phase4「新たな頼み」
48時間前にハルと別れた時間が近づいてきていた。もうじき、タイムリミットを迎える。美月、穹、未來は、ココロとシロを連れて、裏山へと向かっていた。
「美月、なんだか顔が明るいね!」
「そう? わかる?」
似た台詞を聞くのは、これで二度目だ。一度目は穹からで、朝に顔を合わせたとき、「今日やけに顔が明るいね」と言われた。
「昨日はとても沈んでいたのに、凄いね!」
「単純なんだよ」
言ったのは穹だった。美月が一発凄むと、なんでもありません、とばかりに肩を萎縮させた。
けれど穹の言うとおり、自分は確かに単純だ。この先、そのせいで悪い一面が出たり、悪い出来事を引き起こすかもしれないが、今のところ、単純で悪かったと思ったことはほぼ無い。ならば、変える必要はないだろう。
山に着き、宇宙船への道のりを歩いていると。
突如として、未來がその足を止めた。同時に、穹に抱えられているシロも、鼻をひくつかせ、周囲に視線を動かしている。両者とも、表情は真顔だ。
「ど、どうしたの?」
「……静かに。近くにいる」
ただならぬ気配から予感はしていたが、的中した。美月は小声で「あいつら?」と尋ねると、未來は案の定頷いた。
「ええええ……!」
「穹静かに!!!」
「美月もね」
未來は顔は動かさず、目だけを動かし、敵の居場所を探っている。シロも同じようにしているが、山の中ということもあってか、判別ができないようだ。
ざわざわざわ、と森の木々が音を立てるなか、未來はじっと目を閉じた。耳をすましているのか。美月と穹は邪魔をしないよう、息をするのも最小限にとどめて、動向を見守った。
「気配はそれほど強くは。生身の人間だったら、何かしらの気配を出すから。こんなにかすかとなると……」
振り返り、上の方に指をさす。その先には、何の変哲もないただの木しか生えていない。けれども未來は、あそこ、と生い茂った葉の中へ、視線を真っ直ぐに向けた。
「……随分小さいロボットだね。サッカーボール程の大きさかな?」
両目に力を入れ、じっと目を凝らしている。美月もならって注視してみたが、全く何も見えなかった。緑色の葉しか見えない。だがその奥に、敵のロボットが隠れているのだという。
「サッカーボール程の大きさ……。もしかして偵察ロボットかな?」
ぴくり、と美月は反応した。未來の言ったロボットは美月にとって、忘れたくても忘れられないロボットだった。
偵察ロボット。コスモパッドで変身し、戦った一番最初の相手。あのときは集合体だったから強かったが、確か一体一体はとても弱いと、ハルが言っていた。
記憶を探り、そのように説明すると、うーんと穹と未來は腕を組んだ。
「でも、放っておくのは危険だよ」
「穹君の言うとおり。壊したほうがいいよ」
「それはもちろんその通り。でも、どうして今になって……」
穹は難しい顔をして黙ったかと思うと、嫌な予感がする、と顔を上げた。
「居場所がわかってるのに、偵察する意味がわからない。それに、普段みたいに攻撃してくればいいものを、偵察だけというのも……」
「まさか、今ハルが動けないってことがばれてるんじゃ?!」
「うーん、一応もうすぐハルさんは動ける状態になるけど……。とにかく、ハルさんにちゃんと報告しておこう。もちろんちゃんと壊して」
「じゃ、私が行ってきます!」
未來の作戦は、美月と穹で相手を引きつけている間に、変身して壊すというものだった。
単純だが、それが一番良いと、満場一致だった。
未來が宇宙船のある方向へ、一人歩き出した。先に行ったように見せて、こっそり回り込み、遠くから一気に奇襲をかけると言っていた。上手くいくためには、ちゃんと引きつけられるかどうかにかかっているが、さてどうやって引きつけたらいいか。
美月は少し考えた後、口を開いた。
「今ハルは凄いことになってるね!!! 改造に改造を重ねて有り得ないほどに強くなっちゃってさ!!!」
何が起きたのかと愕然とする穹を置いて、美月は更に声を張り上げる。
「手が十本くらいに増えて、全部に武器持てるようになってる! 走ったらスピードがマッハ100ぐらいまで出る! 山100個持ち上げられるぐらいパワーが強くなっている! 巨大隕石100個当たっても傷一つつかないくらい防御が凄い!!!」
「……いや何言ってるの姉ちゃん」
「威嚇よ、威嚇。相手がちょっとでもビビってくれれば儲けものでしょ?」
え、の形で口が開いたまま時間停止した穹はすっかり無視して、美月は止まらなくなっていった。
「山ごもりして強くなったから当然ね! 絶食して、滝にうたれ続けて、炎の中で座禅を組んで……!」
「う~!!!」
「ピュウ!!!」
美月の熱に押されたのか、美月が抱いているココロと、穹の抱いているシロまでも、声を発し始めた。
「うん、その通り! 寝る間も惜しんで体中改造してトレーニングしてたからね! 当たり前だよね! 今ハルに敵う者はこの宇宙で一人もいない!!!」
一体何を言えば、聞いた者が呆然とするだろうか。自分に置き換えたら、何を言われたら驚くだろうか。戦意を失うだろうか。
「跳び箱1000段跳べる、逆上がり10000時間できる、えーとあとは縄跳び100000回できる、えーそれと……」
とりあえず思いつく限りの“凄いこと”を言い続けなければ。だが、ネタが尽き始めてきている、と思ったときだった。
風を真っ二つに切り裂くような音と衝撃が、美月の元に届いた。
変身した未來が、赤い閃光を……刀を手に、木から下りてくる場面が、目の前で流れた。
着地音も鳴らさなかった未來の左右の足下に、ばらばらと何かが落ちてくる。
近づいて見てみると、機械の残骸だった。本体は真っ二つに割れ、その周辺には部品が散らばっている。断面には電流が流れ、薄い煙も立ち上っていた。
見覚えのある大きさに、アンテナ、一つの大きな目。やはりそれは、偵察ロボットだった。
「気味悪いなあ……」
後ろから覗き込んできた穹が、言葉の通り気味悪げに言う。
「早く行こう。もうすぐ48時間経つし、ハルもそろそろ起きてくるはずだよ」
「はい。行きましょう!」
美月、穹、未來は、心持ち、足取りを早めた。
二日ぶりの宇宙船は、何一つ変わっていなかった。不安だった、敵に襲われたような形跡もない。座った状態のまま眠っているハルも含め、家具の位置一つとっても、少しの変化もなかった。
リビングに入って数分。ハルの様子が変化した。まず手足がわずかに動き、次に画面に明かりが灯った。
頭が上がり、正面にいる美月、穹、未來の顔を、順番に見る。
「起きた! おはよう、ハル!」
「おはよう。ミヅキ、ソラ、ミライ」
「体調はどうですか……?」
「もうすっかり大丈夫だ、ソラ。どの機能も回復した。通常通りの運転が出来る」
言いながらハルは立ち上がり、両手を開いたり閉じたりを繰り返した。
「このたびは、突然の頼みを押しつけてしまい、本当にすまなかった。改めて謝罪する。申し訳ない。そして、本当にありがとう」
深々と綺麗な角度でお辞儀するハルに、いやいやと美月はココロを差し出した。
「お礼はいいから、まずココロを抱っこしてあげてよ。ハルがいないと、やっぱり寂しそうだったよ?」
「何、ココロが……?」
ハルは手を伸ばし、ココロを受け取り、その腕に抱いた。
ココロの表情からは、ようやくあるべき場所に帰って来られたといわんばかりの落ち着きが感じられる。美月達も、やっといつもの光景が見られたと、不思議な安心感に包まれていた。
「ココロは、寂しかったのか?」
二日ぶりとはいえ再会できたが、ココロはそこまで大袈裟な反応はとっていない。平時の状態を崩さすにいる。だが、ひっきりなしに、ハルの顔へ手を伸ばしている。
「寂しかったに決まってるじゃん。ハルはお母さんなんだから」
「私の性別は女性ではないので、母親ではない。男性でもないが……」
「細かいことはどうでもいいの!」
今回、美月には、一つわかったこと、感じたことがあった。今、納得してなさそうな様相のハルに言うべきかどうか迷ったが、美月は口を開いていた。
「今回、改めてココロの世話をしてわかったんだけど。私、楽しい一面しか見えてなくて、大変な一面は見えていなかった。というより、目を背けていたんだって、気づいた」
何かを察したのか、未來が美月を見て微笑んだ。穹はきょとんとしている。ハルは理解したのか、頷き、「ココロの世話は、大変だったろう」と言った。
「うん。でもそれ以上に、毎日やっているハルは本当に凄いなと思った」
「私の場合は、育児へのプログラムがなされているというのもあるが」
「そうだとしても凄いし、大変なことだと思う。だからね、遠慮せずに、もっと頼ってほしい! ココロのことだけに限らず、色んなことをね! また頼まれても大丈夫なように、お世話の仕方とか教えてほしいの!」
同意を求めて振り向くと、穹と未來も答えるかのように、頭を上下させた。
「そうか。よくわかった。善処しよう」
テレビ画面に映る口の端が、上がった。ありがとう、と美月も笑顔で返した。
「ちゃんと勉強しとかないとダメだなって。……あ、勉強といえば、本当の意味の勉強のこともあったな……。まあいいや、それは別に」
「責任感があるのだか無いのだか、分析できないな……」
「自分のやりたいことや興味があることに従ってるだけ。私は、私自身の忠実なるしもべなの!」
手を心臓部分に当てて軽くふんぞり返る美月に、ハルはふむ、と言い、そしてすぐに「駄目だ」との台詞を続かせた。真っ二つに切断するようなきっぱりとした物言いだった。
「学問という意味での勉強も、疎かにしてよい理由はない。これから、ミヅキの勉強は、私が教えることにしよう。ミヅキの傍若無人な振る舞いには、正直目に余るものがある」
「は、はあ?!」
冗談じゃないとばかりに、美月は一歩踏み出した。抗議の言葉を脳内に作り上げ、ある程度のストックが溜まり、発射しようとしたときだった。
「あ、僕もいいですか? 数学や理科がどうしても苦手で……」
「私もいいでしょうか!」
抗議の球は発射できず、不発に終わった。穹だけなら強引に丸め込めることができたかもしれないが、未來までとなると、みっともない姿を見せるわけにもいかなくなる。
「構わない。では早速明日から始めるとしよう。ここに来るときは、必ず教材と筆記用具を持ってくるように」
それでもなんとか拒否しようとしどろもどろになってるうちに、決定的な瞬間が訪れてしまった。
こうなっては嫌でもわかる。最早自分ではどうしようもない。この結末を覆すことができない。
助けを求めてシロとココロに目をやったが、両者は綺麗な眼を向けるばかりで、
美月を救ってくれそうな言葉は言いそうにもない。
明るいはずなのに、目の前どころか360度が真っ暗になっていくような感覚がする。将棋の王手や、チェスのチェックメイトという掛け声が、空耳で聞こえてきた気がした。
「ああ、そうだ、ハルさん。ダークマターの偵察ロボットを、来る途中に見かけたんですが……」
美月が絶望に打ちひしがれている間、穹はハルに偵察ロボットの一件を伝え始めていた。
壊したことと見た場所を言うと、ハルは考え込むかのように、少しだけ頭を下へ傾けた。
「実は、偵察ロボットは、ちょくちょくこの辺りに現れている。捕獲が直接の目的でないことは明白だが、捕獲に繋がる何かを探っているのが間違いない。
私もやられっぱなしというわけにはいかないから、偵察の目を誤魔化すために、ありとあらゆる手を尽くしているのだが、どうもいたちごっこでね。クリアモードを強化しても、向こうはそれをかいくぐる機能に強化してくる。
私も私で、相手の目に掠らないよう、熱伝導や電波などの流れを変えて誤魔化している。が……。このままだと、いずれ相手のほうが私を上回る可能性が遙かに高い」
ハルは淡々としているが、ちょくちょく偵察ロボットが来ているという冒頭の説明に、美月はまず驚いた。怖くないのだろうか。でも、感情が無いと以前言っていたので、そういうのはわからないのだろうか。
「そこで、この山のどこかで、何か良い隠れ場所はないか、探してみようと考えている。いわば簡単な引っ越しだ。電波を遮断できるような、洞窟や岩場があれば尚良い。
連中は、機械の目は簡単にすり抜けられるが、自然の目をすり抜けるのは容易くない。私も発明や研究をするとき、自然に対する対策に一番手こずる」
自然の目は、一番簡単にすり抜けられそうと思っていたが、違うらしい。へえ~と呆ける美月、うんうんと頷く未來の隣で、「移動できるんですか?」と穹が質問した。
「飛行するにはエネルギー含め何もかも足りてないが、それ以外の短時間かつ短期間の移動だったらなんとかなる。だが……」
突如、ハルが口を閉ざし、棒立ちになった。何事かと見守っていると、黙ったときと同じように、突然口を開いた。
「ミヅキ、君は先程言ったな。もっと頼ってほしいと」
「言ったけど……」
「では言う。本題に入る。この宇宙船が抱えている不具合についてだ」
いよいよか。美月は姿勢を正した。穹もぴんと背を伸ばし、緊張した面持ちでいる。普段通りなのは未來とココロ、ついて早々に遊び始めたシロのみだ。
「この宇宙船の燃料は、原子だ。縦横無尽に飛び交う原子の方向を一定にすることで、宇宙船を飛ばす推進力にする。その飛び交う方向を一定に纏める役割を持っている物質が、存在する」
ハルが、片手の人差し指を立てた。
「その物質名を、〈パルサー〉という」




