phase4.1
展示会前はそれなりに、という言葉では片付けきれないほどの忙しさに悩殺されたが、今回も無事にメカトロニクス展示会が開催されてから何日かが経った。
この数日間、目立った事件や事故なども起きておらず、平穏そのものだった。それは結構なことだと思う。思うのだが。
ダークマター専用ブースである別棟の控え室で、マーキュリーは長いため息を吐き出した。
「おのれ、このダークマターに逆らうか……!」
地面を這いずるような低声でサターンが言った。彼は今一人デスクについており、その前にはデスクトップ型パソコンと、後ろに天井まであるかないかという巨大モニターがあった。
モニターは画面が非常に細かく分割されており、分割された画面事に違う場所の景色が映し出されている。映っているのは、展示会内にある防犯カメラの映像だった。
会場内の防犯カメラは万をゆうに越える数があるので、モニターで見ると無数の影が蠢いていることだけはわかるものの、他は何がどうなっているのかよくわからない。なのでモニターと繋いであるパソコンで、防犯カメラの画像をいくつかに分けて表示している。
サターンはそれを朝から鬼気迫る形相で睨み続けているので、もし知らない人が見たらよほどパソコンに不備があったのかと思うことだろう。
「あわわ……。どうしよう、サターンずっと怒ってる……」
隣でジュピターが情けない声を発した。
「そうですね、かなり熱くなっているご様子ですねえ……」
「ほ、保冷剤おでこにくっつけてあげたら少しは良くなるかなあ?」
「おやめなさいね? ね? おやめなさいね??」
「でも……」
「ただでさえ宙賊の件で気が立っているのですから、これ以上事を荒立てないで下さいな……!」
ジュピターは腑に落ちなさそうに首を傾げていた。呑気な姿に、もっと空気読めと言いたくなる。
宙賊に襲われて電池を盗まれた事件で、その後の足取りが掴めない宙賊の情報を集めるために、ダークマターは独自の調査を開始した。だが、ある星域での目撃データを最後に、その後の行方がとんと掴めなくなったのだ。けむに巻く※、情報も何も欠片も手に入らなくなった。
こちらも忙しいし、もともとmindという探し物をしている只中なので、この上更に宙賊探しという手間をかけるわけにはいかない。なので大規模に捜索をしているわけではなかった。
だとしてもダークマターの技術力は充分すぎる程ある。それよりも相手のステルス能力が上回ったということは、さすがに相手もその道のプロと言わざるを得ない。
思うように尻尾を掴めないことに、サターンはこうして苛立ちを露わにしているのだ。普段の業務に加えて展示会のこと、事件のこと、そしてmindを追いかけること。これだけ色々重なって平常心でいられるものなどいないだろう。
こうなったら、もしかしたら多くの人が集まる展示会で何か情報を掴めるかもしれないということで、サターンは展示会が開催されてからずっと、こうして会場内を監視している。
可能性としては低すぎるとマーキュリーは考えているが、万一の可能性を低いからという理由で切り捨てることは愚か者のすること、とは本人の弁だった。
「やはりもっと人を割くべきだったか……。となると、捜索範囲を……あの機能なら……アップデートして……」
ぶつぶつと何やら呟いている。全身から電流が放出されていそうな気迫なうえ、背中に青色の炎を背負っているように見える。物々しい後ろ姿を見ていると、「やはり」と、それまでの一人言のときより声が明瞭になった。
「もっと捜索に人員を割り当てることにしよう。今のままでは数が少なすぎる。早速本社に連絡を」
「待ちなさいよ」
そこへ、ビーナスが部屋に入ってきた。
「この展示会のこともあって忙しいっていうのに。宙賊なんかにリソースを割いて、mind探しが疎かになったらどうするの? 大事なのはどう考えてもそっちのほうでしょう? 苛立つ気持ちもわかるけれどね、それとこれとは別。あなたは、なんでmindを取り戻したいの? 自分の目的を忘れちゃ駄目でしょうが」
「……」
サターンは少しだけ振り返ってビーナスを見ていたが、黙って前を向いた。背中の青い炎が、心なしか静まったように見える。「元に戻りましたね」と、マーキュリーは小声で言った。
「昔は熱血で負けず嫌いだったらしいものね。私は昔のサターンとあんまり話したことないから知らないけれど」
「熱血かはともかく、負けず嫌いな一面は今でも見ますがねえ。周りが見えなくなるほどというのはあまりない事態でしたね。……あ、そうだ。それよりも新製品説明会のほうはどうするんです?」
「サターンがこの調子で表に出たら、売り上げががた落ちしそうよね」
展示会開催期間中、ダークマターのブースでは新製品の説明会が行われていた。それを担当するのがセプテット・スターの仕事で、今日はサターンの担当のはずだった。しかし、この調子では厳しいものがあるだろう。
基本的にセプテット・スターはその大きな立場上、プライバシー保護の観点などから表に出ず、本名や顔も露わにされないのが普通だが、展示会だけは違っていた。もちろん外部に情報が漏れないよう、細心に細心を重ねたセキュリティと警備が配慮されている。
「仕方ない、私が出るわ。あとは……そうね。ジュピター、あなたも来てちょうだい。最高幹部のリーダーが突然欠席するのだから、代役として幹部が出て行くなら一人より二人のほうがいいわ。あなたの雰囲気ならイメージにも良いし」
「僕も? わ、わかった! ちょっと緊張するけど、頑張るよ~!」
「サターン、これは貸しにするわよ。あとで返してちょうだいね」
「なぜ見つからないのだろう……。何か見落としがあったか……? だとするなら可能性は……。もう一度洗うとしてどこを重点的に見直すべきか…………」
「ちょっと、聞いてるの!!」
「サターン、無視はよくないよー……」
「これは完全に耳に入っていないパターンでしょうねえ」
やれやれと肩を落とす。サターンが他の作業に夢中になって周りの音が聞こえなくなるのは、今に始まったことではないものの。
「私は行かなくていいんですか? プレゼンなんて、私の十八番も十八番ですけれども」
「あなたはこのサターンの機嫌を宥める役よ。何かあったら呼ぶから」
「えっ、そんな手間のかか……いや、そんな大役を私がですか? まあいいですがねえ……。こちらも貸しにして下さるんですよね?」
「え、なんで?」
「……」
何か言う前に、ビーナスはジュピターを連れて部屋を出て行った。
宥める役と言われても、と零したくなる。修行と勉強を重ねに重ねてきたので、話術には強い自信がある。しかしサターンは、その話術が通用しない相手に分類されるのだ。
振り向くと、この間もサターンは一切目を離さず、パソコンの画面を見張り続けていた。今日も恐らく、展示会終了時刻まで、ここから動くことはないだろう。
「あの、サターン。小さな異変でも、感知したら知らせるシステムになっているので、そうやって直接見張らなくてもいいのではありませんか? 何もそんな、前時代的なアナログ手段に、ご自身の貴重な時間と労力を割かなくても……」
「機械は信用していない」
マーキュリーは目を見開いた。返答など一切期待せず話しかけただけに、即座に言葉が返ってきたのは意外だった。加えて、サターンの立場から考えて台詞の内容も意外だった。
「おや……。総合電機メーカーの幹部がそんな台詞を言ってしまってよろしいのです?」
「……やや語弊があったな。俺も昔は技術職だった。バルジ研究員として、機械を開発し研究する立場にあった。だから完全に信用していないわけではない。しかし信用しすぎてもいけないのだ。それは常に念頭に置いておけ。……信用を向けすぎると、裏切られるからな」
「……裏切られる、ですか」
それは向こうに寝返ったプルートもとい、アイのことか。それとも。
しかし口には出さない。相手からは見えていないとわかっているが、マーキュリーはにっこりと笑って頷いた。
「わかりました。覚えておきますよ」
そのときだった。
「……?」
ふいに、サターンが椅子から立ち上がった。パソコンに映る、カメラの映像群に顔を近づける。
注視しているのは映像群のうちの一つのようだった。マーキュリーもそちらを見てみる。
このサターンの様子から、目に見えてわかる異変が起きているのではと思ったが、しかし映像には何も映っていなかった。移動艇に乗った多くの人が行き交っているだけで、不審な点は見つからない。
ところが、サターンは何か見つけたとばかりに、紫紺の瞳を険しくした。
「……今の入場者……」
「今?」
サターンの呟いた今の入場者という言葉に当て嵌まるとしたら、つい先程向こうのほうから移動艇に乗ってやって来た人だろうか。
黒い髪を下のほうで二つに結び、青い服を着た少女が一人で乗っていたが、特に怪しいところは見られないまま、画面外に消えていった。もし万引きなど不審行動をしたとしても、セキュリティシステムにより十中八九すぐに検知される。
するとサターンはいきなり手元のキーボードを操作した。デスクトップの画面にウィンドウが一つ増え、そこに移動艇の情報が表示される。
どうやら先程の客が乗っている移動艇のデータで、現在どこのブースに向かっているかが示されていた。サターンは画面を指さした。
「マーキュリー、この客のもとへ行け。そして接触しろ」
「な、なぜです?」
「いいから行け。命令だ」
「あのですね、仰っている意味がわからないのですが?」
「今すぐ向かわなかったらどうなるか、貴様は何と考える? 許されると思うか? 見逃されるとでも?」
「わかりました、わかりましたよ!! 行けばよろしいのでしょう!」
今にも双剣を取り出しそうな勢いで殺気を剥き出しにしてきたので、マーキュリーは逃げるように部屋を後にした。
意味のないことをするリーダーではないとわかっているものの、それでもわけがわからない。行けば何かわかるのだろうかと思いつつ、マーキュリーは件の客の目的地であるブースへと急いだ。




