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■■第二章■■

――伊藤のお姉さん。遅いな。

アユミは不安な気持ちで薄暗い天井を見上げた。

 雄たけびを上げてしまったアユミが連れ込まれたのは、先ほどまでいた母の部屋。

TVの明かりはいつの間にか消えており、本来だったら西日を取り込める筈の窓も、例の怖い兄ちゃんがカーテン閉めてからは役に立ってない。

先程アユミはあんなに大きな悲鳴を上げたのに、誰一人助けに来る人はいないようだ。

最近、世の中は他人に無関心になっているという事実をこんな形で実感することになるとは思わなかった。とても静かで、外の通りを走る車の音や、壁がけの時計の音なんかまで、はっきりと聞こえる。


――時間・・今何時だろう。

 アユミは壁に追い詰められた体勢になっていた。目の前には例の三人。

口の中がとても乾いて、暑い以外の理由で噴出す汗がとめどなく流れた。

アユミは時間を確認したいと思った。自分のもたれかかってるこの壁の上にかけてある時計、首を回せば直ぐに見える筈の時計が見たい。

伊藤のお姉さんが来たのが十八時くらい。買い物を近くのスーパーで済ませるのなら、往復で十五分もかからない筈。

きっともう直ぐ帰ってくる筈だ。きっと。


・・・ゴク。

アユミはろくに湧いてない唾液を嚥下した。時計を確認したかった。例え気休めでも。

しかし、目の前に突きつけられたナイフが恐ろしくて動けない。


 思い返せば先ほど廊下で雄たけびを上げた直後のことだ。

『うわわ!ちょっと!大声出さないで!静かにして!』

困ったように、アユミをなだめようとする鎧の少年と違って、

今目の前でナイフをつきつけているこの男の態度は酷かった。アユミは叫んだ瞬間、首根っこをつかまれ、この部屋に投げ出された。

尻餅をつき、わけもわからず言葉を失っていると、勝手に部屋のカーテンは閉められ、ナイフはつきつけられ、今に至る。


「死にたくなかったら、黙ることだ。」

 地に響くような声。

獣のような鋭い目に睨まれ、アユミはわけもわからず頷くことしかできなかった。

「・・っちょ!ダメだよ、カーティス・・!」

この怖い兄ちゃんの行動に、流石に危機感を感じたのか、例の鎧少年がアユミの前に割り込んできた。

「ごめんね。怪我はない?本当は手荒なことをするつもりはなかったんだけど・・」

そう言い、申し訳なさそうにアユミに向かう少年を、怖い兄ちゃんはつまらなそうに見つめて、言う。

「・・ふん。言葉で言っても伝わる状況じゃないだろ。それに、おかげでそいつも黙ったじゃないか。」

 つきつけられていたナイフからようやく開放され、アユミは力が抜けて背で壁を滑った。

鎧の少年に支えられるような形でペタンっと、地面に座り込む。

ちょっと泣きたいような気もしたけども、それ以上に今目の前で起きているこの事態を飲み込みたかった。


 鎧の少年はアユミの肩に手を置いたまま、目の前にいる怖い兄ちゃんを睨みつけて言う。

「カーティス。わかってるとは思うけど、この世界はまだ異世界友好通行協定を結んでいない。俺たちの存在に驚かないほうがおかしい。

 ここは見たところ民家のようだし、彼女はここの住人だ。彼女には納得のいく説明をするべきだろう。」

アユミに対する柔らかい口調とは違う、冷たい命令口調。アユミは彼らの中に上下の関係があることに気づいた。


 カーティスと呼ばれた青年は、鎧少年のその言葉に、溜息を一つ。口調を若干和らげ、アユミに話しかけてくる。

「簡潔に言わせてもらうと、俺たちは異世界から来た人間なんだ。」

「はい?」

 なんの冗談かとアユミは思う。聞き間違いじゃなければ、今自分の隣にいる少年は聞いたこともない協定名を挙げた。

・・異世界友好通行協定。冗談にしてはやたら本格的な言葉を作ったものだ。

「見た感じ、この世界は異世界との共存を理解できるほど発展していないようだな。この状態で理解させるのは無理があるんじゃないか?」

ぽかんとしていたアユミの顔を見て、何かを悟ったのだろう。カーティスは諦め半ばな口調でそう呟いた。


 うーむ。なんだかバカにされているみたいでショックだ。

大体、格好だけ見たらそっちの方が未発展に見えるんだぞ。何百年前のファッションセンスだと思ってるんだ君たち。

・・・なんて、言ってやれたらいいのだけども、アユミにそこまでの度胸はなかった。


「うーん。困ったなぁ。ピアちゃん、ここは女の子同士で話し合うとか、無理?」

鎧少年が助け舟を求めてる。

「・・無理。」

しかしピアはあくまでも無表情に、そう答えただけだった。


「ピア・・?」

アユミはふと、何か思い出せそうな気がした。先程から感じていたのだが、アユミはピアという名前を知っている気がしていたのだ。

というか、彼ら自体、どこかで見たことがあるような気がする。


「あれ?どうかした?」

 突然顔を伏せ、ブツブツ呟き始めたアユミの様子に気づいたのか、鎧少年が声を掛けてきた。

「あの・・あなたの名前、聞いてもいいですか?」

恐る恐る、アユミは尋ねる。途端、鎧少年はパアっと咲いた花のような笑顔で答えた。

「俺?俺はね、エリオット!」

「・・・!!」

頭の中でカチリと音が聞こえたような気がした。アユミの中に穴を開けていた疑問を今、この少年が答えで埋めてくれたのだ。


「ああああああ!!あんたたちって!!」

思わず立ち上がって彼らを見渡す。こんなことがある筈ないと考える現実主義な自分はどこかに消えてしまっていた。

「ゲームね!ゲームの中から出てきたのね!」

間違いない。そういえば、私は先程まで彼らとよく似た姿を見ていたではないか。

彼らはゲーム『SYNAPSE FANTASIA』のキャラクターに間違いなかった。


「・・え?」

 唐突に変貌した目の前の少女の様子に、今度はエリオットたちが固まる番だった。

「どういうことなんだ?」

カーティスがピアを振り返って尋ねる。

「よくわからないけど・・・彼女はどこかで我々の存在を知っていたようね。」

ピアのその返答に、カーティスは納得し、頷いた。

「・・そうか。彼女はなんらかの形で我々と繋がっていた。転送先がこんな民家の中に設定されてしまったのも、必然だったんだな。」

カーティスのその言葉に、エリオットも納得し、再び笑顔で目の前の少女に話しかけてみる。


「じゃあ、話は早いね。そうなんだ、俺たちは君の知ってるもう一つの世界・・」

「ゲームの世界ね!」

「う・・うん。その世界から来たの!わかってもらえた?」

その事実に、少女の興奮はとまらいようだった。

「凄い!こんなことってあるんだ!!あなたたちの世界ってあれでしょ!?剣とか、魔法とかで物語が進んでいくような・・・」

「ええと・・まぁそうだね。剣士も魔法使いも普通にいるような場所だよ。」

「わーっすっごい!なんかの漫画みたい!すっごーーい!」


 すっかり納得言ったのか、先ほどまでの緊張が嘘のように本来の調子を取り戻している目の前の少女の姿に、エリオットは少し混乱した。

「・・・・あの・・それでね?」

一応話しかけてみるが、意味がないような気がする。相手が上の空なのだ。

「すっごーーい」

ほら、聞いてない。これは困ったぞ、と頭を掻く。


「・・・おい。一応俺らに対しては理解してくれたようだし。後の事は事後承諾でいいんじゃないか?」

と、ここでカーティスが助け舟を出してくれた。エリオットは内心ほっとして、この舟に乗ることにした。

「そ・・そうだな。なんか彼女もそれどころじゃないみたいだし。」

エリオットとピアはカーティスについて、部屋の扉に向かって行った。

彼らには役目があるのだ。僅かな時間でも惜しい。急がなければいけなかった。


「未発展国のわりに理解が早かったな。なんだろうなこの世界。そういう文化か?」

 部屋を出る瞬間、カーティスがぼそりと呟いた。

そう、あえて言うなら、この手の話の理解が早いのはオタクの文化といえよう。


「ま、便利でいいじゃない。」

気楽に構えるエリオットの後ろについて、ピアは部屋を出た。

部屋を出る瞬間、ちらりとこの家の住人である少女に目をやったのだが・・


「すっごーーい♪これって夢じゃないわよね??うーん・・」

・・やはり少女はまだ現実に戻ってきていないようだ。それを確認して、ピアは静かに扉を閉めた。

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