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■■第六章■■
HN・・それはネット上で使う渾名のことだ。
トウヤというHNを使う一人の青年は、その日も日課となってるブログ巡りをしていた。
彼にとって、インターネットとは、新たな出会いを探るツール。
また、本来の自分を知らない相手と対話をすることは、ちょっとした快感であった。
彼は、日常の人付き合いだけでは埋められない隙間を、インターネットを通して埋めていた。
HNアユミの書いているブログに対するコメントも、彼にとっては不特定多数と交わすコミュニケーションの一環に過ぎなかった。
ただ、このアユミという少女のブログにたどり着いた経緯に、彼なりに縁じみたものを感じていたので、彼女のブログの更新を、その他の人々のブログより、若干楽しみにしていた。
「・・ん?」
トウヤは今日もまた、少女のブログを訪れ、そしてその新着記事のタイトルに驚いた。
『TITLE:助けてください、トウヤさん!』
確かに、そこには自分のHNがある。何事かと驚かずにはいられない。
彼はネット上では常にゆるい人付き合いを好んできた。
現実とネット上での自分を錯誤させることが嫌で、ネット上で出会った人々とはある程度の距離を置いて付き合うよう心がけていた。
・・そういえば、先日彼は少女のブログに対して親身すぎるコメントを入れたかもしれない。
少女が自分と同じ高校の後輩であり、数週間前、文化祭で右往左往する少女の幼さの残る必死な姿を覚えていたから、つい里心も交わって、そんなコメントを入れてしまったのだ。
『困ったことがあったらいつでも頼ってくださいね』
そのコメントを入れた自分の心に偽りはない。
実際、この少女になら、プライベートのメールアドレスを教えるのも抵抗はなかったし。実際に会って話すのも面白いかと思った。
――しかし、こうもおおぴらに話題にされるとなぁ・・。
少し、興ざめしてしまうものがある。
彼は今までに数度、ネット上のやり取りで勘違いした女性に言い寄られ、閉口したことがある。
ブログを通してだけなら楽しく付き合ってこれた相手でも、向こうに恋愛感情が芽生えてしまってはお終いだ。
恋愛はネット上でするものではない、というのが彼の持論だった。だから毎回、そういう相手とはさっさと縁を切るようにしていた。
今回の相手は今までブログの内容を見てきた限り、恋愛に縁遠い生活をしているらしい16歳の少女。不覚にも勘違いの起きやすいパターンをなぞっていた。
正直、トウヤは彼女を恋愛対象という意味でなく、可愛く思っていたので、縁を切るようなことはしたくなかった。
――本文の内容次第だな。
トウヤは彼女が自分のコメントを思春期ならではの勘違いで受け止めているのか、
それとも本当に自分の助けが必要なほど困った事態が起きているのか、恐怖半分、興味半分にその記事を開いた。
『TITLE:助けてください、トウヤさん!
いきなり、タイトルに名前出してしまってすいません!
トウヤさん、今日もここを見てくれていますか?
昨日今日で何なんですが、早速困った事態に見舞われてしまいました。
訳あって、昨日から我が家に来ているお客さんごと、私は身動きが取れなくなってます。
知っての通り、今うちに母はいません。
危険な事態なので、女友達しかいない私は、友達に助けを呼ぶわけにもいかないのです
トウヤさんがもう直ぐこっちに戻ってくるということが
昨日のコメントに書かれていたので・・
お願いします。トウヤさんしか頼める人がいないのです。
あまりブログに書ける内容でないので、もし私の話を聞いてくれるなら、
携帯にメールください!』
「うーん・・微妙だなぁ。」
怪しいといえば怪しい展開になってきた。文末には少女のものと思われるメールアドレスに、
『メールを頂きしだい、この記事は削除させてもらいます。』の文字。
嘘だとしたらかなり大げさすぎる気はする。
しかし、ブログを読む限り、少女はかなり本を読んでいるし、
想像力も豊かな方だと思われた。
例え事実でなくとも、こういう話を思いつくことはできるだろう。
正直な話、トウヤは女性に非常にモテた。
リアルでのルックスの良さと、文面上での物腰の柔らかさからか、
ネット上でも現実でも、彼に言い寄ってくる女性は多いのだ。
そのせいで、トウヤは、自分と親密になろうとする女性に警戒心を抱くようになっていた。
「このこも、俺のメアド、知りたいだけじゃないだろうなぁ・・・」
そう呟くと同時に、すっかり疑い深くなった自身に気づき、苦笑する。
少女の家には今、少女にとって初対面の三人の人物がいるらしい。
具体的な説明をしないところを見ると、なにかやましい事情があるのかもしれない。
母親の居ないうちに、町でナンパされた男に引っかかって、何もわからないまま家に上げてしまった。そういう可能性もある。少女の年頃なら何も珍しい事態ではない。
そして少女は今、ネット上で知り合っただけの相手に助けを求めるのだ。
本当に事件に関わってるのかもしれないし、トウヤに取り入るための知恵を絞ったのかもしれない。
――しかし、まぁ・・面白そうじゃないか。
トウヤは思った。嘘だとしても、今後の展開を見てみたいような気がする。
この話にノるだけノってみて、つまらなくなったら関係を切ればいい。
幸い、特定のサークルにも入らずダラダラ過ごしてるトウヤにとって大学の夏休みは暇だった。
だからこそ帰省しようなんて考えたのだ。この際、帰省ついでのイベントだと思えば楽しめるだろう。
「ま、いいか。」
トウヤはほんの少し笑うと、携帯を取り出し、ブログの画面に書かれたアドレスを打ち込んだ。