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黄金色に輝く太陽の下、グラウンドの砂までもが、黄金色に輝いてみえる。
先程までコート内を駆け回っていた部員たちは今、それぞれの持ち場につき、試合開始の合図を待っていた。
「行くぞー!」
竹平先生の声が響いて、一同はひそひそ囁き合うのをやめる。
――ピーー!!
空気を切り裂くような鋭いホイッスルの音。キックオフの主導権を握った大崎少年が、高くボールを蹴り上げた。
それを合図に、次々と駆け出す部員たち。その中に、エリオットの姿もあった。
「がんばれー!」
運動場の脇から、アユミは声援を送る。
エリオットはそれに軽く手をあげて応えてから、部員たちを追いかけるようにボールの転がる方へ走っていった。
多分、まだサッカーのルールというものを理解できていないのだと思う。
『お前、一度俺たちの試合に参加してみないか?』
ボールを拾い、アユミたちの元へ戻ってきた大崎少年は、エリオットにボールを渡すと、開口一番にそんなことを言った。
どうやら、先ほどのエリオットのシュートを見て、サッカー部顧問の竹平先生が提案してきたらしい。
『・・行ってきたら?』
ポチがいるため、ベンチから動くことのできないアユミは、エリオットにそう勧めてやる。
『で・・でも・・』
エリオットは、自分は本当はこんなことをしている場合じゃないのだと言わんばかりに、言葉端を濁らせた。
しかし、その口調とは対象的に、先程から「試合」という言葉に反応してエリオットの目は輝いている。
『いいじゃん。試合たって、ほんの十分くらいだっていうし。
それにエリオットさん、やってみたいんでしょ?』
そう指摘してやると、エリオットは驚いたように目を見開き、頬を僅かに染めると、
『う・・うん!』
肯定した。なので、アユミは笑ってエリオットを見送ってやる。
エリオットは大崎少年に引っ張られて、
・・多分ルールを説明されたのだと思うが、顧問の竹平先生と話しこんだ後、サッカー部の面子に紹介されていた。
話は上手くまとまったらしく、直ぐにエリオットを交えた練習試合が開始された。
「・・・大丈夫かなあ、エリオットさん。」
コートの中で戸惑いっぱなしの様子に、アユミは心配になる。
エリオットと大崎少年は今や敵対するチームだ。
同じチームの少年に指示されながら、エリオットはコート内を走り回っている。
まだ、ボールに触れる機会はないみたいだった。
「ねえ!何が起きてるの?」
不意に聞こえた女生徒の声に、アユミは振り返る。
ベンチの背後からアユミに話しかけてきたのは、ラケットを持った少女たち。
そういえばテニスコートは、サッカーコートと校舎の壁を挟んで隣り合わせに位置している。
部活動中に、こちらの騒ぎが目に入ったのだろう。
好奇心に瞳を輝かせながら、サッカーコートの方へ集まってきていた。
その数は十人・・いや、二十人。
――凄い人だかりだ・・。
アユミは気圧されながらも、最初の質問に答えてあげた。
自分の連れてきた少年が、大崎少年にサッカーを教わってるうちに、とんでもないシュートを決めてしまって、顧問の竹下先生に目をつけられてしまったのだと。
「へぇ!彼、かっこいいじゃない。名前は?」
黄金色に輝くコートの中を、砂煙を立ち上げながら走るサッカー部員たちの中に、普段見かけない美形の姿を見つけ、少女たちは色めき立っている。
「エリオット・・っていうんだよ。」
アユミが教えてやると、少女たちはにんまりと互いに顔を合わせて、
そしてサッカーコートに向き直ると、声を合わせて叫んだ。
『 キ ャ ーー !! エ リ オ ッ ト 様 ーー!!!』
げげ!?
アユミは驚いてベンチから背中を浮かせた。
そしてサッカーコートのエリオットも、突然の黄色い歓声に驚いたのか・・
「あ・・!」
こけた。今まさにパスされたボールを受け止めようとして、そしてそのままボールを踏んで滑った。
こけた瞬間は、ベチンと凄い音が聞こえたような気がする。
「きゃ!大丈夫かしら!!?」
戸惑いの声を上げる女子テニス部員の皆様。
しかしそんな心配をするまでもなく、エリオットは直ぐに立ち上がった。
またしても頬を真っ赤い染めているのだから、心情がわかりやすい。
一瞬ちらりとこちらの様子を確かめたエリオットの顔には、大変困ったと描かれていた。
「おい、大丈夫か?」とか、多分そういった内容を話しかけながら、エリオットの元へ同じチームの少年が駆け寄ってくる。
エリオットはそれに「大丈夫」と笑って応えていた。
試合はその間も続いているので、エリオットたちも急いでボールを追いかけ始める。
今、ボールは味方チームが敵の守るゴールへと運んでいるようだ。
不意に、エリオットと一緒に走っていた少年が、その傍を離れた。
―-あ れ・・?
アユミが疑問に思う間もなく、その少年は味方からボールを受け取ると
「エリオット!!」
叫んで、エリオットに向かってボールを蹴ってきた。
「・・・っ!!」
エリオットもパスの意味を汲み取り、左足を軸に思い切りボールを蹴りつける。
目指すのはエリオットの直線状に見える、ゴールネットだ。
――ギュン・・!!
「うわ!!」
サッカー部員の中から、幾つもの悲鳴が零れた。
まさに弾丸シュート。エリオットの蹴ったボールは、触れたら命はないと示さんばかりの勢いで、ネットを囲むゴールポストにぶち当たり、そして弾かれた。
「・・あーーー。」
味方チームから溜息が零れる。
敵のゴールキーパーもすっかり度肝を抜かれていたことだし、もう少し角度がズレていれば、間違いなく見事なゴールを決めていただろう。
エリオットも、自分のシュートが外れたことを知り、がっくりと肩を落としている。
「ドンマイ!エリオットさん!」
アユミはそう叫んだのだが、それは背後からの黄色い声に掻き消されてしまう。
『キャーー!!エリオット様、カッコいい!!すてきぃ!』
今やちょっとしたファンクラブ状態になっている、女子テニス部員の皆様だ。
――まあ、確かにカッコいいもんねぇ。
こんな風に離れて、エリオットを見たことはなかったかもしれない。
アユミはここにきて改めて、彼の見た目の良さに気づいた。
サッカー部の男子諸君には大変申し訳ないが、エリオットと比べたら彼らは月とスッポンだろう。
普段から無邪気な姿ばかり見てるから、気づきにくかったが、彼は男性としても充分な魅力を持つ人だった。
整った顔立ちに、精悍な目つき。引き締まった四肢に、長い足。
どこはかとなく漂う、普通の人とは異なる雰囲気に、年頃の少女たちが、皆して彼に夢中になるのも理解できる。
「・・鎧さえなければ。普通に、イケてるもんね。」
誰にも聞こえないように、アユミはそう呟いた。
そう、アユミは試合開始からずっと気になっていた。
他の部員たちは全て、番号つきのユニフォームに袖を通し、下は体操服の半ズボン。
一人暑苦しい鎧姿で駆け回るエリオットは、変だ。何故竹平先生は、あのまま試合に出してしまったのだろう。
普通、ユニフォームくらい着せるだろう。そうじゃないと敵味方の区別がつかず不便だと思うのに。
――・・これもピアちゃんの魔法の影響かな?
そう予測しておくことにする。
どうせユニフォームを渡されたところで、鎧が脱げないエリオットに袖が通せるわけがないのだから。
「それにしても、面白い光景だわ。」
溜息混じりに呟く。
これは、自分だけしか見えないというのがもったいないくらい、珍しい光景だと思う。
サッカー部員もエリオットも、皆真面目に青春しているのはわかるのだが、やはり鎧姿の人間が違和感を放つ姿は、結構笑える。
絶対、本人を前には言えないが、アユミはこの試合を、既にギャグだと捉えていた。
ふと、そんな笑える光景の中で、一際真剣に汗を飛ばしている大崎少年に目をやる。
ゴールポストに弾かれたボールをいち早く拾ったのは彼だった。
今まさに、エリオットのチームの守るゴールを目指し、突進している。
襲い掛かる敵の部員は、誰一人彼に敵いやしない。見事なドリブルさばきで、大崎少年は次々と敵を避けた。
「やっぱり上手いな・・」と息を呑む。
今日の大崎少年はいつも以上に表情が険しく見えた。
その理由も大体予想がつく。彼は試合を神聖視していた。だから、この無駄に黄色い声が飛び交う状況に苛ついているのだろう。
・・・もしくは、エリオットにばかりファンがついて、嫉妬しているのか?
今も、背後の少女隊はボールを華麗に運ぶ大崎よりも、エリオットの様子に夢中だ。
中には大崎に野次を飛ばす人もいる。
「負けるなーー!オザキっち!!」
思わず、アユミは叫んでいた。
次の瞬間、大崎少年の目が僅かに見開かれ、そして・・笑ったように見えた。
「ゴォオオオーール!!」
ゴールネットに突き刺さったボール。顧問の竹平先生の声がグラウンドに響き渡った。
これで一点先取。大崎少年は右手を挙げ、チームの部員たちからのハイタッチを受ける。
「ふえー。やっぱり適わないよなあ。」
アユミはベンチの上で、いつのまにか肩に入っていた力を抜く。
「ちょっとぉ!あんたエリオットの友達なんでしょ?なんで大崎なんか応援するのさ!」
背後からブーイングが聞こえたので、振り向いて笑ってやった。
どうやら、アユミはエリオットの友人だったというだけで、既に彼女らのファンクラブの同士と認識されていたようだ。
「でも、オザキっちも友達だからねぇ。」
そう言ってやる。
エリオットファンクラブ一同は、納得いかない一瞥を向けた後、直ぐにその視線をサッカーコートに戻した。
エリオットがボールを蹴り、走っている。
「キャアアア!!」
一気に彼女らのテンションに火がつく。
エリオットは不器用ながらも、その力強さを生かして、見事に敵の攻撃を避けている。
最初コートの上で戸惑っていた彼からは想像がつかない。ずっと、上手くなってる。
背後の少女たちがアユミの言いたい言葉を全部先に口にしてしまうので、アユミは一言も、エリオットに声援を送れなかったが。
その瞬間、誰よりも感激していた自信がある。
そうはさせるか!と、エリオットの進む道を遮る者がいた。サッカー部のエース、大崎少年だ。
彼はつま先でエリオットのボールを捕らえる。
「・・っ!!」
エリオットは咄嗟に、ボールを奪われまいと、足を止め、足裏でボールを強く地面に押し付けた。
その様子に、大崎少年は、一旦足を引く。一瞬気を緩めたエリオットの隙をついて、大崎少年は先程は反対側の足を使って、エリオットのボールを蹴り飛ばした。
「・・・あ!」
小さく叫ぶエリオット。今目の前で何が起きたのか、理解できていない様子だ。
大崎少年はエリオットに得意げな笑みを向けると、自ら蹴り飛ばしたボールを拾い、エリオットが向かっていたのとは反対側のゴールへ、二点目を入れるために走っていった。
我に返ったエリオットが急いでその後を追う。
大崎少年の行く手を遮れる部員は、やはりいなかった。このままでは再びゴールを決められてしまう。
「もう駄目か・・」
アユミはその光景から目を離せず、呟いた。もう誰のガードも間に合わない。
大崎少年はシュートを放った。そしてその次の瞬間、
「・・え!?」
まさに俊足、宙に舞った大崎少年のボールに向かって飛び上がり、蹴り返す影があった。エリオットだ。
とんでもない速さ、とんでもない跳躍力に、一瞬、その場にいた全ての人が動くことを忘れた。
唯一エリオットだけが、自らの蹴り奪ったボールを受け、敵のゴールへ向かって走っている。
我に返った部員たちが一人、また一人とエリオットを追うが、時既に遅く、もう誰も、彼との距離を詰められない。
「エリオット!シュートだ!!」
エリオットの随分後ろで、先程までエリオットに付いていた少年が叫んだ。
ゴールネットは今やエリオットの目の前にある。先程とは違う、今なら絶対にシュートが決まる。
「・・・っ!」
一瞬、エリオットの瞳がアユミを捉えた。反射的に、ベンチから立ち上がる。
「いけーー!!エリオットさん!!」
周りの歓声に負けないよう、そう叫んだ。
そしてエリオットはそれを切っ掛けに動いた。次の瞬間、ゴールネットに向けて、シュートを放った。
――届け!
アユミは息を呑み、空を切り進むボールを見つめる。
ボールはキーパーの伸ばした右手に掠められ・・そして
「決まったあああ!!」
一呼吸後、チームの仲間たちから次々と歓声があがった。
深々とネットに突き刺さったボールは、今なお、そこから落ちる気配がない。
その様はまさに、エリオットの蹴りの威力の全てを物語るようであった。
「・・くそっ!」
黄金に輝いて見える砂の上に膝をつき、うなだれる大崎少年の姿が見えた。
同時に、竹平先生のホイッスルが鳴り、その試合が終了したことが告げられた。