phase6「船団の真相」
ショーラ船団の船に戻ると、船の人達がちょうど良かったと声をかけてきた。用事ができたので、予定を早めて三十分後には出発するというのだ。
それは美月達にとって幸いなことだった。展示会ではごたごたが発生したものの、ダークマターに捕まることなく目的を達成し、一行は再び宇宙に旅立った。
本来はこの惑星でコズミックトラベラー号の修理を頼むためお別れの予定だったのだが、ダークマターのことがあったので、急遽もう少しだけ滞在し充分に距離を取った場所で、改めて修理を呼ぶことを決めたのだ。
いきなりの変更だったにもかかわらず、船団側は嫌な顔一つしなかった。むしろお別れが寂しかったからと、喜んでくれた。ハルがおつかいを頼んだときも、「こちらも展示会に用事があってちょうど良かったから気にしなくて良い」と気遣ってくれたという。
本当に優しい人達ばかりだと美月は思った。こんなに出会う人全てが気さくな良い人ばかりの空間があるなんて、本当に素敵なことだと感じた。
「あれ? 穹ってば、もう元の格好に戻っちゃったの?」
「戻るに決まってるでしょ! 凄く恥ずかしかったんだからね!!」
コズミックトラベラー号に戻った弟がまずやったことは、着替えと化粧を落とすことだった。ハルに頼み、シャンプーの効力で長く伸びた髪も散髪してもらった。
一時間も経たないうちに、穹はすっかり元通りになっていた。未來から借りた手鏡で自分の姿を何度も確認した穹は、「もうあんなの二度とごめんだからね……」とぐったりソファに脱力した。
しかし穹のコーデや諸々を担当した美月としては、せっかく似合っていたのになと惜しい気持ちがあった。フリルもレースもリボンも全てが無理なく、あつらえたようにぴったりと溶け込んでいた。どうやら顔に出ていたらしく、「本当にもうやらないからね?!」と釘を刺してきた。
「そもそもあいつに正体がばれたってことは、女装しているってわかる見た目ってことじゃなかったの?」
「そんなはずないよ! だって誰も穹のことを穹って気づかなかったじゃない。マーキュリーと会ったとき、ばれるようなリアクションをしちゃったんじゃないの? あのセプテット・スターのこと、一番嫌ってるんでしょ?」
「……まあ、いきなり話しかけられて固まっちゃったし。顔には、確かに出ちゃってたかも。……ああ、だけど本当に腹立つ……。なんか惜しいことしたなって気持ちが出てきた……。どうせなら完璧に演技してやれば良かったかな……。で最後に、開けてるかどうかわからないようなほっそい目をしているから見間違うんですよって言ってやれば…………。……いやでも、わかりやすい悪口だと絶対馬鹿にされるしもっとこう…………」
穹が呪詛を吐くように一人言を吐き出し始めた。全身からどす黒い空気が漏れているように見える。さー、と背筋が寒くなった。
その時、話題を変えようと考えたのか、ソファに座ってタブレット端末で情報を収集していたアイが手を上げた。
「展示会の件ですが、速報のニュースを見たところ、既に警察が動き出した模様です。さすがに騒ぎになっていますね……。まだ事件か事故かはわからないようですが、事件の可能性が高いと見られています。現場は安全面で最大限の考慮がなされていますので、考えにくいと……」
「しかし、防犯面においてもセキュリティは厳重そのもののはずだがな。となると、犯人は手練と考えるのが妥当だろう。加えて複数犯である可能性が高い」
「少し前にも、輸送中の電池を盗難された事件がありましたよね? それと関係があるのではと思うのですが……」
「可能性は高い」
その時。ソファに腰掛けていた未來が、何かを思い出したように顔を上げた。
「なんか、前にもジュネラミナ星で……」
ところが未來は最後まで言い切らず、納得がいかないように緩くかぶりを振った。未來が黙ったことと一人言のように小声だったこともあって、誰も何かを聞くことはなかった。
未來は恐らく、ジュネラミナ星の鉱物博物館で起きた爆発事件のことを言おうとしたのだろう。それにあのとき、町中で明らかに堅気ではない、妙な集団とも遭遇した。あの事件の犯人はまだ捕まっていないのだという。
あの事件と今の事件を思い出して並べると、無意識のうちに二つの点を線で結んでいた。
証拠など何もない。こじつけに近いことはわかっている。「自らが間近で遭遇した、故意に起こされた大きな事件」という共通点だけで繋げてしまっているだけというのは理解できる。
だが、しかし。それでもつい、美月は考えてしまっていた。何か関係があるのかと。漫然とした不安感の中で考えても、答えらしい答えは出てこなかった。
なので美月は、コズミックトラベラー号の点検を行いにいくというハルのあとをついて行き、自分の感じたことを伝えた。ハルからの回答は、「その可能性は低い」だった。
「一致する点が少ない。やり口も、向こうの方が遥かに派手で人の目を集めるし被害も大きい。盗んだ対象も、ジャンルが違う」
「そっか……。考えすぎかな?」
「いずれにせよ、私達には関係のないことだ。気を揉む必要は薄い」
ハルは後方のエンジン付近に回り、こんこんと軽く機体を叩くと一人で頷いた。自分で直せるところは直しておくと、船団に来てからずっと作業を続けている。
「しかし盗難事件が相次いだところを考えるに、展示会は毎年の恒例行事だが、もしかすると来年ダークマターは参加を見送るかもしれない。そうなった場合特別協賛社の筆頭が不参加となると、規模もその分縮小するだろうな」
「そんなー! せっかく行ってみたかったのに!」
駄々をこねる声が上がる。声の主はいつの間にか現れていたココロだった。
ハルが「何をしているんだ」と聞くと、ココロは「ハルにお願い事をしようと思って!」と言った。
「どうしても展示会に連れて行ってほしいって、お願いしようと思って来たの。あたしの見たことがないものの数々が、一カ所に集まっているのでしょう? 絶対に行かなきゃだめな場所じゃないの! なのにそんなことって……」
「ダークマターが主催者である以上、どのみち無理な話だ。諦めなさい」
「そんなこと言われても割り切れないものがあるわよ……! ハルは実際に行ったことがあるから、そうやって他人事のように言えるのよ」
「行ったことがあるというより参加者側だが、確かにそうだな。ほぼ毎年参加していた」
かつてのダークマター社員として所属し、バルジ社内研究所の研究員だったロボットは、何の感慨も感じさせない調子で言った。
「ほらやっぱり! ずるい!」
「ずるいと言われても、最後に参加したのは4年前で、以降はスタッフとして呼ばれていない。4年前のときは別の仕事を任されていて参加できなかったし、それ以降は、この通りダークマターから逃亡している身となったからな」
「でも、それまでほぼ毎年って凄いね!」
美月が純粋に称賛を送ると、ありがとう、とハルは律儀に頭をぺこりと下げた。
「確かハル、展示会の仕事に関われるのは名誉なことって言ってなかったっけ?」
「言った。私の場合だが、通常、何人かのチームに分かれて展示内容など業務に携わるのだが、私は大体の作業量を一人でこなせるので、単独で担っていた。だから重宝されていたのだろう。ただ5年前、つまり最後に参加したときは、サターンも一緒だったな。まだ彼は〈サターン〉ではなかったが」
ハルからすればただの事実報告という意識でしかないのか、実にさらりと言った。
が、だとしても美月はどう反応すればいいか戸惑った。ココロのように「へ~! そういえば友人だったって言ってたものね!」とあっさり返すことなどできない。
「そうだな。しかし、友人か……」
「違ったの?」
「いや。あの関係性に名称をつけるなら、友人という呼称が最も適正率が高い。だが適正があるからといって、相応しかったかと聞かれると、微妙だと私は考えている」
どういうことなのだろうと思ったが、聞いていいものか躊躇いが生じた。その間にココロが「どういうこと?」とあっさり質問した。
「先述したように、展示会を任されるということはとても名誉であり、自身のそれまでの働き全てが完全評価されたと言っても過言では無い大きなこと。サターンは、その展示会準備の、各チームのリーダーを更に纏める、トップリーダーという役割を任されたんだ。もともと責任感の強いサターンは気を張って、必ず成功すると意気込んで毎日奔走していた。加えて、通常業務や日々の研究の量も全然減らさなかった。
一日の作業量が桁違いに増えたので、休める時間も大いに減る。私は、このままでは彼の健康状態に支障が出ると判断した。というより、実際に倒れたんだ。だから私は、サターンが回復している間に、裏で準備のほとんどを請け負い、片付けた」
「ハルがお仕事を代わったのね。なら喜んだんじゃないかしら? 人間はそういう生き物って学んだわよ」
「私もそう考えていた。悪い反応は返ってこないだろうと。適切な行動を取ったと。ところが、戻ってきたサターンは怒ったんだ。なんてことをするのだ、と。私一人でこっそりとやったことなので誰にもばれていない、人に言わなくて良い、自分の手柄にして構わないと言ったら、更に怒った。
自分に任されたことだから、自分がやり遂げたかったと。人にばれたかそうでないかなど関係無い、これでは自分の心が全然納得しないのだと。私は謝った。だが、気持ちも感情も心も籠もっていないその場しのぎの謝罪など一つもいらないと言われた。これ以上の謝罪を入れても無意味と判断し、私はそれ以上何も言わなかった」
「わかった! そんなことがあったから、今の状態に繋がっているのね?」
「違う。その後しばらく経ってから、向こう側から話しかけてきた。先の諍いのことは話題に出さず、何事もなかったように。だが、考えが変わったのか性格の影響か。当日、問題なく展示会が執り行われたのだが、その時に向こうから、改めて謝罪が入った。怒って悪かったと、心が籠もってないなどと酷いことを言ってしまって申し訳ないと。前者はわかるが、後者は事実なので“酷いこと”の台詞には当て嵌まらないのだがな」
「あら……。だったら、なんで今こんなに仲が悪いのかしら?」
「思想や思考が致命的に合わない部分があったから、と答える。が、更に広い視野で考えれば、私がロボットでサターンが人間だったからだ」
現実問題、仲が悪いという一言ではすまないくらいに悪化した関係性の二人だ。
なぜそうなったか。その答えを、どう見ても「人」には見えない「ロボット」のハルは、そのテレビ頭を人間の美月と、心が機械のココロに向けた。
「人間とロボットには違いがある。違いがあるということは、歪みが発生する。それこそサターン側の言い分のように、人によって心が違うから諍いが生じる。私はサターンの心を理解していなかった。だから今の状態に繋がった。自分が持っておらず、人が持っているものについて理解するのは難しいが、それが心ともなれば尚更だ」
「そうねえ。心って難しいわよね。あたしも、mindのことを機械って言っていいかわからないけれど、まあ機械みたいなものだから、ハルのその考え方わかる気がするわ」
「そうか。それはそれとして、あまり外でmindだと言わないほうがいい。誰が聞いているかわからない。君の正体を知られたら、どのようなトラブルが起こるか予測がつかないからな」
ハルは人差し指をテレビ画面に表示されている口に当てた。わかったわと言うように、ココロは黙って頷いた。
美月としては、機械同士の会話を、横で聞いていることしかできなかった。
今までハルから、心を持たないと何度も説明されてきた。が、二人の会話に接していたことで、それが具体的にどういうことなのか、実は自分は今まで何もわかっていなかったのではないかと感じた。何かを伝えたい気がしてならないのに具体的になんなのか、また伝えられたとしてそれは相手にちゃんと届く言葉なのかわからなかった。
立ちすくんでいると、ふいにハルがこちらを見た。
「ミヅキ、そろそろ厨房に手伝いに行く時間ではないのか? 私もそろそろ機械類の修理の手伝いをする時刻なので、ミヅキも確か、とデータを振り返ったのだが」
「えっ、今何時?!」
「この時刻だが」
言われた時間に、美月はえっと驚いた。
「そうだ忘れてた! ごめん、ありがとう!」
「あっ、じゃああたしも出かけなきゃ!」
「どこに行くというのだ? また放浪するのか?」
「みらいの配達のお手伝いについて行くだけよ。そんな無言の圧力かけなくても好き勝手なことはしないわよ。やらないって保証はないけれど」
「ココロ?」
「ココロ、本当に自分勝手に動いちゃ駄目だからね!」
ハルとココロに見送られながら、美月は慌ただしく格納庫を出た。
通路を進んでいる最中、ちょうど丁字路になっているところで、ふと別方向から人の声が聞こえてきた。見るとやや行ったところに、数名の人が固まって話をしていた。
「次の エザドルト まで、どのくらいだ?」
「四日とかそれくらいだが……目的地につくまでに、なんとか……」
「あいつらを……」
通り過ぎる一瞬で聞こえてきた範囲だと、断片的なものしかわからなかった。しかし、どうやら目的地について話をしているようだった。
特に疑問に思わず、ミヅキは厨房へ急いだ。
「ごめんなさい、遅れちゃいました!」
「ううん、ちゃんと時間通りだよ」
厨房の人達は、今日も暖かく出迎えてくれた。宇宙船の修理の関係上、残り数日でお別れとなるが、ならばせめて残された時間を存分に楽しもうとそう思った。
「今日のお手伝いはこれね。まずは、この箱の中の野菜を洗って。ぬめりが皮膚につくと痒くなっちゃうから、ちゃんと手袋を嵌めるんだよ」
「はい!」
今日も炊事の仕事を手伝いつつ、大人達ととりとめの無い雑談を楽しむ。すっかり日常の一部と化した光景だった。
「そうだ。お別れの前に、私特製のオムカレーを作ってもいいですか? お世話になったので、できれば船の人達皆に食べてほしいんですが」
密かに考えていたことを口に出す。厨房の人達を中心にミーティアのメニューを作って振る舞った経験は多いが、さすがにこの宇宙船で生活する人200人全員へのご馳走はまだしていなかった。お別れ前のこの時期は、皆に感謝のもてなしをする絶好の機会なのではないか。
一瞬の間の後、わっと場が華やいだ。
「もちろん大歓迎よ!」
「楽しみだわ!」
「でも全員分って大変なんじゃないかしら? 200人分よ?」
「そこは、気合いで乗り切ります! あでも、もしかしたら皆にも少し手伝ってもらうかも……」
「あらあら、全然いいわよ!」
「力入っちゃうわね~!」
「けど上手く作れるかしら? そこが心配……」
「教えるので大丈夫です!」
船団の人達が普段作っている料理はむしろ美月のほうが作り方を教わる立場にあるが、地球の洋食ならば話は別だ。意気込めば、同時にわくわくとした気持ちが湧いてきた。
今任せられているお手伝いにも、自然と力が入る。そんな美月を、和やかな眼差しで見つめている。
炊事仕事をしながらの、穏やかでのどかな空気と時間が、厨房に流れていた。
「そういえば、次の目的地ってなんですか?」
日常会話の延長で美月は聞いた。近くにいた一人がすぐに答えてくれた。
「えーっとね、ジェンドー星よ」
美月は野菜を洗う手を止めた。野菜が、流しから出る水に無抵抗にかかり続ける。
エザドルト、ではないのか。先程通路にいた人達はそう話していた。それなのに……?
その瞬間のことだった。平穏な空気を真っ二つに破る、大きな音が鳴り響いた。
それはサイレンのような警報音だった。いきなり生じた機械的な危険音に、美月は反射的に辺りを見回した。
まな板の上で野菜を切っている者、冷蔵庫から食品を取り出している者、鍋をかき混ぜている者、お皿を取り出している者……。
厨房にいる人達は全員、作業の工程を中途半端に止めた状態で、静止していた。
皆、誰も何も言わなかった。美月に状況を説明してくれる者も、落ち着かせようと宥めてくれる者も。
「な、なんですか、これ……!」
サイレンは鳴り続けている。美月は厨房の人達を見ながら一人一人に聞いていったが、返事が返ってくることはなかった。
その状態が数分続いた。大きなサイレンに耳が麻痺してきた頃、急に音が鳴り止んだ。美月が天井を見上げた、直後だった。
叩きのめすような爆音がなだれ込んできた。皮膚が震えた。息ができなくなった。思わず両耳を塞いだ。なのに耳はまだ脈動しているようだった。
その場で思い出したのは、鉱物博物館の爆発だった。会場からそれなりに遠い場所にいたのに、その音の緊迫と、地面が揺れるような衝撃が伝わってきた。
絶対にただ事ではない。助けを求めるつもりで振り向いて、そうして言葉を失った。
「それで、昨日からずっと食べたいと思ってた水羊羹を作ったんだけど、失敗しちゃってどろどろになっちゃって~」
「あら~、結構失敗しやすいわよね、水羊羹って! また挑戦しましょ、今度は私も手伝うわ!」
「そういえばあそこの畑の雨を降らせる機械、まだ壊れたままなのかしら? これ以上雨が降らないとあの果物の収穫ができなくなってしまうわよね?」
「大丈夫大丈夫。部品が手に入ったのだから、すぐに直るわよ!」
「そういえばこの前新しくした洗剤の香りが……」
「うちの冷凍庫、いい加減新しくしたくてー……」
爆音の前、いやサイレンが鳴る直前まで行われていた日常の光景が、そこには流れていた。誰一人も、状況について語る者はいない。
あえて触れないというより、そんな異常事態など起きていないとばかりに、無理なく至って自然に振る舞っていた。それが、どうしようもなく、不自然だった。
「あ、あの、さっきの爆発……」
「こらミヅキちゃん、手が止まってるわよ!」
「さ、さっき」
「そうよ、まだまだお手伝いしてほしいことはたくさんあるんだから」
「洗い終わったら、今度はそれを切るんだよ?」
「……」
向こうは誰も話さない。何も語らない。こちらが話題を持ち出せば避けられる。
なぜ。何かが違う。姿は掴めないのに、決定的な違いを感じる。
その時、手首のコスモパッドが着信を告げた。見るとハルからだった。周囲からの視線を感じながら、美月は急いで通話に出た。
「ハルッ、今の!」
『ミヅキ、今すぐそこから離れなさい!』
ハルの声が、美月の台詞を断ち切るように遮った。




