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22p

■■■■

 これ以上は付き合えない。

それがトウヤの出した答えだった。

昨晩、電話でコウノスケと話して、トウヤは自分のこの冒険に幕を下ろすことに決めた。

勿論、原因は例の添付画像にある。

あれはもう、トウヤの手には余りすぎる代物だった。

どうみてもただのJPEGファイルでしかないその画像が、目の前で変化し、動いたのだ。

これには、流石のトウヤも、好奇心を通り越して恐怖を覚えた。

いくら好奇心に突き動かされていたとはいえ、トウヤはもう愚かな子供ではない。自分の身の引きどころくらい察することはできた。

相手はこれ以上関わってはいけない存在なのだと確信するしかなかった。


『まるで魔術みたいだな・・』

 電話口で、コウノスケがそう呟いた。

画像にあった模様を説明すると、コウノスケはその模様は魔法陣に違いないと言い出したのだ。


『俺見たことあるんだけど、なんかの悪魔を召還する魔法陣にそういう形のがあった筈だぞ。』

 何でそんなもの見たことあるのかと問うと、どうやら、コウノスケの以前の彼女がその手のものに興味がある娘だったらしく、

彼女の自宅に行った際、魔術書を一冊見せてもらったことがあるらしい。本当に、コウノスケの交友範囲は呆れるほどに広い。

 とにかく、トウヤとコウノスケは、そんなオカルト染みた相手と付き合い続けることは、危険すぎるだろうという意見で一致した。


『もうこれ以上は関わるなよ。向こうの頼みはさっさと断って、こっちに戻って来いって。』

コウノスケはそう言うが、一応明日も少女Iの指令に従うと約束をしている。

一度した約束を破ることは、トウヤの中の良識が許さなかった。だから、今日の観察で最後にしよう。

・・・少なくとも、建前上はそのほうが都合が良さそうに思える。


 トウヤは、その日の早朝に、少女Iに自分の気持ちの全てをメールした。今回の返事は、少し遅かった。


『FROM:アユミ

 SUBJECT:無題

 トウヤさんからのメールの内容を、一緒に暮らしているほかの三人にも伝えました。

 私も皆も反省しています。

 トウヤさんの気持ちも考えずあのような奇妙なものを持たせてしまったことを謝ります。すいませんでした。

 そして、トウヤさんの判断を尊重します。

 これ以上関わるべきでないというのは、きっと正解だと思います。

 少しの間でしたが、トウヤさんのおかげで私たちは探している相手の手がかりを得ることができました。

 後は、こちらの三人で力をあわせて頑張ってみます。

 トウヤさんは今日まで私たちに協力してくださるということで、本当に感謝しています。

 くれぐれも、気をつけて。今日もよろしくお願いします。』


・・・正直、トウヤの心は痛んだ。

折角自分を信頼してくれた女の子を裏切ることになったのだ。

しかしこれが正しい大人の判断なのだと自分に言い聞かせて、約束の時間には少し早いが家を出た。

少女Iはいつも、十三時頃を目安に観察を始めるよう指示を出していたが、今日は最終日だし、観察時間を奮発してやりたいと思ったのだった。

これが、一応トウヤなりのサービス精神だった。


 昨日と同じように、赤いキャップ帽を被って、自転車に跨る。

まだ辺りは涼しく、自転車はこぎやすく感じた。

今日の目的地は少女Iの家ではなく、母校の校舎だということなので、トウヤは高校時代通学路として使っていた脇道を使うことにする。

家を出て、西に少し進んだところにわりと大きい神社があるのだが、そこの境内を横切って真っ直ぐ行った方が、学校に近いのだ。

・・一度、鳥居を自転車に乗って潜るのは、罰当たりだと叱られたこともあるのだが、信心深いわけでないトウヤにとっては、どうでもいいことだった。


 境内を横切り、道路へと繋がる石段を、自転車に乗ったまま下っていく。

トウヤは昔から、この段差の感覚が、地味に好きだった。勢いよく通りに下りて、トウヤはペダルを踏みなおした。

緩い上り坂になっているこの通りを真っ直ぐ走れば、直の裏門に辿りり着くのだ。トウヤは加速をつけて、自転車をこぎ進めていった。

間もなく、坂の先に校舎の天辺が見えてきて、速度を落とし、自転車から降りる。

荒くなった息を抑えながら、ゆっくり歩いていくと、直ぐに裏門に辿りついた。


「・・・あれ?」

 視線の先の不思議な光景に、幾度か瞬きをしてみる。

まだ高校は夏休みの筈なのに、今日はやたらと運動場の人口密度が高い。

しかもそこににいる生徒たちは全て指定の黒のブレザーを来た少年少女たちだ。

今日はいつもグラウンドを陣取っている運動部諸君が見当たらない。


「なんかの準備でもしてるのかな・・?」

 今校庭に入るのはまずいかもしれない。トウヤは邪魔にならないように自転車を裏門の横に止めて、中の様子を伺った。

生徒たちは運動場の中央にブロックを積み上げて階段状の段差を作っているようだった。

色とりどりの風船を膨らませる人もいれば、互いの顔に絵の具で落書きしあう人もいる。

何事かと思って、視線を校舎の屋上に移動させたら、直ぐに原因はわかった。

屋上に、カメラが設置してある。

どうやら、この学校で、これから何かの撮影が行われるらしかった。

トウヤはちょうど近くを歩いていた女子生徒三人組を捕まえて、なんの撮影か尋ねてみた。

テンションが上がっていたらしい女子生徒らは、トウヤのルックスの効果もあってか、黄色い声混じりに答えてくれた。


「LIVEが今うちの学校の取材に来てるんだよ!来月号掲載予定なんだって!」

・・・へぇ。

口の中で呟き、視線を校庭に向ける。

LIVEというのは地元で発行されている若者向けの情報誌だ。

知名度はかなり高く、特に地元の高校生からの指示が高い。

というのも、LIVEのなかには地元の高校を特集するコーナーがあるのだ。

そこにはそれぞれの高校の生徒のはっちゃけた姿が映っていて、トウヤも高校時代は愛読していた。

普段他の高校の生徒との接点なんてなかったから、雑誌の中で出会える同世代の仲間の姿は新鮮だった。


「しかし・・よくこの学校が許したな。」

 少なくとも、トウヤが通っていた頃は真面目な進学校として売っていた筈である。

LIVEのように低俗な雑誌の取材なんて、断りそうな校風の筈だったのに・・。


「あれ?もしかしておにーさん、この学校の卒業生?」

 トウヤの独り言が聞かれたらしい。目の前の女子高生は嬉しそうに瞳を輝かせた。

「まぁね。」

トウヤが肯定すると、女子高生たちは火がついたように喋りだした。

どうやら、今年に入って、この学校の理事長が変わったらしい。今度の理事長は若い女性で、今回の取材は彼女が許可したものらしかった。

「理事長って、高校時代はLIVEのファンだったんだって!だから今日は特別。

 自由にカメラに写っていいっていうから、皆で夏休みなのに学校来ちゃった♪」

少女たちはそう言って笑う。

少し話を聞いてみれば、少女たちは今二年生で、三人とも同じクラスらしかった。

三人とも髪は染めているようだ。校則に触れない程度に髪は明るく、一人は腰まで届くロングヘアにゆるくパーマを当てている。

覚えたての薄化粧がまだ肌に馴染んでいないが、まあ、可愛いといえる容姿だろうが、トウヤが心惹かれるタイプではない。


「でもおにーさん。イケメンですねぇ!こんなカッコいい先輩いたなんて知らなかったなあ〜♪」

 一人の少女が鼻に掛かった声でそう言いだしてきた。

困ったことに、それがきっかけで、少女たちの話題はトウヤの望まない方向に進んでしまう。


「メアド交換しませんか?」

 その少女らの申し出を、最初は断ろうと思っていたのだが・・

少女らが少女Iと同じ、高校二年生だということを考えると、気が変わった。

「いいよ。」

にこりと笑って携帯を差し出してやる。

少女らはきゃいきゃい騒ぎながら、トウヤとのメアド交換を終えると、

撮影が始まるからと運動場の仲間のもとへ戻っていった。


「・・さて。」

 ここからだと運動場に集まる生徒の山しか見えない。

観察するには不便だと感じたトウヤは、裏門からの進入は諦めて、正門へ回り込むことにした。


 再び自転車をこぎ、坂道を登っていく。

上り坂が下りに変わったころ、目の前に正門が見えた。

トウヤは昨日と同じく自転車を駐輪場の片隅に止め、近くにあった自動販売機からきんきんに冷えたスポーツドリンクを購入して、一気に飲み干した。

ふぅと一息ついて、トウヤは校庭の様子を確認する。

運動場には先ほどから集まってる生徒の山。

一人の教師が朝礼台に乗って、生徒たちに向かってなにやら怒鳴り散らしている。

トウヤはその様子を次々と携帯のカメラに収めていった。

 そしてカメラを自分が今居る駐車場に向けた時、トウヤは携帯の画面に映る景色のなかに、学校に不釣合いなほど巨大なバイクを見つけた。


「・・・あれ?」

 思わず視線の先にあった携帯を捌けて、肉眼で確認する。

暑い日ざしを鈍く反射させるダークレッドのボディ。おそらく三百キログラムは越えるであろう巨体。

見間違えようがない、一昨日コンビニで見かけたあのバイクだ。

・・彼女が、この学校に来てるのだろうか?

思わず辺りを見回してしまう。しかし、当然どこを見てもこのバイクの持ち主の姿なんて見えない。

誰も見ていないのを確認してから、トウヤは恐る恐るバイクに近づいてみた。

近くで見れば凄い迫力。とてもあの小柄な女性が乗り回していたものとは思えない。


「ハーレーダビットソン・・か。高いんだろうな、これ。」

車体についていたロゴを読み上げてみる。黒い座席の上に落ちていた枯葉があまりにも不釣合いだったので、払い落としてやった。

これはトウヤには一生縁のないような、高価な代物らしい。

 バイクから視線を外して、校舎の屋上に陣取っている撮影陣営に目を向ける。太陽が眩しくて少し目を細めた。

あれも写真に撮っておくべきだろうな。トウヤはそう思って、携帯を構えた。パシャリと音を立てて、撮影が終了する。

豆粒のような人間が数名移っただけの写真だが、これが少女Iの役に立てばいいと思う。


 トウヤはその後しばらく撮影と観察を続け、撮影陣営が解散すると同時に、学校を出た。

今日は登校している生徒が多すぎる。あまり長居してるとどうしても人目を引くことになるだろう。

トウヤは学校と少女Iの家の間にあるコンビニを見つけて、そこで涼をとると共に、下校していく生徒たちの様子を観察した。


『LIVEの取材が来てたんですか?

 いいなぁ・・私も行きたかったなあ・・』

 今回のトウヤからの報告メールに対しては、少女Iは珍しく歳相応の反応をした。

『俺の在校中も取材の話はあったんだけど、その当時は学校側が断ったらしいからね。今の生徒が羨ましいよ。』

トウヤも等身大の返事をしてみる。指令に関係のないやりとりをするのはこれが初めてかもしれなかった。

 少女Iからの返信は直ぐに来た。

『そうですね。掲載は来月号なんですよね?絶対買わなくっちゃ!』

トウヤは再び心が痛むのを感じた。今現在監禁されてる少女は、いつになったら自由になれるのだろうか。


――来月までに問題が解決できたらいいね。なんて・・

当然、そんな無責任なこと本人に言えるわけはない。トウヤは今日かぎりで彼女の手助けをやめるのだ。


『アユミさんのことは本当に心配しています。

 俺はこれ以上手伝うことはできないと言ったけれど、アユミさんが警察に相談するというのなら話は別です。

 一緒にいる人たちは本当に安全な人たちですか?

 少しでも疑惑があるのなら、言ってください。俺は協力しますよ。』


 そのメールに対しての少女Iの返事は実に簡潔だった。


『ありがとうございます。相談は不要です。私は皆を信じてます。』

溜息をついて、トウヤは携帯をたたんだ。


 これが最後の仕事になるのだ。

コンビニから出て再び自転車に乗ると、いつもどおり少女Iの家の外観を撮影するために、走り出した。

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