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■■第二十四章■■

 アユミと別れた後、カーティスは何の迷いもなく神社に戻っていた。

石段を上り、鳥居を潜る。

並び立つ細いイチョウの木の陰に隠れる者は居ないか、自分に殺気を向けるものはいないか、重々注意して辺りを見渡す。


 今のカーティスの傍にはアユミがいない。敵にとっては、カーティスを消す絶好の機会だろうし、カーティスもそうして敵が自分の前に姿を現すことを願っていた。

危険な賭けではあるが、魔の力を持たない敵相手ならば、致命傷を与えることができる自信があった。

それに、敵の姿を確認し、ピアに知らせることができればそれだけでも現状の解決に役に立つ。

 しかし残念なことに、この神社に敵の気配はないようだった。

少し不思議に思う。敵はカーティスが彼女の魔の力の源を突き止めたことに気づいていないというのだろうか。

 魔の力は敵本体の自我である。植物の姿をしているので、目に見えた反応をすることはなかったが・・それでも、カーティスの存在は認識していた筈だ。

人の姿を持った敵の半神にだって、既にその情報は伝わっていると考えられるのに、何故カーティスを放っておくのだろう。

カーティスが魔の力を排除しようとすることを予想できていないというのか?


 カーティスは慎重に辺りを伺いつつ、懐から硬貨を一枚取り出した。

――チャリーン

冷たい金属の音を立てて、効果は木製の箱の中に吸い込まれていった。

 先程と同じように、カーティスは手を合わせて瞳を閉じる。

何を祈るというわけではなく、ただその形を示した後、カーティスは自らの額に触れる。

予想は当たって、そこに例の三角が現れていたようだった。


『ピンコーン♪《武器+聖剣Lv50》成功率80%チャレンジしますか?』


「これは・・口頭でチャレンジすると言えばさせてくれるのか?」

 半ばただの疑問を口にした。途端、目の前にあった社殿の扉が開き、輝かしい後光と共に、ゲームの世界でよく見かけるタイプ、金縁に赤い地の宝箱が迫り出て来た。

宝箱はふわふわと宙を飛ぶと、カーティスが差し出した腕の中に落ちる。

ずっしりと重い感触に、カーティスは眉を潜めた。こんなに簡単に手に入るものとは思わなかったのだ。

箱を地面に置き、蓋を開けようとしてカーティスは気づく。この宝箱・・鍵がかかっている。

「開錠しないとけないわけか・・」

 それが、成功率80%と言われた理由らしい。しかし80%ということは、ほぼ成功させられると見て間違いないだろう。

カーティスは手始めにと、普段良く使う開錠魔法を二つ三つかけてみた。即、開いた。

罠がないことを確認して、カーティスは箱の中身を取り出した。真紅色の鞘に納まった、古い日本刀。これが聖剣なのだろうか?

 魔法をかけるのに使った方の手の甲に新たに生まれた三角を叩いて、カーティスはそれを確かめる。


『ピンコーン♪カーティスは<聖剣Lv50>を手に入れた!』


 どうやら、間違いなかったようである。

カーティスが鞘の中に眠っていた鈍い光を確かめると、目の前にあった筈の宝箱は霞のように消えてしまった。

 気が付けば辺りに一片の光も見当たらず、あるのは普段どおりの神社の景色と、カーティスが握り締めた聖剣のみ。

「・・簡単、だったな。」

 肩透かしを食らった気持ちだ。まさかあんな初歩的な魔法で開くものとは思わなかったが・・。成功率80%なんてこの程度なのだろうか。


「まぁ、手に入ったんだからいいさ。」

 そう呟き、カーティスは刀を腰のベルトに差し込む。

引き抜きやすい角度を調節した後、カーティスは歩き始めた。


 アユミは直ぐに戻ってくると言っていた。学校を出たアユミはカーティスが神社に来たことくらい直ぐに察するだろう。

しかし、アユミがここに到着するのを待つつもりは毛頭なかった。

 アユミは戦いを知らない。平和な世界で生きてきた少女だ。そしてそんな少女は、これからも戦いを知る必要はないと思う。

カーティスは、自分たちの戦いにアユミを巻き込むつもりはなかった。

彼女の居ない場所、彼女と関係ない場所で全てを終わらせる。それが自分の役目だと感じていた。


 自分の身に何かが起きた時、アユミには一人で帰宅するよう伝えてくれと、ピアにテレパシスを送る。

少し時間が空いた後、ピアからの返答があった。


『・・どうぞお気をつけて。』


 覚悟をしたような声色に、カーティスはピアの本心が心配してくれていることを感じ取る。

テレパシスの中では流石の彼女も無表情ではいられない。少し微笑ましい気持ちになって、カーティスは伝えた。

(きっと、勝てるさ。エリオットと大賢者様を頼む。)

ピアからの了承の声を確認し、カーティスはテレパシスを閉じる。

 瞼を落とし、ゆっくりと深呼吸をした後、神社の境内から森へと繋がる薮道へと足を踏み入れた。

先程無惨にも瘴気に臥してしまった自分を思い出すと、恐怖を感じないわけではないが、それでも今手に入れた聖剣の存在が心強かった。これさえあれば、あの瘴気も払えるだろう。

 無意識に、指先は剣の柄に触れたがった。珍しく不安を感じている自分が少し可笑しかった。

「・・慣れている筈なのにな。」

そう呟く。この世界に着いてからの数日があまりにも平和すぎたのだ。

この不安は、カーティスの気が緩んでいた証拠なのだろう。自身に渇を入れるためにも、この任務を果たしたいと強く思った。


 足元に土の感触を感じ、目的の場所が近づいたことを察する。

カーティスは、朦朧となっていた時分の記憶を手繰り寄せながら、あの木の群れを探した。

幾度も薮を踏み分け、小枝を踏む。誰も見ていないのに、この世界のそういう感触を意識して実演してしまうのは、異世界の旅行に慣れたカーティスにとって癖みたいなものだった。


「・・・あった。」

 不意に鬱蒼とした木々から視界が開けた。辿りついたのだ、インフィニティの魔の力の源に。この世界に現れたもう一つの魔の森に。

開けて見えた空は今、灰色の雲に覆われつつあった。雨が降るのかもしれない。

 カーティスは一度は屈した自分を励ますために、腰から聖剣を抜き出し、構える。

剣先から白い輝きが生まれ、そこに聖なる力があることを示した。行ける筈だ。そう自分に言い聞かせ、再び視線を魔の森に向ける。


「・・・っな!?」

 カーティスは一瞬我が目を疑った。魔の森の前に人が立っている。

先程見たときには居なかった筈だ。突然現れたその人物から、カーティスは薄気味悪い感覚を得た。

 しかし、相手がインフィニティでないことは確かで、それは男性のようだった。

身長はカーティスより僅かに低いくらいか。こちらに背を向け、放心したように魔の森を見つめる姿は異常な雰囲気を出していた。


「・・・おい。」

 聖剣の力か、瘴気にやられることもなく、カーティスは男に歩み寄ることができた。

注意深く、目の前の男を観察する。

こちらからは背しか見ることができないその様相。黒いTシャツとチェーンの装飾がついたジーンズ。それはこちらの世界ではありふれた若者の服装に見えた。

 しかし、髪の色だけが異質を放っていて目を引く。

長く、項までを覆うその髪の色は、銀髪というよりも、老人の白髪だ。

男はカーティスの声に振り返り、その藍色の瞳を見せた。

「お前・・!」

 見覚えのある姿にカーティスは息を呑む。

彼は先程街中で見かけた、あの男に間違いなかったのだ。


「ああ・・なんでお前が来てしまったんだ・・」

 男は放心した様にぶつぶつと呟く。

カーティスは男の聞き取りにくい声に、耳を済ませた。

 男は虚ろな瞳を泳がせながら続けた。

「来てはいけなかったのに。お前だけは来てはいけなかったのに。なんで来てしまったんだい?カーティス?」

「なっ!!」

唐突に呼ばれた自分の名に、カーティスは目を見開いた。

この男は自分のことを知っているのか。

確かにこの男の纏うマナは自分たちと同じ世界のものだ。

しかし、カーティスはこの男に見覚えがなかった。過去に自分に関わった人々に思いを馳せてみる。

研究者に剣士、自身の親族に、王室仕えの仲間。しかしどの人物も目の前の男には当てはまらない。


「俺は・・お前を知らない。」

 カーティスは言った。

「お前は誰だ?」

言った途端、目の前の男は笑い出した。


「あはははははは!!」


 狂ったような声、正気じゃない様子に、カーティスは一瞬肝を引かれる。

・・何者なんだ、この男?

突然カーティスの足元の地面が揺らぎ、地中から何かが顔を出した。

――グゴ・・ッ

「!!!」

 何か考えるよりも先に身体が反応していた。

一度大きく後ろに跳ねたカーティスは、自分の目の前を一匹の太い蛇が横切るのを見た。

・・いや違う、横切ったのは蛇ではなくて木の根だ!

カーティスの目の前で、次々と地面が盛り上がり、幾つもの木の根が頭を出した。

それらはまるで意思を持つように、猛烈なスピードでカーティスを目指して伸びてきた。

速度は、愚鈍な形の木の根すら鋭い刃物に変える。

咄嗟に左に避けたカーティスの右脇腹を、伸びる根が掠めた。掠めただけなのにも関わらず、

そこから赤い血が吹き出る。


「・・っつ!」

 得た傷自体は大したものではなかったが、繰り出される木の根の量に息を呑む。

これでは全てをかわすことは不可能だ。今一度攻撃をかわし左に跳ねたカーティスは、反対側から迫ってきた木の根を聖剣で叩き切った。

――・・ッグゥ・・

切られた木の根は、まるで聖剣を恐れるように土の中に身を退けていく。


 やはり間違いない。この木の根は魔の森が生み出したもの。

カーティスが魔の森を排除しようとするのを察して、動き出したのだ。

解せないのは、笑いながらカーティスの様子を見ているこの男の存在だった。


 木の根を避けているうちに、カーティスと男の距離は開いてしまったが、男はまだ最初と同じ位置、魔の森の前に立っている。

そして辺りの木の根は、男を避けるようにして、地中から顔を出しているようだった。

――まるで、あの男が魔の森を操作しているようだな・・。

 その疑惑を確かめるために、カーティスは辺りの木の根の動きを注意深く読んだ。

右側前方から、新たな木の根がその身体を伸ばし始めていた。

左側からカーティスを目指して真っ直ぐ伸びてくる木の根を聖剣で叩き落すと、カーティスはその根を踏みつけた。

足の下の根はカーティスの身体を振り落とそうと、その長い体をしならせる。

カーティスはその反動を生かして高く跳んだ。次の瞬間、彼のいた場所を狙った三本の木の根が互いにぶつかり、絡み合った。

カーティスは一旦、その三本の根を踏み台にした後、右前方から伸びてきていた木の根に飛び移る。

「・・っく!」

 途端、上空を跳ねるカーティスに向かって、大量の木の根が伸ばされた。

カーティスはそれを一つ一つ聖剣で払うと、勢いをなくした根を足場に、軽業師のような身のこなしで魔の森の前に立つ男へと近づいた。

数回は木の根は掠められ肌を切ることになったが、それに耐え、木の根を飛び移るカーティスは、遂に真下に男の姿を捉えた。


 男は相変わらずカーティスを見上げて笑っている。

「一か八かだ・・!」

カーティスは男目掛けて飛び降りた。

男の肩を踏みつけ、仰向けに倒した男に馬乗りになって、喉元に聖剣を突きつけた。

魔の森を操作しているのがこの男なのであれば、これで攻撃の手は止まる筈だった。

 そして予想通り、男を組み臥しているカーティスを、もう木の根は狙わなかった。

まるでカーティスの出方を伺うように、その根を地中に引き戻しながら、ゆらゆらと揺れている。


 男も、もう既に笑っていなかった。藍色の瞳をきらりと光らせてカーティスを見上げている。

その光はカーティスを不快な気持ちにしたが、それが何故なのかはわからない。カーティスは眉間の皺を深くした。

「何者だ?何故俺の名前を知ってる?何故俺を狙う?」

立て続けに質問した。明らかな劣勢にも関わらず、男は嘲るように口の端を持ち上げると言った。


「無礼だな・・。」

「なに・・?」

 男の尊大な態度に、カーティスは耳を疑った。

そして次の瞬間、カーティスは自らの肩が焼ける匂いを嗅いだ。

「・・・・っく・・は!?」

 強い熱と共に左肩に訪れた激痛。しかしそれ以上に驚いて、カーティスは男から身体を離した。

男がカーティスに向かって開いた掌からうっすらと立ち上る煙が、今男が何をしたかを語っていた。


「・・詠唱なしで魔法だと・・?」

 信じられない気持ちで男を見つめる。

男はゆっくりとその身体を起こすと、立ち上がってカーティスを見た。

カーティスは思わず一歩後ろへ引く。

呪文詠唱なしで魔法を発動できるような人間はいない筈だった。

それができるのは、自らに魔の力を抱く存在だけ。

「魔物・・なのか?」

 自分の声が震えるのを感じた。こちらの世界に、インフィニティ以外の魔物が来ているという可能性は全く考えていなかったのだ。

こんなに強力な魔物が二体もいたのでは、勝てるわけがなかった。


「あははははは!!何言ってるんだいカーティス。まさか私を忘れてしまったのか?」

 しかし、そのカーティスの不安な思考は、目の前の男の高笑いで遮られた。


「お・・俺はお前を知らない!!」

 カーティスは叫んだ。目の前の男が無性に怖かった。震える手で聖剣を構えなおす。

男は愉快そうにその様子を見つめていた。

「懐かしいなぁ。カーティス。今はエリオットの世話をしてくれてるんだってな。感謝してるよ。

 私の弟子のピアは、きちんと働いているかい?迷惑をかけていないかい?」

 その言葉に、カーティスの全ての思考が固まった。


「ピアが・・弟子?」

 唐突に脳の回線が復活した。猛烈な勢いでカーティスは目の前の男を理解した。

「そんな・・馬鹿な・・何故、貴方がここに?」

目を見開き、力なく呟く。聖剣を下ろした腕は震えており、剣柄を掴んでいるだけでもやっとだ。


「大賢者様・・貴方が・・何故・・?」


 その名を呼ばれ、目の前の男は美しい微笑みを見せた。

「ようやく気づいたか。無礼者めが。」

男の目が再びキラリと光った。カーティスは気づいた。これは全てを見透かす光だ。

大賢者は、既にカーティスの本性を見破っていた。


「さてカーティス。賢いお前なら既に気づいているだろう。

 この木々の群れは我々の世界の魔の森と全く同じ条件を作っている。

 魔の森は人間の抱く負の感情を好む。怒り、妬み、悲しみ。それらに惹かれて止まない。

 カーティスよ。何故魔の森がお前を狙うのか、気づいていないわけがあるまい?」


 大賢者の真っ直ぐな藍色の瞳に見据えられ、カーティスはまた一歩後ろに下がった。

大賢者から離れ過ぎたカーティスを、既に数本の木の根が狙い蠢き始めている。


「わからない・・!俺は・・なにも・・!」

 必死に首を横に振り、全てを否定する。自分には魔の森に狙われる理由などない。負の感情など・・

「カーティス、お前程度がこの私に隠し事ができると思うなよ。」

大賢者は震えるカーティスに冷たく言い放った。

「やめろ・・言うなっ・・!」

必死でカーティスはその続きを遮ろうとした。しかし大賢者はそんな彼に哀れむ視線を送ると無情にも続けた。

「死ぬつもりだったのだろう。カーティスよ、お前は最初から死ぬつもりで旅をしていたのだ。」


 大賢者は見開いた琥珀の瞳から、一滴の涙が落ちるのを見た。心が抉れたカーティスの口から悲鳴が零れた。

誰かに気づかれたくなかったのではない、自分が気づきたくなかったのだ。

 身体は地へと朽ち落ち、聖剣を投げ出した腕で、カーティスは頭を覆う。一気に瘴気が身体を蝕み、精神が、心が闇に飲まれていく。


「可哀想な男だ。インフィニティは、死ぬつもりの人間には倒せぬよ。」

 その言葉に僅かに滲んだ優しさに、カーティスが気づくことはなかった。

今、彼の身体を貫こうと、その負の感情を取り込もうと、魔の森の木の根が伸び始めていた。

次の瞬間、


「カーティスさん!!」

 一人の少女が飛び出してきた。制服姿の、この世界の一般的な少女。

大賢者は、思わぬ事態に目を見開いた。

少女は両手を突き出し、カーティスを突き飛ばした。

 放心するカーティスの前で、彼の身代わりになった少女の身体を、木の根は貫いた。



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