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■■第二十五章■■

――引き受けてくれるか?我が息子よ。

 玉座に座る男は、酷く年老いた声で尋ねた。

残酷な質問だと思う。目の前の少年が自分に逆らう筈がないと解ってて言うのだから。


 アユミは辺りを見回した。先程、薮の中に隠れてカーティスの様子を伺った時と同様、その視線は低かった。

どうやら、自分は今、城の中。国王と王妃の座る玉座の背後にいるらしい。

真紅の絨毯と、豪奢な装飾に覆われたその室内を、アユミは不思議な気持ちで見ていた。

 そこには数え切れない程の人の群れ。服装から判断するに彼らは、国王を守るための騎士や衛兵たち、国政を支える貴族たちなのだろうが、アユミにはその全てを見分けることはできなかったし、する必要もないと思っていた。今彼らは一様に、玉座の前の通路を空け、その通路の中央に居る二人の若者に視線を向けている。

 見たこともない光景の筈なのに、アユミ何故か理解した。これがエリオットたちの居た世界であると。


 玉座の遥か足元、深く頭を下げ、傅いていた少年はその顔を上げ、国王の瞳を見据えた。

父に再び出会えたこと。そして必要とされたことに何よりの喜びを抱きながら、少年は答える。


――はい喜んで!この命に代えて、使命を果たします。


 ズキンと胸が痛むのを感じた。目の前にいるこの少年を、アユミは知らない。

髪の色も瞳の色も蕩けだしそうな蜂蜜色をした少年は、細かい金の刺繍が入った高価そうな上着に、宝石細工の埋め込まれた群青色のマントを羽織った姿。

鎧などどこにも見当たらないその少年の正体に、何故かアユミは気づいていた。

 この少年がエリオット。本来のエリオットの姿なのだ。

そして彼の背後で未だ頭を伏せている銀色の艶やかな髪を肩に垂らした黒装束の女性・・彼女がピアである。

本来の彼女は、エリオットと並ぶくらいの身長を持っていて、加えてその顔立ちは、怖いくらい美しく整っていた。

もし、アユミの世界に現れた彼女がこの姿を保っていたならば、アユミも決してちゃん付けでは呼ばなかったであろう。むしろピア様。


 アユミがそんなことを考えてる間に、王は自身よりも年老いた大臣を傍らへ呼び、彼から一振りの大剣を受け取った。

アユミは何故かこれも知っていた。普段ならば国宝保存室の一番奥、額の中に掲げられている剣だ。

柄にある魔王の紋様は、国旗にあるものと同じで、この剣が王族のものであることを示していた。

 エリオットは国王に呼ばれ、指示されるがままにその足元に傅き、大剣を受け取る。

エリオットが勇者となった瞬間であった。周囲からは割れんばかりの拍手に喝采が溢れる。

照れたように笑いながら玉座を降り、彼らに剣を掲げて見せるエリオットの様子に、アユミだけが未だ不安を感じていた。

 だって、勇者に選ばれた彼の腕があまりにも細すぎる。

一応鍛えられてはいると思うが、それもあくまで一般人レベルだ。

そこらにいる下っ端っぽい衛兵の男のほうが、まだ強そうに思えた。

 アユミのそんな不安が伝わるわけはないのだが、国王は引き続き言った。

エリオットの旅路に、ピアともう一人の同行人をつけると。


 王の声に呼ばれ、群がる人々の最前列から一歩、エリオットの元へと踏み出してきた男の姿に、アユミは目を見張った。

とんでもない大男、身の丈二メートルは軽く越えている。

褐色の肌に赤い長髪を後ろで一つに纏めている。何よりも目立つのはその左頬にある大きな傷だろう。

傷は一文字に頬を裂き、その断面は深く、闇のように黒い。

服装こそは、この場に相応しいよう整えられては居るが、それも彼自身の備え持つ荒々しさを隠すことはできなかった。

髪の色と同じ赤のマントを翻しながら、男はエリオットの足元へと跪き、言う。


――我が名はカーティス。王妃様の命を受け、旅の道中を襲う全ての危機から貴方をお守りすることを誓う。

低く、乾いた声だった。

 アユミは驚いていた。これがカーティスの本当の姿なのか。

普段の目つき悪いだけの彼を大層恐ろしく感じていた自分が馬鹿らしくなってきた。

本来の彼の迫力を、アユミは微塵も知らないでいたのだ。

心から、彼がゲームのキャラクターの姿を借りてくれて良かったと思う。

もし、本来の姿のままアユミの前に現れていたら、アユミは最初の一睨みで死んでいただろう。


――全て、彼に任せて大丈夫なのですね?

 不意に、鈴を鳴らすような声が聞こえた。

アユミはそっと、自分の直ぐ近くにいる二人を見遣る。

 玉座に並んで腰かけた国王と王妃は、今や大衆の注目を一身に浴びているエリオットらから隠れるように、言葉を交わしていた。

エリオットと同じ蜂蜜色の髪に、老いた銀色の目を持つ国王は、王妃のその言葉にゆっくりと頷いた。

――あやつの一族と我々王族は、古き時代より一つの契約をしておる。

  あの男は契約により最強の力を手に入れた。そして同時に契約により、我々王族には逆らうことが出来ぬ。

それを聞いて、王妃は笑った。牡丹の花が咲き乱れたように鮮やかな笑みだった。


 ・・随分若い王妃だな。と思った。国王とは一回りほど歳が離れているように見受けられる。

金色の髪の艶めきは未だ若々しく。桜色の唇は愛らしかった。そして王妃はその愛らしい唇で言った。


――ならば、安心なのですね。彼は決して裏切らない。必ず仕事をやり遂げてくれる。

  忠実な・・忠実なロナルドの部下として。


 息を呑んだ。アユミの心臓が高く跳ねた。

今の王妃の発言は即ち、カーティスがロナルド王子に逆らえないことを意味しているように聞こえた。

何故かとてつもなく悪い予感が胸を埋める。

 今、カーティスはエリオットに、銀の仮面を被せているところだった。

仮面は、旅に出る勇者の正体を国民の目から隠すために必要なのだ。

だからエリオットは大人しく、されるがままに仮面を装着し・・

 そしてその次の瞬間、その仮面の表面を不気味な輝きが一撫でしたのが見えた。


 アユミの見えない表皮が、ざわりと泡立つのを感じた。何故かはわからないが、あのままではエリオットが危ないと思ったのだ。

思わず玉座を飛び降りた。そこに居る全ての人間に、アユミの姿は見えていないようだった。

 今のアユミは完全なる透明人間で、この世界に何の影響も与えることができない。

これでは意味はないと解りつつも、必死でエリオットの仮面に手を伸ばす。

(駄目・・!そんなの着けちゃ・・!)

伝わるわけがないのは解っていた。

なのに一瞬、仮面の中の蜂蜜色の瞳が、自分を捉えたのを感じた。

 エリオットにはアユミの姿が見えたのだろうか。その判断ができないうちに頭の中が白くスパークする。


「・・・あ・・。」

 目を覚ましたアユミは、既に自分の部屋のベッドの中にいた。

眠っていたらしい。あの光景はやはり夢だったのだ。


「起きた・・?アユミちゃん。」

 ぼやけた視界を、不安そうな顔が覗き込んで来た。

赤茶色の髪に、青い瞳。紫紺色の鉢巻。

そこにいたのは、見慣れた鎧姿のエリオットで、アユミは自然と自分の顔が緩むのを感じた。

「・・・エリオットさんだよね?」

確認のために指差して言ってみる。エリオットはアユミが寝ぼけてると思ったのか、困ったように笑った後、そっとアユミの頭を撫でた。


「そうだよ。アユミちゃんのことはカーティスが助けたんだ。

 あいつ・・傷だらけで帰ってきて・・一体何があったのか、教える前に倒れちゃって・・」

アユミは朧な視界を振り払うように、一気に上半身を引き起こした。

「倒れたって!?・・ち・・ちょっと待って、私どれくらい寝てたの??」

 唐突に自分の身に起きた出来事を思い出す。そうだった、自分はカーティスを庇って、敵の攻撃らしきものを受けて、そして死んだと思っていた。

慌てて自分の身体を見直す。いつの間にか寝巻きを着せてもらっていたようだ。服の上からさすってみたが、腹に開いた穴は既にふさがっているようだった。


「大丈夫、寝てたのは一晩だけだよ。今はお昼ちょっと過ぎってとこ。

 ・・それと、その服はピアちゃんが着替えさせてたものだから、安心してね?」

 エリオットは質問に答えると同時に、服を指差して、その件についても教えてくれた。

アユミが寝巻きを凝視しているのを見て、気を使ってくれたのだろう。

しかし、アユミからすれば、言われるまで、誰が着替えさせてくれたのかとか気にしていなかった。

乙女失格かしらとは思うが、それ以上に気になることが山積みだったのだから仕方がない。

「と・・とにかく!カーティスさんは、今どこ?」

 わたわたと布団を剥ぎ取り、ベッドを降りて尋ねる。

エリオットは少し面食らった顔をしたが、アユミが元気になって嬉しいらしい。

にこりと笑って案内してくれた。


「今はアユミちゃんのお母さんのベッドを使わせて貰ってるよ。ソファに寝かせておくのも可哀想だったからね。」

 そう言って、エリオットはアユミの部屋の向かいにある扉を開いてくれる。

普段なら、テレビを前に、ゲームをやりこんでるカーティスの後姿が見られたものだが、当然今はその姿はない。

 壁際に寄せられたベッドの横には、椅子に座ったピアの姿。

横たわるカーティスの手を握り、じっとその寝顔を見つめている彼女の姿は少しやつれているように見えた。


「ごめんねピアちゃん。私もお世話になっちゃったみたいで・・。」

 その傍に寄って、まず最初に謝っておく。

ピアはぼんやりとした表情でアユミを向くと、少し安堵したように口の端を持ち上げた。

「無事・・でしたか。良かったです。

 アユミさんの傷はカーティスが殆ど治していましたから。私はあまり大したことはしていないんですよ。」

そう言って、再び視線を目の前に横たわる男に戻す。

カーティスの受けた傷は大半が完治しているように見えた。ピアが回復魔法をかけたらしい。

そしてアユミも、ここに来て自分が死ななかった理由を知った。

 カーティスが回復魔法をかけてくれたのだ。これで傷がなくなっている事実にも納得がいく。


「本当、ごめんなさい。カーティスから聞いてます。アユミさんはカーティスを庇ってくれたのね。」

 カーティスから視線を離さないまま、ピアは言った。

溜まりに溜まった疲労からなのか、ピアの声は震えていて、まるで泣いているようにも聞こえた。

「良かった。彼が死なないでくれて。そしてアユミさんも、生きててくれて良かった。」

そう言って、ピアは顔を伏せた。ピアが握り締めていたカーティスの手の甲に、一滴の透明な雫が落ちるのが見えた。

「ピアちゃん・・」

アユミは咄嗟に何か声をかけようとして、そしてその言葉が見つからなくて、ただピアの肩に手を置いた。その細い肩は少し震えているようだった。

 不意にピアの横で、エリオットがしゃがみこんだ。俯いたピアと視線を合わせるようにして、優しく言う。

「ピアちゃん、後は俺が代わるから、少し休んできなよ。 昨日からずっと回復魔法かけてくれてたんでしょ?」

このままだとピアの魔力も危なくなるからと、エリオットは続けた。


「・・はい。」

 そしてピアは、その言葉に抵抗しなかった。

カーティスのことを心配していないわけがない。できることならまだ彼の傍に付いていたかったというのが本音だろう。

しかし、今自分が力尽きてしまっては意味がない。魔力の回復のためにも少しの睡眠は必要だと判断したのだ。

 椅子を立ち、扉に向かおうとするピアに、アユミは声をかけた。

「ピアちゃん、私のベッド使っていいからね?」

とりあえず、何かしてあげたくてそんなことを言ってみた。

「・・・ありがとうございます。」

ピアは決してこちらを振り向かないまま、掠れるような声でそう答えて、静かに部屋を出た。



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