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コズミックトラベラー  作者: 星野 ラベンダー
Chapter2「宇宙船で暮らす人々」
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phase7.1

 ちかちかと細かな光が、穹のシールドにぶつかって跳ね返る。


 正面には、レーザーガンを構えた船団の人達が十名ほど固まっていた。目の前で攻撃を目の当たりにした穹は一瞬、足が後ずさりかけた。だがすぐに踏ん張った。


「ごめんなさい、どいて下さい!」


 壁を支えていた片方の手を拳に変え、裏側からシールドを殴りつける。その瞬間に攻撃がやんだ。穹に飛ばされたシールドが一直線に進んで目の前の壁に激突する頃には、既に発砲を続けていた人達全員いなくなっていた。


 まただ、と美月は思った。穹のシールドを殴って飛ばす攻撃。初見でいきなり避けるのは難しそうなものだが、この船の人達は皆して勘が鋭いらしい。


 細かく考えていられる余裕は無かった。追っ手の数が、先程までの比ではないほど増えていたからだ。


 もちろん諦めずに逃げ続けたが、地の利は圧倒的に向こうにある。回り込むためにはどうすればいいか、効率的に追いかけるにはどうしたらいいか、完全に熟知しているわけだ。


 気がつけば、前にも後ろにも、追っ手の群衆が迫っている状況になっていた。未來とアイが頷き合い、未來は刀から光線を、アイはレーザーガンを、行く手を阻む人の壁へ向けて連射した。


 ところが、彼らは全員、それを難なく避けた。新体操か何かのように軽やかな身のこなしで飛び上がって、攻撃を全ていなしてしまったのだ。


「挟まれちゃったよ?!」


 どうしたらいいのか振り返れば、ハルは小さく頷いた。


「今すぐ散りなさい! でないと、命の保証はできない!」


 ハルはココロを床に下ろすと、両方の手のひらを合わせた。食事をするときのようなその動作に、ジュネラミナ星でハルが見せた技を思い出す。


 高威力の電撃砲を見舞うハルの必殺技。初めて見せた時はサターンとジュピターがココロを連れ去る直前だったにもかかわらず、強敵二人を退けココロを取り戻すことができた。


 両手を前に出そうと腕を曲げた、その瞬間のことだった。


 ハルの体が、横に吹き飛んだ。


 ハルが立っていた、その真横にあった壁に、ちょうど人が通れそうな大きな穴が空いていた。


 穴の向こうに、片足を蹴るような形で突き出した格好をした、黒いローブ姿の人物がいた。

 自動販売機くらいはありそうな身長をしたその人物は、目を丸くして倒れたハルを見るココロの首根っこを掴み、持ち上げた。


「ようやく、捕まえた」


 しゃがれた女性の声が、フードの下から聞こえる。え、え、と呟くココロは、呆然と瞬きを繰り返していた。


「ココロちゃん!!」


 未來が飛び出し、一気に壁を蹴ってマントの人物へ近づいた。刀を振り下ろすのと同時に、マントの人物が空いている手を未來に向かって伸ばした。とん、と手が未來の腹部に触れる。押す動作と同時に、未來の体は一気に後ろへ吹き飛んだ。


 悲鳴を上げつつ床に転がった未來を見下ろしながら、顔を隠したマントの人物は興味なさそうに呟いた。


「弱いね……。そんなに弱くて、今までどう生きてきたんだか」

「おい、皆!」

「ピィ!」


 その時だった。前方を塞ぐ追っ手の壁の向こうから、聞き覚えのある声がした。

 人波の向こうに、これまた覚えのある、紫の髪を下の方で結んだ青年が、白い弓型の機械を携えた姿で唖然と立っていた。傍には真っ白な生き物が宙を飛んでいる。


「変なサイレンの次はこれかよ……! 今どういう状況だ?!」

「襲われてるの、全員から!!」

「!」


 美月が言った途端に、クラーレの目が鋭くなる。躊躇いなく船団の人達へ向けて、風の弓を構えた。シロも威嚇するように唸り声を上げる。


 しかし、船団の人達は一切動じなかった。


「幼体のプレアデスクラスターだ!」


 誰かがシロを指さして叫んだ。


「こっちも捕らえろ!」

「一攫千金のチャンスだ!」

「傷ついたら値が下がる、大事に扱え!」

「……は?」


 どやどやと何名かが、クラーレへ、というよりシロへ向かっていった。弓に恐れる気配など微塵も見せなかった。


 顔を強張らせたクラーレは即座にシロを背中側に隠し、後ずさった。


「ふざけるな、それ以上近づくんじゃねえ! いいか、聞け! 俺はっ」

「ベイズム星人なのだろう?」


 静かな口調で、誰かが告げた。途中で台詞を中断させられたクラーレは、小さく息を飲んだ。


「だが、彼は絶対に毒液を出せない」

「それにこの状況で毒を出せば、仲間にも被害が被るかもしれないしな。尚更だ」

「あんたら、なんでそれを……!」


 クラーレはベイズム星人だということを、美月達は誰も話していない。むろんクラーレもだ。そもそも彼は船団に来てからずっと、船の人達と交流を持たなかった。

 なのに、彼の母星を、種族を知っている。はっとクラーレは瞠目した。


「待て、わかったぞ。あんたら、ダークマターの仲間だな! 俺らを騙して、それで捕まえようと!」

「あんなもの! あんなものと一緒にするな!」


 突然、鋭い怒鳴り声が飛んだ。そうだ、そうだと荒ぶる声があちこちから湧く。空気が殺気立った。


「お前達のことを知っているのは、ずっとお前達のことを見張っていたからだ!」

「本当なら、お前達の船の中にも見張りを施したかった。だがそこのベイズム星人がいつも船にいて外に出てこなかったおかげで、結局何もできなかったんだ……!」

「セキュリティも厳しいせいで、影から監視するしかなかった。どうして変なところで思い通りになってくれなかったんだ!」

「待ってよ、じゃあなんで私達は襲われているの?!」

「わかりきっているだろう!」


 少し油断していた。それは確かだった。その隙を見逃してくれるはずもなかった。美月の体が誰かによる体当たりを食らい、大きくよろめいた。


 体勢を立て直す間もなく、反撃する間もなく、床に伏せられて両腕を掴まれる。助けに入ろうとした穹や未來、アイも、続けて同じように捕らえられた。


「皆!」


 唯一無事だったクラーレが駆け出そうとする。しかしそれも阻まれた。ばたばたとかなり軽い足音と共に現れたのは、まだ十にも満ちていないような幼い子供達の集団だった。皆揃ってクラーレの体にしがみつき、その行動の自由を防いだ。


「やっ、やめろ! 離せ! どけ!」


 怒鳴りつけても、子供達は誰一人離れようとしなかった。クラーレの弓を持つ手が震えていた。弓矢を放てば簡単に散るのは確かだ。だがクラーレは、絶対にそれができない人だった。


「お願いだから、お願いだからどいてよ!!」


 冗談ではない。ダークマターに追われる日々ならまだしも、なぜ全然知らない集団に襲われなくてはならないのか。首を回して懸命に訴えるが、美月を押さえつけている人は、「離すわけにはいかない」と無情な一言を放つだけだった。


「捕まるのが嫌っていうなら、警察には絶対言わない! だから見逃してよ!」

「信じられるわけないだろう。仮に本当だったとしても、逃すわけにはいかない」


 その人は、大柄のマントの人物が捕まえているココロに向けて指を指した。


「わかりきっている、と言っただろう。そこにいる子供。その、なんでも願いを叶える魔法の力を持つ子供。我々は、あれが欲しいのだから」

「……今、なんて?」

「mindのことは知っている。この宇宙にあるもの全てを記録しているマザーコンピューターという概念についても」


 ココロのオッドアイの瞳が、微かに揺れた。


「今日、あの子がmindだと話しているのを聞き、何としてでも欲しいと考えた。あれさえあれば、小さな願いも大きな夢も、無限に叶えたい放題だからな……!」

「その為にここまでのことを……?」


 突如、それまでずっと倒れていたハルが、バネのように起き上がった。


 ココロを掴んでいるマントの人物の懐に潜り、首を両手で掴む。一秒にも満たない出来事だった。


 ばちばちばちい、と身が竦むような大きな音がした。マントの人物は、悲鳴すら出さないまま後ろへ倒れていった。


 ハルはココロをしっかり抱きかかえると、振り返りざまに片手を大きく振った。手の先からぱちぱち弾ける短い電流が飛んでいく。


 それは的確に、美月達を拘束する人物達の手や足、首に当たった。電流に接触した人達は、揃って呻き声を上げた。拘束の力も緩む。


 その隙に美月達は抜け出すと、ハルと共にクラーレを連れて、再び走り出した。

 クラーレを拘束していた子供達も、さすがに怯えたのか少しだけ力が緩んでおり、クラーレの腕を引っ張れば簡単に振りほどくことができた。


「ハル、さっきの人達……」

「全員気を失わせただけだ。ココロを捕まえた人間は、分析により極めて頑健な体躯を持っていると判断したので、その分の電気は流したが」


 ばたばたと走りながら、格納庫のある地下一階をひたすら目指す。


「……あの短時間でmindを盗む算段を立てたにしては、連携が取れすぎている……」

「えっ、何か言った?!」

「皆さん、もうすぐ格納庫です!」


 正面に格納庫に通じる扉が見えてきた。この扉も装置がついており、ロックがかかっている。


 しかし大人しく立ち止まるわけにはいかなかった。「皆!」というハルの言葉を合図に、美月、穹、未來、クラーレ、アイの五名で扉に一斉攻撃を仕掛けた。


 殴られ蹴られ斬られ、矢を放たれ銃で撃たれ。頑丈な扉は歪んでいき、さほどの時間もかからずに外れた。


 やったと思ったのも束の間だった。格納庫の中が、何も見えない状態になっていた。


「何これっ!!」


 鼻につく匂いと、喉が塞がる感覚。格納庫の中は、文字通り一寸先も見えないほどの、濃い煙で充満していた。ごほごほ、と皆の咽せる声が重なる。


「毒はない! このまま進むんだ!」


 真っ白な煙の向こうで、ハルの声だけがする。でも何も見えないよ、と美月は訴えた。大きなコズミックトラベラー号の、その影さえも全くわからないのだ。


「そのまま手を伸ばしなさい! 私の服を掴んで、決して離すな!」


 言われたとおり手を伸ばせば、トレンチコートの感触を指が捉えた。躊躇いなく、しっかりと掴む。


 全員掴んだかというハルの問いかけに、美月だけでなく他の皆の応答が返った。姿は見えないが、仲間達も同じように掴んだらしい。


「アイは!」

「見えます、大丈夫です! そのまま行けます!」

「よし、行くぞ!」


 煙の中でもどこに何があるかわかるロボット達の目と違い、人は何も認識することができない。握っているハルが、文字通り道標だった。


 アイ以外の全員がハルの服を掴んでいる状況のため、先程のように走って移動することはできない。しかし格納庫は、もともとそれ程の広さではない。


「ついたぞ!」


 ハルが声を上げた、同時にすぐ真正面から機械音が聞こえてきた。コズミックトラベラー号の出入り口の、スロープが伸びていく音と一致していた。


「うわあっ!!!」


 しかしスロープに足をかけたのとほぼ同時、後ろから突き倒された。ばたばたっと、人数分の仲間達の転倒音が重なる。転倒した体を、何者かが強い力で押してくる。


 体が動かなかった。姿の見えない襲撃犯に、恐怖以外の感情が無かった。皆の悲鳴や呻き声が上がる。


 その時、ばちばちっと大きな音と共に、長い糸のような電気が煙の合間を縫って飛んでいった。小さく悲鳴を上げて、美月を抑えていた人達がどいた。


「駆け上れ!」


 複数名がスロープを走って登る音が聞こえる。美月も急いで登ろうとした。けれど、足に上手く力が入らなかった。まずいと思ったときには、両方の膝がスロープについていた。


 今、周りに誰がいるのか。仲間がいるのか、敵がいるのか。待って、と叫ぶことに一瞬迷いが生じたときだった。手が掴まれた。小さくて柔らかな手だった。


「ココロ?!」

「そうよ? さっきハルも一緒に倒れちゃったから、離れちゃって」


 姿は見えないが、ココロの声が煙のすぐ向こう側から聞こえる。この状況なのに、全く意に介していない、淡々とした口ぶりだった。


「ほら、早く行こう? これ以上ここにいても、新しいものを知ることはできなさそうだし」

「当たり前よ、早く逃げるわよ!」


 美月はココロの手をしっかりと掴み直し、スロープを駆け上った。


 飛び込んだコズミックトラベラー号は、扉が開いていたせいか入り口付近も濃い煙で覆われていてろくに見えなかった。

 その途中だった。突然、何かにぶつかった。まるで押されたような衝撃が、背中に強く訪れた。どたっ、と転倒してしまう。ココロの手が、美月の手から抜ける。


「な、何?! 大丈夫、ココロ!!」

「え、ええ」

「何が起こったの?!」


 すぐ立ち上がり、ココロの声のするほうへ行こうとした。

 その瞬間、また衝撃が来た。突き飛ばされるように、後ろに倒れた。


 充満する煙のせいで、状況を把握できない。ココロはどこか。転んだのか。何も起きていないのか起きているのか。頭が回る。目が回る。


 わからない。見えない。全部わからない。


「みづきー、先に行ってていいわよ」


 ココロが言った。平時で聞くような、けろりとした声。


「で、でも!」

「どうせもう宇宙船の中だもの、大丈夫でしょう。それより早く逃げなくちゃでしょ?」

「そっ、そうね!」


 そうだ、早くしなくては。早く逃げなくては。一刻も、一秒でも早く、この船団から脱出しなくては。逃げなくては。すぐに。今すぐに。


 美月は一人でコックピットへ向かった。無我夢中だった。逃げること以外の全ての思考が頭から消えていた。


 進んでいくにつれ、徐々に視界も晴れていく。コックピットになだれ込めば、既に他の皆は座席に着いていた。


「師匠、やっと宇宙船の扉が閉まりました!」

「そうか。この煙、どうも機器類の動きを大きく鈍らせる効果があるようだ」


 全員息が上がっており、ぐったりとしていた。美月も息を切らせながら、必死で自分のシートに座ってベルトを締める。


「格納庫の出口はロックされているかと!」

「体当たりでこじ開ける。扉の強度については分析済みだ、スピードを出して三回体当たりすれば破壊できる!」

「わ、わかりました!」

「皆は衝撃に備えろ! アイはワームホールを探す準備もしておくように!」


 まだ危険が去ったわけではない。けれどようやく、あと一歩だ。これで逃げられる。肩の力が出て行きそうになった、その時だった。


「ピ! ピイ!!」


 まるで慌てているように、シロが何度も鳴き声を上げた。


「おい」


 後ろの座席に座っているクラーレが声を発した。そこでふと美月は、妙にコックピットが静かなことに気がついた。何か、大きなものが欠けているような。


 美月も、他の皆も、クラーレのほうを向いた。


「ココロは」


 真っ白な顔で、クラーレは言った。クラーレの隣にある座席には、誰も乗っていなかった。


 空白の座席から、視線を上げる。見る先は、窓の向こうだ。


 煙はほとんど晴れていた。防護服のようなものを着たショーラ船団の人達数名が、ばたばたと船の中へ引き返していくところを見た。


 その中の一人が、小脇に何かを抱えていた。その何かは、ぐったりと両腕を垂らしていた。ぴくりとも動かなかった。

 “何か”は真っ白な髪を三つ編みにした、七歳くらいの少女の姿をしていた。


 全ての動きが、ゆっくりになった。


「ココロ!!!」


 美月はシートベルトを外し、窓に飛びついた。


「コッ、ココロ! ココローーー!!!」

「ミヅキ、席についてベルトを締めなさい!」

「やっ、やだ! 駄目だよ、やめて! 嫌だ! 助けなきゃ、助けなきゃ!! ハル!!」

「今出て行けば全滅する! 一度逃げて体勢を立て直すことが先決だ!」


 天井まである格納庫の出入り口は、ぴったりと閉ざされている。壁と化している扉に向けて、コズミックトラベラー号は体当たりを行った。

 どかん、と音がするごとに、がたがた船内が揺れる。一回の体当たりごとに扉にヒビが入り、亀裂が広がっていく。


「ココローーーーーーッ!!!!!!」


 ばきばきばき、と前方から何かが壊れる音がする。扉が破壊された音だ。


 全ての景色が遠ざかっていく。


 美月が腕を伸ばす頃には、ココロも、ココロを抱えた船団の人物も、何もかももなくなっていた。


 窓の向こうに広がっていたのは、宇宙船でもなんでもなく、ただの星の海だった。

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