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コズミックトラベラー  作者: 星野 ラベンダー
幕間──「ハル、キャパオーバー」
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phase3「出来ること、出来ないこと」

 翌日の朝。家まで来た未來は、出迎えた美月の顔を見るなり、珍しくぎょっとした様子で目を見張った。


「美月、どうしたのその顔!」


 顔、とオウム返しした後、ちょっとねと苦笑しながら、美月は家のほうを振り向いた。


「昨日、お父さんとお母さんに言っておいたよ。ココロちゃん、いつでも来て良いって!」


 何かを感じ取ったのか。未來は、見開いた目をにっこりとした笑みのそれに変えながら、そう言った。


「というわけで、私はココロちゃんと荷物を家に預けてから、学校に行きます!」

「え、もう?」

「うん!」


 だからこんなに早い時間に来たのか、と美月は納得した。

それに、もうとは言ったが、その実、助かったと思っていた。


 ココロの顔を見ると、恥ずかしさと申し訳なさで、体中の血が沸騰しそうになる。

両親や祖父でも同様、あるいはそれ以上だ。人体発火現象というのは、もしやこれが原因ではと思ってしまうほどだ。


「でも、私も行くよ、未來。今日は早く起きちゃってさ……もう準備できてるし。たまには、未來と一緒に学校行こうかなって」

「そう? 穹君は?」

「いや穹はいいよ。たまには姉と離れて登校したいでしょ」


 それもあったが、実は穹がいると、少し困ること……言いづらいことがあった。


 待っててと美月は通学鞄を取りに、一旦家に引っ込んだ。戻ってくると、既に未來は家に上がり、ココロとココロの荷物を手に、待っていた。浩美と弦幸に頼んで持ってきてもらったという。


 

 美月と未來は、半分ずつ荷物を持った。今日は未來がココロを抱っこしているので、美月のほうが持っている荷物は多めだが。


 抱っこ紐からじっとこちらを見てくるココロの瞳を、美月は逸らすことも見つめることもできず、ちらちらと見ては離しを繰り返していた。


 その様子に気づいたのか、未來は「美月」とふいに話しかけてきた。


「どうだった?」


 主語が抜けている。けれど、伝わった。何、の部分を。


「甘かったよ」


 少しの沈黙を挟んだ後で、口を開いた。そっか、と未來は短く返した。

場の空気が、まだこの話題は続いていると、そう言っていた。


「私は結局、楽しいところしか見ていなかったんだなあって……」

「楽しいところ?」

「ココロと遊んでいるときは、凄く楽しいの。ただ抱っこしたいとき抱っこしているだけの時は、凄く可愛いの。でも、お世話になると」


 一旦切った。言って良いのかどうか、逡巡が生まれた。けれど未來は、静かに笑ったまま、その続きを待っている。美月は、息を吸い込んだ。


「あんなに大変だなんて、知らなかった。私、結局、何も出来なかった。結局、ずっと、お父さんとお母さんとおじいちゃんに頼りっぱなしだった。……なのに、なのに、だよ?」


唇が震えた。寒くはないはずなのに。むしろ暑い。7月が近づいてきているのが実感する。


「限界って、思ってしまったの。もう一日は、無理。未來が朝迎えに来てくれて、本当に助かった。そう思ったの」


声が震えた。声帯も震えているのだろうか。喉も、心臓も、脳も、震えている気がする。


「自分の赤ちゃんじゃないのに、一日どころか一晩だけなのに、ほぼ全部の世話を家族にやってもらったのに、だよ?」


両手がふさがっているせいで、顔を覆えない。一緒にいる未來がなんと思われるかわからないので、しゃがむことができない。だから美月は、ただ立っていた。


「難しいよね、命って」


そんな美月を、未來は見ていなかった。首を上に向けていた。視線の先を、美月も辿った。


 青い空を背負って飛ぶ、シルエットが見えた。翼を広げ、自由そのもののように、飛翔している。


「……うん。難しい」


  勉強の時に感じる難しいとは、わけが違うし、そもそも種類が全く違う。

それを理解していなかった。どれほどの難易度を誇るか、全くの無知なまま、手を出してしまった。


 覚悟が足りなかったと、美月は反省した。


 未來の家に行き、ココロと荷物を預け、未來の家族に挨拶とお礼を言い、その足で、学校に向かった。時間の余裕はたっぷりあるので、二人はゆっくりと歩いた。歩きながら二人は、どうでもいいようなことをのんびりとした調子で話した。




 その日の授業が終わり、下校時間となった。

美月は、未來の家で預かってもらっているシロを迎えに行くため、未來と共に、心持ち廊下を歩いているときだった。


「美月~、今帰り?」


 振り返ると、数人のクラスメートがいた。皆知った顔で、美月も何度か彼女らと出かけたことがある仲だった。


「一緒に帰ろうよ、久々に!」

「最近付き合い悪いよ~?」

「どこか寄って勉強でもしない?」


未來はすぐ隣で、にこにこと笑っていた。口々に言う皆に、美月はぱんと手を合わせた。


「ごめんね、これから未來の家に行くんだ」


 言った後で、しまったと思わず口を塞ぎかけた。一緒に行きたいと言われたら、なんと誤魔化せばいいんだと冷や汗が流れた。


 だが、そうはならなかった。


 相手はぎくしゃくとかくついた視線を泳がせ、「星原さんと?」と美月から目を離した。


「美月、星原さんと、最近仲が良いよね……」

「ま、まあね」


 色々あってと心の中で付け加えた。


 もともと写真がきっかけで話をするようになったが、《《色々》》が起こった結果、よく行動を共にするようになったのは確かだ。傍から見れば、ずっとくっついているように見えるだろう。


「そ、そっか。じゃあね、美月」

「ま、また明日ね」


 ん? と心の中で眉をひそめている間に、クラスメート達は背中を向けて、歩き出していった。その去って行く速度が、いつも歩くときよりも速いように思えた。


「……未來は、写真部だったよね? 同じ部員の人と、話したりしないの?」

「そりゃあするよ!」

「じゃあ……仲良い人は?」

「うーん。私は写真を撮りたいから写真部に入ったからなあ。それより、美月は帰宅部だったよね? 入りたい部活とかってなかったの?」

「……いや、特には」

「天文部とか美月好きそうだと思うけどなあ」

「星を見るのは好きだけど、勉強となるとちょっと……!」


 そっかあ、と屈託なく笑う未來の顔を、美月は真っ直ぐに見ることが出来なかった。


 未來が、ハルと、穹と、自分以外の誰かと、親しく話しているところなどあっただろうか。


 今記憶を遡ってみても、そんな場面を見た覚えは無い。

未來ほど明るい子であれば、クラスの人気者になっていてもおかしくないのに。


 廊下を進み、どんどん小さくなっていくクラスメート達。彼女達と未來の間に、


 一瞬線が敷かれているように見えた。すぐ跨げそうな抵抗を感じさせない線。なのに彼女達は、その線を越えようとしてこない。


美月は思いだしていた。彼女達が話しかけて去って行くまでの間、一度も未來と目を合わせようとしてこなかったことに。



 シロを預かってすぐに家に帰るつもりでいた美月だったが、未來の親に引き留められ、しばらくお邪魔させてもらうこととなった。


 今まで機会がなく、玄関よりも向こうに入るのは、今日が初めてである。

初めてちゃんと入った未來の家は、一言で言うなら、とても宇宙人の子供がいる家には見えなかった。どこにでもあるような普通の床、壁、天井、そこに置かれている家具。地球人である、人の良さそうな印象の未來の母親の涼子も、当然と言えば当然だが、普通の人にしか見えなかった。


 ただ、やはりと言うべきなのか、否か。その顔は、未來に似ているとは、言えなかった。



 上がった未來の部屋は、十四の女子が住む部屋という割には、少し変わっていた。少なくとも、自分の部屋と比べてみると。


 テイストは、民族風とでもいうのだろうか。籐や木等の材質で作られた、和風やアジア風の家具が多い。

少し形の変わったタンスやクロゼットに、独特の模様が彫られたベッドや衝立ついたて、棚、勉強机、敷かれているラグ。

木の温かみを感じる落ち着いた雰囲気を醸し出そうとしているのは感じられるが、異国の世界に迷い込んだようで、美月はそわそわとした。


 ラグの上に置かれた、これまたアジアンテイストな小さなテーブルを挟んで、美月と未來は座った。美月は何度も足の体勢を変えたり、きょろきょろと意味も無く部屋の中を見回したりなど、とにかく落ち着かなかった。そんな美月に、未來は特段不満げな感情は見せず、ベッドの上でクッションと戯れているシロを見た。


「シロさん、こっちに来てくれませんか!」


 すると、今の今まで目の前のクッション以外は何もかもどうでもよさそうだったシロが、その一言でとんっとベッドから下り、小さく短い足を走らせ、駆け寄ってきた。


 定位置のように未來の膝の上に座り、ぱたぱたと尻尾と羽根を動かしている。撫でて撫でてと緑の目で見上げてくるシロのもふもふとした背中を、未來は優しい手つきで撫でさすった。


「いつの間にそんなにシロと仲良く……?」

「昨日いっぱい喋ったからねえ。私はシロさんのことがよくわかったし、シロさんも私のことがよくわかったんだ。まあ勘だけどね!」


 ずる、と滑りそうになった。勘、と頭の中で繰り返しながら、しかしそれは当たっているのではないかと、机を挟んだ向こう側にいる未來とシロを見て思う。


 未來はすっかりシロと打ち解けているように見えるし、何よりシロが、未來のことを信用しているように見える。自分よりも。


「お父さんとお母さんには犬って言ったんだけど、翼も尻尾も見えちゃってるし、嘘だってばれてると思う。でも何も言われなくて逆にちょっと怖かったから、鳥とトカゲと犬の混ざりだって説明したら納得してくれたんだ!」


 それは納得ではなく、呆れてものも言えなかったというやつではないだろうか。

が、美月は黙っていた。


 その時、部屋のドアがノックされた。

未來がはーいと声を上げると、ゆっくりとドアが開けられ、涼子が入ってきた。


「良かったらどうぞ」とテーブルの上に置かれたのは、緑茶とよもぎ大福、皿に盛り合わされたおかきだった。塩味と醤油味の二種類があるのか、色も白と茶色の二色に分かれている。


 気になるのか、シロがじっとそれらを見つめている。尻尾も羽根も隠す気などない。

だが母親は、シロよりも、美月のほうに視線を寄越していた。


「あの……?」

「ああ、ごめんなさい。未來から、いつも話は聞いてるわ。あなたが、美月さん?」

「は、はい」

「そう……」


 母親は、何か言いたげだった。だが出てきた言葉は、ゆっくりしていってねという無難なものだった。恐らく言いたいこととは違う言葉だろうが、母親は部屋を出て行ってしまった。


「この大福とおかき売ってる和菓子屋さん、私大好きなんだ! 凄くおすすめだよ!」


 何を言いたかったんだろうと考える間も無く促され、美月は慌ててぱくりと大福を一口口内に入れた。


 滑らかなこしあんの舌触りと、もちもちとした弾力。ほんの少しの苦味と、それを打ち消すくどくない甘み。苦味といっても薬のような、思わず顔をしかめてしまうものとは少し異なる、植物の持つ味に感じる。


 おかきにも手を伸ばした。塩も醤油も、しょっぱいはずなのに、どこかほのかに甘かった。歯ごたえもちょうどよく、いくらでも食べ進められそうになる。


 率直に言って、美味しかった。こんな大福やおかき、今まで口にしたことがなかった。


 素直にそのまま伝えると、未來はまるで自分が褒められたように、「良かった~!」と破顔した。


 言いながら未來は、シロにおかきをいくつか食べさせていた。

石の感触に似ているからか、シロは嬉しそうに、そして美味しそうに、おかきを食している。咀嚼音が響く。


 距離の近い、未來とシロ。それらを見ていると、今朝方抱き、吐露した悩みが、また作られていく。


「未來。私……」


 黙っていることなどできない。美月は、口を開いた。


「ココロやシロに、ちゃんと好かれているのかな?」


 未來の目が、真っ直ぐこちらを向いていた。


「ココロは結局、ちゃんとお世話できなかったし……。なんだか、自分だけ好意寄せてるだけみたいで……」


 どうして、出来なかったのだろう。やる気はあるのに。あったのに。

鏡がないのでわからないが、もしあったら、そう叫びたそうにしている自分の表情が見えたことだろう。


 未來が、一口緑茶を飲んだ。


「好きと、ちゃんと出来るのとは、わけが違うんじゃないかな?」


未來が立ち上がった先に向かったのは、本棚だった。美月も後を追いかけ、隣に立つ。


「私、写真撮るのが大好きだけど、たまになんで全然上手くできないんだろうってなっちゃう。そういうときは、凄く焦って、とっても怖くなる」


 本棚には、写真やカメラに関する専門書や、美月は名前を知らない写真家の写真集などが所狭しと並べられていた。漫画などが置かれている棚は別にある。写真専用の、本棚だ。


「焦ってたら、いい写真を撮れないんだよね。ベストショット狙おうとぎらぎらして待ってたら、逃しちゃったり。そもそも来なかったり。逆に、ふわ~ってした気持ちでのほほんと待ってたら、突然景色のほうからレンズに映り込んでくるんだよ。それと一緒だよ」


 昨日、弦幸も似たようなことを言っていたような気がする。美月と穹に離乳食を食べさせようとしたとき、気合いを入れたときほど、ごはんを食べてくれなかったこと……。


「だから、焦るときほど、頑張って焦らないようにするんだ。千里の道も、一歩から。私のモットーってやつなんだ。ちょっとずつ、ちょっとずつ、目的地に向かって歩いて行くしかないんだよ、結局」


未來は、どこかで聞いたことがあるようなないようなことわざを口にした。音にして発するとき、一音一音確認するように、ゆっくりとした調子で言っていた。


「でも、美月の場合は、ちょっと違うかな?」


くる、と未來は、美月の顔を真っ直ぐに見た。にっこりと、笑う。


「ココロちゃんも、シロさんも、美月のこと、ちゃんと好きだよ! 心配する必要も、不安に思う必要も、全然ないくらい。美月にとって実感できる瞬間が、まだ来てないだけ。その時を焦らずに、待っていればいいと思うよ!」


焦らない。今のままでいい。結局、それしかない。

半ば予想していた答えだった。けれども、心臓がある辺りは確かに、軽くなっていた。


「ありがとう、未來」

「どういたしまして、美月!」


 未來と知り合えて、よかった。その事実だけが、染みこんでいく水みたいにして、実感していた。


 言いながら未來は、何冊かの本と、一冊のスケッチブックを取り出し、ミニテーブルのすぐ横の床に並べた。


「私が今まで撮った写真の、お気に入りのやつだよ!」

「このスケッチブックは?」

「私が描いた絵! 写真をもとにね!」

「絵とか描くの?! 凄い……!」


 美月は興味と驚きから、一番最初にスケッチブックを開いた。一枚目を瞳が捉えた途端、手がぴたりと停止された。


 何かが描かれていた。美月がそれを何かと形容したのは、正体がわからなかったからだ。少なくとも、それが絵であることは確実だが、なんという感想を浮かべたらいいのかまるでわからなかった。


 色使い、描かれている形らしきもの、ありとあらゆる全てが、美月にとっての常識を越すものだった。


 せめて、いわゆる下手な絵だったら、苦笑して済ますことができたかもしれない。しかしこの絵だと……。


 ハルだったらなんと言っただろうか。ロボットらしく分析して、どの辺りに何の物体が描かれているか、ちゃんと教えてくれたかもしれない。そして、この絵にどのような感想を言えば良いか、教えてくれたかもしれない。


「うん、新しいね! 前衛的っていうのかな? 斬新だね! 凄いね!」


 凄いというのは、お世辞ではなく、本心だ。確かに凄いのだ。凄いと口にしたときの台詞が、抑揚のないものだったかもしれなかったが、どうだったろうか。


 未來はべた褒めされたと感じたのか、「そんなに褒めてくれたの美月が初めてだよ~」と、手にしていたアルバムで真っ赤な顔を隠した。


「その絵は、この写真をもとに描いたんだよ。この写真、橙色が綺麗でしょう?」


 未來が指し示していたのは、一番星が輝く夕暮れ時の写真だった。逆立ちして世界一周しても、未來が絵だと言ったそれが、この写真をもとにしたものだとは、とても見えなかった。

なぜ綺麗な橙色の空を、恐ろしく濃い緑色で塗りたくったのか、質問攻めしたい衝動を必死に押さえ込んだ。


 やってきたシロがスケッチブックを覗き込み、「ピュヤッ?!」と甲高い声を上げて、だだだっと部屋の隅へ走って行った。


 さりげなく美月はスケッチブックを閉じ、隣のアルバムを開いた。


 そこにある写真は、やはりどれも素晴らしいものばかりだった。写真の中に、吸い込まれていきそうな気がする。手を触れれば、一瞬のうちに写真の中の空間にワープしていそうな気がする。


 どの写真も、被写体をありのままに写していると、しっかり感じ取れる。どこまでも自然的で、それ故の美しさや綺麗さが滲み出ている。


 写真を撮るのが上手い。動物も含めて、すっと壁を乗り越えて、人と仲良く出来る。写真に写る被写体がいつもそうなように、自然体。


 未來の特徴や得意なことが、改めてわかった。同時に、苦手なことも。

写真の腕が良いからといって、同じ芸術分野である絵も上手いとは限らない。


 色々な一面が見えてきた。それだけで、距離がぐんと縮まった気がするのだから、本当に不思議だ。

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