29p
■■第十五章■■
十二時三十二分。街中まで来ていたトウヤは、自分の本名を呼ぶ声に振り返った。
人ごみを避けながら、自分の下へ駆けてくるギャル三人組が見える。
これが昨日あった女子高生と同一人物なのかと、トウヤは目を見張った。
女は化けるというが、目の前の少女らの変貌ぶりには一種の恐ろしさを感じずにはいられない。
「アヤちゃんに、カオルちゃんに、ミチコちゃんだよね?」
思わず指差しながら確認をとってしまう。
「そーですよぉ♪」
腰まで届くロングヘアの少女、アヤが気の抜けた声を返した。
見違えたよ。とトウヤが笑うと、三人はキャーキャー騒いで喜んだ。
昨日会ったときよりも、化粧が濃くなってるだけではなく、露出度の高い服を着こなしているものだから、見た目だけならもう、高校生には見えない。
髪型も随分気合が入ってるように見える。
腰まで届くアヤのロングヘアには手入れの行き届いた光沢が見えるし、カオルは明るい茶色の髪を頭の上でお団子に結っていて、大人びた顔立ちに見える。
比べてミチコは童顔だが、その可愛らしさを生かすように、黒染めの髪に乙女らしい縦巻きカールをあてて、首元から両肩へ垂らしている。
「トウヤさんに会えるっていうから、気合入れてきちゃったもんね!」
「ね!ミチコのスカート可愛いでしょ?ミチコったら、普段ミニなんて履かないくせに、頑張ってるんだから!」
「もう!二人が無理矢理着せたんじゃない!」
アヤにちゃかされ、ほんのりと顔を赤らめるミチコの様子に、トウヤは内心溜息をついた。
気が重いが、彼女らを呼び出したのは間違いなくトウヤだ。三人を促して、早速近くのファーストフードに入る。
時間がお昼時なので、三人には好きなメニューを選んでもらい、席に着く。
今日は一応女性をエスコートする立場として、コウノスケからナンパ用と見立ててもらったシャツを着てきた。下は着慣れたダメージジーンズ。
帽子は被ってないので、道を歩けば結構な視線を浴びることになる。もう少女Iの指令は関係ないのだから、気にすることはないのだ。
「本当、かっこいいですよねー。さっきから皆見てる気がする!」
カオルの言葉に、トウヤは苦笑いで返した。
「今日はね、三人に聞きたいことがあって呼んだんだ。こんな店で申し訳ないけど・・」
「いえいえ♪うちらこういう場所のほうが落ち着くんで!」
アヤが言うと、他の二人も「ねー♪」と同調した。
「・・で、聞きたいことってナンですか?」
ミチコに促されて、トウヤは話し始めることにする。
「突然だけど、君らと同じ学年に、石川亜由美っていう女の子がいると思うんだ。
俺今、ある人からその子について調べるよう言われていて、情報を集めてるんだけど・・
三人も何か知ってることがあったら、教えてくれないかな?」
わざと声のトーンを落として、三人の顔を覗き込む。
「調べてるって・・探偵かなんかなんですか?」
きょとんとした顔で聞いてくるカオルに、トウヤは真顔で頷いた。
「詳しくいえば、探偵の助手なんだ。バイトだから上のほうの詳しい事情は知らないんだけど、
とにかく、石川亜由美について調べるよう言われている。」
堂々と、嘘を吐く。
目の前の少女は、刺激に飢えていることが見た目にも明らかな人種だ。
この程度の事件性で、喜んで食いついてくると判断した。
「ちょ・・っ!それってなんかすごくね?」
思わず素の口調がでたカオルを筆頭に、他の二人もざわめき始めたので、静かに!と真剣な口調でそれを制す。
「俺と会ったことは、三人とも他言してはいけないよ。これは極秘で進められてることなんだ。」
トウヤの嘘に、目の前の少女たちは面白いくらい真剣な顔で頷いた。
「・・石川亜由美ねぇ・・。知ってるような知らないような・・」
ぼそぼそとアヤが呟く。
「確か、今年の文化祭で喫茶店をしたクラスにいる筈なんだけど・・?」
トウヤが出したヒントに、ミチコが食いついた。
「あ!じゃあ三組だ!コスプレ喫茶でしょ?」
・・そういえばあの時対応してくれた学生はメイドのような格好をしていた気がする。
一緒にいた友人に連れられて入っただけだったし、店に入った後はつい、制服姿の少女Iの様子ばかり目で追っていたから、喫茶店の趣旨に気づいていなかった。
「そうそう、それだよ!」
とはいえ、ミチコの言葉に間違いはないだろうから、トウヤは笑顔で肯定する。
「三組に石川・・・いたかなあ?」
アヤの声に、カオルがふと思い出したように口を開いた。
「三組だったかどうかはわからないけど、石川亜由美ってコは知ってる!
確か、サッカー部の大崎が同じ中学って言ってたし・・」
「ああ!あのオタクの女?」
カオルの言葉にアヤが少し大きな声で反応する。
・・そういえば、少女Iのブログには漫画やゲームの記事が多かったな。しかも結構マニアックな内容。
「そう、そのオタク女!」
少女Iの私生活がちょっと見えたような気がして、トウヤは嬉しくなってしまった。
「私は話したことないけど・・ミチコは?
石川ってコが三組にいるんなら、あんた教室近くない?」
アヤに話をふられて、ミチコは、うーんと唸ってから思い出すように遠くを見つめた。
「多分話したことはあるんだけど、何を話したかも忘れたなぁ・・
余り目立たないタイプというか、そういう感じのコなんだと思う。」
・・ふむ。どうやらこの少女たちは石川亜由美とは殆ど縁がないらしい。
つまり、こういうタイプの少女と接触するようなコではないのだろう。
「じゃあ、石川亜由美と親しくしている・・その、クラスメイトなんかについての情報はないかな?」
少し話題を変えてみると、今度ははっきりとトウヤの目を見据えて、ミチコが答えた。
「ああ!それなら。木村弥生とか、あのあたりのオタク集団!」
自分の知ってる情報にようやく行き当たって、嬉しそうにミチコが言う。
「うあー・・あいつらの中にいるのか。」
対照的に、カオルがダルそうな声をあげた。
「ちょっとひくんだよね。ああいう集団って・・」
同じくダルそうに、アヤも言う。
「三人ともその人たちと話したことは・・?」
トウヤの問いに、三人は手を振って答えた。
「ないです。」
「キモイもん。」
「話合わないしねー。」
意見は一致していたようだった。
「・・そうか。」
トウヤは溜息をつく。もうこれ以上この少女たちから聞ける情報はないようだった。
「ああ!でも!」
トウヤに諦めの気持ちが生まれたのを感じ取ったのか、アヤが声を上げた。
「三組にダチはいますし。石川亜由美について聞いてみれば・・・後で必ず連絡しますんで!」
願ってもない申し出をしてくれたアヤに、カオルが囁いた。
「てか、そいつ今から呼べないの?」
「無理だよ、テツ、今日ずっとバイトだって言ってたもん。」
テツ・・というのがその友人の名前なのだろうか。
アヤの言葉に、「でも・・」とカオルはミチコのほうを見やった。
トウヤもつられてそちらを見ると、ミチコは俯いたまま、ジュースに刺さってるストローを噛んでいる。
まるで何かに耐えているかのようだ。
「・・ミチコちゃん?」
「ふ・・は・・はい!?」
心配してトウヤが声をかけると、ミチコは異様に驚いた声を出して顔を上げた。よくよく見ればその顔が赤い。
トウヤは察して、ため息を一つ。アヤに提案した。
「じゃあ次に合う時、そのテツという人も呼んでもらえるかな。場所はここで・・大丈夫?」
アヤは硬くなっていた表情を少し和らげて、トウヤを見た。
「オッケーです!二人も一緒でいいですか?」
アヤの言葉に、トウヤは笑って頷いた。呆けるミチコの背中を、カオルがぽんぽんと叩いているのが見えた。
トウヤが促して、少女たちは店を出る。
「ごちそうさまでした♪また後からメールしますね♪」
アヤのその言葉と共に、少女たちは手を振りながら人ごみの中へ消えていった。
彼女たちはこれからまた、街中で遊ぶのだろうか。
「さて、俺も行くか。」
この後は、図書館で例の魔法陣について調べるつもりでいた。
少し伸びをして、トウヤも少女たちは反対方向の人ごみのなかに紛れていく。
一瞬、道行く高校生カップルの男の方に睨まれた気がしたが、特に珍しいことではないので気にしなかった。