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■■第十二章■■
「・・はぁ。」
低くなった日の差し込むリビングで、アユミは魔法陣の描かれた紙切れを片手に、溜息ばかりついていた。
「・・すいません。こちらの配慮が不足していて・・」
申し訳なさそうに、ピアが謝る。しかし別に彼女が悪いわけではないのだ。
あえていうならば、魔法の存在が一般化していない、この世界の常識が悪い。しかし当然、責められるものでもない。
「仕方ないよー。いつかはこうなってしまうんじゃないかって、予感がなかったわけではないし。」
・・でも、一体トウヤはこの魔法陣の何に怯えたというのだろうか。
アユミは手の上の紙切れをマジマジと見つめる。確かに見慣れない模様だが、何の変哲もないペンで何の変哲もない紙に描かれたものだ。
怯えるような要因はどこにも見当たらない。
「その魔法陣は、我々の世界のマナを探知するもの・・
対象を発見すれば、魔法陣に変化が起きます。
この世界のマナが我々の世界の魔法にどう反応するかはわかりかねますが、
例えば、魔法陣が光を放ったり、宙に浮かび上がったり・・」
「・・・なるほどね。」
ピアの説明に、アユミは納得の溜息をつく。それはトウヤも驚く筈である。
アユミは今、トウヤからの最後の報告を待っていた。
リビングにいるのは現在ピアとアユミだけで、男二人は現在母の部屋に引き篭もっている。
ピアは今日は朝からずっと、因果律の壁に向かって杖を振ったり、呪文を唱えたりと、何やら忙しそうに過ごしていた。どうやら、因果律の壁の修復を試みているらしい。
「トウヤさんも急用ができたとかで、明日には大学の寮に戻っちゃうらしいし・・結局、一度もトウヤさんに会えなかったなあ。」
ぼそりと呟く。できれば一度は会ってみたかったというのが本音だ。
勿論、敵の脅威が過ぎ去った後じゃないと、会うこともできないというのが現実なのだが・・
やはり、ネット上で出会ったとはいえ、トウヤはアユミにとって憧れの先輩だ。
いつからか、会って話すことを夢見ていた。
「きっと、良い人間なのでしょうね。」
ファイリングされた資料から目を離さず、ピアは言う。
トウヤのメールの文面や、人柄についてはピアにも話してある。
トウヤは信用できる、しっかりした大人なのだとピアたちも感じてくれていた。
「うん。きっとね。殆ど知らない人間のために、ここまでしてくれたんだもん。優しい人なんだよ。」
頬杖をついて、アユミの目は遠くを思った。彼は一体どんな人だったんだろう。
もう会うこともないのだろうか。こんなことがあった後でも、ブログにはコメントをくれるのだろうか。
――ピピピッ♪
その時テーブルの上の携帯が鳴って。途端アユミは我に返った。
その時受信したメールには、トウヤからの最後の報告文と数枚の写メが添付されていた。