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17p

■■第九章■■

――そろそろ時間か。

 トウヤは、壁に掛かった時計を確認した。

二十時十一分。窓の外から響いてくる虫の音にあわせて、時計の針はチクタクとリズムを刻む。それ以外は、静かな夜。

トウヤは、実家の二階にある自分の部屋、トウヤが一人暮らしを始めた後も、母の手により綺麗に整頓されていた部屋のベッドに寝転がり、自分の携帯を取り出した。

着信履歴を漁り、目当ての人物に電話をかける。


「もしもし、俺だけど。」

『お〜ぅ。生きてたか?』

 スピーカーからは気の抜けた、低い声が返ってきた。電話の相手はコウノスケ。トウヤと同じ大学に通い、同じ学部に所属する同胞であり、一番の親友でもあった。


「生きてたさ。今、母さんの熱烈歓迎から逃げてきたとこ。」

トウヤは笑いながら答える。久しぶりの帰省・・といってもほんの数ヶ月ぶりなだけなのに、両親の喜びかたは激しかった。

親戚を呼び集めてパーティでも始めそうなそのノリに、トウヤは耐え切れず、自分の部屋に閉じ篭っていたわけだ。


『ははっ。やっぱり自慢の息子ってやつなんだなぁ。羨ましい。俺、お前みたいな人生憧れるわ。

 うちなんか帰ったら帰ったで将来のことであーだーこうだグチグチ言われるし、帰らなかったら帰らなかったで親不孝者呼ばわりだし・・』

「・・で、結局帰ったのか?」

『まさか!』

 トウヤが夏休みに帰省するという話をした時、コウノスケは自分も実家に帰るべきか悩んでいた筈なのだが。

どうやら、その案は彼の中で一蹴りされてお終いになったらしい。


「まぁ、そっちはそっちで楽しいこともあるんだろうな。」

『そ・の・と・お・り♪楽しんでるぜぇ、キャンパスライフという人生の夏休み・・の中の夏休み!』

「ややこしいわ。」

回りくどい表現をしたコウノスケに突っ込みを入れ、トウヤは笑った。

普段、多くの人の前で完璧な優等生を演じているトウヤも、コウノスケの前でだけは素の自分になれた。

コウノスケとは大学に行って初めて知り合ったのだが、初対面の癖に幼馴染ばりの馴れ馴れしさで接してきたコウノスケを、トウヤは嫌いになれなかった。

普通なら鬱陶しい筈のその行為が、コウノスケにやらせてみれば、爽やかに見えるのだから不思議だ。

コウノスケはその性質から、広い交友範囲を持っていた。

パソコンがバーチャルでのコミュニケーションを広げるツールだったら、コウノスケはトウヤにとって、リアルでのコミュニケーションを広げるツールだった。


 トウヤは、コウノスケの人格には勿論好意を抱いていたが、それ以上に、その存在の便利さを重宝していた。

それに何より、二人は同じ学部で、同じゼミを受ける貴重な仲間でもあった。


『てか、そっちはレポート進んでるのか?』

「っは、まさか。」

トウヤは鼻で笑う。二人の入ってるゼミ・・むしろ、二人しか入ってないゼミで出された共通の課題は、九月に差し迫ったプレゼンテーションの準備だ。

これは彼らの学部全体が関わることになる、中規模の発表会だといっていい。ちなみに、トウヤの所属してるのは文学部。

二人が入ってるゼミは口頭哲学という彼らの大学オリジナルの内容だった。

それは一言でいってしまうと、ただの『上手い言い訳の仕方を考える会議』。

社会に出たら、真っ先に役に立つ究極の逃げの戦法を開発しようという、積極的でネガティブな内容だった。

学校のダークサイドと呼ばれるこのゼミは、現在、担当の教授と、トウヤ、コウノスケの三人で組織されている。


 何故このゼミが廃止されないかといえば、この教授が学校理事長の甥だからだ。

そして、何故コウノスケが入っているのかといえば、一番楽に単位が取れそうだったからだ。

最後に、何故トウヤが入ってしまったのかといえば、『口頭哲学』を『高等哲学』と聞き間違えたまま、勘違いに気づかなかったからだ。

この間違いについては恥ずかしいので、両親には秘密にしている。

おかげで彼の両親は未だに自分の息子が『高等哲学』を学んでいると信じて疑わない。

一方、親にカミングアウトしているコウノスケは、両親から非難の声を浴び続けているわけだ。

 この温度差。勿論、トウヤも親を騙し続けていることに良心の呵責を感じているが、それ以上に、現在のこのゆるい状況が気に入ってるので、やはりカミングアウトはしていない。

とはいえ一応、トウヤの選択しているその他の授業は、どれも好成績を納めていたので、宝石の中に紛れ込んでる川原の石くらい、無視できるほどの信頼は集めていた。


『まぁ、お前はいいよな。直ぐに書けるから。』

「あのゼミなら、適当に理論通せば直ぐに単位くれるじゃないか。」

『それができるんだったら悩まねぇんだけどなぁ・・』

電話口で、溜息の音が聞こえた。


『さておき、そっちの様子はどうなってんだ?』

 コウノスケからの話題の転換。もうこれ以上この話に触れてくれるなという無言の合図だ。

トウヤは大人しくそれに従った。

「ああ、ブログは見てくれたか?」

『見たけど、今日は更新されてないみたいだ。』

・・コウノスケに確認してもらったのはアユミ、例の少女のブログだ。

トウヤの実家には現在インターネットを引いたパソコンがないため、トウヤはブログの確認作業をコウノスケに任せていた。


『ちなみに、その少女Iからの最初の指令はどうだったんだ?』

一応、コウノスケにはアユミからこちらに提示されたルールの全てを伝えてある。

コウノスケが、あえて少女の名前をまんま使わず、苗字のイニシャル呼びにした意味は・・特にないと思う。イニシャル呼びのほうが事件っぽくてカッコいいと勘違いしてる可能性があった。


「そうそう、少女Iね。」

とは思いつつも、トウヤもその呼び名に便乗する。

正直、余りにもつかみ所のないこの少女の呼び名は、「イシカワ」や「アユミ」よりも「少女I」のほうが適してる気がしたのだ。雰囲気の問題だ。


「今日は彼女の家の前まで歩いて、周辺の写メを撮らされた。後、周りに怪しい人物がいないか観察記録を書かされたよ。」

『ふーん。少女Iの家は見たんだな?』

「ああ、ベランダに犬小屋があった・・」

『・・・は?』

「いや、あったんだよ、赤い屋根の犬小屋。ぱっと見普通のアパートだったけど、そこだけが妙に目立ってた。」

『だろうなぁ。変わった家なんだな。』

「そうだな・・。」

 トウヤはコウノスケと喋りつつ、先程撮った五枚の写メを思い出していた。

母の歓迎をかわし、自室に戻って直ぐにトウヤは自分の撮った写メを見直した。

改めて見直して気づくことがあるかもしれないと期待したのだが、そこにはやはり、何一つ、重要な手がかりになりそうなものは写り込んでいなかった。


「事件なんてあってるのかな・・って感じだったよ。」

『わからないさ。平和な住宅街でも、安全な筈の学校でも、事件が起きてしまう世の中だぜ?』

――確かにな。

コウノスケの言葉に頷く。見た目に騙されてはいけないのだ。

現に、あの場所では自分にもわからないような、何かの事件が起きている。


「気になるよ。早く真相に触れたい。」

『・・ったく。いいなぁ、こちとら退屈な日常に悲鳴を上げたくなるっていうのによ。』

「お前・・さっき楽しい夏休みを過ごしてるって言ってたじゃねぇか。」

『ああ過ごしてるさ!毎日楽しくナンパに失敗してるさ!お前がいないから的中率ガタ落ち・・』

「くだらねっ!もう切っていいか?」

冗談交じりにそう言ってやる。途端、電話口から非難の声が上がった。

『うわああんヒドイ。早く事件解決して、戻ってきてね。アタイ首を長くして待ってるわん♪』

「・・なんでオカマ口調なんだよっ!・・ってか、気が早いって・・こっちはまだ動き出せても居ないのに・・」

『まあ、焦って動いて、ボロ出すような真似するなよ。少女Iが言ってることが事実なら、今のお前の状態も、充分危険らしいんだからな。』

急に真面目な声を出されて戸惑う。

「あ・・ああ。勿論。気をつけるよ。・・じゃあ、また明日な。」

『おう。』


 約束を交わして、電話を切った。

コウノスケは一応、トウヤのことを心配してくれていたのだ。

普段冗談しか言わない奴だったから、トウヤはコウノスケのその一面に驚き、ちょっと恥ずかしかった。トウヤは苦笑する。まさか、コウノスケに釘を刺されるとは思わなかったが、

確かに、自分は今、焦りすぎていた。

冷静に行動しなければいけない。ボロを出したら、少女Iは勿論、自分の身にも危険があるらしいのだから。

 しかし・・本当に、少女Iが自分に捜させている相手は何者なのだろう?

事件の犯人なのか、それとも事件解決の鍵を握る救世主か・・・今のトウヤにはさっぱり想像できなかった。


 時計の針はもう既に二十二時を回ろうとしていた。

トウヤはその夜、今まで少女Iから届いたメールを幾度も読み直した。少女Iからは、明日も同じように彼女の家を見回るよう指令を受けている。


――焦ってはいけない。

 トウヤはそう、自分に言い聞かせていた。

冷静でなければいけない。好奇心に飲まれて自滅するようなことは避けなくては。

 しかし、目の前にちらつかされたご馳走を前に、彼の好奇心が飢えを耐えることは困難だった。

しかも何故か、夜が深まれば深まるほど、その苦しみが増すのだ。


「・・・長いな。」

思わず吐き出す。夜明けが待ち遠しかった。





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