第6話 盛大な勘違い
よろしくお願いします!
風見零の放った衝撃的な一言で、数秒の間は脳も体も動かなかったが、ここで俺はあることを思い出した。
「後でネットニュースを見ておいて…」
そう、結城夏花が帰り際に放った一言だった。
その事を思い出した俺は、ベッドの隣の荷物置きからスマホを取り出し、急いでネットニュースを見た。
その記事を見た時、俺は目を疑った……
【大人気アイドルグループ『電脳少女』、1ヶ月間活動休止発表!!】
そう大々的に書かれてあったのだ。
ネットニュースのトップを飾るその記事には、結城夏花と風見零が襲われた事や、メンバーの安全を考えての休止の理由などが詳しく書かれてあった。
しかしどうやら、26歳のカフェのマスター瀬良が2人を救った事は書かれていないようだ。
ホッとしたような、少し寂しいような、そんな変な感じだった。
「どう?本当だったでしょ?」
俺の挙動を見ていた風見零が得意げに声をかけてきた。
「握手会…12月限定のクリスマスライブ……あぁ、俺の楽しみが……」
「瀬良さん、もしかして私たちのファンなの??」
「いえ、違います……」
「え?でも今明らかに残念がって…」
「大ファンです。」
「あ、そういうこと」
ファンである事を彼女に言ったことを少し後悔したが、今はそんな事どうでも良かった。
「でも、結城さんには絶対に言わないで下さい……」
「どうして?別に隠す事でもないでしょう?」
「さっき結城さんには見栄を張ってファンである事を隠してしまって……何ていうかその、男のプライドってやつだよ。」
「変なプライド……でもただで口止めしようってのは虫が良すぎない?」
小悪魔みたいな表情を浮かべて彼女はそう言った。
「な、何が望みだ」
金か?いや、彼女が満足するような額はきっと払えない。
じゃあ何だ、臓器か…??
考えれば考えるだけ怖くなった。
「今晩、私に付き合ってくれる??」
「待ってくれ、そんな大金俺には払えな……え??いま何て…?」
「瀬良さん…あなた私のこと何だと思ってるの?」
「お金じゃないの?」
「そんな訳ないでしょ……それに、おそらくあなたより稼いでますから。」
ぐはっ…今のは俺のメンタルにクリティカルヒットした。
だがそれは紛れもない事実だ。
「……だから、今晩私に付き合って欲しいって言ったの。」
今日俺は何回驚けばいいのだろろうか…
聞き間違いか?いや、そんなことはない。
今日が人生のピーク、ただそれだけじゃないか。
「か、風見さん!?気持ちは凄く嬉しいけど、アイドルの恋愛は禁止なんじゃないですか…??」
時が止まったような、そんな沈黙を俺は作り出してしまった。
「……何言ってるの?今晩、私が寝るまで話に付き合って欲しいって意味なんだけど……
風見さんが汚物を見るような目で俺を見ている。
「あ、そういうこと……」
俺はまた、風見さんの前で失態を犯した。
俺みたいな童貞は会話の都合の良いフレーズだけを切り取って勝手に解釈する生き物だと、辞書に意味を追加して欲しいと心から思った。
ていうか鈍感野郎どころか、ただの勘違い野郎じゃないか……
「はぁ……今の気持ちの悪い勘違いは命を救って貰ったことに免じて水に流してあげるから、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでくれる?」
「ありがとう…」
風見さんの無意識な毒舌は、さらに俺を傷つけた。
「で、話には付き合ってくれるの?」
俺は無言で親指を立てた。
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その夜、俺と風見さんは日付けを超えるまで話を続けた。
アイドルの裏側や、なぜ風見さんを助けたのか、俺がカフェで働いていること……色んな事を話した。
基本的に彼女が淡々と愚痴をこぼす事が多かったように思えた。職業柄、日常的にマイナスな発言をする事が出来ず、溜め込んでいたのだろう。
しかし、俺にとってはアイドルの裏側の話や芸能界の話を聞くことができ、楽しく充実した時間だった。
逆に、一々リアクションを取っていたのがウザがられていないか心配なぐらいだった。
そして、気づかないうちに2人は眠りについていた。
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「ん…んん〜」
朝が来た。退院しなければならない俺にとって最悪な日が。
「…おはよう。す、すごい寝癖ね。逆立ちでもして寝たの?」
朝から風見さんらしい一言だ。
「これはいつもよりマシなくらいだよ……それと、逆立ちはしていない」
俺を警戒していた看護師たちが、深夜に見張りに来たせいで睡眠が妨げられ少し眠い…
一体どれだけ俺を疑えば気が済むんだ。
〜〜〜〜
朝食を済ませ、荷物の準備をしていたところで結城さんとマネージャーが部屋に入ってきた。
「おはようございます!瀬良さん!」
「お、おはよう結城さん」
結城さんの笑顔で眠気が全部吹っ飛んだ。彼女自身から光を放っているんじゃないかと疑うくらいだった。
「零もおはよう、昨日はよく眠れた?」
「うん…瀬良さんが夜の相手をしてくれたからぐっすり寝れた。」
場が凍りついた…
「……え?それってどういう…瀬良さん……?」
結城さんが顔を赤らめ、全く目を合わせずに俺に聞いてきた。
「おいおいおい!ちょっと待ってくれ風見さん!言い方おかしいだろ!」
「私、何か間違った事言った?」
「大事な部分を省きすぎなんだよ!…いや、結城さん…これは会話に付き合ったってだけで、別に深い意味は……」
「2人とも随分と仲良くなったんですね……でも私、瀬良さんがそんな人じゃないって事は分かってますから。」
結城さん、目が全然笑ってないのは何でだ。
〜〜〜
必死の弁明で何とか俺の誤解が解け、結城さんの目に輝きが戻った頃、俺たちの退院の時間になった。
俺と一緒に病院を出るところを撮られてはいけないという事で、俺たちは病室で別れなければならなかった。
あぁ、夢の時間が終わってしまった……
また日常に戻ってしまうのかと悲しくなったが、それは表には出さず俺は別れを告げた。
「改めて瀬良さん、結城と風見を助けて頂きありがとうございました。」
「い、いえ、」
去り際にマネージャーさんから挨拶をされ、俺たちは別れた。
…空虚感に襲われながら帰り道を歩いていると、何コール目かは分からないが、スマホが鳴っているのに気がついた。
読んで頂きありがとうございました!
では!