phase1.2
目的地である最寄り駅に近づくにつれ、周りの風景が徐々に住宅街から空き地が
目立つ場所へと変わっていく。
まばらな人通りに、建物も農家がちらほらとあるだけ。
この辺りは田畑や空き地が多く、駅の近くとはとても思えないほど閑静な場所だった。
駅といっても、大層なものではなく、簡素な無人駅なのだが。
曇天の空は重みを感じる色合いをしている。もしこの時急いでいなければ、美月は不吉な兆しを感じ取れたのかもしれない。
ある広めの空き地を通り過ぎようとした時だった。
「あれ、姉ちゃん?!」
突として自分の名前を呼ばれ、美月は歩を止めた。。
聞き慣れた声を辿ると、傍の空き地に置いてある三本積まれた土管に、どこかで見たような人影が座っているのが見えた。
「え、穹?!」
奇しくも出会った身内へと近づく。
穹は体育座りの状態で土管に座っており、その傍らには見慣れないブックカバーのついた本が置かれていた。真ん中よりも少し手前のページに、同じく見覚えのない栞が挟まっている。
「姉ちゃん、どうしたの? こんなところで」
「おじいちゃんを駅まで迎えに来たんだ。もうすぐ雨が降るっていうから、傘を届けに。穹こそどうしたの? こんなところで」
穹はちょっとねと顔を伏せ、傍の本を拾った。
「外で本読もうと思ってさ。このへん凄く静かで集中できるから、結構お気に入りのスポットなんだ。家の近くの公園は、結構人が来るからね」
「ええ、こんな場所で?」
「落ち着いてゆっくり本を読むことができてありがたいんだ。顔見知りだって、まず来ないし」
穹は手の中の本に目を落とし、脇に抱える。
こんなところが落ち着くだろうかと、美月は周囲を見た。
乾いた土に、名前も知らない草がぼうぼうに生えている箇所と少ししか生えてない場所がある。
(わけわからないなあ)と、美月は天を仰いだ。
先程よりもずっと濃くなった雲の持つ灰色が目に入った。
雨が降り出すまで、既にカウントダウンに入っている状態な空模様だ。
「うわ、降りそう。早く行かないと!」
「僕も一緒でいい?」
「もちろんいいよ。あ、駅の自動販売機でジュースでも買っちゃう? ちょっとお金持ってきてるんだ、待ってる間にどう?」
「あ、いいね。ちょうど喉渇いたなって思ってたし」
穹がゆっくりと土管から下りた時だった。
「おや、ミヅキにソラじゃないか」
空き地の後ろに生えている小さな林から、明らかな異形の存在が現れた。
ハルは久しぶりと続け、美月はぎゃあと声を上げ、穹は後ろへ大きく飛び跳ねた。
「ハ、ハル、こんなところで何を?!」
「ココロの散歩だ。ずっと宇宙船内にいるのは、衛生面でも健康面でも良くないと考えたからね」
抱っこ紐の中にいるココロはご機嫌なようで、楽しそうな表情を浮かべている。
美月が笑顔を向けて手を振ると、にこにことした顔のまま手を振り返してくれた。
そんな姉の後ろで、穹も笑顔のつもりらしい引きつった表情を浮かべ、かくかくした動作で手を振った。
ココロは、美月の時のように手を振り返さず、代わりに何をしているのかわからない……という表情を向けた。
穹は少しだけ肩を落とし、おずおずとハルを、正確にはハルの頭であるブラウン管テレビの部分を見上げた。
「ソラ、どうしたんだ?」
いきなり名前を呼ばれてふいをつかれたのか、穹はびくっと大袈裟なまでに体を震わせ、そして問いかけに答えないとばかりに俯いた。
「だが、良い天気だと思っていたのに、急に崩れてきたから、今から帰ろうと思っていたところなんだ。ちゃんと天気予報を調べておくべきだった」
「ハルの機能についてないの?」
「星ごとに、それも狭い範囲で異なる天気を予報する機能をいちいちつけていたら、自分の容量が足りなくなる」
そうなのか~と声を上げる美月の後ろで、穹は「本当にロボットなんだ……」と、更に体を震え上がらせていた。
「ミヅキとソラは何をしているんだ?」
「ちょっとおじいちゃんを迎えに。穹とは、たまたま会ったの」
「そうなのか。そろそろ雨も降ってきそうだし、濡れる前に雨宿りできる場所に行ったほうがいい。それじゃあな」
ハルは浅く頭を下げると、空き地を出ようと歩き出した。
その背を見ていた美月は、あることが頭に浮かんだ。
源七が来たらクリアモードになっていようがどのみちそこでお別れしなければいけないが、そうなるまでの少しの時間、駅で一緒に雨宿りできないだろうか。
ハルは地球のジュースをまだ飲んだことがないだろう。お気に入りのものを飲ませて、どんな反応をするか見てみたい。それに、横で怯えた目つきをしている穹も、これを機に少しは二人に慣れてくれるかもしれない。
ねえ、と手を伸ばしかけた時だった。
ハルがふいに、動きを止めた。次の一歩を踏み出そうとした状態で、そのまま静止画のように固まった。
少しの間見ていたが、動き出す気配は無い。
「どうかした?」
雨が降る前独特の匂いをはらんだ、生ぬるい風が吹く。
微動だにしないハルに、美月が声をかけようとした、その瞬間。
そのテレビ頭と体が、風を一刀両断せんばかりの速度で、振り向かれた。
「後ろっっ!!!」
美月と穹の反応は遅れた。一呼吸くらいの間を置いた時、ようやく振り向いた。
後ろに積まれていた土管。先程まで穹が座っていた土管。
それは多少錆び付いているとはいえ、なんの変哲もない土管だった。
土管以外に考えられない代物だったはずだった。
しかし今、その土管は、動いていた。
一番上に置かれている土管。
小刻みに、揺れている。魂を得たかのように、自分自身の力で、動いている。
「な、何?! 何なの?!」
よく見ようと足を踏み出したところで、「危ないよ!」と穹に服の袖を強い力で引っ張られた。
「二人とも下がっていろ!」
後ずさった二人に反して、ハルは前へと踏み出てきた。ココロを両腕でがっしりと抱えている。
力を込めすぎていて痛いのか、ココロは顔を上げて不満げな視線を向けた。
だがハルはそれに気づかず、前だけを静かに見ている。
土管の揺れが非常に大きくなったちょうどその時、何の前触れも無くそれは止まった。
「……あれ?」
「と、止まった?」
美月が上半身だけ身を乗り出し、穹が服の裾をしっかりと掴んだまま、美月の背後から顔を覗かせる。
ハルが「まずい!」と叫んだのは、ちょうどその時だった。
壁を突き破るような大きな音と共に、何かが突き出てきた。
土管の右端から出てきたものは、腕だった。左端から出てきたものは、足だった。
とても手足には見えないもの。だが今この場にいる全員は、それが手であり足に当たる部分だと知っていた。偵察ロボットが、同じような形のそれを生やしていたからだ。
それを震わせていたかと思うと、初めて立った時の動物のように、おぼつかないゆっくりとした動作で、その灰色の巨体を起こし上げた。
下に積まれていた土管が、壊れる音がやけに大きな音で響いた。
起き上がり、立った土管は、下に積まれている土管の下にあたる部分をこちらに向けた。
いつかの偵察ロボットのように、そこには大きな一つの目がついていた。
違うのは、目の色が赤ではなく、黄色だった。
目玉が、ぐるりと動く。
口を開けたまま立ち尽くしている美月、震えている穹、動かずに見上げているハルを順番に捉える。
「ターゲット捕捉。現在、動向監視中」
高くも聞こえるし、低くも聞こえる合成音声が、どこかから聞こえてきた。
目の下に描かれてある七芒星。その中に描かれている赤と青の二重のハートが、明滅した。




