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そうして三人が部屋から消え、時計の針が十八時四十分を過ぎようとする頃。
「・・・は!」
今、アユミはまさにはっと目を覚ました。何をやっていたんだ自分は、と。
気が付けば薄暗い部屋の中、ただ一人取り残され立っていた。
やばいやばい。また妄想の国にトリップしてしまっていたようだ。まだ頭がボウっとしていたアユミは両の手のひらで思い切り両頬を叩いてみた。
――パ ァ ン・・!
「いったぁ!」
響く音と頬の痛みで夢じゃないと確信した。急いで部屋を飛び出す。
あの三人はどこに行ったのだろうか、もう家を出てしまっているかもしれない。
しかし、そんなのは杞憂で、廊下に出たアユミは直ぐに、リビングから聞こえる賑やかな物音に気づいた。
そっとリビングの扉を開けてみる。いた、あのゲームの中の人たちだ。
リビングの片隅には、二つ大きめの箪笥が置いてあるのだが、ゲームの三人は今、その箪笥の下にしゃがんで、何か調べているようだった。
「おやおやこれは・・・」
アユミはそっと三人の後ろに近づく。
間違いない、勇者エリオット、今、民家の箪笥の引き出し、開けた。
「これはRPGで有名な泥棒行為ってやつですかい?」
ゲームの中ではもう定番な、民家の箪笥とか壷とかの中身をあさる行為だ。
アユミは自宅の箪笥が荒らされていることの怒りよりも、好奇心のほうが目立つ声色で彼らに声かけた。
「違います。」
答えたのは魔女っ子ピアちゃん。今改めて見ると、このコは表情も乏しいし、話し方も機械的だ。まるで本物の人形みたい。
アユミがそんな感想を抱く中、ピアはくるりとアユミに向き直り、言葉を続けた。
「探し物をしているのです。」
それに、アユミは眉を潜めて切り返してみる。
「でも、うちには薬草もなければ、集めて得するようなメダルもないんだよ?」
「意味がわからん。」
アユミの言葉に、今度はカーティスが面倒臭そうに振り向いた。
「俺たちはある人を捜しているんだ。そのためにここに来た。」
「ふーん。つまり、そっちの世界では次元を超えてかくれんぼする遊びが流行ってるわけね。」
「断じて違う。」
アユミの戯言を軽くあしらい、カーティスはまた箪笥に向き直った。
カーティスとエリオットは二人がかりで箪笥の引き出しを片っ端から開けて中身を改めているようだった。
――良かった、お母さんも私も、下着とかここに置いてなくて。
アユミは心からそう思った。そして案の定離れた場所から二人の様子を見ているピアに近寄り、そっと耳打ちする。
「あのさ・・そっちの世界だとどうかは知らないけど。この世界には箪笥の中で暮らすような人間、いないよ?」
「ご心配なく、我々の世界にもそのような奇特な人間いません。」
やっぱりこのコ、クールだわ。ピアの反応はアユミの予想通りだった。そしてピアは、引き続き説明役を買ってくれた。
「因果律という言葉はわかりますか?」
「因果律?」
アユミはちょっと考えてみる。
因果律・・という言葉で連想するもの。
「原因があって結果がある・・ってことかな?」
「そうですね。大体そういう意味あいで捉えてください。」
よっしゃ・・っと、アユミは内心拳を振り上げる。オタクで学んだ知識も役に立つものだ。
「過去に起きたことは未来に影響しますが、未来に起きたことは過去に影響しません。これが因果律の基本ルールです。」
「うんうん。」
とりあえず頷いてみる。勉強会が始まってしまったようだ。
「しかし、私たちのように、何者かが異世界から訪問した場合、その者が訪問したという未来は、この世界のどの過去にも原因が存在しません。
過去と未来を連続して織り込んだ一枚の布に付きたてたナイフ。それが私たちのような異世界からの訪問者なんです。
私たちの存在はそもそも因果律に組み込まれていません。私たちはこの世界にとって異分子、排除されるべき害に違いないのです。」
・・つまり、彼らはこの世界に本来存在できる存在ではなかったということらしい。
「ふーむ。それで、そのことと箪笥の中に住んでる人にどういう関係が?」
眉を潜め、尋ねるアユミに、ピアは淡々と続けた。
「・・普通、なんの準備もない人間が異世界に行くと、異世界側に取りこまれるのです。
その姿も形も、その世界の因果律に矛盾しないものに変化して流れ着いてしまうのです。
私たち三人は今回、万全の準備を投じてこの異世界移動を行いましたから、こうして自分の姿を保てるわけですが・・。
我々が探している人は違います。私たちの居た世界から無理矢理この世界に飛ばされてしまったのです。」
「つまり・・その人はこの世界に取り込まれて、人間じゃない姿になってるってこと?」
アユミがピアの言葉をまとめてみると。
「そういうことになります。」
ピアはコクリ頷いて、続けた。
「過去の異空間移動者の事故記録を改めると、虫の可能性は非常に高いといえます。
僅かでも人間だった頃の記憶があるせいなのか、民家に住み着く虫の姿に果てる人が多いです。油虫とか、服喰い虫とか・・・」
――うわぁ・・
アユミは思い出した。一ヶ月前に設置したゴキブリホイホイ。
あの中にその探し人がいたらどうしよう。ごめん、殺しちゃった♪なんて言ったら、きっとカーティスに殺される。
「で・・でもさ、その探し人って見つけるのかなり厳しいんじゃない?
だって、姿かたちも解らない何かをみつけるなんて。目印があるわけでもないんでしょ?」
「・・目印なら、あります。」
アユミの問いに答えたピアの言葉に、
「俺たちが探しているお方は高い徳を持っておられる。徳は魂に付属するもので、因果律に影響しない。俺たちはそのお方の持つ徳の色を目印にしているのだ。」
引き続き説明してくれたのは、箪笥と格闘中のカーティスだった。
「色が・・あるんだ?」
アユミはカーティスに首を向け、尋ねる。
「そう。その人を見たとき、その人の声を聞いた時、その人を思い出したとき、心に浮かぶ色がある。徳の高い人物ほど、相手にその色を鮮明に思わせることができる。」
箪笥に向かったまま、アユミにそう説明するカーティスの言葉に、
「異世界に飛び、人間の姿を失ったとしても、あの方ほど鮮やかな人だったら、異世界での姿に徳の色が影響を及ぼす筈なのです。」
そう、ピアが補足してくれた。
「大賢者様の色は、冬の白銀と、海の青だ。」
不意に、うっとりとした声でエリオットが呟いた。その次の瞬間、さぁっと何か冷たいものが辺りを包んだのを感じる。
「・・・エリオット。」
まるで彼を嗜める様にカーティスの声が低くなる。心なしか、ピアの目にも戸惑いに似たものが揺らめいた。
エリオットはそれに気づいたのか、自分の口を両手で塞ぐと
「ご・・ごめん。俺、向こうも探してくるね!」
そう言って台所のほうに走っていってしまった。
――あらら、もしかして、私聞いちゃいけないこと聞いちゃったのかな?
「あの・・よければ私忘れるけど?」
アユミが気を利かせてみると、カーティスがため息混じりに応えた。
「・・気にする必要はない。それに俺たちに関する記憶は
お前の意思に関係なく、俺たちがこの世界から去ると同時に消えるようになってる。」
「へぇ、なんかつまんな・・・」
『うああああ!!!』
アユミがそう言い終わらないタイミングで、台所のほうからエリオットの叫び声が上がった。
「!!!」
まず最初に動いたのはピア。続いてカーティスが後を追う。まるで風のように速く、二人はアユミの前から消えてしまった。
「・・な・・何事!?」
精神的に置いてきぼりを食らいつつも、好奇心で後を追う。
二人とも向かった先は台所奥のベランダ。ガラス戸は開け放たれて、涼しい風が吹き込んでくる。
今ここに向かって走ってきた三人の姿を目で追ったアユミは、奇妙な光景に気づいた。
まず、そこに居るのは愛犬ポチ。
「きゅ〜ん♪」
突然やってきたお客さんを、尻尾を振って迎えてる。ポチは基本的に人間が好きなのだ。
――あらあら、嬉しそうねぇ。
そんな飼い主冥利に尽きることを考えてみた。・・って違う。重要なのはそこじゃない、
なにがおかしいって、先ほどのゲーム三人組がポチの目の前で跪いていることだ。
しかも、ポチ、よりにもよってカーティスの頭の上に前足を乗せてる。じゃれついてるうちにそういう体制になったのかもしれない、しかし相手がマズイ。
――こ・・殺される!
寒気がした。
「か・・カーティスさん!!」
「お探しいたしました。大賢者様。」
ポチを殺さないでください!と、そう続けようとしてアユミは耳を疑った。
――今カーティスさん、なんて言った?