第5話 天使と悪魔
よろしくお願いします!
「…うん…特に異常は無いです。よかったですね瀬良さん、明日には退院出来そうですよ。」
50歳くらいでアフロみたいな髪型をしている医者が俺に笑顔でそう言った。
「え?……すみません、途中から聞こえませんでした。」
「ですから、明日には退院出来ますよ。よかったですね」
退院…??いやいや、よくないよくない!!!!
この医者は笑顔で何を言っているんだ??
退院しちゃったらもう結城夏花と風見零に会えないじゃないか……
「退院できるなんて冗談よしてくれよ…もっとここにいれたらよかったのに……」
あまりのショックに心の声が少し表に出てしまったみたいだ。
「君は何を言ってるんだ…多くの患者を診てきたが、君みたいなのは初めてだよ……」
「ありがとうございます。」
「いや褒めてないから」
「本当は今日退院しても良いくらいなんだが、大事をとって今日はまだ病院にいてもらうよ。」
「わ、わかりました!」
満面の笑みで返事をした。
「一体何が君をそうさせる……」
「瀬良さん、後で食事をお持ちしますので、それまではゆっくりしておいて下さいね。」
白衣の天使と謳われている看護師も、この時ばかりは天使には見えなかった。
「風見さんが有名人ということと、事件性の負傷ということもあって同じ部屋にしていますが、くれぐれも変な気は起こさないように。風見さんには緊急呼び出しボタンを持たせていますので。」
心外だ……
俺が風見さんを襲うとでも思っているのか???
同じ空間、空気を共有できるだけで十分すぎるっていうのに。
「それでは失礼します。お大事に。」
ガチャッ…
俺にとてつもない精神的ダメージを与え、2人は部屋を出て行った。
退院が決まった俺は、その場で明らかに落ち込んだ。
「…大丈夫…??」
突然の声に心臓が止まりそうになった。
ゆっくりと声の方に目をやると、不思議そうにこちらを見ている風見零の綺麗で冷たい瞳と目があった。
起きていた…見られた…最悪だ!!
ていうか本物の風見零だ。
「こ、これは……えっと……病院のベッドは寝心地が良くて…もっと居たいなって」
流石に無理やりすぎたか…?
「ふーん…そういう事だったんですね。てっきりあの看護師の方に恋をしているのかと…。」
「…ははは、そんな訳ないじゃないですか……」
また変な汗が大量に出てきた。
「瀬良さん、私が寝ている間に目を覚ましたみたいですね。本当に良かったです。」
その淡々した喋りは感情がこもっていないように思えるだろうが、その目は強く感情を訴えている。
よく『電脳少女』を知らない人達が、番組で風見零を見ると「無感情で何を考えているか分からない、怖い、」などと誹謗中傷することがあるが、風見零やファンにとってはこれが普通なのだ。
しかも、彼女には感情が無いわけではない。
感情を表に出すのが下手なだけだ。
ライブのクライマックスなどでは普段からは考えられないほど感情が豊かだし、番組でもよーーーーくみると口角が上がっていたりする。
そこがまた彼女が人気な理由なのだろう。
「あ、ありがとうございます。」
「瀬良さん、あなた何歳ですか?」
「え…?先月26歳になりました……それがどうかしたんですか??」
「なら私達同い年ですね。わたし、敬語は堅苦しくて嫌いなの。…だから瀬良さんも私と同じように喋って欲しい」
名前はさん付けなんだな……
でも、あの風見零と少し打ち解けたみたいで嬉しかった。
「分かりました!」
「それ敬語だから」
少しだけだが、彼女が笑ったように見えた。
夕陽が沈みかける真っ赤な光の中、彼女は青く綺麗に俺の目に映っていた。
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夜になり、先ほど看護師の人が言っていたように食事が部屋に運ばれてきた。
いかにも健康的で味が薄そうな食べ物たちがそれぞれの目の前に置かれた。
「そういえば俺、病院食初めてかも…ちょっと楽しみ……いただきます!」
「バカは病気にかからないって言うのは本当みたいね……」
「どーいう意味だこら。」
彼女の話しやすい喋り方のおかげで、俺たちはもう普通に喋れるようになっていた。
というか、こんなビッグアイドルを目の前にして意識を保っている俺の感覚が麻痺してきたのかもしれない。
そんなことを考えながら病院食を口に運ぶと、思った通り味が薄かった。
「懐かしい味……」
隣で風見さんが呟いた。
「過去に入院したことがあるとか…?」
「うん。中学生の頃、体が弱くて入退院を繰り返していたの。だから学校にも友達はあんまりいなかった。」
そう語る彼女は少し寂しそうだった。
「そうか、でも友達がいなかったのは俺も風見さんと一緒だよ。」
「瀬良さんも何か病気を?」
「あぁ……厨二病ってやつだ。」
「チュウニビョウ?瀬良さんも辛い経験があったのね……」
俺は真剣な顔をして意味不明なことを喋り、結果として彼女の同情を誘った。
〜〜〜
食事を食べ終わり、いつもの一服が出来ない俺はつまようじを噛みながら気を紛らわしていた。
そんな時、彼女が俺に話しかけてきた。
「…あなたが気を失っている時、夏花に話は全部聞きました。改めて本当にありがとう。」
風見さんは俺の方を向き、ペコリとお辞儀をした。
「瀬良さんが助けに来てくれなかったら……私は今頃……」
先程までとは違い、その声は震えていた。
「そんなに深く考えても仕方ないって!こうして風見さんも俺も無事だったんだから、結果オーライだよ!」
俺は、彼女を元気づけようとめいいっぱいの笑顔で答えた。
今の俺にはこんな事しか言えず、語彙力の無さを少し恨んだ。
「ありがとう…瀬良さんって優しいのね…」
本日、いや、人生2回目の褒め言葉だった。
「あ、ありがとう。まぁ、お互い明日退院なんだし、またテレビやライブで俺たちに元気を届けてよ!」
「瀬良さん…夏花から聞いてないの……?」
「え??何を??」
「『電脳少女』はこれから1ヶ月、活動休止するんだよ?」
「…はい?」
目の前が真っ暗になった。
読んで頂きありがとうございました!
では!