phase4「雨降って地固まる」
「え……?」
美月は何度か目を瞬かせた。
何度そうやっても、西日を受ける穹の目は、変わらずにこちらを真っ直ぐ見ている。
「もう一度言うよ。僕、姉ちゃんと戦う。姉ちゃんのこと、守る」
決意、という名の色が滲み出て、見えるような気がした。
もし声に硬度があるとするなら、この言葉はきっととても堅いのだろう。
いいよね、と穹は笑った。柔らかい響きだったが、美月は有無を言わせぬ響きを感じ取った。
自分より少しだけ背の低い穹。今この時、その事実が霞んだ。
「ソラ、それは本当なのか?」
背後から、突如として声がかかる。
わああ、と美月は飛び退いたが、穹はやや目を見開いただけで、落ち着き払っていた。
「ハ、ハル、ついてきてたの?」
「すまない。気になってね」
ココロは美月のほうを向いたままだが、ハルは穹のほうを見た。
穹はハルを見上げた。やはりまだ少し怖さと警戒があるのか、表情は固めだった。
だが、穹がこうやって、しっかりとハルの顔を見たのは、これが初めてだった。
「……あの、そういうわけですので、ハ、ハルさん。コスモパッド、もう一度下さい。無かったら、あの端末を下さい。もう一回、テスト頑張ります」
どもりつつも言い切った穹の前に、ハルが何かを差し出した。
黒い液晶画面に、美月とは色違いの、水色のベルト。他ならぬ穹の、コスモパッドだった。
「すみません。……ありがとうございます」
おずおずと受け取り、左手首に装着する。ぺこり、と頭を垂れると、ありがとう、とハルが少しだけ背を屈めた。
「こちらこそ、ごめんなさい。危険な目に遭わせてしまい」
ハルの謝る声と重なるようにして、ココロが「あ~ぶ~」と穹に向けて手を伸ばした。
穹が頭を上げた。伸ばしてきたココロの手を、こわごわと握る。力を入れすぎないようにと、細心の注意を払っている様子が見える。
握ると言うより、触ったというほうが正しいくらいだった。その瞬間、強張らせていた顔が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ごめんね。よろしくね、ココロ」
手を離した後、黙って見守ってくれていた美月に、「どうしてここにいるってわかったの?」と聞いた。
「そりゃ、わかるよ。だって」
美月が次の言葉を言う前に、ハルがくるりと顔を背後に向けた。
その状態のまま、ゆっくりと後ずさる。
ハルの行動に、二人も何事か、すぐに察した。
お互いの顔を見る。目を見る。そして、頷いた。
「あ、いましたいました」
西日色に染まる公園。そこに現れたのは、人ならざる存在のハル以上に、不釣り合いな者だった。
マーキュリーは公園の入り口に立ち、美月達に向かって手を振っていた。例によって、わざとらしい笑顔をくっつけて。
ただでさえ黄昏時という時間帯。余計に彼の濃い髪の青色、目の黄色が暗く見え、不気味さを煽ってくる。
ハルは前に出ようとしたが、それ以上に、美月と穹が一歩分踏み出る。
不思議と二人に、身の竦むような恐怖心は、生まれていなかった。
「あの強化された戦闘型ロボットを動かなくしたのはお見事としか。どうやら見くびっていたようですね、私」
ぱちぱち、と両手が叩かれる。雨だれのような音だった。
「でも、ちょろちょろと様子を窺ってましたけど、どうやら仲間割れを起こしたようですね? つまり、今そちらの軍勢はガタガタの状態、と」
軍勢、と言った時、せせら笑いを浮かべたのを、美月は見逃さなかった。
「だからもし戦闘となっても、息の合った連携プレーは出来ない。イコール、楽勝と。こういうときって、なんていうんでしたっけ? えーと……」
こめかみに指を当て、目をきつく閉じる。が、それは一瞬のことで、ぱっと見開かれた。
「ああ思い出しました。地球の言葉で確か、千載一遇のチャンス、っていうんでしたっけ?」
「うーん、残念だけど間違ってるよ。答えは、飛んで火に入る夏の虫、だね」
美月は驚いて隣を見た。
穹はなんてことなさそうに、じっとマーキュリーのことを見ている。恐れもなければ怒りもない。
ただ本当に、生徒が解いた問題の間違いを訂正する教師のような、冷静かつ優しく宥めるような響きがあった。
「ごめんね、実は僕、姉ちゃんと仲直りしちゃったんだ! で、決めたんだ。姉ちゃんと戦うって。だからね、仲間割れももう終わってるんだ!」
穹はにっこりと、笑った。満面の笑みだった。憑き物がとれたような、晴れやかな笑顔だった。
「僕と姉ちゃんの連係プレー、甘く見ないでよね!」
えへんと誇らしげに、両手を腰に当てる。
「穹……!」
「砂場で一緒にお城作るのは、出来なかったけどね」
へへ、と軽く笑いながら、穹はコスモパッドを美月に見せる。
「……成る程、そういうことですか。まあだとしても、やることは大して変わりませんがねえ」
面白くなくなった。マーキュリーの顔は、そう言っていた。
まるで興味が失せたように、力なく右手を掲げる。
どこから出現しているのか。全くわからない水が現れ、渦を巻き始める。
迎えた次の瞬間、渦は消えており、その手には青い槍が握られていた。
「……もうあれでいいですね、面倒臭い」
ふっと向けた顔の先にあったもの。
それに向かって、勢いよく槍を振った。
槍の先端から、小さな水の塊のようなものがいくつか出てきた。
それらは勢いよく、一直線に、あるものに向かっていく。
水の塊がぴたりとくっつき、すっと染みこんでいったもの。それは、時計だった。
いつも美月と穹に、帰るまであとどれくらい時間があるか教えてくれた、あの時計だった。
美月は何をした、と言おうとした。しかし、そうする間も無かった。また同時に、聞かなくてもわかったのだ。
時計がぴくぴくと動き出した。見間違いでも目の錯覚でもなかった。
小刻みに、痙攣が起きているように。その震えは徐々に大きくなっていく。
大きな音がした。金属の割れる音だ。時計の根元が、ぱっくりと二つに裂けたのだ。
まるで足のようだった。次いで、胴体の部分と同じ色をした、腕が生えてきた。
目の前にいたのは、既に時計ではなかった。時計の形をした、ロボットだった。
それも、戦闘用の。
時計のロボットはくるり、とその場で一回転した。
ぴょん、とうさぎ跳びのように、前に後ろにジャンプする。
その動きをどうすればいいかわからずとりあえず眺めていた美月は、何かに気づいた。叫ぼうと口を開けた。だが、間に合わなかった。
ロボットが、砂場の位置までジャンプしたのだ。元々時計が立っていた場所の足下にある砂場。
そこに建てられていた小さな小さな砂のお城が、煙の代わりに、ぐしゃりという音と共に、消えた。
後に残されていたのは、そこにお城があったとは思えない、へこんだ砂の山だった。
「ひどい……!」
お城を壊した、ロボットに。静かに佇んでいただけの時計を、そんなロボットに変えた、マーキュリーに。
悲痛だが、それ以上に怒りの色が露わになった声だった。
「姉ちゃん、何としてでも倒そう! 倒せば元通りになるんだから!」
穹の言葉に、美月は頷く代わりに一気に駆け出した。




