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「・・なにやら落ち着きませんね。」
「そ・・そうかな?」
そわそわする気持ちを見抜かれて、アユミは引きつった笑いを浮かべた。
今、アユミの部屋にはピアがいる。どうも、話し合いの結果、この世界で王道と呼ばれるファンタジーシナリオ・・
ようは、勇者が旅をして魔王を倒すというパターンについて知識を深めようということになったらしい。
母の部屋では現在、エリオットとカーティスがゲーム中の筈だ。
もちろん、例のゲームディスクは使えないので、母の部屋にあったほかのファンタジーゲームをやってもらっている。
ゲーム機の使い方は、エリオットよりもカーティスのほうが馴染むのが早く、目の前でアユミが実践してみせただけで、やり方を覚えてしまった。
彼らはこの世界の文字も読めないので、必然的に彼らにやらせることができるゲームはフルボイスのものか、アクション要素の強いものに限られる。
「カーティスさんは凄いね。あれは初めてやったとは思えない。」
アユミが最初にやらせたのは3Dクォータービューのアクションゲーム。
初めてゲームコントローラーを握ったというカーティスが叩き出したのは、アユミでさえ手の届いたことのない、ハイスコアだった。
「あのゲームは、本当に私たちの住む世界と似ていましたから。カーティスは実戦経験が多いですし、慣れていたのでしょう。」
漫画本から目を離さず、ピアが答える。
「確かに、剣と魔法のゲームだもんね。」
アユミは納得する。今彼らが求めている知識は、この世界での魔法の認識に、魔王を倒すのに大抵は必要とされる聖剣の存在。
ゲーム内でのそういった知識が、彼らがこの世界で魔物と戦うための基礎となる筈だった。
・・もちろん、本来ならば彼らに最も近いゲーム『SYNAPSE FANTASIA』内での知識を得られればよかったのだが。
それが手元から消えてしまった以上は、彼らに他のゲームの世界観を知ってもらい、
王道ファンタジーである筈の『SYNAPSE FANTASIA』のゲーム内容をも予想できるほど、理解を深めなくてはいけなかった。
アユミも今、彼らのために王道ファンタジーの世界観やその背景にある理論をネットの海から探しているところだった。しかし正直・・集中はできない。
――あれから二時間くらい経ったかな・・・。
今日のアユミは家の中にいるにも関わらず、携帯電話を肌身離さず持ち歩いていた。
トウヤにも生活があるのだから、彼がそんなに直ぐにブログを見るわけがなかった。
頭ではわかっているが、待ち遠しく焦がれる気持ちは抑えきれない。トウヤは記事を見てどう思うだろうか?メールをしてくれるだろうか?
アユミにとって、トウヤの存在は最後の切り札だった。トウヤが協力してくれなければ、自分は結局役立たずのままだ。
トウヤに協力を頼むという自分の案は、かなりいい線行ってるんじゃないかと思う。
今度はカーティスに何と言われようと、説き伏せられる自信があった。しかし、それはトウヤの同意があったらの話だ。
アユミはトウヤの返信があるまでは、この案について決して口にすまいと決めていた。
――ピピピッ♪
遂に携帯が鳴った。アユミは慌てて折りたたみ式の画面を開く。
今まさに、メールを受信する瞬間だった。
「・・・!」
アユミはちらっとピアの様子を伺った。彼女はこちらに気づくことなく、漫画本に熱中している。深呼吸をして、新着メールを開いた。
『FROM:ヤヨイ』
がっくしと力が抜けた。
ヤヨイ、アユミの同級生の女の子だ。
『SUBJECT:無題
な・な・な・何が起きたーーー!!?(@_@;)』
「・・ヤヨイもブログ見たんだな。」
驚愕の顔文字つきのメールを、自虐的な気持ちで見つめる。心配してくれる友達の存在は嬉しいが、それは今求めていたものと違っただけに、絶望感を駆り立てた。
やっぱり駄目だったのだ。いきなりあんなことを書いてしまったのだから、ドン引きされても仕方がない。トウヤからの返事なんて、期待できないのかもしれなかった。
あの文面・・もっと気をつけて書けばよかった。絶対怪しい女だと思われた・・。とめどなく後悔の気持ちが押し寄せる。
とりあえず、心配してくれる友達に、『ちょっとした冗談だったんだよ。気にしないで!』とでも送ろうと、返信画面を開く。
その次の瞬間、再びメール受信中のアニメーションが割り込んできた。
「・・・!!」
駄目かもしれない。そう思いつつも、やはり期待は捨て切れなかった。先程よりさらに強まった緊張を覚えながら、彼女は新着メールを開いた。
――これで駄目だったら。もう諦めて、他の方法を探そう。そう自分に言い聞かせる。
そしてそんなアユミの視線の先に、見知らぬアドレスと共に、望んでいた人物の名前があった。
『FROM:xxxxxx-xx@xxxxx.ne.jp
SUBJECT:トウヤです。よろしくね。
こちら、アユミさんのアドレスで間違いないでしょうか?
心配になってメールしました。まさか、監禁されてたりする?』
「・・・!!」
座っていた椅子から身体が浮きそうなほど前のめりに、アユミはその文面を何度も読み返した。
いつもブログ内で見ているトウヤの文章だ。間違いない。アユミは跳ねる心臓を押さえながら、震える指で返信を打った。
『TO:xxxxxx-xx@xxxxx.ne.jp
SUBJECT:メールありがとうございます。
はい、間違いありません。アユミです。
いきなりあんなこと言ってすいませんでした。
私の現状は、監禁に近いですが、脅されているわけではありません。
今、私たちにとって家の外に出ることは非常に危険な行為になっているのです。
詳しい話に入りたいのですが、その前に・・
トウヤさんは、いつこちらに戻ってこられますか?』
自分の打ち込んだメールを三回読み直して、アユミは恐る恐る送信ボタンを押した。
祈るような気持ちで、メールが相手に届くアニメーションを見つめた後、トウヤのアドレスを電話帳に登録しておく。
これで、トウヤとのメールでのやりとりが可能になった。
しかし、まだ油断はできない。これからアユミがトウヤにする話は、それを知るだけでも危険が伴う要素がある。
トウヤが本気でアユミの頼みを聞くつもりなのか、確認できるまでは、容易に本題に入るわけにはいかなかった。
トウヤからの返信は直ぐに来た。
『FROM:トウヤ
SUBJECT:Re>メールありがとうございます。
俺がそちらに戻るのは3日後、8月5日の夕方になる予定です。
それまで、その状態に耐えられるの?
正直、場合によっては警察に相談したほうがいいと思う。』
「・・やっぱり、真面目な人なんだ。」
確信した。トウヤはアユミの話を信じてくれている。
メールの文面からは、冗談半分で付き合う軽々しさは感じなかった。そこにあるのは素直な心配だ。アユミは肩の力が抜けるのを感じた。
急いで返事を打つ。
『TO:トウヤ
SUBJECT:Re2>メールありがとうございます。
警察には、話しても信じてもらえないと思います。
それに、あまり大きい騒ぎになったり、今家にいる三人について調べられたりすると困るのです。
トウヤさんがこちらに戻るのは5日ですね。それまで、多分待てます。』
返事は直ぐに来た。
『FROM:トウヤ
SUBJECT:本当に・・?
事態が深刻なら、俺は役に立たないと思うよ。
アユミさんは、具体的に、俺にどう動いて欲しいんだい?』
――ついに聞いてきたか・・。
アユミはゴクリと喉を鳴らした。今の状態の彼女から、トウヤに頼めることは一つしかない。
『TO:トウヤ
SUBJECT:Re>本当に・・?
一般の、私と現実で関わったことのない人の協力が必要なのです。
トウヤさんに頼みたいことは一つだけ。探して欲しい相手がいるのです。お願いできますか?』
そうメールを送った。