phase4.1
美月が拳を構えるのを見ると、穹も後に続く。
胴体にしっかりと狙いを定め、拳を放ったつもり、だったが。
「あれっ」
くる、とロボットはその身を翻した。
行き場を無くした美月の手は、空気中を漂う物質しか殴れなかった。
交わしながら繰り出されたロボットのパンチを、同じくパンチで受け止める。
その時の衝撃で、わかった。このロボットは今まで相手にしてきたロボットよりもずっと、『重さ』が無い。だから当然だが、その分、『軽い』。
「はああっ!」
後ろに回り込んでいた穹が、ジャンプしながらのキックを見舞う。
ロボットはそれまでやっていた攻撃をやめて、すっと横に逸れた。
穹の足は、地面しか蹴りつけることが出来なかった。
砂埃が舞い、ふたりの目を容赦なく刺激してくる。
「ち、ちょっと! 気をつけてよ!」
「わ、わかってるよ! でも姉ちゃん、あいつすばしっこくない?」
「うん、攻撃は今までのと比べるとそこまで強くないけど……」
こちらの攻撃が当たらなければ、いつまで経っても倒すことはできない。
そうなれば、泥仕合になることは目に見えている。
目を押さえる美月と穹に対して、ロボットはぴょんぴょんと上下左右に飛び跳ねている。
その動作は攻撃の機会を窺っているようにも見えるが、煽っているようにも感じられる。
片方の目を手で覆いながら、美月はそんな相手を睨み付けた。
「むかつく……」
目の痛みは、変身能力のおかげか、すぐに治まった。
今この時程、変身したことによるこの力を得て良かったと思ったことはなかった。
「穹! 結局こっちのほうが人数多いんだからなんとかなる! 力合わせて、あのロボットぎゃふんと言わせましょ!」
美月はブーツのつま先を地面に当て、音を鳴らした。それは強い音だった。
「ぎゃふんなんて喋らないと思うけど、同感! それにほら」
穹は嵌めてある手袋をひっぱりながら、美月の目を見る。
「ここは、よく遊んだ場所だもんね」
美月は目をぱちくりとさせた。だがそれも一瞬のことだった。
にっと歯を見せて笑うと、一つ頷いた。
それを合図に、二人は動いた。
穹がロボットまで向かっていき、美月は穹とは反対方向へと駆け出した。
美月のほうを追いかけようとしたロボットは、目の前に立ちはだかった穹を相手せざるを得なくなった。
穹が攻撃をすると避けられ、ロボットが攻撃すると防がれる。
両者ともに攻撃が通らずいたちごっこのまま、徐々に戦いの場は移動していく。
ちょうどカラフルなジャングルジムの前まで来た時だった。
「避けて、穹!」
真上から声がした。茜色の空を背に、頂上から身を投げ出す美月の姿があった。
穹が脇へと跳び、美月の射程内にはロボットのみが残された。
美月が回しながら叩き込んだキックは、見事にロボットの頭、時計盤のてっぺんにヒットした。
ぐらり、と傾いた隙に、穹が続けてもう一度叩き込もうと走り寄る。
だがロボットは、すんでのところで回りながら後ろに避け、空振りに終わった。
「うわ、早い……」
苦い顔をする穹に、美月がぽんと肩を叩く。
「けどこれはいいね! 効いてるよ!」
「でももう同じ手は使えないよ。少し変えなくちゃ」
うーんと考え出した二人の足下を、何かが掠めた。
しゅう、と煙が上がる。あの水のビームだった。土管のロボットの時ほど威力はないが、放たれる速度はずっと早い。
「きた!」
「穹、二手に分かれるよ!」
次に同じビームが飛んできたとき、二人は左右に散っていた。
美月は滑り台に駆け上り、穹は鉄棒の後ろまで走った。
滑り台と鉄棒はちょうど向かい合わせになるように設置されている。
ロボットは、二人を交互に見た。ロボットが美月のほうに目を向けたタイミングで、穹はある方向に指を指した。
滑り台の一番上で身を屈めていた美月は、瞬きで応じる。
直後、ロボットの矛先が向けられた。その先にいたのは、穹だった。
ぎらりと目が光り、水のビームが放たれる。
美月が口を開いたのと、穹が鉄棒を掴んだのはほぼ同時だった。
ビームが当たったのは、確かに穹が立っていた場所だった。だが、そこに穹の姿はなかった。
穹は鉄棒の上で、体を逆さまにしていた。
「す、凄い!!!」
滑り台の上から、思わず美月は声を上げる。
「こ、こんなことも出来るの……?!」
一番驚いているのは穹のようだ。ぱっと手を離し、鉄棒の上に着地する。
バランスをとりながら、さっき自分が指を指した場所に向かって、走り出した。
ロボットは穹に向かってしばらく光線攻撃を続けていたが、当たらないと判断したのか中止し、美月のほうを向いた。
ちょうどその時、ロボットの顔面にあたる部分に美月の足が当たった。
ロボットは大きく後退し、美月は地面に着地すると、穹と同じほうに駆け出した。
まさか『滑り台』なのに台を滑らずに、ジャンプして飛び降りるとは。
小さい頃、やろうと思って結局できなかったことだ。まさか今、この歳になって、
チャレンジすることが出来る日が来るとは。
穹と合流した美月の頭にあったのはそれだった。
「ナイスキックだったよ!」
穹は親指を立て、背後にあるものに体を半分だけ向けた。
そこにはシーソーがあった。
ロボットがこちらに向かってくる。足取りは、ふらついたものになっていた。
それでも尚、戦おうとしてくる。
ビームを放った先に、穹がいた。だが光線は、どこにも当たらずに、空間を突き抜けていくことになった。
シーソーの片側にいた美月が、ジャンプしながら乗る。
反対側にいた穹は、その力も重なって、実に高く高く、大空へと飛び上がっていたのだ。
今まで自力で、こんなに高く飛んだことは一度も無い。小さくなった公園や町並みを視界に捉えるも、自分でも不思議なことに、穹は怖じ気づかなかった。
キックの体勢を整え、下降していく僅かな時間の間に、ロボットの姿に狙いを定める。
こんなに高い距離から一発食らえば、さすがにふらふらになるだろう。
が。
地面につく瞬間、ロボットが後退した。穹の放とうとしていたキックの、僅かに射程外に出る。
(うん、やっぱりそうするよね)
穹の足が蹴ったのは、ロボットがいたはずの地面……ではなく、シーソーだった。
シーソーに着地した瞬間、今度は美月の体が浮かび上がった。
ロボットは、美月では無く、地面に戻ってきた穹にビームを放ち始めた。
穹は円を描くようにしながら、それを避ける。
ロボットは穹の動向に夢中で、迫り来るものに気づいていない。
ガアアアンと、金属音がこだました。
時計の頭に衝撃をプレゼントしながらの、『着地』だった。
美月は一回転しながら、地面に下りてきた。
ぐらり、ぐらり。
ロボットは、さながら回転が止まる寸前のコマのように、覚束ない足取りでその場を行ったり来たりしている。
横に回り込んだ穹のパンチも、今度は防がれることはなかった。
土埃を巻き上げながら、すぐそばにあった砂場に倒れ込んだ。
時計は、消えなかった。
偵察ロボットを相手にした時のように、消えない。
生えたばかりの手足をばたつかせながら、起き上がろうとしている。
むろん、それが見逃されるはずも無かった。
「これでトドメだ!!!」
「覚悟しなさい!!!」
夜の闇が混じり始める空を背に抱えて。
迫る二つの人影は、どのように見えただろうか。
知る術は無い。唯一知っているロボットは、消滅した。
胴体に沈み込んだ、二人の足が原因で。
灰色の塵が漂う空気中の後ろで、ロボットに壊された砂のお城が、静かに佇んでいた。
小さくて、いびつで。でも、この世に二つと無いお城が。
ロボットにさせられていた時計は、全てが夢幻だったのかと思う程、何事もなかったかのように元のいるべき場所に立っていた。
その短針が、『6』を指す。
幼い頃幾度となく聴いた曲が、園内に流れた。オルゴール調の、ちょっと寂しい曲。
これを聴くと、もう帰らなくてはいけないのかと、寂しくなった。
最後に聴いたのはいつのことだったか。ずっと昔な筈だ。なのに今聴いても、あの頃と同じような、寂しい気持ちが蘇る。忘れていなかった。ずっと残っていた。
穹は目を閉じた。瞼の裏には、いつでも楽しかった昔の思い出が映る。
けれどそれは、目を開ければ、消えてなくなる。
でも、目を開けた先に広がっている世界は、悪くはなっていなかった。




