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45p

■■■■

――・・あの男・・まさか?

 頭で考えるより先に、足が動き出していた。

たった今店から出てきた銀髪の青年。カーティスはその男が放つ違和感に気づいたのだ。


「・・何してんの?カーティスさん?」

 アユミに声をかけられなければ、そのまま男の後を追ってしまうところだった。


「あ・・ああ。」

 不本意ながら間抜けな返事をしてしまう。

カーティスは今、人ごみに消えていこうとする銀髪の青年を睨みつけた。

 何者だろうか、何故か強く惹かれてしまう。あの男はインフィニティではない、それは確かなのに。

「少なくともあいつは・・我々の世界の人間だ。」

間違いないと確信した。

「え?」

 カーティスの視線の先に、既に男の姿はなかった。

カーティスの独り言が何に向けられたものなのか理解できなかったのだろう。アユミが一人きょとんとしている。

「・・いや。気にするな。」

アユミにはそう言っておくことにする。

人間の形を保っていられるということは、あの男もそれなりに異空間旅行に慣れているのだろう。

警戒すべき相手かどうかは判別できないが、今は気にする必要はないように思えた。

 カーティスは視線をアユミの持って来た紙袋に移す。


「それよりも・・アユミ、お前、店内で食べて来なかったのか?」

眉を潜めて、尋ねる。

周囲の人々の様子から察するに、今日はとても暑い。アユミには涼しい店内で休んでくるように言ったのだが。


「だってカーティスさん、外で待ってるなんて言うんだもん。一人にさせちゃ心配じゃん!」

大丈夫だよ、歩きながら食べるのは慣れてるから。と、アユミに力説され、カーティスは深く息をついた。

「・・先程も言った筈だが、心配は無用だ。

 こんな街中で人を襲うほど敵は馬鹿じゃないし、それに、俺はある程度の対処能力はある。」

「それはわかってるけどぉ〜・・」

不満があるのか、アユミは口を尖らせながら続けた。

「何で、一緒に店に入らなかったんですか?

 外にいるカーティスさんが気になって、落ち着きませんでしたよ!」

「・・ああ。」

なるほどな。カーティスは納得した。

アユミは普段からカーティスを前にやたらと緊張している様子だったので、昼飯時くらいはその緊張から開放してやろうと、彼なりに心配りをしたつもりだったのだが。

逆に向こうに気を使わせてしまったらしい。

「それはすまなかった。こちらも気を使ったつもりだったのだが。」

「・・え?」

カーティスの言葉の意味が全く通じなかったらしく、アユミは目を見開いた。

仕方ないので、軽く首を横に振って見せる。

「いや。気にする必要はない。

 それならどこか、腰を下ろせる所を探そう。わざわざ歩きながら食べる必要はないからな。」

そう言って、歩き始めると、アユミが妙に落ち着きがない様子で付いてくる。


「な・・なんかごめんなさい?よくわからないけど、気使ってもらっちゃったんだね。」

 後ろから、何故か謝罪の言葉をかけてくるアユミを、カーティスは奇妙に思って振り向いた。

「・・っひ!」

そして目線があった途端、驚いて肩を竦めるアユミ。

 ・・そういえば、また眉間に皺を寄せていた。癖みたいなもので、特に意味はなかったのだが、一般人から見ればこの表情、とても怖いらしい。

アユミも例外ではなく、再び怖がらせてしまったようだ。

カーティスは溜息をつくと、なるべく柔らかい口調を心がけて、言った。

「涼しい所に行こう。アユミが案内してくれ。」


 その言葉に、アユミは少し考えを巡らせた後、

「じゃ、川原行こうか。あの辺りは木陰も多くて、涼しいし。それに、探してる木も見つかるかも!」

そう提案してくれた。

「そうか、それは助かるな。」

 こちらの本来の目的を意識してくれたアユミに、カーティスはお礼のつもりで少し微笑みを作る。

アユミはそれに、照れたように笑い返すと

「じゃ、行こうか。直ぐ近くなんだよ。」

歩き始めた。

 カーティスもその後に続く。アユミはアーケードを抜け、噴水のある大通りへ出ると右手に曲がった。

直ぐに、目の前に白い板状の柵で守られた堀が現れる。

柵の上から見下ろせば、眼下には緑の芝生に囲まれ悠々と流れる川があった。

なるほど。これだけ深い堀なら、川の引き起こす災害から建物や人を守れるだろう。

大した技術だと感心しながら、堀沿いに道を歩く。

アユミが下の川原に続く階段を見つけ、下り始めたので、カーティスもそれに続いた。


「ほらっ!ここなら木もいっぱいあるでしょ!」

 何故か得意気にアユミは片手を横に伸ばしてぐるりと回転して見せた。

「・・そうだな。俺は少し見て回るから、アユミはそこら辺で飯食ってろ。」

そう指示すると、アユミはにこやかに返事した。

「いや〜こんな場所でお昼って、なんか、小学校の遠足思い出すなあ♪」

そんなことを良いながら、木陰の下のベンチを探して座り込む。

アユミが買って来たハンバーガーとやらを頬張るのを確認して、カーティスは少しだけ、あくまでアユミを見失わない範囲のみを観察して回った。

 街中にも樹木は存在していたが、それらはどれも人工的に手入れの行き届いたものばかりだった。この川原に生えている木とは違う。

ここに生えているのはどれも野生のものばかり。蔦が絡まっているのもあれば、不恰好に曲がりくねっているものもある。

それら全てが、今の時間はこの川原に濃い影を作ってくれているので、確かにアユミの言うとおり、ここならばそれなりに涼しい。


 カーティスは視線を上げ、川の向こう岸を見遣る。こちらとは異なり、川の向こうは完全な森だった。

どうやら、この川が、この地域の街と自然の境目になっているようだった。


「向こうの森に行って見たい気もするな・・。」

 カーティスは呟いた。行って見たい気がするということは即ち、マナが共鳴しているのだ。

インフィニティの魔の力は、あの森のどこかに隠されているのかもしれない。

カーティスは向こう岸をもっとよく見ようと川に近づいた。

 なんとなくで自分の足の下に転がる丸く磨耗された小石を一つ拾い上げ、川面に投げ入れてみる。

――トポン

そう小さな音を立て、石は水の中に吸い込まれて消えた。

流れている水は少し濁っており、とても清潔とはいえないものだった。

投げ入れた石に驚いたのか、水面を跳ねた魚が、きらりとその尾を輝かせる。


「おっ。何やってんのー?」

 不意に明るい声をかけられ、振り返る。食事はもう終わったらしく、アユミが相変わらず楽しげな様子でカーティスの顔を覗き込んだ。

「私ね、これ結構得意なんだよ♪」

そう言って、アユミは足元に転がる小石の中から、平たいものを選び出し、カーティスの前に掲げて見せた。

「何のことだ?」

 意味が解らず眉根を寄せる。

するとアユミは「見てて♪」と言い、川面に向かって腕を水平に切り、小石を投げ放した。

ポッ・・ツン・・ツン

水面を三回跳ねると、小石は川に飲まれて消えた。


――これがどうしたというのだろうか・・。

 カーティスはやはり意味が解らず、アユミの顔に視線を戻す。

何故か彼女は、鼻息荒く得意げな表情をしていた。

「・・・。」

 アユミが何を言いたいのか解らないまま、カーティスは足元から平たい石を拾い上げると、川面に放った。

ポッ・・ツンツンツンツン

カーティスの放った石は、水面を五回跳ねるとそのまま川の中に沈んでいった。

「・・・!!」

 振り返ると、眉間に絶望的なまでに深い皺を作ったアユミの顔が見れた。

アユミは急いで別の小石を拾い上げると、川面に向かって投げた。

ポッ・・ツンツンツンツンツンツン

七回跳ねた。あまりの好成績に自分でも驚いたという様子でアユミは呆けていたが、カーティスが自分を振り返ったのを確認すると、得意気にニヤリと笑ってみせた。

「・・・。」

 無言で、カーティスは第二投を行った。そしてそれは、多分二十回は跳ねた。

「・・・はっ!?」

アユミが驚愕に顔を歪めたのがわかった。

カーティスの投げた石は川面を幾度も切り裂きながら、遂には向こう岸に落ちた。

「・・どうだ?」

アユミの言いたいことは結局わからなかったが、これで良かったのかと尋ね、振り返る。

 アユミはすっかり青ざめた顔をして、言った

「り・・カーティスさんの負けず嫌い!!」

 怒っているのか驚いているのかわからないが、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

アユミは戸惑うカーティスに背を向けしゃがみこむと、


「わーん!私の特技だったのにーー!」

そう嘆いた。

「なるほど。」

カーティスは納得した。アユミは自慢がしたかったのだ。

これは悪いことをしたな、と。エリオットに倣って頭を掻いた。

「投げ方は洗練されていると思うが、そもそも俺とアユミでは力の差があるんだ。仕方ないだろう。」

フォローのつもりで言ってみる。アユミは不機嫌そうに振り向くと言った。

「カーティスさんって何でもできちゃうんですね。苦手なものなんてどうせないんでしょ?」

――あえて言うならこの状況が苦手だ。とは流石に言えるわけもなく。


「そうだな。苦手なものがあったとしても決して人に見せないだろう。

 結果的に、エリオットを困らせることになってしまうからな。」

そう答えた。アユミはエリオットの名前が出たことが意外でもあるかのように、表情を変えて立ち上がった。

「エリオットさんが、どう困るの?」

興味が湧いたらしく、尋ねてくる。カーティスは川面に目線を移して、答えた。

「国王陛下がエリオットに魔王討伐を任せられたのは、俺が旅の供をするからだ。

 平凡な生活をしていたエリオットがその討伐に踏み切ったのは、俺がエリオットの不足を全て補うと約束したからだ。

 エリオットは俺の力を信じて、勇者になったんだ。」

そう言い終えたカーティスの視線の先で、再び魚が一匹跳ね、輝く雫を辺りに散らして消えた。

「・・期待されてるんだ?」

「そういうことだな。」

アユミの言葉に頷いて返す。

 国の責任、王妃の我侭。エリオットをその全てに耐えさせるための任務を、カーティスは担っていた。

エリオットはカーティスを頼りにしている。カーティスなら全ての問題を解決できると信じている。そう、カーティスが仕向けたのだ。

「だから、俺には苦手なものなどない。あったら困る。」

その言葉で、説明を締める。アユミは納得したのか、もう不機嫌な顔に戻ることはなかった。


「大変だね。」

 同情されているのか、そんなことを言ってきたので、カーティスは鼻で笑ってしまう。

「出来るからやっているだけだ。俺にとって、これくらい何の問題もない。」

微妙な表情を返すアユミに、肩を竦めて見せると、カーティスはアユミに森を見るよう促した。


「とりあえず、あの森が気になる。案内してくれ。」

アユミは表情を崩さないまま、探るようにカーティスの瞳を覗き込んだ後。

「わかった。」

そう一言、頷いて答えた。


 向こう岸に渡るためには、一旦上の道路に戻らなくてはいけないらしい。

アユミは降りた時と同じ階段を上り、涼しい芝生の地面から、灼熱のアスファルトの地面へ向かった。

「あー。やっぱりこっちは暑いなあ。」

手で顔を扇ぎながら、その場に立ち尽くす。

アユミの後に付いて階段を上ってきたカーティスは、不思議そうに眉を潜めた。

「・・しかしアユミは汗を掻かないな。体質か?」

そう尋ねてみる。

「そういえば・・そうだね。」

 今更気づいたように、アユミは自分の身体を見回す仕草をした。

「昔から、暑さには強いんだよね。汗も掻きにくいから、ダイエットとか結構大変なんだー。」

溜息混じりに、彼女は彼女のの悩みを口にしたが・・

「・・そうか。それは大変だな。」

カーティスはそれに対する無関心さを露骨に表した口調で返答しただけだった。


「それじゃ、行こうか。ちょっと歩かないといけないけど。」

 アユミは遠くに掛かっている橋を指で指し示した。頷いて、カーティスが先に歩き始める。


――・・ん?

 一瞬、まさかの置いてきぼりを食らったアユミはきょとんとした。・・あれ?私が案内するんじゃなかったのか?

とはいえやはり、この高身長の男に後をつけられるよりかは、自分が後を追う方が気楽だと考え直す。

 アユミは慌ててカーティスを追いかけ、歩き始めた。



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