景色が変わっていることに気づいた。
もう暗闇はどこにもない。灰色の空に、灰色の街並み。ここは一体どこだ・・?
『どこかに、カーティスがいる筈よ。探しましょう。』
ピアの言葉に、エリオットは頷いて、歩き始めた。地面には砂が引かれているのか、歩くたびに足元で砂煙が舞った。
――カーティス。絶対助けてみせるから。
そう心内で決意を改めると、惹かれるように真っ直ぐ、目の前の石造りの塔に入っていった。