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94p

■■■■

「――・・っカーティス!!」

 遠く後方へ弾かれる彼の身体に、エリオットは急いで駆け寄ろうとした。

しかし、

――・・・グルルルル・・

 低い唸り声と共に、エリオットの行く手を遮る白い獣が居た。


「魔・・王・・。」

弱り、痩せ細った獣は、その身体の中で唯一力強さを感じさせる漆黒の瞳で、エリオットを睨み、立っていた。


「・・殺しなさいよ。」

 いつの間にかエリオットの背後に立ったインフィニティは、囁くように言う。

「魔王が生き続ける限り、貴方の国民は魔王の瘴気に苦しむわ。

 それを救えるのは・・貴方しかいないのよ?」

剣を掴んだ手が震えた。インフィニティを振り返る勇気もなく、エリオットはただ、目の前の獣を見つめる。

「魔王は貴方に殺されることを望んでる。魔王は今、とっても苦しいの。どうか・・助けてあげて。」

 インフィニティの言葉の最後の方は、僅かに震えていたように聞こえた。

「・・っ!!」

 突然、白い獣が・・魔王がエリオット目掛け牙を剥いた。

「・・やめて・・!」

最初の攻撃を必死でかわし、次の攻撃は剣で弾くしかなかった。

 触れた剣の切っ先が、ハラリと白い毛をそぎ落とし、エリオットは恐怖に震える。

「やめて・・!!俺は君を・・殺せない!!」

 魔王とエリオットの攻防を見つめるインフィニティの唇から、哀れむような声が漏れた。

「それでも貴方は・・魔王を倒さないと・・」

 そう呟いた彼女の身体を、一陣の風が貫いた。

風圧に千切られ、数本の蔦が彼女から身体を離す。


「・・ピア?」

 今自分に杖を向ける少女を振り返った彼女の上空に、刀を振りかざしたカーティスの姿。

「・・っ!」

 少し驚いたが、それでもヒラリと身をかわしたインフィニティは、再度地面に降り立ち、自分に怒りを向ける二人の人間と対峙した。

「ピア・・貴方も彼を手伝ってくれるのね?」

 目の前で構えを正す少女の姿に、インフィニティは微笑む。

ピアが続けて放った炎の矢を避け、カーティスの刀を片腕で受けた。

また数本の蔦が身体から離れ、インフィニティは自分の死が近づくのを感じた。


「・・それじゃあ二人とも、精々頑張って頂戴。」

 そう言い、再度微笑んだインフィニティは、自身が纏っていた全ての蔦を、二人目掛けて放った。


「カーティス!ピアちゃん・・!!」

二人の危機を察し、エリオットは叫ぶ。

 しかし、こちらも今、油断のできる状況ではない。

弱りきっているとはいえ、魔王の力は充分強く、足も速い。

気を抜いてしまえば、エリオットの命もないかもしれない。

 しかしそれでも、目の前にいるこの獣を殺す勇気はなかった。


「嫌だ・・なんで俺が・・アユミちゃんを・・!」

涙を堪えなくては。視界が滲めば、状況はより危険だ。

 不意に、魔王の前足がエリオットの腰を掠めた。


「・・・あっ!」

油断していたエリオットの足元を、魔王の鋭い爪が切り裂いた。

 腿の肉が切り裂かれる感触と共に、エリオットは視界の端へ何かが飛び去ったことに気づいた。

青いはぎれに赤いリボン。エリオットがポケットに入れていたアユミのお守りだった。

 咄嗟にそれを拾い上げようと身体を屈めた瞬間、エリオットの身体に大きな影が落ちた。

「・・・っ!!」

飛び掛る魔王の姿に、エリオットは思わず剣を構えた。

魔王の攻撃を食い止めるのが目的で、魔王を傷つけるつもりは一切なかった。なのに・・


――ザク・・

 血飛沫が上がった瞬間、エリオットは魔王の瞳がとても澄んでいるのを見た。


「・・・え・・」

エリオットには何が起きたのか理解出来なかった。

 魔王は自ら、エリオットの剣に首を任せたのだ。

高く夜空を跳ねた魔王の首は、弧を描き、森の木々の狭間に落ちた。


 力尽き、地面に落ちた魔王の胴体は、大量の鮮血を噴出しながら、ゆっくりとその身体を縮めていった。


「・・や・・そ・・んな・・」

 手が足が、激しく震えて立っていることが出来ない。

地面に膝を着いたエリオットの目の前に落ちていたそれは、もう既に白い獣の姿をしていない。

 血に濡れ、瞼を伏せた華奢な少女の姿に成り果てていた。


「・・エリオット!」

 事態に気づいたピアが、インフィニティの攻撃を避け、こちらへ駆け出して来た。


――アユミちゃんが・・アユミちゃんが・・・!


『私たち・・絶対にいつか離れちゃうんだよ?

 ・・それなのに好きになるなんて・・辛いよ。』

 泣き出しそうな顔で、それでも真剣にエリオットに応えようとしてくれた可愛い少女。

誰よりも近くにいたい。誰よりも大切に守ってあげたい。そう願っていた筈なのに・・自分は・・何を!


「うああああああああああああああ!!」

 エリオットの叫びは、夜の空気を震わせ、響き渡った。


「・・っアユミ!?」

その声にようやく事態を察し、カーティスもインフィニティの攻撃から逃れようと身体を動かす。

途端、


「・・っ!!」

 血飛沫が、カーティスの身体を覆った。

しかしそれは、彼自身のものではなく・・

「インフィニティ・・!!?」

自らカーティスの構える刀に飛び込んだ彼女は、噴出す鮮血にその胸を真っ赤に染め、笑った。


「これで・・終わりね?」

 ふわりと地面に落ちた彼女の体は青白く、服の隙間から見える体は全て骨が浮き上がるほどに痩せていた。

既に彼女は、弱りきっていたのだ。

生きることもままならないような身体で、それでも自分たちと戦い続けていたのだ。

 空を仰ぐインフィニティの瞳に、満天の星が映りこんでいた。


「・・お前・・」

 ずっと目の敵にしていた女の、あまりにも哀れな姿に言葉を失う。

インフィニティはこんな瞬間でも、勝気な笑顔を絶やさなかった。


「終わったのよ。全部。これでもう・・私は・・」

 呟いた彼女は、そのまま安らかに瞳を閉じる。


「・・っ!!」

 耐え切れず、抱き寄せたインフィニティの身体は軽く。カーティスの胸を寂しさで埋めた。



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