第9話 妄想を極めし童貞
よろしくお願いします!
千尋と別れた時には時刻はすでに17時を回っており、日はかなり傾いていた。
帰る途中、3日前の事件の時と同じ道を通った時、あの時の恐怖がまだ体に残っていたのか自然と歩くスピードが速くなっていった。
また何か起こるんじゃないか、今度は自分が襲われてしまうのではないか……そうやって周囲を警戒し続けたせいか、家に着いた頃にはヘトヘトになり、そのままベッドで横になった。
思えばこの3日間は色々なことがありすぎたな。
まるであの日を境に違う人間に生まれ変わったのではないのかと疑うレベルだった。
そんな事を考えている間に俺は眠りについてしまっていた……
…ブーブー…ブーブー…
ポケットに入れておいたスマホの振動で俺は飛び起きた。
まずい、完全に寝てしまっていた。
時刻は20時を過ぎ、振動しているスマホの画面を見てみると、知らない番号から電話がかかってきている。
ここで、俺の脳みそはお花畑モードにスイッチした。
…ま、まさか結城さん!?それとも風見さんか??
マネージャーさんが色々調べてくれて、あの2人に俺の電話番号を渡したりしたのか!?
そんなありえもしない期待を胸に俺はドキドキしながら元気よく電話に出た。
「もしもし!!??」
俺はテンションが上がりすぎて、狂気に満ちた声量で応答をしてしまった。
「うおっ…も、もしもし?私、警視庁捜査第一課の榎田と申します。こちら、瀬良さんの携帯でお間違いないでしょうか?」
予想の範疇を超えた俺の応答に、電話の相手は明らかに動揺していた。
というか、結城さんや風見さんのどちらでもない上に男じゃないか…
「はい、そうですが。」
一気にテンションの下がった俺は声量を小さくし、無気力に返答した。
「す、すみませんが瀬良さん、今1人になって頂けますか?他の人に聞かれるとまずいので……」
「僕は今1人ですよ…?」
「…え?じゃあ最初の狂気に満ちてた声も、その後の悟りを開いたような声もあなただったんですか…?」
「はい」
「そ、それは失礼しました。あまりにも人が変わった様に思えたので……」
「あなたも私の夢と希望を絶望に変えた罪があるので、今回のところはお互い様ってことで。」
「ま、全く意味は分かりませんが納得して頂けたのなら良かったです。」
「ところであなたは誰なんですか?」
「人の話聞いてました!?警視庁捜査第一課の榎田です!!」
俺はテキトーに返事をしていたので、彼の話を全く聞いていなかったようだ。
しかし、警察と聞いて俺は正気に戻った。
「け、警察の方が何で急に…?何かあったんですか?」
「いえ、何かあったのは瀬良さんの方です。今日、病院の方から瀬良さんが退院したとの連絡を受けまして、我々警察としてはあなたに事件の事を詳しく聞かなければならないのでお電話させていただきました。」
なるほど、そういうことか。
俺は2日間意識を失っていたので知らなかったのだが、千尋の話によると、この事件は毎日のようにテレビで取り上げられ、犯人は未だ捕まっていないどころか手掛かりさえ掴めていないらしい。
「分かりました。あまり有力な情報は持っていませんが、ぜひ協力させて下さい。」
「初めはビックリしましたが、まともな人で良かった。では早速、明日の午前中に〇〇警察署の方に来ていただけませんか?」
「明日の午前中ですか?……わ、分かりました。」
「ご協力ありがとうございます。それでは失礼します。」
そう言って榎田さんは電話を切った。
明日の午前中か……バイト2人のシフトは午後からだから、午前中は店を閉めればいいか。
しかし、それでは店の仕込みの準備が間に合わないな。
…仕方ない、あいつに頼むか……
そう思った俺は、千尋ではないもう1人のバイト、暗田康平に店の準備を頼むことにした。
康平は俺と同い年のフリーターで、学生時代からつるんでいる数少ない友人だ。
会社がブラックだという理由で退職し、新しい仕事が見つかるまでは俺の店で働くことになっているが、働き始めてもう1年が経とうとしている。
とにかく2次元にしか興味がなく、リアルのアイドル『電脳少女』好きの俺とはよく口論になるが、決して仲が悪い訳ではない。
電話が嫌いな康平には、メッセージで頼みごとをする事にした。
思えば康平とメッセージのやり取りをするのは何ヶ月ぶりだろうか……俺が連絡なしに店を閉めた時も、千尋は大量のメッセージをくれたが、康平からは何のメッセージも来ていなかった。
まぁそれはそれでどうかと思うが…
そんな事を思いながらメッセージを送信すると、10秒も経たないうちに「了解」という2文字だけが送られてきた。
だからこいつも彼女できないんだな……そう思った。
〜〜〜
榎田さんからの電話で目が覚めた俺は、もう一度シャワーを浴びてから家事を一通り終わらせた。
他に特にやることもなかったので、今日はもう寝る事にした。
明日は警察署か……
その時、俺の脳内は再びお花畑モードにスイッチした。
待てよ……警察に話を聞かれるという事は、その事件の当事者がその場に集められるのではないか??
つまり、結城さんや風見さんにまた会える!!
目が冴え渡り、覚醒状態になった俺は一睡もすることなく朝を迎えた。
まだ脳内お花畑モードの俺は、出発の2時間前から準備を始め、バチバチにオシャレをして警察署へ向かった。
読んで頂きありがとうございました!
では!




