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「それで、今日の探索についてなのだが・・」
一悶着あった後、ようやく席に着いた面子を前に、カーティスが話し始めた。
・・一悶着。何故か泣いて周りを混乱させてしまった当人として深い反省の念を抱きながら、アユミはカーティスの話に耳を傾ける。
早速カーティスは二枚の葉っぱを取り出すと、それをテーブルの上に並べた。
二枚とも見覚えのある枯れ葉で、カーティスはアユミから見て右側の一枚を指差して言った。
「まず、エリオットが持ち帰ってきたこの葉っぱだ。敵が魔法を発動した場所から拾ってきた物らしい。」
「辺りにこの葉を茂らせる木が見当たらなかったし、それに、あまりにも綺麗な形のまま枯れているから、自然物にしては違和感を感じてね。」
敵に関わるものかもしれないと思って持ち帰ったのだと、エリオットが付け加えた。
「そして、もう一枚。こちらは以前からこの家のベランダに散らばっていた葉だ。」
今度は左側を指差して、カーティスが言う。
「あ。そういえば結構散らかってたね。」
今まで特に意識したことがなかったが、そういえばベランダの人工芝の上には枯れ葉が数枚落ちていた気がする。
・・というか、何故今まで気づかなかったのだろう。ベランダに葉が落ちてること自体、違和感があったのに。
アユミの住む家は三階で、付近にはこんな場所に葉を落とすほど背のある木はない筈だったのだ。
「不思議に思ってはいたのだが、今回の件で、確信することになった。
ベランダに落ちていた枯れ葉は全て、敵の仕業だ。」
「ええ!?」
思わず驚愕の声を上げるアユミ。エリオットが続けた。
「数えてみたんだけど、ベランダに落ちていた枯れ葉の数は十六枚。
これは敵がこの家に向けて魔法を放った回数と一致するんじゃないかと思うんだ。」
「私の転送魔法へ反術を唱えた時、ゲームディスクを封印した時、初日に連続して試みたと思われる移動魔法の回数を六回として、
その後今日まで八日間、一回ずつ試行したとする。・・これで十六回なわけですね。」
そう、ピアが指折り数えて見せると、エリオットは頷いた。
「さっきカーティスと話してて気づいたんだけど。
俺たちはインフィニティのことで見落としていたことがあった。彼女は俺たちと違う。魔物なんだ。
魔物は他の生物と決定的に違う成分を持つ。それは・・」
「魔の力・・ですね。」
一足先に理解できたのか、ピアが先の言葉を埋めた。
ピアが既に、自分たちの言いたいこと察したと気づいたのか、カーティスが僅かに笑うのが見えた。
「そういうことだ。彼女はこの世界で、完璧にその身を収められるパラレルワールドを見つけ切れなかった。
この世界の生き物には魔の力という概念がないからな。」
「だから、敵は自分の身体と、魔の力のそれぞれを別のパラレルワールドに分けたんじゃないかと思うんだ。」
そう言い、エリオットはテーブルの上の枯れ葉を一枚拾い上げた。
自然、アユミの視線もその枯れ葉に向かう。
エリオットの言葉にピアとカーティスが同時に頷いたのがわかった。
どうやら、話についていけないのは自分だけらしい。
「・・それで、その葉っぱと敵。どういう関係があるわけ?」
間抜けだとは解りつつも、そう聞くしかなかった。
「つまり、この葉の親木事態がインフィニティの魔の力が入り込んだパラレルワールドであり、
敵は今、魔の力を持たない普通の人間のパラレルワールドに入っているということです。」
説明してくれたのはピアだった。
「・・なるほど!だったら敵が私の知り合いに成りすましてるのも納得いくね。
おかしいと思ってたんだよ。だって、私魔法が使えるような知り合いいなかった筈だもん!」
パンと両手を叩いて、アユミは笑った。
そうか、敵は一応普通の人間としてこの世界にいるらしい。
でも、魔の力というものを持たない敵は一体どういう状態なのだろうか?
「軽い記憶喪失を起こしてる可能性がありますね。」
アユミの質問に、再びピアが答えた。
「魔の力はいわば敵の半神だ。そこには敵の命の記憶が刻み込まれている。
つまり、魔の力が司るのは、敵の向こうの世界での記憶全てだ。」
カーティスの言葉に、エリオットが補足をする。
「魔の力とは異なるもう一つ、インフィニティの魂と肉体、霊体の入ったパラレルワールドのほうの状態は、いわば、大賢者様。ポチと同じ筈だよ。
すっかりこの世界に馴染んだ一人の人間になってしまっている。
当然、敵が自分の魔の力との接触を行わなければ、敵は自我を失ってしまい、消滅に至ることになる。」
「・・しかしそれでも。我々からすれば羨ましい状態だな。これならを誤魔化すのも容易になる。上手くいけば、敵は半永久的にこの世界に存在できるぞ。」
「えぇー!じゃあ皆が不利じゃん!」
エリオットたちがこの家に来た翌朝、話していた内容を思い出した。
彼らは言っていた。敵も自分たちも、この世界に長居することができないという条件は同じだと。
しかし、今の話だと、敵にはこの危険がないことになる。圧倒的に不利だ。
「いえ。むしろこれは好都合です。」
ピアが言う。一人テンパるアユミを他所に、三人は至って冷静だった。
「どういうこと?」
尋ねるアユミに、エリオットが少し笑ってから答えた。
「アユミちゃん、考えてみてよ。
敵は自分の魔の力に触れなければ、ただのこの世界の住人だ。
そして魔の力のパラレルワールドを壊してしまえば、敵は消滅する。」
「魔の力の・・パラレルワールドを・・?」
呟き、アユミはエリオットの持つ枯れ葉に目をやる。
「何故かはわからないが。敵は魔の力を入れるのに、木のパラレルワールドを使った。
木は逃げられない。戦うこともできない。
だったら話は簡単だ。その木を見つけて始末すればいい。」
カーティスが言う。アユミはようやく意味がわかった。
そうか、この事態はむしろ有利。エリオットたちが直接敵と戦う必要がなくなったのだ。
「やったね!じゃあ早速明日!」
アユミが言うと、嬉々とした声でエリオットが続ける。
「俺がこの木を探して、切り倒す!」
「まぁ待て。」
しかしこのタイミングで、テンションの上がった二人に水を差すように、カーティスが割り込んできた。
カーティスは静かな視線をアユミとエリオットの両方に向けてから言った。
「手がかりはこの枯れ葉だけ。それだけで親木を探すのはエリオットには難しいだろう。
加えて、魔の力を我々が狙うことを、敵が予想していないわけがない。
敵との戦闘になる危険は充分にある。
今回の敵は魔王じゃないんだ。わざわざエリオットが危険な目に遭う必要はない。明日は俺が行こう。」
「ええ!!」
真っ先に悲鳴を上げたのはアユミで、
「な・・な・・・!」
戸惑いの声を上げたのはエリオットだった。
アユミからすれば、明日一日カーティスと一緒に行動しなくてはいけないという事態にビビってしまったから声を上げてしまったわけで。
エリオットからすれば、事態が思っていたよりも危険だったことや、自分がそんなに無力だったのかという事実に驚き戸惑ってしまったわけだ。
「私もそれが良いと思う。カーティスは、こういうの慣れてるから。」
目の前で慌てふためく二人を、少し面白そうに見つめながら、ピアがそう言った。
そりゃ、その通りだと思う。アユミにはこれを否定する理由はないし、エリオットに至っても意見は同じようだった。
「よろしく頼みます。」
しょんぼりとした口調のエリオットの後
「私も・・よろしく頼みます。」
何故かアユミも、そう続けてしまった。
揃って落ち込んでいる理由が理解できないのか、不思議そうに二人を見る、カーティスの目が印象的だった。
「―-・・というか、エリオット。気になっていたんだが。」
ふと、カーティスの目がエリオットに止まる。
片手を顎に当てると、眉根をひそめて、エリオットを睨んだ。
「え?何?」
突然話を振られて、エリオットはきょとんとカーティスを見つめ返す。
思い切り睨みつけられて、緊張してしまったのか、少し語尾が震えていた。
「お前・・耳に付いてるそれ・・なんだ?」
カーティスのその言葉に真っ先に反応したのはアユミだった。
「あー。忘れてた。そこの三角!」
カーティスの視線の先にあるのは、エリオットの左耳のピアスの前に被さった半透明の三角。触ったら色々解説してくれるアレである。
「ゴミか・・?ありえないよな?」
不思議そうにそう呟きながら、カーティスはそれに手を伸ばした。途端。
『ブブー♪エリオットは10マガ失った!』
・・・聞こえた。
今多分、ここにいる全員が聞こえた。
「・・・あ?」
最初に驚きを表したのは、触れた本人、カーティスだった。
こんな間抜けな顔をする彼を見るのは初めてかもしれない。今日は初めてなことが多いな、なんて感心してみたり。
「・・これ、エリオットが起こした因果律の歪みですか?」
「流石ピアちゃん。勘がいいね。」
真っ先に事態を理解したピアを、アユミは心から褒め称えた。
「なんで・・三角形なんだろうね。」
気まずそうに、頭をくしゃくしゃ掻きながら、エリオットは笑った。
そしてその理由は、やはり誰にもわからないようだった。