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「うわっ!虫すごっ!」
森・・もとい薮に入って、アユミの第一声はそれだった。
踏み込んだ途端、凄い量の薮蚊が辺りを舞う。これは気持ち悪い。
これなら森に入る前にコンビニで虫除けスプレー買っとくべきだったと後悔した。
「行くぞ。」
自分は刺されないからと余裕な表情で、カーティスはガンガン藪に踏み込んでいく。
彼が踏んだ後からは何事も起きない。アユミが踏み込んだ後からは虫が湧く。
「あーーうーーあーーー!」
羽虫の音を誤魔化したくて、無駄に大きい唸り声を上げながら、アユミはカーティスを追いかけた。
手で振り払っても振り払っても、虫はまとわり付いてくる。ガッテム!と舌打ちをしたくなった。
それでも弱音を吐いてる場合じゃないから、アユミは歩きながら足元じゃなく、周りに生えている木々を見る。
――あの葉っぱこっちの葉っぱ・・同じ葉っぱはあるかな?
カーティスから例の枯れ葉を拝借した後、落ちている葉っぱを一枚一枚拾い、見比べながら歩く。
そんなことを繰り返していると、突然カーティスが振り向いた。
「アユミ、あまりそれは意味がない。
親木は俺がマナで見つける。その枯れ葉は、あくまで探していた木がこれで間違いないか、裏付けに使うだけだ。」
そんなに必死で探しても疲れるだけだからやめておけ。と、カーティスは言う。
「うへぇ~。頑張ってたのにぃ~。」
蚊に指された顔でブーブー言いながら、アユミはカーティスに枯れ葉を返した。
「・・・虫か。」
少々驚いた様子で、カーティスは言う。
どうやら、ようやくアユミの苦しみに気づいてくれたらしい。
「そう、夏だから薮蚊がすっごいの。かーゆーいーよー。」
言いながら、剥き出しの腕を掻き毟る。既にそこは6箇所も刺されていた。
カーティスは眉根を寄せてアユミに近づくと、片手でアユミの頭を鷲掴みにした。
「うげっ!」
思わず悲鳴を上げる。
「静かにしろ。虫除けをしておいてやる。」
そう言い、カーティスは風の唸るような声で、何かを呟き始めた。
いや、風が唸るような・・というよりも、これは羽虫の音?
「カーティスさん。それ虫語?」
「黙れ。」
アユミの問いに、カーティスは詠唱を止めると、アユミの頭を掴んだのとは反対の指で、アユミの周りをぐるりと囲む円を描いた。
瞬間、目の前を白い光が一、二度覆い。アユミは妙な清清しさを感じた。
「おお!」
感動して、自分の両腕を見回す。腫れが引いてる。
しかも、あれだけ五月蝿かった羽虫の音が聞こえない。
見れば、羽虫自体、周囲から消えてしまったようだった。
カーティスはようやくアユミの頭から手を離すと言った。
「一時的に結界を作った。今お前の姿は虫には見えない。ついでに、虫の毒も取り除いておいた。」
「カーティスさんすげぇ万能!」
アユミは嬉々としてヨイショした。
「便利屋だからな。」
カーティスは事も無げにそう言うと、またさっさと歩き始めてしまった。
「なるほどねぇ・・。」
アユミはようやく、カーティスが便利屋と名乗る意味を理解できた気がした。
きっと、王室でもこんな感じで働いているのだろう。
些細なことから、大事な事件まで。なんでも解決する能力を持っているのだ。
怖いし、鼻につく発言も多いけど、やっぱり凄いなぁと思う。
アユミたちは森を歩き続け、直にやや広い草地に出た。
どうやら、この辺りだけ、人の手が入っているようだ。
草地の中央には、周囲の木々と比べて僅かに背の低い木が何本も群がって葉を茂らせていた。
アユミが近づいてみれば、その木の葉は艶やかな深緑色、葉と一緒に丸い実をつけているところから見ると常緑種ってやつか。
なんとなくどこかで見たことがあるような気はするが、これは何の木なんだろう?
「ね、カーティスさん。この木は・・」
探してる木じゃないですか?と尋ねようと、何故か木に近づこうとしないカーティスを振り返る。
そこには青ざめた顔で立ち尽くす彼がいた。
「え・・?カーティスさん、どうしたんすか?」
慌てて、駆け寄る。吐き気があるのか、カーティスは口元を押さえ、アユミがその肩に触れると同時に、その場に座り込んでしまった。
「だ・・大丈夫ですか?具合が??」
慌てふためいて、アユミはとりあえずカーティスの背を撫でる。
「・・ここまでとは・・。」
唸るような声が聞こえた。アユミはカーティスの顔を覗き込む。
琥珀色の瞳はギラギラ輝いて、目の前の背の低い木々の群れを睨んでいた。これはただ事じゃない。
「アユミ・・ここを離れるぞ。肩を貸してくれ。」
「は・・はいはい!」
指示を出されて、アユミは上半身をカーティスの脇の下に潜り込ませる。
この巨体を支えきれる自信はなかったが、カーティスの体は思った以上に軽く持ち上がった。
・・そういえば、彼らは生身の人間ではないのだ。
あまりにも身近に感じすぎてて忘れがちだが、アユミはそのことを思い出すと、自分の支える男のあまりの軽さに少し切なくなった。
「大丈夫ですか?確かこの近くに神社ありましたから、そっちに運びますよ。いいですね?」
アユミの問いに、カーティスが無言で頷いたのを確認して、アユミは歩き始める。
あえて来た道を戻らず、背の低い木々の群がる地帯を遠巻きに横切って、真っ直ぐ森を突っ切る。
長年地元に住んでる故の勘だが、この森は学校裏の神社に繋がっている筈だった。
再び薮に足を突っ込んだ時、アユミは一度、カーティスを苦しめる木々に視線を遣った。
アユミにはただの木にしか見えないのだが、カーティスにはどう見えているのだろうか。
「・・・あれ?」
歩きながら、アユミは道が整備されていることに気づいた。
今まで歩いてきた薮道とは違う。ここは明らかに、人の通り道だ。
大量の落ち葉で埋め尽くされて入るが、足元には確かに、コンクリートの感触があった。
不意に、目の前に一本の立て札を見つける。
朽ちた木製の木切れには、黒い文字で「ここから先、私有地につき進入禁止」とあり、どうやら、今アユミたちが居た場所は、誰かの所有するあの木を栽培地だったことに気づく。
「カーティスさん、大丈夫ですか?あの木から大分離れたとは思いますが。」
例の木々の姿が見えなくなったことを確かめ、アユミは隣で項垂れる男に声をかける。
「う・・・ん。」
唸るように呟き、カーティスが身体を起こそうとするので、
「あっ!無理はしちゃ駄目です!もう直ぐ座れる場所に着きますから、休んでください!」
蒼白になったカーティスの顔は、既に瞼も半分閉じており、どことなく危険なような気がする。
アユミは今まで、風邪か熱中症患者くらいの病人しか世話したことないが、こういう人にはどう処置をするべきだっけ?
足の位置は高く?低く?首は仰向けにするの?横向けにするの?
役に立つかもわからない学校で習った応急処置の知識を必死に手繰り寄せながら、アユミは歩く。
しばらくするとアユミの予想通り、視界には神社の境内が飛び込んできた。
細く天を突くイチョウの木々。昨日来たときと何も変わらない光景に、アユミは安堵の息を吐いた。
アユミは社殿に歩み寄ると、その屋根の下、賽銭箱の奥にある縁側のようなスペースに、カーティスを横たえた。
ここなら涼しいし、カーティスのような長身でも収まる。
「大丈夫ですか?まだ気持ち悪いですか?」
アユミは少し悩んだが、膝枕をしてあげることにした。
弱っている相手に、恥ずかしがる必要もないだろう。
アユミはカーティスの首を持ち上げ、縁側に腰掛けた自分のスカートの上に載せた。
カーティスはダランと力が抜けており、意識はあるのかどうかもわからない。
「やばいな・・これはピアちゃんとか呼んだほうがいいかも。」
アユミは咄嗟に考えを巡らせた。携帯で家の電話にかければ、ピアは出てくれるだろうか否。
「・・出るわけないかあ・・」
ピアが外部の人と接触するとは思えない。というか多分、電話の使い方を知らない。
一体どうすればいいんだと頭を抱えたアユミは、その頭に響いてくる声に気づいて驚いた。
『・・えますか?聞こえますか?アユミさん?』
「えっ!ピアちゃん?」
紛れもなく、その声はピア。近くに居るのかと慌てて首を巡らせる。
『いえ、これはアユミさんの脳に直接語りかけています。
テレパシスという、我々の世界の一般的な通信手段です。』
「え・・えっと。つまりこれはピアちゃんの魔法?」
『そうです。それと、直接脳で会話が可能ですから、口に出して喋る必要はありません。』
と、言われてアユミは両手で自分の口を塞いだ。
やばいやばい。今の独り言めっちゃ声でかかったもんね。周りに誰もいないことを確認して、アユミはほっと息をついた。
(じゃあ・・えーと。今ピアちゃん、カーティスさんの状態知ってるんだよね?)
じゃないとこんな唐突に、事前になんの説明もなかった能力を使うこともないと思って、アユミは心内で問いかける。
『はい。今のカーティスは魔の力の瘴気にやられた状態です。
先程カーティス自身からのテレパシスを受け取りましたが、アユミさんも見たその木々の群れは、魔の森と同じ状態を形成しているようなのです。』
アユミの声は無事伝わったらしく、ピアはそう教えてくれた。
(魔の森って・・人間の負の感情を吸収して、魔物を生み出すってアレ?)
『そうです。敵が自らの魔の力を樹木に込めたことで、木々の呼吸とともに辺りに瘴気が生まれ、魔の森と全く同じ現象を引き起こしてしまったようです。
アユミさんは大丈夫でしたか?』
こちらの世界の人間でも勘の鋭い人であれば、影響を受ける可能性はあるのだそうだ。
(全然大丈夫だよ。まさかアレがそんなヤバイものだとは思いもしなかった。普通に近づいちゃったし)
アユミは答える。自分はそんなに鈍い反応をしていたのかと愕然となった。
『そうですか・・それなら良かったです。それと、今二人が居る場所は神社で間違いないですか?』
(うん。それもカーティスさんから聞いたの?)
『はい。アユミさんが連れて行ってくれる筈だと・・。
正直、大変良い選択をしてくれました。そこにはこの世界の神聖な気が流れています。
カーティスが吸い込んだ瘴気を払ってくれるでしょう。
可能なら、しばらくそこでカーティスを休ませて上げてください。』
この世界には、魔の力は聖なる力で打ち消すことができるという認識がある。その認識は今のカーティスの身体に有効な筈だとピアは言う。
(・・じゃあ、とりあえずこのままでいいの?)
『はい。よければカーティスのために祈ってあげて下さい。少しでも回復の足しになる筈です。』
アユミは改めて、膝の上のカーティスの顔を見た。
青ざめた顔は相変わらずだが、今は眠っているように静かな呼吸をしている。
アユミがピアと連絡が取れたことに気づいたのかもしれない。その顔はどこか安心しているように見える。
(こうやって見ると、カーティスさんも子供みたいだな)
『・・・そうなんですか?』
語るのではなく、ただ感じただけのつもりが、ピアには筒抜けになってしまったらしい。アユミは一瞬顔が熱くなるのを感じた。
(あ・・いや、今は眉間に皺もないしね。それにいつもは見下ろされる立場でしょ。
私が見下ろしてるのってちょっと新鮮で)
『そうでしょうね・・。私はカーティスの寝顔を見たことはないので、よくわかりませんが。一応、彼も私と同じ歳の筈ですから。』
(ピアちゃんも充分大人びてるけど、カーティスさんの場合は既に熟しちゃってる感じあるもんね。)
少し笑いながら、そう思う。
ピアの笑い声が聞こえたような気がした。現実のピアなら発することのない声だろうから、これまた新鮮だ。
(テレパシスだと、ピアちゃんの感情もわかりやすいな)
『そうですね。隠し事ができないのがこの魔法の難点ですから。素直になれます。
・・たまには、こうやってアユミさんと話すのも楽しいですね。』
ピアがそう言って・・もとい思ってくれたので、アユミは嬉しくて頷く。
(うん。帰ったらまたいっぱい話そうね。カーティスさんのことは任せて!)
『よろしくお願いしますね。』
ピアは最後にそう笑うと、電話を切るように、テレパシスを遮断した。
「・・面白い体験しちゃったなあ。」
ほう・・と、ため息をついて呟く。超能力体験というやつだ。
今日はカーティスからも色んな能力を見せてもらったし。得してる気がする。
アユミはもう一度カーティスの様子を確認した。
心なし、血色は戻ってきているような気がする。
「・・そういえば、祈るんだっけ。ナンマンダナンマンダ。」
適当な呪文を唱えてみる。なんか神社で唱えるものじゃなかった気がするけど気にしない。
とりあえず神様仏様、誰でもいいのでこの人に聖なる力を。
よくわからないけど、瘴気ってやつにやられて苦しんでるらしいです。助けてあげて。
そんなことを延々と祈り続けてみる。
「・・あ。」
ふと、アユミの前に琥珀色の光が戻った。意識があるのかどうかはわからないが、今、目は開いたようだ。
血色も大分いいし、これは大丈夫なんじゃないかと思う。
「カーティスさん?起きました?」
声をかけてみる。
「・・んだ・・?・・み・・え・・?」
口の中で唸るように、カーティスが呟くのが聞こえた。これはアレか。寝言か。
「カーティスさんー?」
「う・・あ・・!!?」
――ガンッ!
様子を確認しようと、顔を覗き込んだのがまずかった。
アユミはいきなり起き上がったカーティスからの頭突きを食らう形になってしまった。
「・・・っつたああ!!」
とりあえず、一番ダメージを食らった鼻を押さえる。鼻血が出なかったのがせめてもの救いだが、これは痛い。マジで痛い。
「あ・・すまん。驚いて。」
流石にバツが悪い様子で、カーティスはその場にうずくまっているアユミの肩に手を置く。
そして親猫よろしくアユミの襟首を持ち上げると、自分に向きなおさせて、混乱するアユミの顔面を鷲掴みにした。何この苛め?
「・・悪かったな。」
カーティスの手の平から一瞬暖かいものが顔の筋肉を走り抜け、気が付けばそこに痛みはなかった。
「ふぇ・・」
顔面からカーティスの手が離れた後、アユミは何度も自分の手で自分の顔をさすった。本当に痛みは引いている。
「すっごい。回復魔法かなにか?」
感動してしまう。
「流石にアレは・・痛かっただろうから、お詫びだ。」
まだバツが悪いのか、アユミと目を合わせず、カーティスが言った。
「とりあえず。意識が戻ってよかった。もう気持ち悪くない?」
「ああ。・・ここは・・神社か?」
改めて辺りを見渡して、カーティスは尋ねた。
「そうだよ。昨日もエリオットさんと来たの。」
アユミはそこまで言って、はっとした。
「・・そうか。つまりここが昨日、敵が魔法を発動させた場所・・」
カーティスが呟いた。そう、その通り。敵は昨日ここにいたのだ。
そしてこの神社の裏に、敵の魔の力の源があった。
「見えてきたな。敵の居場所も、これなら見つかるかもしれない。」
と、カーティスが言った。アユミも頷く。
「・・でもどうする?あの木々、カーティスさんには近づけないでしょ。私が・・やってみようか?」
切り落とせばいいのか、焼き払えばいいのかはわからないが、どちらにしろ私有地のものを傷つけたら立派な犯罪だよな。と思いつつも、言ってみる。
「駄目だ。お前がやっても意味がない。木を傷つけることはできても、魔の力を消すことはできないだろう。」
淡々とカーティスは答えた。
アユミはうーんと唸ってしまう。どうにか良い方法はないだろうか。
考えてみるが、あまりにもヒントが少なすぎる。
「・・・せめて聖剣が見つかればな。」
ぼそりとカーティスが言った。
「聖剣?」
「そうだ。俺たちの世界では魔の力は、魔の力を生み出した一族にしか倒すことができないとされている。
これはつまり、魔の力は、同じ魔の力で相殺させなくては、打ち消すことができないという認識があるからだ。
しかし、こちらの世界にその認識はない。あるのは・・」
「魔の力は聖なる力で払うもの・・って認識かな?」
先程のピアとの会話を思い出しながら言う。カーティスは頷いた。
「そう。それで、俺はゲームで知った聖剣という存在に注目してたんだ。」
そういえば、カーティスはゲームの中でも聖剣が出てくるものを熱心にやり込んでいた。
それにはこういう理由があったのかと、今更ながら知った。
「現実に聖剣があれば・・あの木々に宿る魔の力も払えるのだが・・」
「聖剣ねぇ・・」
アユミは宙を睨んで考え込んだ。なんかモヤモヤする。何か思い出しそうな気がする。
アユミは視線を動かし、目の前にぶら下がっている紅白の綱を見た。その次は賽銭箱。
「・・・あ!」
思い出した。
「どうした?」
突然大きな声を上げたアユミに驚いて、カーティスはこちらを向く。
「カーティスさん、ここから降りてください!」
「・・ん?」
アユミは戸惑うカーティスの腕を引っ張り、今まで腰掛けていた縁側から下ろすと、二人並んで、賽銭箱の前に立った。
「昨日、賽銭箱にお金を入れて、エリオットさんがここで手をあわせたら、例の三角が出たんです。
で、それに触れたら声が・・チャレンジしますかって。」
思い出しながら言葉を続ける。確か、あの声は言ったのだ。<聖剣Lv50>と。
「・・チャレンジというのは・・あの、先程男とぶつかった時の俺にも出た・・?」
「う・・うん。もう一度試してみる価値はあるんじゃないかな?」
恐る恐るそう提案する。カーティスは納得いった様子で、懐から小銭を取り出すと、賽銭箱に投げ入れた。
――って、それはさっきのおじさんから盗んだお金・・?
神社って、確か穢れたものを置いちゃいけなかったんじゃ?とか思いつつも、もう賽銭箱に吸い込まれてしまった後なので、止められない。
アユミはせめてものお詫びにと、手を合わせて心からの謝罪を捧げた。
神様責めないであげて。彼はこの世界の人間じゃないの。アウトローなの!
「・・どうだ?」
しばらくの間、アユミの横で手を合わせていたカーティスは、ふと振り向いて尋ねた。
どうだ・・ってのはつまり、矢印が現れたかどうかということなのだろうが・・
「・・出てますね。」
アユミは再び、額に現れた矢印を見つけた。昨日のエリオットの矢印もここに出ていた筈だ。
これは正解だろうと思い、爪先立ちになってそれに触れる。
『ピンコーン♪《武器+聖剣Lv50》成功率80%チャレンジしますか?』
「・・・これは!」
「キタわあ~」
アユミとカーティス、同時に息を呑んだ。やはりこの神社には聖剣があるらしい。
そしてチャレンジできるらしい。
昨日のエリオットの時は、この台詞の直後に新しい矢印が現れて、エリオットにはスキルが足りないとか言い出したけど、今のところ、カーティスに新しい矢印が現れる変化は起きていないようだし。これは先程のおじさんの時と同様、チャレンジできるんじゃ・・・
「・・ん?」
そこまで考えて、アユミは思い当たる。
チャレンジ・・って、何だ?エリオットにはできなくてカーティスには出来る・・チャレンジ・・
「あーーー!!」
思わず、叫んでしまった。
「何!?どうした?」
驚くカーティスを前に、アユミは池の鯉並みに口をパクつかせながら、必死で伝えた。
チャレンジ・・それは即ち、盗みのことを現すのだと。
「だって、さっきもカーティスさん、おじさんからお金盗んで・・!」
「・・何だそのことか。」
呆れたように、カーティスが言った。え?なにその軽い反応。
「仕方がないだろう。俺はゲームの世界で盗賊だったらしいじゃないか。
俺は今、半分盗賊の自我で成り立っている。」
「そう・・なんだよねぇ。」
溜息まじりにアユミは言った。
アユミも気づいたのだ。昨日エリオットに教わった話がヒントになった。
エリオットは言った。エリオットは今、本来のエリオットの自我と、ゲームの中の勇者の自我二つにより構成されているのだと。
今の自分は二つの自我がごっちゃになった新しい存在なのだと。
「今カーティスさんには、本来のカーティスさんの自我と、ゲームの盗賊の自我が入ってるわけだ。」
「つまり、盗みは俺の本能なんだな。」
大したことでもないように、カーティスは言った。
そうか。本能だからあんなにスムーズな流れで財布漁ったんですね、アナタは。
「でも駄目だよ!神社から物盗んだら、祟りがあるかもだよ!」
恐らく、聖剣とは、この神社の御神体を現すのだという予感があった。
だってここで祭られているのは昔の武将。御神体が刀である可能性は充分にある。
アユミは無信仰のつもりだが、流石に人の信仰心が集まるこの場所で、御神体を盗むことは、やってはいけないと理解できた。
「・・そうなのか?」
そう返したカーティスの表情は・・正直読めない。
アユミの言葉に納得したのか、不満を感じたのか全然読めない。
「とーにーかーく!ここの聖剣はやめて、他の探そう?刃物屋とか行ってみたら、何かみつかるかもよ?」
適当なことを言って、カーティスの感心を神社から離そうと試みる。
「う・・む・・。」
カーティスはアユミの顔と神社の社殿を幾度も見比べてから、ようやく口を開いた。
「わかった。ここの聖剣は諦めよう。
・・それよりもアユミ、お前は今日、学校に行くつもりだったな?」
突然の話題転換にアユミは面食らいつつも答える。
「・・・え?う・・うん。確かにそのつもりだったけど?」
「昨日のエリオットの話じゃ、学校は神社の近くにあった筈だな。
せっかくここまで来たのだから、このまま学校へ行ってはどうだろう。 調べるべきことも多いだろう?」
そう言われたら、確かに。これは全くもって正しいアイデアなのだが。
「り・・カーティスさん?まさかあなた・・
私を学校に行かせてる間に自分はここの聖剣盗むつもりなんじゃ・・!!」
絶対そうだ。この人は下心がある。アユミは確信していた。
カーティスはアユミの言葉に、深く溜息をつくと、
「・・・アユミ!」
「っひ!?」
いきなり、強く肩を掴んだ。アユミは琥珀色の鋭い眼に完全に捉えられる。
「いいか、よく聞け。大事なのは知らない振りだ。お前は何も悪くない。お前は何も知らない。」
カーティスの強い口調に、アユミは思わず口をぽかんと開けた。
――・・ちょっと待て。この人何とんでもない理屈捏ねてるの?
「お前が気づかないところで何が盗まれようが、関係ないことだろう?余計な心配は抱かないことだ。」
「ちょ・・ちょっと何言って!」
「行くぞ。」
アユミの反論に耳を貸すつもりはないのか、カーティスはそのままアユミの襟首を掴んでそれを半ば引っ張るように歩き始めた。
「わ・・わかりましたから!普通に歩かせて!!」
アユミは両手を振って必死で抵抗するが、カーティスはなかなか手を放してくれない。
油断していたが、この人ってやっぱり怖い。しかも今は別の意味でも怖い。意外と頭イっちゃってるんだ、カーティスさん。
境内の外の石段を下り終えたあたりで、ようやく襟首から手を放してもらうと、アユミは溜息を幾度もつきながら、学校に向かう道を歩き始めた。
自分の後ろをそ知らぬ顔で付いてきているこの男が・・なんか憎いな、と思った。