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コズミックトラベラー  作者: 星野 ラベンダー
Chapter2「未來の秘密」
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phase4.1

 全部夢なのかもしれない。幻なのかもしれない。そうなのであれば、一刻も早く、覚めてほしい。終わってほしい。あまりにも、悪いものすぎる。


 きっと強いのだろうとは思っていた。けれど、これほどまでとは聞いてない。


 ばきばき。めきめき。


 先程からずっと聞こえてきている音。逃げる美月を嘲笑する声に聞こえてくる。それは、鳴り止まない。


 振り返って、その行動を深く後悔した。どごん、と心臓が大きい嫌な音を立てた。

 背後の光景。それは、森に生えている木が、次々と倒れ、なぎ払われてゆくというものだった。


 美月は走る速度を強めた。どうしてこんなことに。再度自問した。


 最初のジャンプから着地した後、美月はずっと森の中を架けて逃げていた。ジャンプしながら逃げたほうが早いだろうが、それだと目立ってしまい、すぐ見つかる可能性がある。同じく逃げた穹やハル、未來は大丈夫だろうかと心配になりながらも、走る足を休めなかった時だった。


 遠くから、木が倒れる音が聞こえてきたのだ。


 最初は、気のせいだと思った。空耳だと。風のいたずらだと。

信じたかった。


 が、その音はどんどん大きくなってくる。美月に近づいてくる。

そしてふと気づいた時には、風を感じるまでになっていた。


 木が倒れてくる時の風。木の葉が、枝が、頭上に降ってくる。

またすぐ背後で、木が倒れた。


 非常に重い音。木が傾いていく際の音がよく聞こえてくるせいで、見えないのに見えるようだった。



 その時のことを思い出し、美月の体は震えた。もっと速く走らなくては。更に膝に力を込める。


だが駆け出すまさに直前、木が地面にめり込む音と同時に地面が揺れた。衝撃の風が体に直撃した。


 もう一度振り返ると、やや遠くにマーズの姿があった。


 炎を纏ったイノシシのように、真っ直ぐにこちらに向かって走ってきている。

視線は真っ直ぐ美月を捉えて放すまいとしている。

駆け抜けながら、両手剣を上下に左右に、振り回していた。


 一見でたらめに振っているようで、刃はことごとく木という木を捕らえ、なぎ倒していく。

倒木は折り重なり、地面の草すらも衝撃波で払われて剥き出しになる。

マーズの通った後は、そこだけ暴風が吹き荒れた後のような大惨事となっていた。


 マーズの太刀を受けずにすんだ無事な木々が、ざわざわと葉を擦らせて、不気味な音を立てる。

灰色の重苦しい空が、自分を押しつぶそうとしているように見える。

鳥の鳴き声が、あざ笑いの声に感じる。


 美月は今、ここにある全てのものが、自分を追い立て、追い詰めるだけのものにしか見えなくなっていた。


もうどうせ見つかっている。それに距離もどんどん狭まってきている。

美月は大地を蹴って、空中へと踏み出した。


 地面がどんどん遠ざかっていく。気がついたら、先程まで自分のいた森が、足下にあった。葉の生い茂る木々の様が、まるで緑色の絨毯に見える。


 その絨毯に、一本、別の糸が混じっているかのように、色が違う部分があった。

 美月の背後に真っ直ぐ伸びる線。美月を追って、美月のいる方向に伸びている線。


 その正体を知って、美月は体の底から冷えるような感触に陥った。


 それは、マーズが木を切り倒していっている跡だった。そして今も、線は伸び続けている。


 地面にいるわけにはいかない。美月はジャンプを繰り返しながら、とにかく山を下りることだけに集中しようとした。


 しかし、地上から聞こえてくる轟音と、伸び続ける茶色い線に、つい気を取られてしまう。


 何度も振り返りながらジャンプを繰り返していくのだから、注意も散漫となる。

倒れてくる木に押しつぶされそうになったり、倒れてくる際の風に推されて転びかけたりと、逃げようとしても上手くいかない。マーズとの距離は離れるどころか、縮んでいく一方だった。


 熱さからくる汗と、冷たい汗が、混ざりながら額から滴る。

生ぬるい向かい風が、飛翔を妨げるようにして纏わり、絡み付く。

着地をすれば、間髪入れずに背後から音が鳴り、自分の隣に木が倒れてくる。

ごろりと隣に転がる樹木と、迫り来る足音に恐れおののき、またジャンプをする。

それを、ひたすら繰り返した。


 真っ白なマントが、跳び上がる度に風をはらみ、ばたばたと音を立てる。

マントの形をしているのなら、これでずっと飛び続けることが出来れば良いのに。

誰を恨んだらよいものかわからないが、とにかく恨めしかった。


「!」


 その時だった。確かに美月の目に、あるものが飛び込んで来た。

立ち並ぶ木々。生い茂る葉。その向こうに、人工物が所狭しと並ぶ場所があった。

町だった。


 ここまで来られた自分は、まだ捕まっていない。別々に逃げた他の皆も、無事なはずだ。助かる。全員。これで。


 空には灰色の雲が立ちこめていたが、さあっと目の前に光が差し込んできたように見えた。

 思わず顔が緩む。顔だけでなく、体中の筋肉も緩みそうだ。

けれどここで緩ませようものなら、今差し込んだ光に手は届かない。


緊張から解放され綻んでいく体をなんとか持ちこたえさせながら、美月は一本の木に着地した。


 町は目と鼻の先。このジャンプで決まる。枝に止まった足に、膝に、力を込めた時だった。


 ぐらり。体が、前に傾いていく。足下も傾いている。木が、傾いている。

枝を、葉を、散らしながら。音と共に。樹木が、大地から切り離されていく。


どうして、今。


「うわああああああっっっ!!!!!!!」


 緑色の地面が、近づいてくる。どんどん。

ゆっくりなのに、速い時よりも、更に怖い。

頭の中が、止まっている。

けれど、時間は、止まっていない。


 美月の体は、丘に生える芝生の上に舞い落ちた。

木から投げ出され、ごろごろごろと石のように転がっていき、斜面の途中でようやく静止した。


 そういえば、この丘。つい先日も、訪れた気がする。

忘れているわけではないのに、脳内はぼんやりと霞みがかっていた。


ばきり。


その霞を、足音がかき消した。


 倒れ伏したままの美月の目は、山の入り口に向けられた。

自分がジャンプのために利用しようとした木が、同じように倒れている。その向こうに立っているのは、炎だった。


「手間取らせやがって……!」


 その炎が、その木を踏んだ。ぐしゃりと、真っ二つに割れた。


「まさかこんなにしぶとく逃げ続けるとは思ってなかった。……でも、もう終わりだ!」

 両手剣の刃の先が、きらりと輝いた。その光は、今一番見たくないものだった。

「しかもここは、確かビーナスちゃんがあんたらと戦って、それで負けた場所じゃないか!」


 ぐるりと頭を回して見渡した後、マーズは大きな声を張り上げた。


「ちょうどいい! 今この場で! ビーナスちゃんの仇を討つ!!!」

「……」


 こちらに戦う気は無い。仇を討つのが目的なら、もう果たされている。けれど、もしここで諦めたら、ハルとココロはどうなるのだろうか。


 でも、きっと逃げたはずだから大丈夫だ。もう自分は、一歩だって動けない。

降参の意を込めて、美月が目を閉じた瞬間だった。


「お前も、そいつのようになってもらう!」


 妙な台詞に、美月は目を開けた。両手剣が、別の方向を向いていた。顔を横に向け、瞳がその方向を見る。


 少し遠くの斜面に、何かが転がっていた。

美月と同じような服装。よく見慣れた髪。体。


 美月は駆け出していた。


 立ち上がった刹那体中に激痛が走ったが、意地のみで足を前に出す。

その人のすぐ傍まで辿り着くと、がくんと体の力が抜け、また地面に倒れた。

それでも、手だけは伸ばした。その人に向かって。


 うう、と小さく開いたままの口から、苦しそうな呻き声が漏れた。

閉じたままの目にかすかに力が入る。かと思うと、うっすらと開き、瞳が見えた。

その目は虚空を見つめているようで、美月の姿は映っていない。


美月はがたがたとした口で、その人の名前を呼んだ。


「そ、ら……?」


 穹の髪はぼさぼさで、小さなひっかき傷が多くついている。

マントもズボンもベストも、土や埃などの跡が多くついており、裾や袖の先が綻んでいた。白色なので、汚れがとても目立つ。水色のジャケットには、細かな葉っぱや枝が一層付着している。


 ひどい有様。その一言に尽きる様相だった。


「な、何があったの?! どうしてここに?! 私とは逆方向に逃げたでしょ?!」


 開いてるか閉じてるかわからないくらいの目が、先程よりも少しだけ大きく開いた。


「ごめん……」


 一言、その口が言葉を紡いだ。耳を澄ますとかろうじて聞き取れるレベルの、とても弱々しい声だった。しかし、穹は震える唇を懸命に動かす。

 なんとか話せる気力は残っているらしい。でも、起き上がることはできないようだ。


「声が、インカムから聞こえてきたんだ……。いてもたってもいられなくなって……」


 美月は反射的にインカムに手を触れた。切ったつもりでいたが、まだ通話状態のままだったのか。


 はっと、美月の目が見開いた。


 木がどんどん切り倒されていき、その音がずっと響いていたので聞こえてこなかったが、確かに一瞬、穹の声を聞いた気がした。

あまりにすぐのことだったので空耳なのかと思ったし、何より、それどころではなかった。


「そいつな、背中から不意打ちを狙ってきやがったんだよ! だからな、受け止めて、吹っ飛ばしてやった!」


 振り向くと、マーズが悠然とした足取りで近寄ってきていた。

戦意喪失した獲物の前で、もう逃げることはないとわかりきっている、余裕を持った獣のようだった。


 穹は、困惑気に目を見た美月に、瞬きして頷いた。


「来るとわかっていたから、ちゃんと防御して受け身はとった。でも……」


 穹は顔を歪ませた。どこか痛みが走ったらしい。


「……山から、山の外の、ここまで飛ばされた。強すぎるよ、あの人……」


 わかってる、と美月は早口で言った。

穹も、美月も、怪我を負っている。それも、大きなダメージのものを。対して、敵は無傷。


「……もういいでしょう?! ちゃんと仇は討ったでしょう?!」


 美月は体を起こし、倒れたままの穹を庇うように、しゃがんだ状態のまま両手を伸ばした。


 マーズは、「はあ?」と、およそ美月が望んだ反応とはかけ離れた返事をした。

その声は低く、怒気が前面に押し出されていた。顔は赤く、まなじりはつり上がったまま。

右手に持った剣を、重々しい動作で振った。


「ビーナスは確かにシロに攻撃されたけど、ギリギリ避けて無傷だった! 対して私と穹は怪我をして、もう戦えない! 充分でしょ?」

「駄目に決まってるさ!」

「どうして?! ハルは本当に、どこに逃げたか知らないし……!」

「違う! まだ残ってんだよ!」


 右手に持つマーズの剣先が、そのまま木の生い茂る、山の入り口へと向かう。


「……出てこい」


 美月が、何もいないじゃないかと言いそうになった時だった。

風が吹き抜けていくかのように、音も無く、木々の間から、それは現れた。

風が、その人の黒髪を、ゆっくりと揺らしていった。


「み、未來?!」

「さっきぶり、美月」


 未來の口調は、とても静かだった。あの、驚愕に尽きる事実をカミングアウトした時のように。


「大きな音がずっとしていて気になってた所を、穹君の悲鳴が聞こえてきてね。嫌な予感しかしなくて、来ちゃった。ごめんね。シロさんは、ハルさんに預けたよ。大丈夫、皆ちゃんと逃げたから」


 淡々とした喋りを聞きながら、美月は、未來が本当に未來なのかと、そんな疑問を抱いた。


 未來の顔に、笑顔が浮かんでいなかったのだ。

いつも上がっている口角は平坦で、目は、何を見ているのか掴めない。


 別人のようだった。未来の体を借りている、未來の偽物なのでは。本気で、そう感じた。


「……へえ、報告にはいなかった奴だね。ふん、なかなかのもんを持ってそうじゃないか」


 そこで初めて、マーズが下げていた口角を上げた。笑ったのだ。

けれども、未來がいつも見せる笑顔とは、全く違う。むろん、今まで他の人がそのような笑顔を浮かべているところを、美月は見たことがない。


「そう。ありがとう。宇宙人だからね、私」

「へえ! そいつは驚いた。こんなに完璧に擬態できるもんなんだな!」

「みたいだね」


会話が途切れた。嫌な風が吹いた。中途半端にぬるくて、まとわりついて、何かを運んできそうな風。それがやんだ時、未來が口を開いた。


「……コスモパワーフルチャージ」


 よどみなく発せられた声は、一人言を言うみたいに小さく、でもはっきりとしていた。


 光が未來の全身を包んで散ると、服装が変わっていた。

着物のように袖が広いジャケットがはためく。その袖から伸びる手に握られているのは、ジャケットと同じ、赤色をした刀だった。鞘から取り出す音が、やけに高く、大きく聞こえた。


 赤く瞬く刀身。両手で構えたその先を、ゆっくりとマーズに向ける。


「み、未來……」

「平気だよ。でも、少し離れた場所にいたほうがいいかもね」


 未來は、美月の顔を見ていなかった。見ているのは、マーズだけだった。


「……面白い。楽しめそうじゃないか!」


 マーズは、また笑った。

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