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コズミックトラベラー  作者: 星野 ラベンダー
Chapter2「宇宙船で暮らす人々」
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phase5「やっぱりばれたじゃない!!」

 「ありがとうございました!」


 部品を買った店のスタッフから丁重に頭を下げられる。こっちもありがとうございましたと素の声で返しそうになった寸前で、はい、と小さな台詞に変えた。思っていた以上に掠れた声に、逆に怪しまれたのではないかと思ったが、既にスタッフは別の客の応対をしていた。


 絶対何か起こると不吉な妄想が頭にべったり張り付いていたものの、今のところ杞憂に終わっている。女装がばれるということもなく、穹は目的の品を買うことができたのだ。部品を買うための手続きによる慣れない記入などで少々手間取ったものの、ハルから購入手順を教わっていたため、どうにか切り抜けられた。


 目的を達成した穹はその場にへたり込みそうになったのを堪えて、外で待っているハル達に終了の旨を伝えた。『最後まで気を抜かず、速やかに戻ってくるように』と告げられる。


 言われなくてもそうするつもりだった。何も起こらないうちに退散するに限ると、移動艇に乗り込もうと足をかける。


「そこのあなた!」


 はっきりと呼び止められて、びくりと全身が硬直する。まさかダークマターか、と速まる心臓と共に振り向いたが、そこにいたのは知らない女の人だった。


 全体的にモダンでスタイリッシュな服装をしたその女性は、非常にお洒落な雰囲気だった。女性は穹を上から下まで、下から上まで何度も視線を行き来させると、ぱあっと表情を輝かせた。


「とってもぴったり! あなたみたいな子を探してたの! ちょっと私達のブースに来てくれない?!」

「は、え?」

「モデルをしてほしいの! お礼ならちゃんと出すから!」

「いやっ、あの、わたしは!」

「こっちよ!」


 女性は穹の手を掴むと、ぐいぐい強引に進み出した。懸命に断ろうとしたが、穹の声など全然耳に入っていないようだった。


 壁にはめ込まれているように並んでいるブースは、入り口は壁から入るようだが、店の奥の出口から出ることもでき、出口は裏で通路となっていて他のブースと繋がっている。


 その通路を流されるがまま進んでいって辿り着いたのは、少し広めのスペースだった。女性は同じブースのスタッフと思しき女性から「どうだった?」と声をかけられ、即座に「この通りです!」と返した。話しかけてきたスタッフは穹のほうを見て、「まあ、この子なら……!」と輝かしい笑顔を浮かべた。


「こ、これは……? モデルって……?」

「デモンストレーションのモデルよ。予定していた子が急遽来られなくなったから、代わりの子を探していたの。でも、あなたなら申し分ないわ! こんなに可愛いんですもの! さ、とにかくこっち来て。難しいことは何もないわ、ただ立っているだけでいいから!」

「え、え、え?」


 スタッフに連れられていった先にあったのは、試着室のような白色の四角い箱だった。試着室と違うのは、カーテンがかかってあるべき場所が白い扉になっており、扉には大きな液晶画面がついているところだ。


 試着室の正面には仕切りのようにベルトパーテーションが立っており、その向こうには多くの人が集まっていた。


 急にたくさんの人の視線を浴びて、緊張するよりも前にとにかく混乱していると、穹の隣に最初に穹を連れて来た女性が、マイクを持った姿で立った。


「こちらの装置は、自動的にお着替えができる装置となっています! 今回はデモンストレーション用なので帽子やアクセサリー、靴など小物類合わせて十万五千点しか登録しておりませんが、最大八十万点まで服飾品を登録することが可能です。しかし最大の特徴は、この中に入ったお客様が、登録した服の中からお客様自身が求めている服と、その中で更にお客様自身に最も合う服を導き出し、自動的に着替える機能を搭載しているということです!」


 その後で女性は専門的な説明を挟んだ。詳しいことはよくわからなかったが、どうやら内部に脳波を測定する機械やセンサーが多く埋め込まれており、それによって中に入った人物が欲しい服、似合う服を登録してある服飾品の中から自動的に選択できる仕組みになっているらしい。ちなみにその機械には人体に一切害がない保証がついているということだった。


「もし、お客様が全く服を欲しがっていなかったとしても、お客様の体や雰囲気に大きくマッチした服が選ばれるので、きっとお客様ご自身も、いつの間にか服が欲しいと思うようになっていること請け合いです!」


 そこで穹は、はた、と気づいた。デモンストレーションと言っていた。それをするための機械は、中に入った人に似合う服に自動的に着替える機械。


 まずい、と一瞬のうちに感じ取った。これはつまり中に入ったら、穹が男だとばれるのでは。今、特に欲しいと思う服はない。欲しい服がない場合、自動的に本人に似合う服が選出されるのなら、メンズものが選ばれるのでは。


 逃げだそうと方向転換した。しかし一歩遅かった。「では、実際にどうなるかをご覧下さい!」と女性が試着室のドアを開けたあと、穹の背中を押した。よろめいた穹が足をついた先は、試着室の中だった。あ、と思う間もなく、扉が閉められる。


 どうすればいいのか、こうなったらこの場で倒れて体調の悪いふりをしようか。


 最後の手段を取るかどうか。その思考を遮断するように、いきなり壁からアームが出てきて、穹の服を一気に脱がせた。は、と思う間もなく、今度は別のアームが出てきて、穹に新しい服を着させてくる。いつの間にか全身のコーデが変わっていた。


「えっ……?」


 頭が真っ白になった。短い時間にあらゆる事態が詰め込まれたことに対してもそうだが、何よりも。今の自分の変化した服装に、愕然とした。


「終わったようですね! それでは見てみましょう!」


 外から声が聞こえた直後、ドアが開かれた。人の波が視界に飛び込んでくる。おお、と歓声が上がった。


「どうでしょうか、この服はこの子に似合っていますか!」


 女性がパーテーション向こうの人々に尋ねる。似合う、似合っていると誰かが重ねて言い、他の人達が揃って頷いた。


 似合うんだ、と穹は思った。他人事のように感じているのは、もはや深くまで思考することができない状態だからだ。


この、青色のハイウエストスカートとひらひらの白いブラウス、ヒールつきのショートブーツという格好が、自分に似合うと機械は判断したのか。


「この装置が選択できるコーディネートは、一種類だけではありません。では、更にお着替えしてもらいましょう!」


 更に追加で注文が来た。全然聞いていない話だったが、それを抗議する気力ももうなかった。あれよあれよというまに扉が閉められ、また瞬き一つの間に別の服装に着替えられていた。それから何回かに分けて、様々な服装のコーディネートに着替えさせられた。


 星空模様のワンピースや、セーラーワンピース、サテンのフリルドレスや、ロリータファッションのようなドレスなど。


 機械が選んで着替えさせた全ての服装は、そういう可愛らしい雰囲気のものばかりだった。全部そうだった。


 服を着ている間、心と体を繋ぐ神経がぷっつり切れてしまったように、全く何も感じなかった。恥ずかしいも何も思わず、ずっと無表情でいた。自分の好きな色である水色が中心の服が多く選ばれていて、そこは機械でもわかるのだなと、どうでもいいことを考えていた。


 ギャラリーの誰かが違和感に気がつくのではないかと思ったが、そんな気配は一切訪れなかった。似合う、という声は何度も耳にしたものの。


 気がつかれないほうがいいことは頭ではわかっているが、心の部分で、頼むから誰かおかしいことに気づいてほしいと願っていた。結局その願いは幸か不幸か叶うことはないまま、デモンストレーションが終わった。お礼を渡すという話だったが、貰わずに穹はその場から離れた。早くここから去りたくてしょうがなかった。


 よろよろと進んでいたが、部品を買った隣のスペースである、休憩所のようなコーナーのある広場についたところで、ついに穹は自分の力が抜けていくのを感じた。移動しようとしたが間に合わず、広場の片隅にうずくまってしまった。


「つか、れた……」


 座り込んでいる暇などないのに、立てなくなってしまう。

 展示会に来てからというもの緊張がずっと飽和状態だったため、一度緩んでしまうとなかなか元に戻らなかった。そもそも自分はノミの心臓の持ち主。元来、こんな大胆極まりない行動などできない性質なのだ。


「喉乾いたなあ……」


 甘くて温かいミルクを飲んで落ち着きたい。コズミックトラベラー号のソファに深く背を預けたい。というかまず横になりたい。プレッシャーやらなんやらで、心も体も弱音を放出し続けていた。


 そのとき、ふっと横から影が差した。ピーピーと、断続的な機械音がすぐ隣から聞こえる。見ると、傍に穹の肩までくらいはありそうな、筒状のロボットがいた。機体には赤色に点滅する横一直線のラインと、その中心にパネルがついてあり、そのパネルには「清掃中です。進路を開けて下さい」と表示されていた。


「わっ、ごめんね……!」


 慌てて立ち上がって、道を空ける。パネルの文字が「清掃中」に切り替わると同時に、赤色だったラインが青色になった。空気を吸い込む音を微かにさせながら、滑るように移動していく。


 ロボットの背中には、「落とし物入れ」と書かれたパネルのついた、カゴのような入れ物がセットになっていた。中を覗くと、手提げ鞄が入っていた。


 ふとここで視線を感じた。隅の方で座り込んでいた子供の姿に、行き交う人々が訝しんだ目線を投げてくるのだ。注目を集めると、それだけ本当の性別が判明する確率も上がる。


 急に怖くなってきて早く帰ろうとしたが、歩き出した途端にふらついた。息を吸ったり吐いたりして落ち着かせようとしていた、まさにそのときだった。


「もしもし、お嬢さん。大丈夫ですか? 具合でも悪いのでしょうか?」

「あっ、すみません……。ありがとうござ」


 後ろから柔和な男性の声がかかって、振り返りつつ礼を述べた。


 ゼロ秒後。ぴっしゃーんと雷が頭に落ちる幻聴を耳にした。

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