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16p

■■■■

 薄く白く、辺りに漂う幾欠片もの霧があった。

灰色のアスファルトの上を、幼い頃のアユミは駆けて行った。

まるで父の手から逃げるように、幼い頃のアユミは泣きながら母の元へ走った。


「おかあさん!」

 拙い声でそう叫ぶ。

アユミの頬に跡をつけたのと同じくらい涙を流していた母が、目の前の信じられない光景に目を見開いた。


 母はきっと思っていた。アユミが自分を選ぶ筈がないと。

仕事に呆けて、育児を放棄した自分を、いつも我が子に寂しい思いばかりさせていた自分を、アユミは選ぶわけがないと、そう思い込んでいた。


――そんな母の姿が切なくて、アユミは耐え切れなかった。

 父も母も、アユミにとっては大好きな人たちだった。

どちらか片方についていかなければならなくなったとき、戸惑うアユミの手を、優しく握ってくれたのは父だった。

母は結局一度も、アユミに自分と暮らすことを勧めたりしなかった。自分に母親としての責任が欠けていることを自覚していたのだ。


 アユミも、そんな母の様子に、幼いながら感じるものがあった。

自分は父に付いて行くべきだ。父こそが真にアユミのことを考えてくれ、アユミを精一杯愛してくれた。

何よりも、父はアユミのことを、自分の新しい生活の中に招待してくれた。

だからアユミは決めたのだ。父に付いていくことに。


・・・なのに。今、アユミは母の腕の中にいる。

泣きながら、離れたくないと言ってる。自分を包み込む温もりが遠ざかるのが嫌で、アユミは母の胸に必死でしがみついた。


「アユミ・・もう、行かないとね?」

 困ったように、優しく語り掛けてくる父の声にアユミが返事する間もなく、その小さな耳に、震える母の声が聞こえた。


「一緒に暮らそう、アユミ。今度こそきっと、きっと良いお母さんになるから・・っ」

 驚いて、アユミは顔を見上げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった母の顔は、アユミとそっくりだった。

アユミは気づいた。今まで決して、優しくしてくれたことはなかったけれど、この人が間違いなく、アユミの母親であることに。

そのことが嬉しくて嬉しくて、アユミはもう一度声を上げて泣いた。


――・・そうだった。私はあの時、お母さんを選んだんだ。


 とても懐かしい気持ちが心を満たしていた。

今年で十六歳になったアユミは、今も母と一緒に暮らしている。幼い時分の選択は、何も間違っていなかった。

母はあの後、心を入れ替えたようにアユミを愛してくれた。一度失いかけた恐怖が、彼女をそうさせたのだろう。

今度の彼女は仕事も育児も両立させ、アユミに楽しい家庭をくれた。


――だから、もういいのだ。


 アユミも充分大人になった今、母には自由に仕事をやって欲しかった。だからアユミは、今回母の海外出張を止めなかったのだ。

ゆっくりと目を覚ました十六歳の少女は今、ほんの少し母が恋しくなった。


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