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2p

 伊藤のお姉さんは栗色の髪の可愛いらしいボブっこだ。

フェミニンな衣装をこよなく愛し、今日も薄桃色のワンピースが可愛い。

アユミの母の話では、彼女ももう直ぐ三十路なのだというが、全然そんな風には見えない。下手すればまだ十代で通るかもしれない。

「おじゃましまーす!今日はシュークリーム買ってきたよぉ♪」

そんな可愛いお姉さん、毎回アユミの家に来るときは飛び切りの笑顔でお菓子を買ってきてくれる。もう、今のアユミにとって、彼女は天使様だった。

「やったー!ありがと・・・おぉ!?」

嬉々として玄関から身を乗り出して、伊藤のお姉さんを招きいれようとしてアユミはそこでいきなり眩暈に襲われた。

アユミの視界はまるでコマ撮りになったみたいに一瞬ばらつき、上と下の感覚が逆転した。

「・・っきゃ!アユミちゃん!?」

伊藤のお姉さんが驚くのも無理はない、元気に自分に向かって駆けてきていた女の子が唐突に倒れたのだから。


 アユミは伊藤のお姉さんに支えられて、なんとかリビングのソファに横になった。

「貧血かなぁ?ご飯ちゃんと食べてた?」

心配そうに伊藤のお姉さんに覗き込まれ、アユミは照れ笑いした。

「食べてる、筈なんだけどなぁ。」

そう言うと、伊藤のお姉さんは逡巡する間を空けた後、言った。

「よし、じゃあ今日は私がお夕食作ってあげよう。」

「・・え!?そんな、悪いですよぅ!」

慌てて上半身を起こすアユミを手で制し、

「ゆっくり寝てなさいよ。私ちょっと買い物行ってくるね。」

伊藤のお姉さんはそう言い残し、出て行った。

「あー・・」

アユミはその後姿を目で追う。

「優しいなぁ。伊藤のお姉さん。」

貧血ではないと思う。ただの立ちくらみだ。でもあんなに強い立ちくらみは今まで経験したことなかった。

「身体だけは丈夫な筈だったんだけどなぁ。」

ゆっくりと身体を起こし、もうふらつかないか確認する。

なんだったんだろうな、さっきの。

 ソファから立ち上がり、台所の奥にあるガラス戸越しにこちらの様子を伺う白い犬の姿を確認する。アユミの家で飼っている中型犬の雑種。ポチだ。

ペットOKのアパートなので、アユミの家ではベランダに犬小屋を設置している。

と、いうのも、最初は当然ポチも室内で飼っていたのだが、年を重ねるに連れ、ベランダに愛着が湧いてきたのか、そこに居座るようになってしまった。

よって、特別危険でない限り、ポチはベランダでゆっくり過ごしてもらってる。

 ちなみに、ポチの名前は母がつけた。アユミの家はゲームに限らず、名前のつけ方が適当だ。

しかし、そこに愛がないわけではない。むしろありすぎるくらいだ。

「ポチー♪私のこと心配してくれたのー??」

アユミの声と顔が一気にゆるくなる。完全なる親バカがここにいた。

「くぅーん♪」

そしてそれに応える愛らしい空色の両眼。

ポチはその愛らしい表情を崩さず、その前足で自分の餌箱をアユミの前にズイと押し出した。

「そうかー♪ご飯の時間だったねー♪」

親バカなこの少女は見た目にあわないクールな行動を取るこの犬に何の疑問も持たず、買い置きの犬用の缶詰を取り出した。

「じゃあお手〜♪」

親バカは、親バカ故に一つしか教え切れなかった芸をさせる。ポチは現在四歳。その犬生の大半をこの芸に捧げていた。もう、お手のプロという自覚を、彼は持っていた。

ポチの表情は急に凛々しく変わる。お座りの体勢ながらに、背筋をピンと伸ばし、ポチは優美に、しなやかに、そのピンク色の肉球をアユミの手の先に乗せた。

「よしっ!」

アユミの掛け声と共にポチは目の前に置かれた餌箱の中身に食らい付く。もう、既に目は野生だ。

先程まで縫い包みのようにつぶらだった青い瞳が、ちょっと血走ってて怖い。

 でも気にしない。アユミはそういうのは見ないふりをすることに決めているのだ。


――がちゃ・・

 ふと、アユミは耳を澄ました。

廊下のほうから物音が聞こえる。伊藤のお姉さんがもう帰ってきたのだろうか。

「早いな・・」

アユミはガラス戸を閉め、廊下に接した扉に向かって歩いていった。扉を開き、廊下に出る。

・・と。

「う・・あ!!」

まただ、再びアユミは激しい眩暈に襲われた。今度は倒れまいと足を踏ん張り、目を瞑る。

これは地震だ、とアユミは思った。貧血とか、普通の眩暈とは多分違う。まるで意識の根っこから揺さぶられる感じ。そして、それは一瞬で収まるのだ。


「なんなの・・?」

揺れが収まったのを感じて、アユミはゆっくりと目を開く。

「・・・え?」

固まってしまった。アユミの目の前に見知らぬ三人の若者がいたのだ。

 突然家の中に現れた、男が二人に女が一人というパーティ。

しかも、三人揃って、その外見が日本人離れどころか現実離れして見えた。

まず、服装がおかしい。中世時代のヨーロッパにはこういう服あったのかな。みたいな。

ざっと見たところ確実に三人のうち一人は鎧着てるようだし。これ何事?瞬き何度繰り返しても消えないから、夢じゃないんだよね?

てか、服装よりもおかしいのは髪の色かもしれない。


「・・転送完了。か。」

 アユミに最も近い位置にいた男が呟くのが聞こえた。真っ青と表現するに相応しい襟足長めのウルフカット。百八十cmは越してるだろう長身に、琥珀の瞳が鋭い。

着ている服は襟元にふっさりとしたファーが付いたダークグレーのジャケット。その境目から覗くやたらとひきしまった腹筋。

履いているボトムスはベルトやらポケットやらが入り組んでて、実用的なのかお洒落なのかわからないデザインをしている。

そしてそこに編み上げのブーツインされてる。つまり土足。でも多分、彼をそれを注意できる人はそういないと思う。この男は怖い。多分、殺気も出てる。

「ピア。状態はどうだ?」

その怖い兄ちゃんは、フリーズしっぱなしのアユミのことなど眼中にないようで、自分の後ろにいる、少女に尋ねた。

「転送後、異常はありません。転送状況は極めて良好です。」

「そうか。よくやったな。」

ピアと呼ばれた少女の言葉に、怖い兄ちゃんも表情を緩めた。

 大きな鍔がついた黒い三角帽子の下で、ビビットなピンク色のお下げを二つ結わえた少女は、アユミよりも少し背が低く、髪と同色の大きな瞳に長い睫。

整った顔立ちはまさに美少女といってよかった。着ているのはとてもシンプルな黒のローブに銀淵のある黒いブーツ。

小さな白い手には紅玉の連なった白銀の杖が握られている。

・・・魔女。というか魔法少女。

ピアと呼ばれた少女のルックスに、アユミが連想した単語はそれだった。というかそれしかない。魔女っ子だ。お母さん、リアル魔女っ子がいるよっ!


「・・・で」

 残る一人の男が口を開いて、アユミはそちらに目をやる。明るい赤茶色の髪を片手でボサボサとたてながら、

困ったように青い瞳を漂わせている。この男こそが先ほどから視界の端でちらちら気になってる。鎧の持ち主だ。

鉄製の光沢を湛える鎧は藍色で、彼の胸部から腰あたりを覆ってる。腰を覆う箇所の下から覗くのはゆったりとした白いズボン。

ブーツの色は鎧と同じ藍色で、やっぱりブーツイン。頭に紫紺色の鉢巻を巻いており、その尾は若干長く背中に垂れている。

そしてその背中に、ベルトを通して設置しているのは、もしかして剣?

鎧と同色の鞘に納まっていて、これが相当大きい。この姿で町を歩こうものなら、警察に捕まっても誰も文句は言えない。

「君は誰?」

 ついっと少年の目がアユミを捉えた。

呆然としながらも、冷静に彼らを分析するアユミだったが、

ここに来てようやく、アユミを意識してくれた輩が現れた。

どこか子犬を思わせる人懐っこい少年。

しかしどう見ても一番物騒ないでたちをしている少年。

彼はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。


「ていうか・・ここは・・どこなんですか?」

 超気まずそうに、はにかみながら聞いてきた少年の姿に、

アユミはようやく、我に帰るきっかけを得た。

――もうイヤダ。

アユミはしみじみと思った。

だから、思う存分叫ばせてもらうことにしよう。そうしよう。

「 い や あ あ あ あ!! 変 質 者 !!!」


 その日、静かな筈の住宅街に、アユミの絶叫が轟いた。

マジでちょっとだけ。壁がきしんだ。

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