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■■第五章■■
翌朝、アユミが起き出した頃には、部屋にピアの姿は見えず、
リビングに行ってみれば、テーブル越しに睨み合うように話し込んでいる三人の姿があった。
「おはようー。」
少し間の抜けた声で、声をかける。
三人は深刻な顔のまま、アユミに視線を向けたので、流石に場違いだったかと反省した。
「おはよう。アユミちゃん。」
一人だけ表情を崩し、エリオットが返してくれる。
「・・朝から会議?」
アユミの問いにカーティスが答えた。
「・・・今日はこの家の周辺を探索しておこうと思ってな。」
「例の魔王の配下探しですかい?」
アユミが問うと、カーティスは頷いてみせた。
「そんなとこだ。」
「それと、文献探しです。我々はこの世界について無知ですから。」
ピアがそう付け加える。
「そうかぁ。じゃあ、私も手伝うよ!道案内くらいはできるからさ。地元だし。」
アユミは言う。彼らに協力するということは昨日から決めていたことだ。
「本当?ありがとう、助かる!」
エリオットに心底嬉しそうに言われ、少し得意な気持ちが湧き出てくる。カーティスが軽く頷いてから口を開いた。
「ではアユミはエリオットを手伝ってくれ。ピアは留守中この家を・・ポチを頼む。」
「え?皆一緒に行動しないの?」
その事実に、アユミは驚いた。勇者パーティというのは、いつでも一緒に行動するものだとばかり思っていたのだ。
「それだと時間がもったいないし、敵の目につきやすくなってしまう。」
アユミの予想に反して、カーティスは淡々とそう答える。
確かに、効率を考えるならばそれぞれに手分けして行動した方が良いに決まってる。でも・・
「・・そうなるとカーティスさん、一人で大丈夫なの?」
エリオットの面倒はアユミが看るとなると、カーティスに単独行動させてしまうことになる。
自分たちの居た場所とは異なるこの世界では、カーティスも不安だろうと思ったのだが・・
「問題ない。異世界に来たことは初めてではないからな。」
彼はあくまで、クールに言い切った。なんだか物凄く、経験豊富のオーラが出てるような気がする
ふと気になって、アユミはエリオットに視線を向けた。
「エリオットさんは異世界初めてなの?」
尋ねてみる。エリオットは決まり悪そうに笑って、頷いた。
「・・異世界に行ったことのある人のほうが稀なのです。 カーティスは特殊な任務に携わりやすいですから。」
ピアはエリオットをフォローするつもりなのか、そう説明してくれた。
「じゃあアユミちゃん、朝ごはん食べときなよ。俺たち、出発前にまだ話し合うことあるからさ。」
笑顔のままのエリオットに促されて、アユミは気づいた。そういえばこの人たちは食事がいらないんだった。
なんとなく、食事が必要な自分が申し訳なくって、謝りたい気持ちになってしまう。
当然三人はそんなアユミの気持ちに気づく筈がない。また真剣な顔で話し込み始めたようだった。
アユミはそれを横目で観察しながら、台所に向かう。
『・・・だからあまり目立ちすぎると・・』
『この家にできた因果律の壁は、奴から俺たちの姿をくらませている筈だ。ここが見つかることはないと思う。』
『相手は今どこにいるのかわかりませんが、少なくとも魔力の発動を探知し、反術を唱えられる距離にはいます。
この家にいることがまだバレていないとしても、相手はこの地域一帯を監視している可能性があります。』
チラチラと聞こえてくる会話に耳を澄ます。
しかしながら彼らのあの格好、本当にどうするつもりなのだろう。
あのまま外にでたら、通報間違いなしなのに、彼らは服を脱ぐこともできないという。
エリオットは昨日、その問題はなんとかなるなんて笑っていたから、きっと策はあるのだろうが・・
アユミにはその策についても、全然予想できない。
聞こえてくる三人の遣り取りを聞きながら、アユミは溜息を着いた。
・・・もう駄目だ。私にはさっぱりついていけない。
彼らの話している内容は、彼らの世界の文化をしらないアユミにとってはあまりにも高度過ぎた。
異世界の人間との温度差を感じずにはいられない。やはり自分と彼らは本来馴れ合える対象ではないのだ。
「そういえばアユミちゃん。」
「ふぁい?」
エリオットに声をかけられ、パンを加えたままテーブルに駆け寄る。エリオットはその様子がおかしかったのだろう。
彼なりに笑うまいと堪えた、妙にひきつった表情で言った。
「アユミちゃんは俺たちのことを知ってたよね。その・・ほら、ゲ・・ゲマ?の世界だっけ?俺たちがそこから来たんだって・・」
「えっと・・それってゲームの世界のこと・・?」
「うん、それ。そのゲームってやつについて教えて欲しいんだ。多分それが、俺たちが今潜り込んでるパラレルワールドの正体だと思うから。」
・・ん?
エリオットの言ってる事がわからず、首を傾げてみる。その様子を見かねて、ピアが口を開いた。
「あの・・少し説明をさせてもらいますと、あなたの言う<ゲームの世界>というのも、
この世界にある一つのパラレルワールドなのです。そしてそのと我々の世界は非常に近い存在でした。
昨日異世界移動の技術は<共通するパラレルワールド>に潜り込むことと言いましたが、
たまたま我々が潜り込んだ<共通するパラレルワールド>の正体がその<ゲームの世界>になってるようなのです。」
「え・・えっと!・・ちょっと頭の中整理させてもらえるかなっ!」
アユミはそう手を上げ、目を瞑った。今の話、わかりそうでわからない。もやもやして頭の中で渦巻いてる。
アユミはぶつぶつ呟きながら、昨日聞いた話しも含め、今聞いた内容をまとめてみた。
・・つまり、剣と魔法の世界から来た彼らは、同じく剣と魔法の世界であるを媒体に、ここに存在しているということになるらしい。
例えるならば、人間が宇宙に出るのに、宇宙服が必要なように、彼ら異世界からの人間はこの世界にいるのに自分たちの世界とが必要になる。
それが今回、あのゲームの世界になったと、そういうことか。
彼らは昨日、自分たちを幽霊のようなものだと言っていた。彼らの今の姿は、彼らの本当の姿そのままというわけでなく、
ゲームの世界から彼らに最も近い姿を抜き出し、それを借りている・・と。こういうわけなんだろう。
「ってことは・・純粋にゲームの中のキャラクターがこっちの世界に来たっていうことにはならないわけね。」
ようやく頭を上げて、自分で出した答えを一言でいう。
「その通り。」
カーティスが満足そうに頷いた。
どうりで、ゲームのキャラクターと若干設定が違うと思った。カーティスは盗賊じゃなく便利屋らしいし、
ピアも魔女ではなく、研究者だもんね。同じ設定なのは勇者のエリオットくらいか。
「理解が早くて助かります。」
目を伏せるように、ピアが言った。
「まぁ・・正直昨日から話についていくのに頭がパンクしそうなんだけど。」
アユミは正直に答える。我ながら自分の脳みそ、超頑張ってると思う。
「アユミちゃん凄いよ。俺最初話聞いた時、理屈チンプンカンプンだったのに。もしかして結構頭いい?」
「いやいや、むしろ悪いんですけどね。」
苦笑い。確かに、今のアユミは冴えてるかもしれない。勉強は苦手な筈なのに、彼らの説明は自然と頭に入っていく。
まるで過去に覚えてしまった方程式で問題を解くみたいだ。
頭が痛くなるのはそれに当てはめて計算をするのに時間がかかるから・・ということになる。
「でね、話を戻すけど、俺たちそのゲームの世界について知りたいんだ。
今俺たちがいるパラレルワールドが、俺たちの世界とどう違っているのか、
知っておかないとこの世界での自分の身の振り方がわからないから。」
このエリオットの言葉をアユミなりにわかりやすく置き換えてみる。
「だから・・宇宙服を着て宇宙に飛び出したのはいいけど、
その宇宙服の機能をいまいち理解できてないから勉強したいと。」
「・・意味、わかってもらえたかな?」
不安そうに言うエリオットに、アユミは笑って頷いた。
「なんとか理解できたと思うよ。・・・ただね。その、ゲームのことなんだけど・・」
今度はアユミが説明する番だった。
ゲームというのは、こちらの世界で親しまれている電子的娯楽で、それで遊ぶにはソフトが必要。
そしてエリオットたちと共通すると思われるゲームソフトというのが『SYNAPSE FANTASIA』という名前で、
エリオットたちに廊下で遭遇する少し前までアユミが遊んでいたソフトなのだと。
時間はかかったが、三人はゲームというものがどういうものなのか、理解してくれたようだった。
「では、その我々が関係しているゲームとやらを見せてもらえないか?」
カーティスに言われて、アユミは肩を竦めて答えた。
「それがね、どうも変なの。そのゲームのソフト、無くなっちゃった。」
昨日の夜、母の部屋に忍び込み、ゲームディスクを回収した時だ、
アユミは手に持ったディスクに違和感を感じ、自室に戻ってからもう一度ゲームディスクを確認してみた。
ディスクは真っ黒に染まっていた。そこに印刷されていた筈のロゴや、キャラクターの絵は消え、裏も表もただの黒。
これではゲームソフトとして成り立たない。それどころか、昨日の昼までは確実にそこにあった筈の、ケースのパッケージすら真っ黒の紙に成り果てていた。
「・・どういうことだ?」
不審がるカーティスたちに、アユミは部屋から持ってきたゲームソフトを、ケースごと渡した。
「・・・魔力を感じる。」
ピアが受け取り、眉をしかめた。
「魔術師の力で封印された跡です。ゲームの世界と繋がるべき道が消し去られています。これではただの残骸・・・」
「また・・魔王の配下か。」
エリオットが肩を落とした。
「・・・まずいな。奴は我々の居場所を知っているんだ。自ら襲ってこないのは、相手も相当弱っているのか、何か策があるのかどちらかだ。」
カーティスが呟く。
「帰る道を閉ざして、俺たちと繋がるべきパラレルワールドを封印して・・戦う術を失った俺たちが因果律にもみ消されるのを待つつもりなのかな。」
「でも、そんなことをしたら相手も自らを危険に貶めるわ。元の世界に戻らなければ消滅してしまうのは、相手も同じ筈だもの。」
エリオットの言葉にピアは返す。アユミは考えた。
「・・じゃあ、その魔王の配下ってのは、皆が自然消滅するまで、この世界にいて、見届けるつもりなの?」
「まさか・・・!!」
はっとしたようにエリオットが顔を上げた。
「そうだ。奴は必ず俺たちに戦いを挑む。奴は異世界移動の知識すら併せ持つ、
魔王の配下のなかでも上級クラスの魔物だ。魔王がみすみす捨て駒に使うことはない。
絶対に奴は生きて、向こうの世界に帰る!」
その言葉に、カーティスは頷いた。
「・・つまり、問題は奴がいつ我々に仕掛けてくるかということだ。奴は俺たち必ず勝てる、そのタイミングを狙っている。」
「こうなると、単独で行動するのは危険か。」
「いえ・・」
ピアが口を開いた。
「これは罠です。揃って行動すれば、我々は<この世界を監視する目>に発見される可能性が高くなり、
必然的にこの世界に滞在できる時間が少なくなる。
よって活動範囲が限られる。まさに相手の思うツボの行動をすることになります。
転送魔法の妨害に、ゲームディスクの封印。どの手段も、あまりにも露骨すぎる。
相手は異世界移動を理解できる知恵者です。それを踏まえ策を練らないと、相手に踊らされる羽目になります。」
ピアの真剣な表情に二人は黙り込んでしまった。
「じゃあさ、三人はこの家にいて、私が外の探索をするっていうのはどう?」
アユミは思い切って提案してみたが、カーティスは頭を振った。
「忘れたのか。この家が結界・・つまり因果律の壁で囲まれている以上、お前はこの家から出たとたん、この家で起きた全てのことを忘れるんだぞ。
俺たちの存在も忘れた状態で、一体何が出来るっていうんだ?」
「・・うへぇ。」
思わず変な声が出た。そういえばそんな話を聞いていたのだった。アユミの単独での外出は、結局意味がない。
「あ・・じゃあさ、私が学校の友達に手伝ってもらうっていうのは?私と同じ歳の女の子なんだけど・・。」
我ながら今度こそ良い案だと思って伝えてみる。しかし、カーティスはやはり渋い顔で首を振った。
「あまりにも危険すぎる。相手はただの人間が太刀打ちできる存在ではない。
しかも、その友達とやらに、どうやってこの事態を説明するつもりだ?」
「え・・?そりゃ、まず家に呼んで、現状を知ってもらって・・っあ。」
そこまで言って、アユミは自分の愚かさに気づいた。
「そして、家から出て記憶を失う。」
カーティスは馬鹿らしそうにそう言った。
「・・あ。じゃあ、電話かメールで言えば・・どっちも、電波を使って伝えられるから、家の外に出る必要はないし・・・」
――渾身の意見!今度こそはどうだ、こっちには文明の利器があるんだよ!
しかしアユミの意気込み空しく、カーティスはやはり首を振った。
「そのデンワ・・とかについては俺はわからないが。
しかし、この世界に異世界に対する知識は皆無のようじゃないか。その友達はこの現状を自分の目で見ないで俺たちの存在そのものを信じることができると思うか?」
「・・え?」
「精々、面白半分に動き出すくらいだろう
自分が危険な仕事をしてるとも気づいていない・・それにアユミの友達ならばアユミの性格や弱点も知っているだろう。
うっかり、奴に情報を提供してしまう可能性もある。下手すれば、アユミが人質に取られる以上に危険だ。」
アユミは言葉を失った。確かに、その通りだ。もしアユミが逆の立場だったら、こんな話、冗談にしか聞こえない。
カーティスはアユミの意見が弾切れになったのを確認すると、エリオットに向けて言った。
「とにかく、外に出るのはまだ危険みたいだ。我々は引き続き解決策を練らなくては・・」
その言葉で、アユミは探索が中止になったことを知った。仕方ない、と、溜息をつく。
「ごめんね、アユミちゃん。また何かわかったら呼ぶから、それまで自由にしていてもらえるかな?」
「くれぐれも、家の外に出ないように注意してくれ。何か違和感を感じたら、直ぐに俺たちを呼ぶんだぞ。」
エリオットになだめられ、カーティスに念を押された。とりあえず、これは部屋に戻るしかないみたいだ。彼らの話にアユミがついていけるわけはないのだから。
――あーぁ。折角役に立てると思ったのになぁ。
がっくりと肩を落としながら、リビングを出る。解決策・・見つかるだろうか。
「・・・いや違う、見つけないと。」
廊下に出て、アユミは姿勢を正す。そうだ、なんていったってアユミはこの世界の人間。
ゲームの世界のことだって、そこらへんの人よりかは詳しい筈だ。部屋にはインターネットを引いたパソコンもあるし。
「情報を集めよう。」
そう思い、アユミは駆け足で自室に向かった。